収穫祭。
 ポルカのみならず、いやトロットのみならず秋には大抵どこでもやっている祭りだ。クロスボウ隊の同僚たちや今の雌奴隷たちとも何度か「地元に収穫祭ってあった?」みたいな話をしたことがあるので間違いない。
 ポルカのように初秋のあたりにやっていることもあれば(いや初も晩もなくポルカの秋はすぐ終わるんだけど)、晩秋になってからやっている場所もある、という違いはあるけれど。
 もうすぐ実りのない冬が来る。ポルカほどの豪雪になる場所は多くないけれど、寒く収穫の乏しい時期はそれだけで気持ちも暗くなる。その前にひとつ、大地の実りに感謝を捧げ、周囲の隣人たちと笑顔を交わすためにパーッとやる。その発想はどこでも同じなわけだ。
「トロットでは教会がそういうのを司ってるってとこも重要だよね」
「『大地の守護神』ですもんねー」
 アンゼロスとセレンが酒場で料理の下ごしらえを手伝いながら文化について頷き合う。
 対面で皮むきをしながらうちのお袋が首を傾げた。
「よそでは神様って実りをくれたりしないのかしらね?」
「そういうわけじゃないですよ。ただ、メインじゃないっていいますか……例えばセレスタでは地域によって信仰精霊が違うので、川辺や海辺では川の幸や海の幸が神様の贈り物ってことになりますし」
「私の故郷のアフィルムの森なんかは一番格の高い光の精霊、それから多少格の落ちる北の森の精霊、その子供扱いで自分たちの森の精霊……みたいな感じの階層構造で、その場の直接の担当者以外には祈りも捧げ物も届かないみたいな設定になってましたねー」
「いろんな信仰があるものなのねえ」
 トロットでは農産物、狩猟肉、鉱物、そしてちょっと拡大解釈して酒類なんかはトロット教会の奉る神様の手によるものとされている。
 その辺は神様が普段の行いを見て与えてくれるものだから、よくよく感謝して受け取りなさい、ということだ。
 それ以外の一次産業なんてせいぜい川魚くらいしかないが、それが神様の恵みと表現されていない理由は、なんか昔の縄張り争いにあるという話を聞いたことがある。
 昔はガラージュ川が蛮族領……今のアフィルムとの境界線になっていたので、漁業が危険な時代があったんだとか。そこを戒めるために「魚は我々の神の恵みではないので欲張って獲ろうとしてはいけない」みたいな教えを与えていた時代がある、という話。
 まあその辺は又聞きだし、ポルカではどうでもいいことだ。ポルカの川では霊泉のおかげで、水量のわりにでかい魚も釣れたりする。冬場は大事な食料なので、それを遠慮する理由もない。
 ……と、そんな蘊蓄を散漫に思い浮かべていると、セボリーが俺の机にやってきた。
「ご主人様、こんなところで芋剥きなんかしてていいんですか?」
「手が足りないっていうからみんなでやってるんだろ」
「確かに忙しいんですけど、ご主人様ってほら、ドラゴンの皆さんとか例の王女様とか、あっちのほうの需要があるのでは」
「ドラゴンたちは言うまでもなく祭りの邪魔なんてしないよ。それ以外のラン王女とかエルフ領関係の調整は、アイリーナとクリスティに全部お任せ。もともとこの街の収穫祭だ、ちょっと前まで部外者だった俺があんまり幅利かせる場面でもないよ」
 ……ま、要は普通に一町民としての働きしか必要ないってことだ。
 実際、去年まで参加もしてなかった祭りで特別な立ち位置を寄越されても困る。

 収穫祭では春祭りと同じ程度にはみんなめかし込むが、それは五つの鐘で開会宣言した後の話。
 飲食関係の担当者は朝から酒と料理のために走り回り、その区切りがついてから晴れ着に着替える。やはり踊るとなればそこそこいい服を着たいものだろう。
 んで、うちの雌奴隷たちも例によって服屋に集まって上等な服を纏い、髪を綺麗に結い上げていく。
「ここいら風のパーティー衣装ってちょっとわかんないねー」
「私ら基準の服だとちょっと色々出し過ぎらしいからね」
 シーマさんとルキノさんが用意された服をそれぞれ物色しながらそんな話をしている。
 確かにダークエルフはちょっと出し過ぎる傾向にある。いやそもそも普段着からしてトロット基準ではちょっと扇情的過ぎるのだ。トロットの標準的な女性は胸の谷間も膝より上の足も決して見せることはない。
 ディアーネさんやノールさんなんてその辺全く出し惜しみしないからなあ。やたらとカラダに自信があるらしいシーマさんもそういう傾向あるし。
「結構いろいろと増えてません? エルフ趣味とは言い切れないものも多いような」
 ドレスを広げながらナリスが言うと、オレガノが苦笑した。
「一概にエルフ趣味と言っても森には色々いますからね……それは橙、ゴルクス様の氏族の伝統衣装を真似たものです」
「え、これちゃんとエルフのデザインなんですか」
「結構それぞれの氏族で特色ありますし、流行りも廃りもあるんですよ。草色の大人しい服はどちらかというと狩りのための衣装です。それを普段着にしてる者も多いんですけど、やっぱり晴れ着は別です」
「はえー。北の森ってもっと保守的だと思ってました」
「商人さんにそういうデザインをもっと外に出した方がお金になるって言われましたから。もちろん本当の伝統衣装だと時々すごい素材使ったりしててとても売りに出すわけにいかないので、ただ形を真似してるだけですけどね。他にも各氏族の晴れ着のレプリカ、それとエマさんやレイラさんに協力してもらってシルバードラゴン風の衣装も試作してるんですよ」
「よくこの狭いお店にそんなにしまっておけますね……」
 もちろん店内には雌奴隷たちしかいない。他の町民は家があるのでわざわざ服屋で着替えない。
 なので俺が彼女たちの着替えを眺めていても誰も怒らないのだが。
「……それ、できたんだ?」
「ん? ああ、うん」
 片手に弄んでいたブローチをマイアに見咎められる。
 ミニサイズの「龍の宝玉」をあしらったそれは、宝玉そのものを加工できないために、結局柔軟な革の内張りを施した二枚貝みたいなケースの内側に挟みこむ形を取ることになった。
 普通の宝石のように、台座の上にかぎ爪状の留め具でカチッと固定する案も試したのだが、どうも軽く衝撃が加わると台座や爪が歪み、ゆるんでしまう。硬質な固定具はかえって危険だという結論に達し、クッション性が高い保持状態に落ち着いたわけだ。
 貝殻状とは言っても、もちろん完全に隠してしまっては仕方がないので覗き穴が開いている。外形はアーモンド状で、形としては開いた目みたいな感じになってしまったので、見ようによってはちょっと不気味かもしれない。
「一応、ちょっとした仕掛けがあってな。……裏側に接着剤で『絹の鎖』を貼り付けてあるんだ」
「……?」
「ああ、うっかりケースが壊れても飛び出し防止の固定具になるって面もあるんだけど……いざというときはケースから外して、振り回して投げるための持ち手としても使える」
「……変な威力にならない?」
「なった」
 試しにそこらの岩に向かってぐるぐる振り回して投げてみたら、直径1メートルくらいの岩が粉々に砕けた。
 正直これをブレスカリバーやブレスシューター、特製太矢に続く第四の秘密兵器にしようかと思った。
 でも俺、もう兵士引退するし。強敵とうっかり戦う羽目になる予定はないし。
 ……何やってんだろう俺、としばらくして正気に戻った。
「一応、本当に最後の手段としてそういう活用の仕方もあることだけは王女に教えようと思うけど」
「余計なやつだと思う」
「……たまにマイアってすごく辛辣だね」
 まったくぐうの音も出ないけど。

 本日晴天。
「えー、それでは秋の収穫祭の開催をここに宣言したいと思う。本当に良く晴れてくれてよかった。五年前は本当に大変だった」
 男爵が広場に作られた壇上で開会宣言を行う。
 それを聞いた酒場のマスターやキールの親父さんたちがうんうんと頷いているので、俺はそっとジョニーを捕まえて聞いてみる。
「五年前ってなんかあったの?」
「五年前……えーとあれが去年、その前が……あーあー、思い出した。夏の終わりから秋に長雨があってなー。収穫も遅れるし祭りも何度も順延して、結局開催日に初雪が降ったんだ」
「……うわー」
「でも諦めちゃったらせっかくの宴会もダンスもずっとお預けになっちゃうからな。雪が降る中で意地になって全部やったんだよ。寒かったし料理は雪でべちゃべちゃだし、ダンスはみんなすっコケるしでもうメチャクチャ」
「……みんな風邪ひかなかったのか」
「ポルカに風邪なんてねーよ。だからそういう無茶しても笑い話にできるんだ」
 そういえばそうだった。
「本日は桜の氏族より一角馬肉二頭分、銀の氏族から銀梨を馬車一つ分いただいた。また赤の氏族からも肉を……あ、それはナシで? あー、白の氏族から蜂蜜酒をひと樽、緑からは珍しいヨーグルトを大鍋ふたつ分ほど提供いただいている。森の友人たちの好意に感謝し、また彼らとの友情を存分に暖めようではないか。遠来の友と楽しい時を分かち合うほどの喜びは他にない」
 男爵の挨拶が終わって拍手が起こり、次いで酒場のマスターが壇に上がらずに声を張り上げる。
「さあさあ、宴の始まりだ! みんな存分に飲んで食え! 歌って踊れ! 今年はセレスタのお嬢さん方もいるから見逃すなよ!」
 おおーっ、と男衆が声を張り上げ、拳を突き上げる。
 女衆はさすがに往来で羽目を外し過ぎるわけにはいかないので、盛り上げは男どもにお任せ。……というのは建前で、祭りの日は女衆も結構飲むんだけどね。さすがに酔い潰れてしまうと誰に何をされるかもわからないので控えめだが、まあそこのところは温泉付き合いで仲間意識の強いポルカ、女も女同士でフォローしあうので滅多なことはない。
 もちろん、あえて祭りの日に酔い、意中の相手と勢いで……というのも結構ある話なのだが、そこは事前に仲を応援されている二人ならではの話。田舎はそういうのをご近所全体で見守ってしまったりするのだ。
「ジョニーとジェシカも確かそれだった」
「お前はそういうのないのかキール」
「こ、今年はあるっての! バーバラがいるっての!」
 昨日はずっと実家で仕込み手伝いをしていたというキールは、今日は何とかお役目から解放されたらしい。
「……そういう意図で放流されてるってわかるから、気持ちがちょっとついてこないんだけどな」
「贅沢言うなよ。俺も応援してるから頑張れ」
「お、おう。……っていうかお前は踊らなくていいのかアンディ」
「今日は日暮れまでだろ。まだまだ時間あるって」
 収穫祭はパーティーと音楽、ダンスが並行して行われる。
 収穫したてで食料に余裕があるので町民全員が腹いっぱいになるまで料理を出し続けられるし、あとで家で野草料理を、みたいな定番の流れもない。町全体で短い夏の名残をひたすら楽しむのだ。
 ……とはいえ、40人もいるしなあ。全員と一回はダンスしておかないと流石に悪い。でも一時間に10人ずつ踊っても4時間って、よく考えると言うほど暇でもないし、結構恐ろしい話だな……。
 なんて思っていると、広場の隅でアイリーナとラン王女がそれぞれ豪奢な盛装をして立っていた。
 こっちの視線に気づくと、アイリーナが指でちょいちょいと招く。
「?」
 気になって席を立ち、周りの喧騒をすり抜けて近づくと、アイリーナは咳払いをしてから。
「んんっ。……スマイソン殿。こんな日で悪いが、ちょいと政治的な用件を片付けよう」
「なんだ、改まって」
「……複雑な話になるからの。端的に言って……ラン王女を抱き、娶るか、殺すか」
「はっ……!?」
 ギョッとして隣にいるラン王女を見てしまう。
 王女はアイリーナの刺激的な言葉にも動じず、じっと俺を見上げる。
「……準備は整えました。ここからは、ご意思次第となります」
「アイリーナ、どういうことだ」
「……野良犬に餌をやるのとは話が違うと言ったじゃろう」
 アイリーナは肩をすくめた。
「ただ、一国の王女に物怖じもせず、一介の庶民が良いことをした。迷惑をかけず、面倒もなく、それで終わり。……そういう話にはならぬのじゃ」

(続く)

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