フェンネルやクリスティが耳ざとく流れを察知し、霊泉水を用意して持ってきてくれたおかげで、アイリーナとラン王女はほどなくして綺麗になった。
 髪についたぶっかけ汚れも霊泉水ならサッと落とせる。匂いも残らない。いや、俺にはわからないだけで獣人の鼻だとわかるのかもしれないな、とは思ったりもするけど。
「まだ祭りは始まったばかりじゃ。改めて楽しもうぞ、スマイソン殿♪」
「アイリーナ。こうしてあなたは一番に可愛がられたのだから、あとは他に譲るという考えはないのですか」
「それはスマイソン殿が配分することじゃろうて。それにわらわは祭りに間に合うよう、話を早く済ますために手を貸しただけじゃぞ。感謝はされても除け者にされる覚えはない」
 クリスティにジト目で見られても余裕のアイリーナ。
 氏族長ゆえの肝の太さといえばいいのか、氏族長だからこそ棚上げや切り分けが達者なのか。
「ま、誰を後にするのしないのとモメてたら本当に日が暮れる。早くみんなで広場に戻ろうぜ」
 俺も俺で身だしなみをして、窓の外で隠れていた年少ドラゴン三人組も呼び込んで、改めて広場に繰り出すことにする。


 広場と目抜き通りでは、ランツとケイロン、そしてヒルダさんによる砂漠音楽の演奏に合わせて、ノールさんとルキノさん、それにコスモスさんも加わっての妖艶で華麗なダンスが披露されていた。
 長くたなびく裾や袖を振り回し、時に幾何学的な美しさ、また時に感情的で猥褻スレスレの色気を振りまきつつ、三人の舞いは絡み合ったりぶつかり合ったりと予測がつかない。
 そこらへんの椅子やテーブル、樽などを腰かけや足場にする自由な舞いっぷり。どうも完全にアドリブでやっているらしいのだけど、最初から何もかも計算したように息を合わせ、フォローしあい、観衆の目が退屈する瞬間を生まないように、青空の下で鮮やかにダークエルフたちは全身で煌き続ける。
「ミラやシーマも踊れないわけじゃないんだろう? 混ざったらどうだ」
 ディアーネさんに促されるも、妹二人は揃って手をパタパタ。
「いやいや、無理よさすがに」
「ノール姉さんとルキノ相手じゃ、どんなに頑張っても脇役どころか背景にしかなれないし。……素っ裸で踊るくらいしなきゃ」
「素っ裸になったくらいでノール姉さんから男の視線剥がせる?」
「……わ、私のおっぱいなら可能性はなくもないはず」
 変なこと企まないで。近くにいた少年たちの視線がシーマさんのおっぱいに集中してるから。
「はいはーい、ダンスばっか見てないでどんどん飲んで食べて! 一角馬肉はお刺身がイケるんですよー!」
 そして酒場の方ではセボリーとキュートがいつものように給仕として大回転。
「馬肉を生で……」
「食っていいのか……? エルフじゃないと腹壊しちまうとかそういう奴じゃないか?」
 おっさんたちは綺麗に盛られた薄切りの赤身生肉を見て顔を見合わせる。
 この辺では肉を生で食う習慣はない。もちろん俺も進んで生で食う気はしない。
 一応、兵士としてディアーネさんから学んだ知識としては「安定して野菜や果物が手に入らない状況では生肉食わないと体調が悪くなっていく」という事例があるのは聞いたことあるんだけど。
 だいたい北の森のエルフなんて野菜や果物が不足するのはあり得ないじゃないか。なんで生で食おうと思ったんだ。
 ……という俺の微妙なモヤモヤをよそに、胸当てと手甲装備のままスッと現れたフィオーナはおもむろに馬肉にオリーブオイルと岩塩でひょいと口に運ぶ。
「……ふむ。悪くない」
 南部語だったので周りのおっさんたちには伝わらなかったが、俺は恐る恐る声をかけることにした。
「……セントガルドじゃ馬肉、生で食うの?」
「食べないが」
 もう一枚。もぐもぐしながら何やら満足そうに小刻みに頷く女騎士。
「……よく躊躇もなく食えるな」
「食べられると言われたものを何故躊躇する?」
「…………」
 なんだその調理者に対する無限の信頼感。
「料理として出されたからには安全なものだろう」
「……たまに北の連中、虫とか料理として出してきたりするぞ」
「虫か。まあセントガルドでも蟹や海老は食べる。だいたい似たようなものだろう。足の数とか」
「それでバッタや芋虫やなんか長い虫とか唐揚げで出されて納得できるのか……?」
「味は想像できないが、エルフが食べているというなら食べられるんだろう」
 さらに一枚。生肉、わりと気に入ったらしい。
 何か理解した感じの力強い表情で頷いている。
「これはニンニクかショウガに合わせるといいんじゃないだろうか」
「おっ、わかってますねー。おろしショウガ用意するんで少しお待ちくださいねー」
 セボリーが調理場の中に戻っていく。
 ……地味にセボリーも南部語わかるんだな。いつ学んでたんだろう……って、俺が二週間やそこらである程度わかるようになるくらいなんだから、彼女たちが教養としていつ身に付けててもおかしくないけどさ。
 しかし、フィオーナにああまで美味そうに食われると確かにちょっと興味湧くよな。
 俺もちょっと食べてみよう……と手を出そうとしたら、同じように静観していたおっさんたちが一足早く一斉に動いたせいで、あっという間に馬肉は消えた。
「あっ、せっかくショウガを持ってきてくれるはずだったのに!」
 南部語で文句を言うフィオーナ。
 そんな彼女に、ラン王女がコホンと咳払い。
「フィオーナ。あまり卑しいふるまいをしてはいけませんよ」
「なっ、ラン様!」
「他にも食べ物は多く出ているのです。優雅に楽しむんですよ。私たちはセントガルドの人間なのですから」
「……はっ、確かに」
 跪いて同意を示しつつ、「でも……ショウガ……」と少し未練深そうなフィオーナ。やっぱり体力勝負なクチだから食い意地は張ってしまうんだろう。
「馬肉はまだまだあったはずだから、待ってれば出るよ」
「本当か!」
「……多分」
 肩を掴まれ、喜んだりがっかりしたりの顔を至近距離で見ると、美人なんだよなあ、とは思う。
 赤茶色の流麗な髪を高めのポニーテールにしているフィオーナは、容姿だけならドラゴン……は規格外にしても、エルフの雌奴隷たちに比べても決して劣るものではない。霊泉の恩恵を受けたおかげかもしれないけど。
 背も比較的高めで(アルメイダくらい)、手足もスラリと長く、姿勢も良くておっぱいも大きい。さすがに胸当てをしているのでそこが強調されることはないが。
 よくこんな見た目のいい女性が二十歳をいくつも過ぎて未婚のままでいるよなあ、と思う。
 トロットでは若い娘は二十歳までには大抵結婚、ないし婚約まではいく。美人なら本人の能力の善し悪しなんて大して気にされることもない。いい嫁さんになれるかは、なってみないとわからないところはあるし。
 セレスタ基準、あるいはドラゴン基準による嫁取りをしている俺がそんなところを気にしているのもおかしいが、フィオーナもラン王女付きの身分でなければとっくに旦那持ちになっている歳なんだろうな……と、そこまで考えて。
「ところで王女様」
「ランとお呼び下さい」
「……ちょっとフィオーナ放してね。王女様こっちこっち」
 怪訝な顔をするフィオーナを置いて、広場の反対側に逃げてからラン王女に向き合う。
「ここでランって呼び捨てにしたらフィオーナが暴れ出すだろ。だからそれは保留。まずそれはOK?」
「は、はい」
 すでにちんこにキスさせて精液ぶっかけた仲……というと手遅れなのかどうなのか若干議論の余地がある気はするが、とにかく踏み込んだ関係になったことには異論はない。でもそこを今主張する必要はない。
 で、それに関連して。
「んで……フィオーナはどこまで承知してるの?」
「……?」
 ラン王女は小首をかしげて、何のことでしょうか、と困惑を示す。
 えーとね。うん。
「……君のそのなんだ、えーと、俺を巻き込む……いや、なんだろう。とにかく王女様と俺がエッチする感じの流れを王女様は想定してたんだよね、わりと早い段階から」
「ええ……それは、確かに」
「そこんとこ、フィオーナはどう納得させるの? もう話が通ってるならそれが一番なんだけど……」
「…………」
「…………」
「…………」
 ラン王女はいっそ落ち着いた様子でフィオーナに視線を移し(おかわり馬生肉に喜んでいた)しばらくして俺の顔を経由して、街の外の空に遠い眼差しを投げて。

「……考えてませんでした」
 秋風がザザァッと広場を撫でて、王女の盛装と緑色の髪を美しくなびかせる。
 とても絵になる光景だったがそれはそれとして。

「いやどうするのアイツ。全部伏せたまま話を進めるわけにはいかないよね」
「……駄目でしょうか」
「どう考えても俺が手を出したってバレる段階で暴れ出すよあいつ!?」
 ラン王女は虚空を見つめたまま。
「しかし、フィオーナが納得する姿が思い浮かばないんです」
 そんなこと言われても。君の従者だよ。
「……いっそどこかで三年くらいみっちりと修業させておきましょう」
「君の中でフィオーナってそれでいい扱いなの!?」
「よくはありませんが納得させる方法がありません。だからといってフィオーナに遠慮して何もなかった体でセントガルドに戻っても、身が危うくなる一方ですし」
「…………」
 いや、面倒臭いなーとか言っちゃいけないとは思う。
 貴人の従者としては、いくら相手がドラゴンライダーとはいえ本家に無断で姫君が貞操を捧げるなんて認められないのが正常だ。
 しかし、だとしたらどういう形で誤魔化していくか。あるいは、どこかに遠ざけた上で国元での地固めに取り掛かってしまうか。
 そういうのを考えるととても面倒臭いなーと言わざるを得ない。
 ……どんよりとした気持ちでしばらく俺も考えて。いや考えるのを放棄して。
「……踊ろうか、王女様」
「え?」
「とりあえず、踊ろう。今日は祭りだ。明日のことは明日考えよう」
 ポケットの中から例の「宝玉の目」のブローチを取り出して彼女の胸につけてやる。
 ちらりとフィオーナを見ると、俺が王女の胸に何かをつけていることに「ん?」と怪しむような視線を向けているが、まあこれは依頼品だし。
「とりあえずはプレゼント。そして……ここじゃ、彼氏や旦那のいない娘が踊ってなかったら誘うのが男のマナーだ」
 ……ということにしておく。
 いや、そういう感じの意識はないわけではないんだけど、そんなにはっきりしていない。ただ、フィオーナに咎められたらそう言って口裏を合わせよう、という言い訳。
 それを聞いてラン王女は戸惑いながらもエスコートを受け、流れる音楽に乗って一緒にステップを踏み始める。
 またアンディがいつもと違う子を引っかけてるぞ、と言う声がそこかしこから聞こえてくるが、あえて聞こえない振りをしつつ少女と軽快にステップを交わす。ラン王女は器用なもので、最初こそ俺に引かれるがままだったものの、周囲を踊る街の住民達の足さばきからなんとなく動きを見取り、十数フレーズも経つ頃には笑顔になって俺と互角にリズムに乗り始めた。
 体が弱かったから運動も不得意なのかな、と思っていたが、なかなかどうして思い切りがいい。
 もちろん、町の住民ならどんな鈍い奴でも踏める程度のステップなので、特別な才能がそれで示されるわけではないけれど。
「こ、こういう快活なダンスは初めてで……でも、たっ、楽しいですね……!」
「それは何よりだ」
 極力優しく微笑みかけて、楽しい時間を演出しようと努める。
 時々忘れるけど俺って彼女より十三歳も年上だからね。普通に考えたら肉親でもない限りはダンスパートナーにはなれない。春祭りの時も新年祭でもそうだけど、こういうダンスは元々男女の仲を接近させる催しみたいな所があるから。
 だから周囲の視線からも爽やかな光景に見えるよう紳士的に、エレガントに、若い王女を楽しませることを心掛けて。

 そうして、俺は一足遅れて収穫祭を楽しみ始めるのだった。

(続く)

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