明るくなったミスティ・パレスの中を、ラン王女と一緒に見学して回る。
「これは何の入口? ……うわ」
「きれい……」
岩壁に設えられた木戸を指して尋ねると、マイアが無言で開け、中のちょっとした小部屋には大量の「龍の宝玉」が無造作に転がしてあった。
なんかクリスタル・パレスの方でも見たな。
「……ドラゴンってこれを貯める習性でもあるのか」
「貯めるっていうか……処分もしづらいし」
「ああ……そっか」
言われて少し考えて、理解。
まともな破壊方法がないとすら言われる「龍の宝玉」。胆石のように十年くらいで体内にできてしまうものだというが、過疎のミスティ・パレスでも十年ごとに各人一つずつ取り出していればそれなりの数になるし、それをどこにやるか、というと確かに難しい問題になる。
特殊な物質なだけに野放図にそこらの道端に捨てておいていいものではないし。
特段の必要もなければ適当に貯蔵しておくしかなく、結局こうなってしまうのか。
「海辺にある一部のパレスでは、思い切り海に向けて投げる風習があるとも聞きますぞ」
「ドラゴンの腕力で思い切り投げちゃうのか……」
ブロールさんのまめちしきに戦慄する。ただの石でも怖い話なのに、破壊不能の宝玉が飛んで来たら……。
そんな想像をした俺の顔色を彼は悪戯っぽく見て。
「ははは……お察しの通り。火竜戦争の折には竜側で投げつけていた者もあったと聞きます。宝玉ふたつみっつで城を貫通し、倒壊せしめたという話もありますな」
「怖っ」
「跳ね返ってそこそこで終わりそうなものでもありますが、やはり何か……おかしな性質でもあるのでしょうな。ただびとの腕力で投げても巨木が折れることもある。我が身から出たものでありながら物騒な代物です」
「……武器鍛冶もやる身としては面白そうな物質なんだけどなあ」
「いくつか持って行かれますかな。スマイソン殿のお役に立つとあれば、誰も異は唱えぬでしょう」
「い、いやいや、ちょっと考えさせて。っていうか人間社会で持ってるとこ見られると捕まるやつだし」
「竜そのものを堂々と連れながら、気になさることではありますまいに」
そうは言ってもな。面白い素材だとは思うし弄りたいけど、そもそも俺、強力な武器が必要な身分じゃなくなるし。
取扱注意の素材には仲間の知恵も借りて慎重に手を出すか決めないと。
「作るものが思いついて、欲しくなったらその時貰いに来る……ってんでどうかな。どうせ近いんだし」
「それもそうですな。いつでもまた来られたら良い」
ブロールさんは納得してくれる。
……が、照明魔法の光を受けてキラキラと輝く宝玉を見てラン王女は動かない。
確かに綺麗なのはわかる。……でもそんなに夢中になるもんかな。
いや、なるんだろうな。うん。女の子ってそういうものかもしれない。
俺の周りは絢爛たる宝石や金銀よりも俺の手作り品を喜んでくれる雌奴隷ばかりだけど、本来女の子は光り物はだいたい好きだ。好きなはずだ。
俺もアクセサリーは作るし光り物はもちろん好きだが、それは素材としての面白さ、魅せ方を吟味するのが楽しいのであって、いつまででも眺めて楽しむタイプの「好き」ではない。だから、いま手に入れるわけではないとなるとあっさり目を離してしまえるが、ラン王女はそういう感性は「正常」に女の子なんだろう。
小部屋の外から入ってくる魔法光は注意して見れば色とりどり。それぞれのドラゴンの癖というか、魔術特性みたいなもののせいだろう。光量自体はどれも明るいが、赤っぽい光も青っぽい光も、緑も黄色ももちろん純白もある。
岩窟の上層空間でそれらが入り混じって、全体としてはバランスのいい光になっているのだけど、それらは小部屋の宝玉に差し込み、それぞれに照らし合って乱れ輝くことで、不可思議で豊かな色彩を映し出す。
その美しさをただただ「そういう宝石なんだな」と納得するだけに終わる俺の感性は、多分ちょっと貧困なんだろう。
「……ぁぁ……」
小さくため息をつきながら宝玉を眺め続けるラン王女をしばらくブロールさんは眺め、ふと気が付いたように小部屋に踏み入って、奥の方にある革袋を引っ張り出してくる。
「お客人。これを差し上げよう」
「……あ、え?」
急に声をかけられてきょとんとするラン王女。
彼女の手にポンと二つ置かれる宝玉。親指の先サイズ。
「え、っ……い、いえあの、いただけませんっ」
「スマイソン殿に良い感じに加工してもらえば良い。削ったり割ったりはできないが、あしらいようによっては龍の宝玉とはわからぬようにもなる」
彼女の手に乗っている小さな宝玉は、形もちょっといびつ。真ん丸な他の宝玉とは違うようにも感じるが、輝きは同じ。
「ブロールさん、なんでこれ小さいの? あと妙な形」
「特に年若い竜に多いのですが、同じ年数を経過しても宝玉が形成されきっていないことがあるのです。そういうものでも放置すれば次のタイミングまでに余計に肥大しますからな」
「っていうか宝玉って取らないと駄目なの? ドラゴンが一人しいかいなかった場合どうするのかとか気になる」
宝玉は、ドラゴン体の腹の中に人間体の体の小さい者が潜って取り出すらしい。
ジャンヌはライラの宝玉を取ったことがあるらしいが、もし全く取らずにいたらどうなるんだろう。
「運が良ければ元あった場所で大きくなり続けるだけですが、ふとした弾みで腹の中のあるべき場所を外れ、宝玉が暴れ出すと大変なのです。大きさ重さのわりに破壊力が乗る性質なのは先ほど言ったとおりですが……それは我らの腹の中でも同じことでして」
「……勢いよく運動するたびに宝玉があっちこっちに動いて……運が悪いと内臓破壊する、ってことか」
「左様。まあ我らの体は幸いにして少し気を込めればすぐに治るのですが、取らない限りは延々と」
「……なるほど」
「その部屋に転がっているような、片手で握れる大きさならまだしも、数十年も取らずにいれば、ことによっては人の頭ほどにもなりますからな」
そりゃあ……大変だ。
ドラゴンを悩ませ得る数少ない「病気」ってところか。
「例のサフルという少年のような人里育ちの竜で、それで苦しみ続ける者もたまにあります。聞いたところでは慢性的に痛みに耐えたまま過ごし、他の竜に開腹して取ってもらうまで大物の宝玉が三個も腹の中を暴れていたという者も」
「うへぇ……」
考えるだけで地獄だな。
「こんなに綺麗なのに」
手に乗せられた宝玉を無下に捨てることもできず、ただその凶悪な逸話を聞きながら王女は悲しそうな顔をする。
そして俺を見上げる。
……うーん。
それを取り上げてブロールさんに突き返す……というのも、ちょっとな。
「わかった。なんとか宝玉が悪目立ちしないようなアクセ作ってみる」
ブロールさんは頷いた。
……ちょっと強引に俺が宝玉いじりをする方向に持って行ったのは、王女にドラゴンライダーの権威を示してみせたかったのか、あるいはドラゴンの秘宝類なんかに物怖じするな、と俺に伝えたかったのか。どっちもかもしれないけど。
衣装部屋に寄れば、エルフに贈られたものの誰も着ていないので気に入ったのがあれば好きに持って行け、なんて気前のいいことを言われて王女が焦ったり(やっぱりセントガルド王族基準でも凄い品質らしい)。
酒蔵に入れば、俺に勧めて片っ端から試飲させようとしてあやうく引っ掛かりそうになったり(俺はここでベロベロになるわけにいかないので後日ということにして断った)。
洞窟の最奥に行けば巨大なドラゴンの頭骨があって俺まで死ぬほどびっくりしてみたり。
「なんでドラゴンの骸骨が」
「今から3000年前に主に従って殉死したといわれる祖先のドラゴンの首です。少々不気味でしたかな」
「いや普通先祖の骸骨こんな無造作に置かなくない!?」
「正義に殉じた竜の骸は一族の誇りですぞ。人も偉大な個人の姿を像に残すことがありましょう。竜の骨は永代残りますゆえ、こうしてその遺体そのものを里の象徴と成すのです」
「……文化の差を初めて強く実感してる」
いや、なんかそういう文化ってオーガとか獣人だと普通にありそうだけどさ。突然お出しされると思わなかったっていうかさ。
そんなツアーの最後に、ドラゴンたちは手軽に味わえる「健全な芸」として、不可思議な合唱を披露してくれることになった。
「健全じゃない芸もあるのか……」
「お客人には我々の舞いは刺激が強かろうと思いましてな」
「…………ソウダネ」
大半のドラゴンたちは未だに全裸。王女は斜め上を見ながらもじもじしている。そんな彼らを直接見ずに楽しめる芸なんて言ったら歌ぐらいしかないかも。
……と、聞いたことのない言語、体験したことのないテンポ、そして洞窟全体の反響を考慮した、大きくゆっくりとした波に揺られるような歌が、アスティのソロを先駆けとして響き始める。
「……この、歌……!」
ラン王女はすぐに技巧の妙にピンときたようだった。彼女自身が優れた歌い手であるおかげか。
ただ、俺は何言っているのか、そもそもこれは音楽なんだろうか、という感覚が勝ってなかなかピンとこない。
音響体験としては凄い。目の前に全員いるのに、遠く遠くから響くように……あるいは背後から、右から、左から、ドラゴンたちの歌声が遠ざかり、近づき、焦点を移動する。
その謎の歌唱技術ばかりに気を取られ、曲としては全然流れがわからない。
だが、ラン王女は歌を聴きながら涙を流した。
……ただ技術への深い理解か、あるいは意味が分かるのか。
「……なんで泣くんだ?」
聞いてみるも、ラン王女は静かに泣きながら首を振り、何も言わない。
……ただひとつわかるのは。
俺より彼女は、何につけても感性が鋭い。
それが若さか、育ちか、あるいは純粋に才能か。
……なんにしろ、ちょっと羨ましくなってしまった。
(続く)
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