意外に伸びるフィオーナのことも、書類作成に謎に命を懸けるラン王女のことも気にはなるが、この秋はやることが多い。
二人の健康管理に関してはライラとマイアに任せるとして、まずは俺たちも自分の仕事をやることにする。
「ケイロンー、やってるかー。サボってねえかー」
「見ての通りだっての。お前も手伝え」
やることそのいち。
町の収穫の手伝い。
ポルカは秋が早足で過ぎ、他よりだいぶ早く降雪が始まる。ということは、農作物は早く収穫してしまわないと霜がついてしまう。
町中の一般家庭が大なり小なり畑を持ち、秋になるとともに一斉に収穫を始める。収穫の面倒な作物を作っている家は給金を払ってでも人手を集め、一気に片づけなくてはいけない。
普段はのんびり遊んでいるケイロンやナリス、ハリー爺さんや町の子供たちも、この時期だけはそうはいかない。暇そうにしているなら畑に連行され、カブや大根を引っこ抜いたり豆を刈り込んで干したりといった労働に従事させられるのだった。
「去年は今頃レンファンガスと行き来してたし、今のポルカがこんなに大変なんて知らなかったぜ」
ブツブツ言いながらカブを引き抜き、積み上げていくケイロン。
俺も玉菜に鎌を入れ、ひねり取ってはリヤカーに乗せる。俺たち以外にも近所の奥さんたちや子供たち、あと桜か白らしいエルフが数人。
畑は近所同士で一枚ずつ片づけていくのが通例で、今日はリンジーおばさんの畑の手伝い。明日はジョニーんちの予定だ。
「若い衆が少ないからなー。……これでも今年はエルフや猫たちの手伝いがあるから分担は減ってるらしい」
「ってことは例年はもっとキッツいのかー。よくみんな文句も言わず働くなあ」
「文句がある奴はなんだかんだ理由つけて王都とかに出てっちゃうんだよ。今まではポルカに残ったってロクに儲かる当てもないし、そういうのを引き留められなかったんだ」
「儲けるばかりが人生じゃないと思うがなぁ」
「世の中一通り見てから言えばそんなことも言えるけどな。ポルカで死ぬまで人生送るってのは本当なんにもないからたまらないぜ。俺だってアップルにさえ出会ってなかったら、王都に丁稚に出るのはそこそこ楽しみだったくらいだ」
「そんなもんかなー。……まあそんなもんかー」
ケイロンは複雑な顔をしつつ手を動かす。ケイロン自身は確かセレスタの北西部に位置するジャングル地帯、狐獣人地域として知られる大アルモニカ河流域の出身だったか。田舎といえば田舎でもあるだろうが、大河沿いは色々と行き来はあるものだというし、ここほどなんにもないド田舎ではなかったんだろうな。
「ま、せいぜいあと一週間くらいで終わるし、その後は収穫祭だ。頑張ろうぜ」
「収穫祭って何やんの?」
「ポルカにしてはそこそこご馳走が出る。全部が全部塩漬けにする野菜ばっかりじゃないからな」
「ご馳走だけ?」
「お決まりのダンスパーティもあるぞ」
「……俺、踊るの上手くなっちまいそう」
ポルカじゃ食事の他は、歌って踊るくらいしかハレの日の楽しみもない。それも曲や振り付けのバリエーションは貧困だ。
でも、それでも結構楽しみだったんだよなあ。春と秋、そして正月だけのことだったから。
健康を保つ霊泉の他には、それだけしかない。そんな小さな小さな町。
でも、これからは変わっていくかもしれない。
エルフもいるし猫獣人もいる。魔物からはドラゴンたちが守るし、これからは近くに新しい街もできるんだ。退屈なだけの田舎町……なんて思いは、俺たちの世代で終わるかもしれないな。
やることそのに。
「本来はライラたちを使うのが筋だが、今はありがたく手を借りる」
「気になさるな。マイアの主様の命とあらば、何をおいても働くのが我々の誇り」
「ドラゴンは暇ですからね」
ディアーネさんとエマ、リェーダに、エアリとジュリーンが同行を買って出る。
彼女たちの仕事は、新しく作るカールウィンの「移民都市」の下ごしらえだ。
取りあえずは平地の造成だが、区割りを作るだけでも雪が降り始めてからでは余計な手間がかかる。いくらドラゴンの腕力があっても、広い地域の雪除けは簡単ではない。
「今月中に用地として平面を出しておきたいのはこの地図のうち、この部分からこの部分まで。200メートル四方、4ヘクタールだな。これだけあれば最低限は村落が作れる。欲を言えばこれをさらに一回り、16ヘクタールまで広げて用意したいところだが」
「……竜四頭で、一か月かけてその広さ?」
「狭すぎませんか?」
ディアーネさんの計画に、リェーダとエマが首をかしげる。
いや、広いだろ。原野から完全な平地にするんだぞ。
「昼夜徹して土掘りをすれば可能かもしれないが、ただ平地にするだけじゃなく地中の岩や根なども穿り返して完全に宅地にしなくてはいけない。あまり焦った計画は立てられないだろう」
ディアーネさんはあくまで慎重。
しかし。
「それは確かに腕力だけでやればそうなりますが……一度完全に吹き飛ばしてから埋め戻してもいいのですよね?」
「そうなんだが、吹き飛ばすと言っても……」
「『宝玉』を使えば簡単ですよ」
「……何? どういうことだ?」
ジュリーンの言葉に怪訝な顔をするディアーネさん。
……あ、もしかして。龍の宝玉を投げると異常な衝撃力を出すっていうの、ディアーネさんも知らないのかな。
「せっかくですから実演しましょう。ちょうど『宝玉』の手持ちもありますし」
ジュリーンはスッとどこからともなく「龍の宝玉」を取り出す。手の上に三個。
そして、ポルカから充分離れた場所の山肌にエアリのドラゴン体で乗り付け、そこそこの高空からジュリーンが人間体のまま空中に身を躍らせて……投げた。
着弾まで数秒。
……ドゴ、という音が質量を伴って空まで跳ね返ってきて、地面にはアネットハンマーで空けたような巨大な穴が三つ、きっちりと三角の等間隔で出現していた。
「………………」
「ディアーネさん?」
俺と一緒にエアリの手の上に乗っていたディアーネさんは絶句。
そしてゆっくりと天を仰ぎ、溜め息をつき。
「……ドラゴンブレスよりよほど恐ろしい手を隠していたんじゃないか、ドラゴンというやつは……」
「あ……えーと」
「ブレスならある程度低空飛行しなければいけない。だから火竜戦争では多少なりとも抵抗ができた。だがこれは……」
「……そういう視点」
確かにこれ、ブレスの代わりに乱発してたら完全に人類何もできなかったよね。
ブロールさんの言によれば、これによる攻撃も多少はやったらしいけど……。
「しかし完全に傷のつかない物質だものな。言われてみればそうか、衝撃に対して完全な抵抗を示す特性があるのだとすれば非常識な破壊力も納得が……いや、しかしこれは下手に知られることになれば……」
「ディアーネさん、ディアーネさん、ちょっと落ち着いて。そもそもこれドラゴンたちにしてみたら特に隠すような話でもないし、宝玉もご禁制とはいっても世の中にないわけでもない品ですし、情報統制とか意味ないですよ」
「う……い、いや、まあ、そうなのかも知れんが」
口では何とか我に返ったような反応をするが、動揺の色を隠しきれないディアーネさん。
俺にとってはつい最近聞いた話だし、まあそういう使い方もできなくはないなあ、と感心するだけだったけど……やっぱり火竜戦争直撃世代にはショッキングな事実なんだろうな、この破壊力は。
「……悪い、ちょっと落ち着きたい。霊泉で休ませてくれ」
ディアーネさんの珍しい反応に、エアリのもう一方の手の上にいたエマとリェーダも顔を見合わせる。
こんな反応されるのか……とやっぱり困惑顔。特にディアーネさんはシルバードラゴン軍団相手に堂々と渡り合った猛者でもあるし、今さらこんな反応されるなんて思わなかったんだろうな。
でも、ディアーネさんの困惑はきっと「自分がこんな手段を使われたらどうしようもない」という即物的なものではなく、火竜戦争の経験者としての、もっと複雑なものなのだろう。
気持ちは想像することしかできないが、なんとなくはわかる。
歴史にあってはいけないもの、積極的に使われていたらすべてが変わっていただろうものが、無造作にそのへんに転がっていたという戦慄。自分が思っていた以上に危ういものの上に存在しているという恐ろしい実感。
実際の歴史はそうでなかったんだからいいじゃないか、と一言で納得し、ポイと差し置けるものばかりではないのだ。
彼女に比べれば俺の人生なんて情けなくなるほど短いけれど、それくらいは想像できる。
やることそのさん。
……そう、俺には仕事がある。
「そういえば……作らなきゃいけなかったんだよなあ」
ジャッキーさんちの細工机で、俺は親指の先ほどの大きさの、美しく煌く「宝玉」を眺めて唸る。
先日のミスティ・パレス訪問でブロールさんからラン王女に与えられたもの。
これをラン王女の装身具にあしらわないといけない。
現物はラン王女から預かっていたが、ついつい後回しにしてしまっていた。
でも、やり始めないといつまででも滞る仕事でもある。ラン王女としても急かせないだろうし。
しかし、どうしたものかな。王族に似合うアクセサリーを作るなんてよくよく考えたら身の丈に合わない注文だし、それに「龍の宝玉」を使い、なおかつ目立ち過ぎないように……なんていうのも無茶振り気味だ。
しかし……断るなんて選択肢はありえない、よなぁ。
「……こんなの、最高のチャンスに決まってるもんなあ」
文字通り、職人として名を上げるチャンスでもある。だが、「龍の宝玉」でアクセサリーを作ること自体、未知の素材を自分がどれだけ扱いこなし、新しい分野に踏み込んでいけるか試すチャンスでもあるし、何より、あのセントガルドの二人ともっと打ち解け、彼女らの抱える何かを知るチャンスでもある。
それを捨てるなんてとんでもない。
「……やってみよう。当たって砕けろだ」
どうせ半チク、カッコつけたってたかが知れている。ベストを尽くすしかないんだ。
気合を入れて顔を張り、細工を開始する。
その晩、俺は案の定熱中しすぎてフラフラになり、覗きに来たマイアに秘密温泉に連行された。
「あの王女に説教できなくなるから、ほどほどにしてね」
「……はい」
苦労を掛ける。ごめん。
(続く)
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