とりやめてエルフ領観光という選択肢もあったが、せっかくですから、と謎の切迫感を見せるラン王女に押されてミスティ・パレス観光に赴くことになる。
 これについては事前にポルカにいるブルードラゴンにも話を通すことができた。と言っても今日は滞在人数は少なめで、エアリとブロールさんだけだったのだが。
「なるほど。まあ暇潰しでも大いに結構。ドラゴンパレスなどと大仰に呼ばれていますが、要はただの村ですから」
「竜の暮らしなど簡単なものですぞ。食うも眠るも、その気になれば大した渇望もなく何年も辛抱できるものですからな。諸種族ほど凝った生活習慣はなかなか編み出せぬものです」
「は、はぁ……」
 二人とも裸に適当に布を巻いただけの恰好で気さくに語り、そしてマイアも交えて軽くアイコンタクトをした後、エアリがポーズを取ってドラゴンに変身。
「さあ、お送りしましょう。何、竜の翼なら鼻歌の一曲も終わるころには着く距離です」
 巨大な手を差し出してくる。
 俺は特に疑問もなくそのままエアリの手の上に乗るが、ラン王女は固まったまま。
「……どうかした?」
「あ、あの……ええと……そこに乗る……ん、ですか? あの、輿などは」
「……あった方がいい?」
 ドラゴンの手指は太く頑強で、こちらの動きにもしっかり対応してくれる。あえて暴れるんでもない限り、踏み外す心配はほとんどない。
 しかしラン王女にはちょっとワイルドすぎたかもしれない。
 でも「空飛ぶヤリ部屋」は置ける平地が必要だ。
 俺が覚えてる限りでは、ミスティ・パレスの近くに小屋を平らに置ける平地はない。
 森からちょっとした距離の斜面をジグザグに上った先の、山腹の洞窟がそれなのだ。傾斜を上るのもそこそこ大変だし、直接ドラゴンで乗り付けるのが一番楽なんだけど。
「できれば……その、落ちそうになるのは怖いので」
「うーん」
 輿代わりになるもの。なんかあるかなあ。
 時間があれば、アイリーナから買った板材を使って、軽く2メートル四方くらいの床に高さ1メートルくらいの囲いをつけた輿もどきを作ってもいいんだけど……さすがに今日の今ってわけにはいかない。
 いや。ちょっと待て。
「王女くらいの体の小ささだと……うん。あれでいいか」
 要は箱があればいいわけで。

「こんなもんを乗り物にするんですかい?」
「間に合わせだから。ちゃんと布は敷くよ」
「そりゃあ人の一人くらいは入ってもビクともしませんがね……」
 ジャッキーさんちに行って、鉄くず入れとしていくつか置いてある木箱をひとつ借りる。
 大きさは80センチ四方くらいか。しゃがんで入るなら小柄な女の子なら問題ない程度。
 もちろん蓋はない。首だけ出してもらうことになる。
 こんなもんでも自分の足でドラゴンの手の上を踏みしめるよりは安心感はあるだろう。箱の中なら服もたなびかないから、はしたないとかそういうのを気にする向きでも安心だ。
 もちろん、ずっしりと重い剣や農具などをしこたま入れても運べる程度にはしっかりした作り。
 ちょっと汚いのは……まあ、上等な布を縦横にかけて誤魔化すことにしよう。エルフたちが去年の大侵攻の時にくれた物資の余りがそこそこあるし。

 そんな即席の輿……というのもおこがましい箱席だったが、ラン王女はとりあえず気に入ってくれたようだった。
「天井があればもっとよかったのですが」
「それだと完全に誘拐とか奴隷の密輸とかそんな感じになっちゃうんだけど……」
 80センチ四方の立方体の箱に女の子を完全に密閉。
 うん、絶対よくないやつ。
「飛び出してしまうよりはいいと思うんですが……」
「そもそもドラゴンの飛行をちょっと乱暴に考え過ぎだ。そこまで警戒しなくてもソフトに下ろしてくれるよ」
「そ、そうは言ってもですね」
 小さくなって箱の中にできるだけ潜ろうとするラン王女。
 過剰な態度に苦笑してしまうが、まあ本来はそんなもんかもなあ、と自分の感性の摩耗を意識する。
 ドラゴンというのは巨大な猛獣であって、ほんの身じろぎで常人なんか潰してしまうような生き物。
 もしかしたら本当に獣のように、一瞬前まで利口そうに懐いていても急に牙を剥いてもおかしくないもの。
 それが普通の感性で、接するなら命懸けの覚悟が必要ものなのだ。
 そのギャップは簡単に埋まらないし、埋まってはいけないものなのかもしれない。ドラゴンたちと正しい付き合いをするためにも。
「……まあ、なんでもいいや。とにかくエアリ、頼む」
「はい」
 エアリは右手に俺、左手にラン王女の入った箱席を乗せて離陸する。

 エアリが先頭を飛行し、後ろにマイアとブロールさんが続いて、宣言通りにほんの数分でミスティ・パレスに到着する。
 三頭のドラゴンの翼による風圧で周辺に漂っていた霧はほんの少し晴れたが、またすぐにぼんやりと視界が閉ざされていく。
「近所は晴れてるのにここだけこんなに霧が出てるのは……なんかの魔術?」
「いえ。エルフの古代結界による空間の歪みが原因といわれています」
「我々にとっては大した障害ではない。むしろ入口を押し隠し、静かな環境を保ってくれるのは都合がよいのですがね」
 エアリはラン王女入りの箱席と俺を洞窟入り口に下ろし、続いてブロールさんとマイアも合わせて三頭同時に人間体に変化する。
 そーっとラン王女は首を伸ばして周囲を見回し、それから箱をガタガタ言わせつつ立ち上がる。
「……ここが、ドラゴンパレス……」
「そう。この洞窟の中でマイアは生まれ育った」
「……もっと贅を尽くした場所を想像していました。これでは……」
「蛮族か何かのよう、ですか?」
 洞窟の中から何人かのドラゴンが現れ、その先頭でたおやかに微笑みながらエアリの同世代竜であるミシェラが微笑んだ。
「い、いえ、その」
「このような場所では誰も見に来ることはない。この中は闇で満たされ、必要がなければ明かりすらも浮かべないのです。そんな場所で誰に見栄を張るために飾り立てる意味がありましょう」
 ミシェラはそう言いつつも、暗視ができない俺たちに配慮して照明魔法を唱え、浮かべてくれる。
 案の定というか、ミシェラもその後ろのドラゴンたちも僅かな金属飾りで身を彩るほかは何も身に着けていなかった。
「裸……」
「あら、何か着た方がいいかしら」
 微笑みながら俺に流し目を送るミシェラ。
 俺は首を振る。
「俺たちの方が客だ。場のルールに異は唱えないよ」
「ふふ。主様のご趣味にも反しますものね」
 斜め後ろからのミシェラおっぱいを眺めつつ、曖昧に笑ってごまかす。相変わらず年増の色気と人外の肌艶の良さを兼ね備えた見事にエロいカラダ。
 彼女に随伴しているドラゴンは男が多く、ちんちん丸出しだがそこはとりあえず意識から追い出す方向で。勃起してないちんちんなら大して存在感もないし。
 ……とは思ったけどラン王女はあからさまに赤くなりつつ視線のやり場に困っていた。
 そりゃそうか。基本男の裸なんか近くに寄らない生活だったはずだもんな。
 でもこれもまた文化的刺激。危険があるわけでもないんだし、カルチャーショックを楽しんでもらおう。

 パレスの中はうっすらと青白い岩で構成された岩窟で、これはどうやら特別な岩でできているのではなく、そういう蓄光性の苔が生えているらしい。明かりの魔法がなくても見えるほどではないが、ほんのわずかに青い色彩を影の中に加えるのだそうだ。
「その苔自体はどっかからドラゴンの手で移入してきたやつ?」
「お察しの通り。正確にはエルフたちに献上されたものですな。なんでも金の氏族の管理する地域の一部に生えているのだそうです。我ら蒼き竜の里、洒落っ気とは言わぬまでも、その程度に手を加えても良かろう、と」
「ドラゴンの美意識って控えめなのかなんなのかわからないところあるよな」
 何故か巨大水晶を村のあちこちに無造作に置いてるクリスタル・パレスも然り。
 全体がシンプルライフなのに、そういう方向では主張しちゃうの、というインテリア感覚は、人間の身にはちょっと不可解だ。
 そして、岩が青く見えること以外はごくごく普通の石造りの家屋……いや洞窟の中に家屋が点在してるのってよく考えたら意味わからないな。でもなんかちゃんとした家が立ち並んでいる。
 平均して8〜10メートルくらいの天井の高い洞窟だ。屋根まで揃った家が建っていても違和感はないのだけど、もし何も知らずにここに入り込み、たいまつ片手に探検することになったらちょっと現実なのか疑ってしまうかもしれない。
 ドラゴンだと知っているからいいものの、険しい山中の洞窟内に立派な家があるなんて、誰がどういう意図でそんな建築作業をするのか普通は皆目わからないじゃないか。
 そしてそんな闇の中から全裸の男女がヌッと現れたら、ドラゴンでなくても普通に心底ビビッて逃げ出したくなると思う。
「ひゃああああああああ」
 このラン王女みたいに。
 最初に出迎えてきたミシェラたちについて歩いていたら、角でバッタリ、みたいなタイミングでジュリーンとアスティ、そして年かさの雄竜たちが揃って裸で出てきたのだ。
 もう他にいないものだと思っていたらしい王女は甲高い悲鳴を上げて尻餅をついた。
「あんまり叫ばないでくれよ。響くから」
「あ、あう、ああっ……あうあう」
「はいはい。大丈夫、別に怖い人たちじゃないから」
 涙目の王女を助け起こす。
「もっと明るくしてくれるか。あまり怖がらせても可哀想だ」
 ドラゴンたちに向かって言うと、彼らは一斉に頷き、手を差し伸ばして一斉に呪文を唱え、たった一個の明かりしかなかった空間に急に十数個の照明光が増えて、昼の日の下のような明るさに変わる。
 そしてドラゴンたちは示し合わせたように跪き、こうべを垂れ。
『ようこそ、偉大なる乗り手、アンディ・スマイソン様。我ら青竜一同、心より歓迎申し上げます』
 声も揃えてきた。
「……偉大なる乗り手って、そういうの流行ってるの?」
 跪く裸の美男美女たちに、苦笑しながら手を差し伸べて尋ねる。
 手を取りながらミシェラは笑う。
「それはもう。ですから私たちもしろがねの同胞以上に、あなたをもてなし、身を委ねることの光栄を訴えていかねばと」
「……マイアの後にシルバードラゴンばっかり雌奴隷にしたの根に持ってる?」
「いえいえ。……いつか誠意が届くと信じるのみですよ」
 うん。根に持ってるね。
 ごめん。嫌なわけではないんだけど。もうここまでになったら開き直ってもいいかなって思ってもいるんだけど。
 でも今日はそういう目的じゃないからこれ以上迫らないで。お願い。

(続く)

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