それからさらに数日。
 日々は平穏に過ぎ……気候は数度の雨を経て、急にガクンと肌寒くなり始めた。
「……今日は寒いですねえ」
 テテスが朝だからと窓を開けようとして、ブルッと肌を震わせてすぐ閉める。
 エルフたちが作ってくれた家の見事な断熱性能が証明された形だ。テテスは昨晩から俺の部屋を出ていないので外気温の予想ができなかったんだろう。
「まだ秋口なのに」
「あとひと月もしたら雪が降るぞ」
「改めて……いくら北だからって言っても早くないですか?」
「多分、エルフの古代結界がなんか関係あるんだろうけどな」
 小蛇山脈を隔てて西の王都側の土地は、もう少し降雪も遅いし積もり具合も穏やからしい。
 本来こんなに豪雪になるためには海が近くないとおかしい、という話も聞いたことがある。雪と言っても要は雨と同じで水分には違いないので、大量供給されるためには風上にまとまった量が要る。だがエルフ領の広さの向こう側からソレが渡ってくるのは、ちょっと遠すぎるはずなのだと。
 でも空間の歪んだエルフの森となると常識では計れないからなー。おかしいとかおかしくないと言ってもしかたないところはどうしてもある。
「もしかしたらミスティ・パレスがあるのもなんか関係あるかもな。あいつら火竜と逆で、ちょっと力むとすぐ氷点下になるわけだし」
「さすがにドラゴンのせいで気候まで変わるっていうのは……」
 言いかけてテテスは目を泳がせた。
 ドラゴンに関しても、やはりどんな常識外があってもおかしくない。語気はどうしても弱くなる。
 しかし今回は、当のドラゴンもこの場にいた。
 ベッドの上で照明の魔法を唱え、昨日設置して消えかけていたそれの代わりに室内を照らし直すよう配置しているのはエマ。
「かつては飛ぶだけで嵐を起こす竜もいたとは聞きますが、今はそんな力を持つ竜は……知る限りではいないはずです」
「……いたんだそんな奴」
「累代で力が弱まったんですかね?」
 テテスの疑問にエマは首を傾げ、どうなのでしょう、とはぐらかす。
「もし自分がそんな力を持っていたら、不便だろうとは思いますが」
「……自分の意思ではコントロールできないのが前提?」
「そもそも、嵐を起こしながら飛びたいという状況がわかりません。風が暴れるのは飛びにくくなりますし、地上の状況も確認しにくくなります。いくら氷竜がそういう状況に強いと言っても、ないに越したことはありません」
「……まあ、そうだな」
 嵐を引き連れて飛び来るドラゴン。絵的には映えそうだが、確かに実際それをやる理由は……人間を脅すくらいしか用途がなさそうだな。
 そもそも脅すにしたってドラゴンはそれだけで充分に恐ろしい存在だ。嵐なんて付加価値は必要ない。
 となると……わりと無駄な能力だな……。
 テテスは思案した末。
「日照りのところに雨雲連れていく……ってのはどうでしょう」
 と発言したが、エマは首を振る。
「竜はそんなことをするような生き物ではありませんよ」
「……自分で言っちゃいます?」
「それで得をするもの、損をするもの、生きるもの、死ぬもの……それぞれにあるでしょう。人にとってはそれは害でしかないでしょうが、干上がることで生きるすべを持つ命もあります。竜が動くことでそれが奪われるのだとすれば、それは力の乱用であり、邪悪なこと。確固たる信念もなく、自分に可能であるからという理由で、そんな一面的な善意を横暴に施すことを、竜は忌むのです」
「……う、うーん……」
 そんなに四角四面に考えることかな……という顔をするテテスだが、俺の方は「ドラゴンはそういうの好きじゃなさそうだな」という肌感覚がなんとなくわかる。
 ドラゴンは自分が巨大な力であることに対して、常に自覚的で慎重なのだ。
 ドラゴンブレスや破壊の暴力に限らず、「嵐を起こす力」も基本はそれと同じ感覚で取り回すだろう。
 有益な使い方ができると言っても、それはドラゴンという種族にとってではない。人間やその他の亜人は、ドラゴンにとっては他の野生動物と同じように「他者、異種族」。
 人間の利益に沿って動くのは過分なお節介に過ぎず、ドラゴン的には肩入れし過ぎ、人間側からは期待のし過ぎなのだ。
 それを主導するドラゴンライダーがいるならば話は別だが、いない限りにおいてはそれはドラゴン的には「あり得ない行動」というのがエマの意見で、実際そういうものなのだろう。

 しかしこう涼しく……いや、寒くなってくると。
「そろそろ収穫祭かな……」
「え? 何か収穫するものってあるんです?」
「一応畑もあるんだぞ、本当に一応だけど」
 一念の半分が雪の中のポルカでは満足いくような農業なんて無理、と思われがちだが、霊泉水は作物を健康かつ大きく育てる力もあるため、畑はほとんどの家が持っている。畑というより家庭菜園みたいな感じだけど。
 若い人手も少ないために大きく耕作するのは難しく、霊泉水を効力があるうちに撒くのは重労働でもあり、また畑が稼働する夏場は観光地としての稼働も重なる。
 だから農作物をメインの収入にするのは厳しいのだが、冬場の各家庭の保存食料を仕込むのに足りる程度なら作るのは難しくない。
 もちろん春までとなるとなかなか難しく、漬け込み失敗やそれぞれの金策などで消費して、雪解けの頃にはどの家庭もカツカツだというのもいつものことだけど。
「去年は参加できなかったけど今年は混ざれそうだし、なんだったらドラゴンの機動力を使ってなんか祭りの支援もできるかもしれないな」
「支援……例えば?」
「ええと……野生動物狩ってくるとか、祭りに必要なものを仕入れてくるとか」
「エルフ領と交易通じてるのにそういうの必要ですか?」
「…………」
 テテスの言葉に何も言えなくなる。
 うん。そういうの間に合ってそうだね。
 肉だって一角馬肉をクリスティが売りたいだろうし、酒とかも今や「荒れ鯨」を始めとしていくつもの銘酒が入ってきている。ドラゴンで急に必要になるものはないかもしれない。
 役に立ちたいけど、うーん……。
「主様の雌奴隷たちが祭りに参加するだけで、きっと喜ばれますよ」
 エマはそう言うが、それに満足して座っているだけでいいんだろうか。
 でも何ができるかと言われるとなー。
 腕組みをして上を見て考える俺。テテスはその俺の胸を、指で字を書くようになぞる。
「……そういうアレコレはとりあえず後にしません? そろそろみんな来ちゃいそうですし……」
 テテスの語尾にわずかに欲情の色が混ざる。
 そう。当然ながら彼女とエマが俺の部屋で一夜を過ごしたからには昨夜はたっぷりと二人交互にセックスしたわけで、痴女気味のテテスはもちろん今も首輪以外は何も身につけぬ裸のまま。
 そして、みんなが来る前に朝の最初の中出しをくださいな、と言外に求めている。
 ちょっとだけエマが「当然のように自分から抱いてもらう前提ですか」と膨れそうな気配を見せているが、まあエマは愛玩奴隷の青首輪、テテスは妊娠奴隷の黄色首輪だ。こういう場合、優先権はテテスにある。
「……じゃあ種付けしながら考えるか」
「えへへ、そういうのいいですねー♪ 考え事の片手間で当たり前みたいに孕まされちゃうの燃えます♪」
「変態め」
「♪」
 構えてセックスに集中するのではなく、むしろ日常の些末事のように受精させられる扱い。
 テテスはそういうのでも昂ってしまえるらしい。
 で、実はそっちこそ本望と思っているのはテテスばかりでなく。
「……主様。その……個人的には私もそういうおつもりで気軽に挿入していただきたく」
「……エマ。そんな無理にこの変態ぶりについてこなくていいから」
「いえ! へっ、変態とかそういう……そういう意味ではなく、竜の雌穴は本当にそういうつもりで扱うのこそが本道と申しますかっ!」
 変態という言葉を否定しようとして、完全に否定したらそれはそれで俺の不興を買う言い方なのではないかと躊躇しつつ、結局こういう言い方に落ち着くというエマの内心の動揺が可愛らしいのだが、結局のところ「軽い気持ちでハメ捨てろ」という過激な意見には変わりない。
 でもねエマ。正直俺そんなに飢えた獣じゃないし、エマみたいにちょっとお堅く落ち着いた子とはじっくり楽しみたいんだ。焦らないで欲しいんだ。
 それとね。
「その通りです!!」
 バーン、と扉を開けて入室してきたのはやる気満々で同じく素っ裸のリェーダ。
「ご遠慮なさらずいつでも! 誰の前でも存分にお使い下さい! 例え誰に蔑まれようと雌穴を拡げ、伏してお種乞いをし続ける覚悟が私にはございます!」
 ……こういう過激派にはかなわないから、そういう発言は控えてほしい。
「だから! それお前らが楽しいだけで俺には何一つ益がないんだって何度言えば!」
 ……と叫びながらテテスに立ちバックで射精する俺。
「あっ♪」と悶えながらビュプビュプと精液をうっとり受けるテテスは、もう心底快楽を愛する雌の顔で、本当に凛々しく国のためにドラゴンスレイヤーを使った騎士の面影もない。……まあアレ自体は勘違いの大失態だったけどさ。
 そこに続いて到着する黒首輪組。
「まあ楽しそうなのは事実だけどね」
「せっかくですから、姉妹で街の真ん中に出てお披露目していただきましょうか♪」
「……どうせ既に死んだ身だ。オモチャにするなら思い切りやってもらいたい」
 なんでやる前提の話が続いてるの。変なエロ祭りはポルカでは絶対やらないからな。
 ……よそではやらないとは言っていない。


 秋風が冷たくなってきたので外での南部語講座はやめて、ナリスは場所を「レスリーハウス」に移した。
 ここにいると時々シーマさんが料理の試作をつまませてくれるし、他にも南部語の使い手が集まってくる。
 ダークエルフ姉妹もそうだしシャロンもよく来る。教え疲れたらバトンタッチができるのだ。
「では今から言うセリフを訳してくださいね」
 シャロンが少し早口で何かを言う。耳を通ってから一拍置いて単語を拾い、どういう意味かを構築しているうちに猫屋敷からついてきた猫娘が手を挙げた。
「『リスターは剣を使えるが今まで三回しかそれを見せたことがない。お父さんが嫌いだからだ』!」
「惜しい。リスター大騎士長が嫌いなのはおじいちゃんです。それ以外は正解」
「待ってシャロン。そういう妙に気になる話を例文にしないでくれ」
「気になる話だからこそ続きが聞きたくなるでしょう?」
 シャロンは悪戯っぽく唇に指をあててウィンクする。
 ……様になるなー。ディアーネさんより年下なのにお姉さんっぽい仕草がよく似合う。
 またシャロンが、さっきより長い台詞をスラスラと喋る。
 え、えーと。リスターは祖父に……なんだ、もう一回言って欲しいんだけど。
 と思っていたら、さっきとは別の猫娘がスラスラと訳。
「『リスターが習った剣は目突きと足切りをやる剣で、おじいちゃんは練習で今まで駄目にした相手の数を自慢していた。自分の弟も駄目にした』かな」
「はい正解。駄目にした、というのは再起不能ってことです」
「……自分の弟ってリスター大騎士長の弟? そのお爺さんの弟?」
「それについても例文にしますね」
「いやちょっと待ってそれヒラで聞きたいんだけど!?」

 南部語講座はとてもはかどった。
 全体的に俺より猫たちの方が理解が早いのが気になるんだけど。
 いや、俺は確かにそんな頭良くないとは思うよ? 思うけどさ。
 お前らなんでそんなにサクサク覚えられるんだ。実は勉強得意なのか。

(続く)

前へ 次へ
目次へ