俺たちがのんびりと過ごす間に女騎士フィオーナに対する特訓も進んでいた。
「アンゼロス、軽く相手してみろ」
 ディアーネさんにけしかけられてアンゼロスは首をかしげる。
「僕が行っていいんですか?」
「ああ。私の相手ばかりではつまらんだろうしな」
 ディアーネさん相手の打ち稽古で面白いとかつまらないとかはエースナイトでもなかなか言えない気がするけど。
 アンゼロスは紐で髪を一本に結び、ショートソードの長さの木剣を握って進み出る。
 青々とした草原に少しだけ枯れ模様が混じり始めた町外れの空き地で、以前より少し顔つきが凛々しくなった気がするフィオーナは幾分長めの木刀を握って立っていた。
「彼女の相手をしろということか、ディアーネ」
「ああ。思い切ってやれ」
 フィオーナとディアーネさんの会話も、ここしばらくの南部語講座でなんとか聞き取れるようになってきた。まだ一瞬単語の意味が浮かぶまでに時間が必要だけど。あと、自分で発音するのはおぼつかないけど。
 そしてアンゼロスが構えると同時にフィオーナもスッと腰を落とす……おお、なかなかそれっぽくなってきてる。
 重心を落としておかないと瞬発力が発揮できない。当たり前の話だけど、それだけでもだいぶマシになったといえる。
 しかし、アンゼロスは今やベッカー特務百人長やアルメイダにさえついていける速度の持ち主。手加減はするだろうけど、どこまで対応できるだろうか。
 お手並み拝見、と腕組みをした俺の前で、フィオーナはいきなり先手を打つ。
 ダン、とアンゼロスの間合いに鋭く踏み込み、縦一文字の一閃。
「っ!?」
 ついこの間まで子供に全敗していた女とは思えない一撃に、アンゼロスも少し驚いた顔で受ける。
「やるっ……うわっ」
「まだまだ!」
 フィオーナはさらに振り下ろしの一撃を叩き込む。
 瞬間的にはオーガ並みの腕力を誇るアンゼロスなので打ち負けることはないが、文字通り思い切った振り下ろしは次の行動に移ろうとしていたアンゼロスをさらに戸惑わせ、そこにまたフィオーナの剣が振り下ろされる。
 さすがに三回目はアンゼロスも避けた。木剣は地を打つ。
 が、間合いを取り直して仕切り直そうという魂胆のアンゼロスのステップアウトは、フィオーナにすぐに詰められた。
 一度目だけなら見ている側の虚を突いただけといえたかもしれないが、二度もこの動きを見せれば、まぐれでないことぐらいはわかる。
「ディアーネさん、あいつ……」
「なかなかだろう」
 ディアーネさんは得意げ。
 だが、アンゼロスはその二度目の追従をかわし、三度目となるとさすがに好きにはさせない。
 一瞬引き、猪突猛進でステップしてくるフィオーナにわざと自分も突進。
「ぬわーっ!?」
 フィオーナはアンゼロスの体当たりを受けて2メートルくらい浮いた。
 そのタックル姿勢から低く体を振り回し、アンゼロスは衝撃波を放つ。
 浮いたフィオーナがさらに吹き飛ぶ。
「あーーー!!」
 ぐるぐると空を飛んで、地面に叩きつけられるフィオーナ。
 ……し、死んでないよな?
「アンゼロス、ちょっとやりすぎだろ!?」
「あれぐらいならクロスボウ隊の連中はしょっちゅう受けてたと思うけど」
「そうだけどさ!」
 よく考えたら頑丈だな俺たち。
 ……と、草むらの中からフィオーナは比較的元気に立ち上がった。
「ず、ずるいぞ! なんだその技は!」
「……あれ何て言ってるの?」
 アンゼロスは南部語がわからない。
 俺も喋れない。
 ディアーネさんに視線を移すと、ディアーネさんは肩をすくめて。
「あれはブラストアタック……何度か私やブレイクコアも見せたはずだが」
「それじゃない!」
「?」
「剣の勝負に体当たりなんてアリなのか!?」
 あ、そっち?
 ……ディアーネさんは溜め息をつく。
「アリだ。蹴りも頭突きも拳もアリだ。それがセレスタ流だ」
「最初から言え!」
 ……あ、それで納得するんだ?
 意外とフィオーナって柔軟なのかもしれない。まあディアーネさんの地獄の特訓に耐えた結果、そういうルールならしょうがない、と諦められるようになったのかもしれないけど。
 しかしブレイクコアを知ってるってことは聖獣迷宮にも行ったってことか……。
「もう一本だ、今度は油断しないぞ」
 草と土にまみれながら、のしのしと空き地に戻り、フィオーナは再び構える。
 吹っ飛ばされたことは全く堪えていないらしい。……いつも思うけど本当に根性だけはあるな。
「なんて?」
「もう一本だ、もう油断しないぞ、って」
 アンゼロスは俺の訳を聞くと、ふーっと一息ついて構え直す。

 打ち稽古はそれから30本続き、順当にアンゼロスが全勝した。
 が、フィオーナの成長はなかなかに目を見張るものがあったのも事実。
「どういう特訓したんですか。あいつ本当に一般人以下でしたよね?」
 ボコボコになったフィオーナを手慣れた様子でライラが温泉に担いでいき、アンゼロスとディアーネさんと俺は「レスリーハウス」に移動。
 ディアーネさんは酒を手にしながら自慢げに微笑む。
「普通の特訓だ。ただ……昔ベッカーやビンセントたちにやらせたコースの三倍の密度だ」
「……ベッカー特務百人長ってエースナイト試験で直接十人長になったはずですよね、確か」
 つまり、基礎がなってない新兵にやらせる訓練ではなく、既に一般兵では相手にならない段階のエースナイトたちに課していた訓練……の、さらに三倍ということだ。
 それ死ぬよね普通。
「このポルカではそれでちょうどいい。……耐えられるだけのモチベーションがあればだが」
「霊泉の回復力に任せて徹底的に痛めつけて鍛えた……というわけですか」
「痛めつけたとは人聞きが悪い。もう少しだけ力をつければ達成できる……というギリギリの訓練を毎回考えてやっただけだ」
 圧倒的な経験の多さと本人の能力の高さがあるディアーネさんだからこそ、フィオーナのそういう限界ラインを正確に把握し、コントロールできるんだろうな。
 そしてフィオーナが高いプライドと強い根性を持っていたからこそ、ここまで順調に鍛えられたとも言える。
「正直、あれほど鍛えがいのある素材はなかなかいない。あんなに精神適性があるなら、大抵は勝手に強くなってしまうか自分なりに効率のいい生き方をするだろう。どこまで育つか楽しみで仕方がない」
「でも戦闘技術は全く教えてませんよねディアーネさん……あいつずっとまっすぐ縦切りしかしなかったんですけど」
「剣術を手取り足取り教える気はないよ。私の技は技術としては体系立っていない。そっくり真似をするのは短命種には難しいだろう」
 ディアーネさんは酒を飲み干して陶コップを置く。
「不格好と思うならお前たちが教えてやれ。私は土台を固めてやるだけだ」
「お前たちって……」
「アンゼロス、オーロラ、それにシャロンやネイアや男爵殿……しっかりと教えることを前提にした技術を持つ者がいるのに、私が必要以上にでしゃばる気はない」
 アンゼロスと一緒に俺も入ってるのかと思ったけど、さすがにそれは無茶だよね、うん。


 ディアーネさんはそろそろフィオーナの特訓はある程度他の面子にも任せ、カールウィンからの移民都市を作る計画を進めるらしい。
「基点と方位の確定、ザッとした区画の打ち出し……道の舗装はさすがに来春でいいか。ドラゴンの腕力ならむしろ普通の建築物より容易そうだが」
「あのあたりだといくらか林を開かなくてはいけません。ライラ殿に焼いてしまうようにお願いしましょうか」
「焼くな焼くな。まずはエルフたちに相談だ。木の扱いに関しては彼らを仰いでおけば間違いはないだろう。あとで文句を言われてはかなわない」
 ディアーネさんとエマがレスリーハウスの片隅で計画図案を見ながら相談を重ねる。
 住み心地や拡張性という点を重視した都市計画図でしかないため、予備的な造成や町周辺の防備も追加していかなくてはならない。
 ポルカは壁を作って維持するだけのマンパワーがない(なかった)ので街と周辺地域の境界なんて木の柵程度でしかないが、町民自体も少ないので守備も一部の男たちと男爵自身の力でなんとかできた。
 しかしこれが千人、万人の街となれば、そんな間に合わせの守りではうっかり魔物でも入り込めば大被害が出てしまう。
 ドラゴンの力で守ればいい、というのは俺だけにしか号令できない解決策で、街というのは百年、二百年と続くものだ。ドラゴンライダーたる俺が死ぬまでに消えてしまう街なんて、わざわざそんな安い了見で作るつもりはもちろんない。だったらちゃんと守れる構造を作らなくてはいけないのだ。
「防壁に空堀……いや、いっそしっかりと水堀にしてしまうべきか? しかしな……」
「大雑把な仕事なら、クリスタル・パレスの銀竜たちを多く呼べばすぐに済みます」
「そういうことができるとしても抑えておきたい。アンディの力を余人に誇示し過ぎてもいいことはない」
「トロットは人間族ばかりと聞きますし、竜は夜目が利きますから夜に作業してしまえばいいと思うのですが……」
「いずれにせよ本格的な家屋建設は来春からだ。焦らずに進めるんだ」
 その建設作業のためのオーガ作業員も、タルクやクイーカの方まで集めに行かないといけないのかな……なんて考えて。
 そういえば、とカウンターのコスモスさんを見る。
 向こうはずっと俺の方を気にしていたらしく、すぐに目顔で「なんです?」と窺ってくる。
「コスモスさん、そろそろタルクのほうの子たち呼ぶって話になってなかった?」
「呼んじゃっていいんですか?」
「……い、いや、いいとか悪いとかじゃなく予定の確認としてね?」
「連れてきていいならすぐに見繕ってきますよー♪ 一緒に選びに行きます? それともお任せで?」
「いや俺が選ぶの!?」
「もちろん、ここに来るってことはご主人様にボテ腹にされてもいい覚悟させますし♪」
 言外に「あなたとセックスするための要員を追加するわけですからあなたが選ぶんですよ?」と言ってくる。
 いや俺はお宅の組織の保養としての話をね?
「……そういう相手だと断言するなら、先日ここで他の中年男性に『娼婦との渡りをつけてあげる』などと言った話と齟齬が生じますが」
 ジロリとエマがコスモスさんを睨む。
 俺に捧げるつもりで呼ぶのか、ここで通常通りに娼婦として活動させるつもりなのか。どっちなんだ、と俺に代わって問い詰めてくれている。
 が。
「それはご主人様次第ですよね♪ 娼婦のままにしておきたくないなら水揚げって話になるわけですし♪」
「それ罠じゃない!?」
「あくまで娼婦とお客のまま楽しんで、その関係のまま孕ませるのもひとつのロマンですよ♪」
 俺の独占欲の強さを知りながら暴走させようとするコスモスさん。タチ悪いぞ。
 ……ディアーネさんは頬杖を突きながら、好きにしろ、と手をひらっとさせた。

(続く)

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