ラン王女がほぼ快癒したことだし、と思い、彼女たちの件についてディアーネさん……に聞くのは後にして(フィオーナの特訓してるから)もう一人のリーダーたるアイリーナと改めて相談。
「まだのんびりしとってよいじゃろ」
「……なんか雑に投げてない?」
「セントガルドからこの地に至るのは、空行くドラゴンでなければ二か月以上の距離。そう大急ぎで行き来せんでも義理は立つ。何より王女は例の『神話を紡ぐ』という言付けを残してきたはずじゃろ。『身を賭し聖典に記すに値する大業に挑む故、静観し吉報を待て』という意味であるなら、事態はそう動かぬ。それこそ一年も滞在させてから満を持して凱旋してもよい」
「そんなに」
「ま、さすがに極端じゃが。……本人が言い出すまでは放っておいてよいのではないか。例の従者もまだモノになっておらんのじゃろ」
「なるのかなあ……」
ディアーネさんも根気強く無茶させてるからには見込みなしではないんだろう。特訓へのモチベーションも高い。
でも、いくらやる気があっても才能の壁はある。誰も彼もがエースナイトになれるわけじゃない。
アンゼロスもオーロラも子供のころから剣を志してエースナイトになったが、それに対してフィオーナはもういい大人。いくらいい教官が付いたからって、そううまくいくものだろうか。
「そなたはディアーネを信じておらんのか」
「人にはそれぞれできることがあるっていうのは信じてるよ。でも人が頑張ればなんにでもなれるっていうのはちょっとね」
「ふむ。ま、大それたものになれない自分を受け入れ、その中で最上の選択肢を探す……それがそなたの方法論じゃったな」
「まとめるとそう……なるのかなあ」
あまり意識はしたことないけど。
……言われてみれば、そうなるのかもしれないな。
超人になることなんて最初から目指さない、そんなものになれなくたって、結果に向けて手を尽くせば、何かは成せる。
俺はそういう方向性で何でもやってきた。
裏を返せば、人が育つということに関して全く度外視し続けていたとも言える。
「そなたは英雄じゃ。それもまた真理のひとつではあろう。じゃが、ディアーネもまた英雄」
アイリーナは面白そうに目を細めた。
「あやつにはあやつの確固たる信念と展望がある。闇雲ではない。そう結果を急ぐでない」
「急いでは……いない、けど」
まあ、俺がゴチャゴチャと心配するのは筋違いなのかも。
外交や礼節なんてものはさっぱりわからない。ドラゴンライダーとして振る舞う時、どこで押し、どこで引くかもまだまだ手探りだ。
まだ何を基準に何をすべきかなんてはっきりしていない段階で、俺なんかよりずっとしっかりしているはずのディアーネさんやアイリーナをせっつくべきではないのだろう。
「ならば、王女に観光案内でもしてやったらどうじゃ。ポルカは狭いが、そなたのテリトリーはまだまだ多い。神話に値する体験を、と覚悟を決めてこの地に来た王女には、それに見合う豊かな見聞を与えてやるべきじゃろう」
「観光案内か……」
俺のテリトリー、といってもまあいつもの「俺が好きなだけエッチできる場所」ということではなく「俺が知る限りで安全を確保できる場所」という意味だろう。
そうなるとエルフ領もそうだし、セレスタもいくつもの街が候補に入る。治安がよほど悪くない限りはドラゴンの護衛が二、三人もいれば誰も手は出せない。
カールウィンも安全っちゃ安全かな。あえて魔物が跋扈する周辺地域をのこのこ歩かない限りは、レンネストの街中よりよほど安心していられる。……むしろ魔物も今やドラゴンたちの駆除作業のおかげでだいぶ少なくなってるんじゃないだろうか。
と、いろいろ考えて。
「……ドラゴンパレス」
「む?」
「ある意味世界一安全だよな」
ミスティ・パレス。
ポルカからそんなに離れていないにもかかわらず、数年前まで存在していることさえポルカ住民に知られていなかったドラゴンの巣。
いや、今も理解してない住人そこそこいるっぽいけど。
「ドラゴンの懐に入るっていう王女の『神話』の腹案から考えたら、絶好の見学場所かも」
「ふむ。良いのではないか。……マイアや、不都合はないのじゃろう」
アイリーナが俺に向けるのと同じ声の調子で尋ねれば、屋根の上にいたらしいマイアが窓の外にいったん飛び降りてからまたジャンプして窓を飛び越え、部屋に入ってくる。
「うちのパレスなら平気。誰が来てもあまり気にしないと思う」
「誰が来ても、って」
「そもそもほとんど誰も来ない。たまにエルフとか野生動物が入ってくるくらいだし」
……ポルカで知られていない、そしてエルフ領では銀を従属氏族としているからには、泥棒なんかが入る理由も皆無ということか。
「多分、アンディ様のお客って言えばみんな喜んで歓迎するよ。あんまり面白いパレスじゃないけど」
「普通の人はドラゴンパレスというだけで喜ぶから大丈夫」
……ん? いや本当にそうか?
ドラゴンパレス初侵入で喜ぶのなんてナリスだけなんじゃないか?
と、多少自分で疑問に思いながらも、まあ時間も金もかからない企画なのでさっそくラン王女を呼びに行く。
「……は、はいっ。い、行ってみたいです!」
「……ええと。大丈夫? 無理してない?」
ラン王女は多少固まった後に果敢にうなずいたので、本当はちょっとビビったんだと思う。
でも「神話的においしい」という例の思考で後退できなかったのだろう。
ちょうど王女の部屋にお茶を運んできていたフェンネルが横から励ましてくれる。
「大丈夫ですよ。ブルードラゴンの皆さんは本当に気のいい方々です。……逆鱗に触れさえしなければ」
「!?」
「あ、いえ、恥ずかしいことですが、我が銀の氏族は昔からブルードラゴンの皆さんと懇意であるがゆえに増長してしまう輩もちょくちょく出るもので。場合によっては処分された者もあります」
「……いるんだやっぱり」
従属氏族であるが、ドラゴンと近しいというのは、その力を笠に着て強引な行動を取りやすいということでもある。
直接にはドラゴンをけしかけずとも、最終的にドラゴンの暴力の存在をちらつかせるだけで相手を黙らせることもできるだろうし。
ドラゴンは良くも悪くも社会正義に頓着しない。個人の正義と覚悟のみを評価する。
そういう無体も多くは公平に罰することはできなかっただろう。
……だが、わかりやすい善悪のラインを踏み越えてしまえるからといって、本当にドラゴンを「悪用」するなんて真似を企て、それが彼らの独自の価値観に抵触したら?
……結局のところ、屁理屈は酷くても実害軽く済んだフェイザーやガスト翁なんてのはまだまだ序の口で、本当に胸糞悪い真似をしてしまった銀のエルフも存在したんだろうな。
「処分というと、やっぱり……サクッと?」
「いえ、ガブリと。……生きたまま」
「…………」
たまーに忘れるけど、ドラゴンって人間食わないわけじゃないんだよね。まずいからあんまり食べないだけで。
ライラも食ったことがあるような口ぶりをたまにすることあるし。
理性的に見えても、本気で怒った時は躊躇なくガブリといけるのがドラゴンなんだろうな。人間の方には普通ある、人体を食料視することに対する生理的な嫌悪があまりないというか。
……という怖い話をしていたら、ラン王女は蒼白な顔になってしまっていた。
「あ、あの……やっぱり……い、いえ、そのっ!」
いったん辞退しかけて、やっぱり逃げてはいけない、と自分を奮い立たせる王女。
俺とフェンネルは咳払い。こういう子の前でしていい話ではなかった。うん。
「大丈夫。心配ならシルバードラゴンも連れていく」
「えっ?」
「ドラゴンは色が違うとやっぱりちょっと対抗意識が出るものだから、お互い知性的なドラゴンだというメンツを守るために大胆な行動は控えるようになるし。エマやリェーダなんかは俺の直接の配下だから、何があっても味方でいてくれる」
「……あの……それは余計に……」
「?」
ラン王女はどんどん悲壮な顔になる。
少し不思議な気分で見ていたら、背後に音もなく現れたエマが囁いてきた。
「ただでさえ不穏なのを避けたいのに、ドラゴン同士で対抗意識を煽るなんて提案をしてどうするのです」
「……あ、あー、いや、例えば俺みたいなダメ兵士でも他国の部隊の前ではかっこ悪いとこ見せるのは避けるよねっていう話で」
「私もその意図は理解しますが、竜を恐れる者からすれば単純に火種が増えるだけに見えるでしょう」
……そ、そっかー。
俺、ドラゴンに対しての感覚が本当に狂ってるんだな……怖いなら味方を増やせばいいじゃんとしか思わなかった。
「……ただの村見物にそんなに身構えることないのに」
マイアはなんだかげんなりした顔をしている。
まあ……自分の故郷を地獄の一丁目みたいに言われるのは気分いいわけないわな。
(続く)
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