ドラゴンパレス訪問は俺自身にとっても新たな発見があったし、ラン王女にとっても刺激的な体験だったようで、次の日からラン王女はアイリーナが大使館として占拠している男爵邸の書斎に入り浸り、アイリーナやクリスティを相手になにやら盛んに話をせがむようになった。らしい。
もちろん俺は男爵邸に詰めているわけでも王女を見張っているわけでもないので伝聞。教えてくれたのはフェンネル。
「エルフ領の話でもしてるのかな」
「いいえ。主にご主人様についての話ばかりのようで……」
「……俺のことなんてそんなに話すようなネタある?」
「いくらでもあると思いますけど」
ここ二年間の話は確かに山あり谷ありエロあり戦いありの盛りだくさんだけど、さすがに一通り語るのにそう何日もは……かかるか? かからないとは言い切れないか?
「ご主人様が雌奴隷それぞれに出会い、どう魅了し、そしてどれほどの功績をトロットやエルフ領、カールウィンに対して残したか……特にこのあたりの文化や歴史については通りいっぺんのこともおぼつかない王女ですから、そこから語れば話題は尽きることはないでしょう」
「ああ……そうか、下敷きになるお国柄とか種族関係の話はラン王女には初耳なこと多いんだ……」
あの子、わりとスムーズに話ができるのでついついなんでも知っている前提で話してしまうが、実際は空気を読んで流しているだけで、本当はよくわかってない部分多いんだろうな。
そういう「聞き上手」なところも王族の礼儀というものだろうか。
それを打ち捨てて根掘り葉掘りの話ができるのは、やはり身分的にも体格的にも同格で気兼ねなく、頭の良さでも抜きんでたアイリーナが適任ということになるんだろう。
「王女の寛容さに任せて雑な案内するのもなんか悪い気がしてくるな……こっちも歩み寄らなきゃかな」
「王女の側に立って、ご主人様の代わりに補完することができる人はたくさんいると思いますけどね……」
「でも南部語はヴァレリー語ができればそんなに難しくないってテテスやナリスが言ってた気がするし、今後のことも考えたら覚えておいて損はない気がする」
とにかく、まずは言葉だ。
王女の健康を取り戻して終わり、というだけのことではどうにも終わらない気配が出てきている以上、今後セントガルドに乗り込んで何がしかの活動をすることも考えられる。それに女騎士フィオーナと話す時、いちいち通訳してもらわないといけないのは地味に面倒だし。
「でも、私は南部語は達者ではなくて……お力になれず申し訳ありません」
「あ、いや、暇そうにしてる心当たりはいくらかいるし。とりあえずフェンネルは仕事頑張ってよ」
フェンネルに手を振って俺は男爵邸を出る。
ディアーネさん……は、フィオーナの特訓にかかってるから邪魔するのは控えるとして。
ミラさんたちダークエルフ姉妹は堪能と見て間違いない。出身者であるシャロンも言わずもがな。
しかしやはり気兼ねがないというとナリスだな。
で、ナリスを訪ねる。
今日は湯上がり長衣のまま猫屋敷の庭で猫たちと投げナイフで遊んでいた。
普通なら危ない真似を……と心配になるところだが、ナリスも猫たちも刃物は普段から扱い慣れている。
特に猫たちは、狩りの腕を錆びつかせないため、刃物に触るのは大事なことだ。それ専用の的は結構前から設置してあった。
そして、さすがの器用さで的の高得点ゾーンに全弾当てて猫たちに尊敬されているナリスに相談を持ち掛ける。
…………。
「ほほう。南部語を私に教わりたいと」
「なんでそんな嬉しそうなんだ……」
「ふふふ。いや、私が人になんか教える立場ってなかなかレアですし」
「お前そんだけ波乱万丈の人生送ってるのにどれだけ周りにナメられてるんだよ……」
100歳超の冒険家であり騎士でもあり、貧乏体質から経験も色々あるというナリス。人当たりも良く、本来は物事のノウハウを尋ねるにはもってこいの人材のはずなのに、全然頼られていないらしい。
……いや、レンファンガスでは確かに教えるチャンスは少ないのかもしれないけどさ。
「ではお教えしましょう。というか一番早いのは南部語しか喋れない人の相手することなんですが」
「そりゃ確かにそうなんだけどさ……疲れるじゃん」
お互い自分の言葉が通じないとなると、少しずつ簡単な言葉を使ったり身振り手振りを駆使したりして伝わるように努力することになる。
そうなれば「この言葉はどういう意味なのか」という部分への集中力が高まり、結果として言葉を覚えやすくなる。
ヴァレリー語を覚えた時のパターンはだいたいそんなんだった。カタリナやレンネストでは外部の人間と話さざるを得ない場面も多く、それしかなかったのだ。
しかし今回はそこまで体当たりしなくてもいいだろう。
「じゃあ日常会話から。セントガルド式の挨拶はバカ長いんで私も覚えきれてないので省略するとして、普通にそこらの国での『おはよう』から。復唱して下さいよ? ……」
ナリスによる南部語講座、開始。
ナリスと遊んでいた猫たちはいつの間にか俺の後ろに並んで座り、やがて俺よりも積極的に発言するようになる。
「にゃー。エルフ語よりわかりやすいー」
「ねー」
「って、アンタたちに教えてるんじゃないですよ!? スマイソン十人長も何ぼんやりしてるんですか譲ってないで真面目に受けてくださいよ!」
「あ、いや、でもみんなで習う方が覚えやすいし」
「それでスマイソン十人長が一番習得遅かったら笑えませんよ!?」
「いやー……でも若い子より覚えが悪いのは仕方ないところも……」
「アンタに焦点絞って教えてる私にもっと誠意をですね!」
晩夏の楽しい青空授業。
意外とナリスも寺院の先生向きかもな、と思う。まあ他国の騎士の身でガキンチョたちに教えることもないだろうけど。
さすがに一日やそこらではフィオーナの物言いを理解できそうにはないが、アイリーナの勧めに従うなら猶予はある。
ゆっくりと習得していこう。
一日が終わり、たまには……と男湯に入りに行く。
最近はだいたい秘密温泉だったのだが、やはりポルカ住民は風呂で親睦を深めるものだ。
いや覗きだとか痴女乱入とかそういうイベントばかりでなくね。
女の場合もそうだが、立場の違う住民同士が集まって語らう場として風呂はとても重要だ。
そう思って入った風呂には、なんか久々の気がするオナニーブラザーズとケイロン、それにジャッキーさんとダン爺さんがいた。
「お、スマイソン十人長」
「今日はオカズ持ってきてないんですか」
「いつ俺がオカズなんて持って……」
オナニーブラザーズに呆れてみせるが、よく考えたらすぐ脱ぐ痴女奴隷たちを連れて入ることは「オカズを持ってくる」という言い回しに適合している気がする。そしてそれなら覚えは結構ある。
咳払い。
「お前らはしばらくぶりに会った上官に他に言うことはないのか?」
上官風を吹かせてみる。
軍隊では上官はえらいのだ。無礼を働いていいものではないのだ。いや、結構働かれるけどそれを訂正させる権限くらいはあるのだ。
……と思ったが、オナニーブラザーズは揃ってニヤリ。
「ふっ。いつまで上官のつもりですか」
「あなたが十人長なんて名乗ってられるのもあと僅か」
「いやそれはそうなんだけどでも今の時点では一応上官と部下じゃん?」
反逆されるとは思ってなかったのでこっちの反応もどっちらける。
しかし二人は怯まない。
「実は我々、既に退役が受理されてます」
「というか昨日その旨の手紙が来たんですがね。そして戸籍移動の申請も通りました」
「マジで!?」
どっちも簡単ではないはずだ。特に戸籍。
このポルカを特別区にするという話はあるが、例え宣言が王都で出されたとしても、実態としてはまだまだ時間はかかるはずだ。今の時点では二人は普通にトロットに帰化することになる。
セレスタから見たトロットは事実上の属国ではあるが、封建体制そのものは今でもしっかり機能しているし、戸籍がガバガバということはない。楽に行き来できるはずはないのに。
「ディアーネ百人長とベッカー特務百人長のおかげですよ」
「二人に口添えしてもらってクイーカに取り次いでもらったんです」
「お前らそこまで……」
元々度胸が優れた二人だが、思い切りがいいにもほどがある。
そんなにまで露天風呂覗きパラダイスに骨を埋めたいのか。
「というわけで今の我々の上官、いや君主は男爵です」
「これからはスマイソン十人長などにデカい顔はさせない……むしろ我々が権力側、取り締まり側ってことですよ」
「なん……だと」
こいつらが取り締まる側……?
脳が追い付かないぞ。何を取り締まれるっていうんだ。
驚愕に震えている俺に、ダン爺さんの背中を流しながらジャッキーさんが嬉しそうに言う。
「いやあ、特にゴート君は待望のちゃんと戦える若者ですよ。森から魔物が来たときなんかはジョニー君やキール坊じゃ話にならないんで、結局俺が槍振り回してましたからね」
「いや……まあ今はエルフやドラゴンたちがいるからコイツらの出番ないと思うけど」
あとゴートはこう見えて白兵戦はそんなに強くない。いや、さすがに俺あたりに負けるほど弱くはないけど、アイザックやボイドに比べたら確実にヘナチョコだ。
……が、ジャッキーさんは首を振る。
「ドラゴンやエルフはいつまで味方でいてくれるモンか、わからないですから」
「少なくとも俺がいる間は……」
「ぼっちゃん」
ジャッキーさんは再び首を振る。
……それでなんとなく察する。
そうか。まあ……うん。そうだよな。
俺は……そう。
……ダン爺さんが太く低い声で、ゆっくりとまとめてくれる。
「あまりにも、ヌシは抱えてるものがデカすぎるんじゃ。……ヌシがどういうつもりかは知らん。じゃが、この町に暮らす連中は、今の状態があと十年も二十年も続くとは信じられるものでもない」
「…………」
冷や水を浴びせられた気分だった。
……そうだよな。
俺は、あまりにも急に大きなものを手にして……そして自分の未来を、あまりにも無邪気に信じすぎていて。
ポルカの人々は、それに調子を合わせて未来を考えられるほど、俺を信じられやしないんだ。
信じてくれないみんなが悪いとかいう話じゃない。
俺は、少なくともこの街にとっての「英雄」ではないし、そうあろうともしていないのだから、俺自身を要としたドラゴンやエルフとの協力関係が、そんなに永続するなんて街のみんなが判断する理由はない。
当たり前のことだ。
いつか俺が、町のみんなにはわからない大きな理由でここを離れていかないとも限らないし、エルフたちがそれを受けて再び態度を変えないとも限らない。ドラゴンたちも、もちろん言わずもがな。
だとしたら、「自分たちで街を守る」という意識を手放すわけにはいかない。
……それが悪いわけではもちろんないけれど。
なんだか俺の認識していた状況と街のみんなの意識の差が、無性に後ろめたく、寂しく感じた。
……でも。
「ま、無用の長物だと思うぜ。トロット王家にとってもセレスタにとってもここは大事なんだ。だから、ゴートやランツの武力なんてもう頼る必要もないくらい手厚く守ってくれる絵図になってるよ。少なくとも、お上の計画ではさ」
ケイロンが温泉を満喫する溜め息ついでに、気楽に言ってくれる。
それで思い出す。……俺は、やっぱり味方がたくさんいて、彼らは俺に俺らしく生きさせようとしてくれていることを。
「それに越したことはないですがね。覗き文化こそ移住の理由ですし」
ゴートは腕組みしてうんうん頷く。
いや待てよ。
「お前取り締まる側になるんじゃなかった?」
「取り締まられる側じゃなくなるという意味ですが」
なんて堂々たる腐敗。
いや男爵からしてあれだからどうしようもないんだけど。
(続く)
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