晩夏の賑わいを一番楽しんでいるのはもちろんナリス。
 戦い以外のことなら大体一番楽しんでいると言って間違いないのが彼女だが、市や酒場、あるいは温泉などあらゆる場所で観光客に声をかけて顔見知りを増やし、トロット・エルフ領各地の文化や冒険情報などを調べている。
「お前……退役はしてないんだよな?」
「ええまあ」
 昼飯を酒場で食べている彼女。昼間だというのに「大氷原」まで飲んでいる。いや、昼間は酒精を避けるべきなんてのは一部の文化でしかないけどさ。大氷原はそこそこ強い酒なんだから避けるだろ。
 ……いや、ポルカなら霊泉にゆっくり浸かればいい具合に酒も抜けるんだけど。それにしたって酔わない自信がないとなかなか女の身でできる飲み方じゃない。
「今どういう身分になってるんだ」
「どうもこうも単なる正騎士ですが」
「ガントレットナイツは任務も受けずに隣国でふらふらしてても除名されないもんなのか」
「えーと……それはですね」
 ナリスは左右に目を走らせ、身を低くカウンターに伏せつつ、俺にも同じ高さになれ、と指で招く。
 いかにも言いづらいことを言うというポーズ。
「……実はスパイ任務を申し渡されていまして。これでも励んでいるんです」
「それ俺に言っていいやつ?」
「アンタが黙ってれば問題ないやつです。……スパイ内容はテテスちゃんが何を企んでるか、と、ついでにスマイソンハーレムの実態戦力の評価」
「うん誰の命令かはすぐわかった」
 その件に関して一番頭が痛いのはバスター卿だろう。
 テテスは何を企むかわからない。妊娠を第一目標とした現在でも陰で余計なことをしているんじゃないか、という疑念は常にある。
 そういう兆候が少しでも見てとれた時点でナリスはできる限りの対策を講じつつ、連絡可能な状態になったらすぐにバスター卿に知らせなくてはならない。
「よりによってナリスに頼むあたり本当に困ってるというか……微力でもいいから味方が欲しいというバスター卿の切実さが窺える」
「アンタ本当に失礼ですね……これでも強いんですよアンタの10人前くらいには」
「いや俺の10人前じゃレッドアームになるのは無理だけどな? 俺、前衛兵相手じゃ喧嘩にならないし。前衛兵25人前ないとレッドアーム基準に満たないはずだし」
「そういう細かい話してんじゃねーんですよ」
 げし、と痛くない程度にカウンター下で足を蹴られた。
「まあ実際テテスちゃんの件は『できれば』の話ってことになってます。それよりスマイソンハーレムの実態調査が主任務みたいなとこありますね」
「……そもそもその任務いつ受けたんだ?」
 レンネストから引ける直前までテテスが監禁されていて、バスター卿は父親のイーグル翁を抑えるために出てこれなかったはずだが。
「まさにレンネストの出がけにそっと命令書渡されたんですよ。テテスちゃんの目を盗んで」
「…………」
「ちゃんと働いたらブルーアーム相当のお給金が出ると書いてありまして……」
「それ本当に言っていいやつ?」
「むしろそろそろアンタが承知してくれないと、いざって時に裏切りだ買収だってドラゴンの皆さんに詰められかねないんですよね」
「……確かに」
 調査内容としては実害の可能性は低いし、バスター卿と円満な関係を保ちたいのはこちらも同じだ。しかしドラゴンたちとしては金のために他勢力を利するような真似は、特に真面目なエマとかリェーダが激怒しないとも限らない。
「ただ……」
「なんだよ」
「……実態戦力の評価をどう納得してもらえばいいのか途方に暮れてまして若干現実逃避してるところはあります」
「……まあ、ドラゴン七頭……それもライナー配下が三頭とも、だからなあ」
「いやいや」
 ナリスは首を振り溜め息をつき。
「実態って言ってるでしょうが。建前上の組織戦力じゃなくて、アンタが実際他勢力とコトを構えた場合の動員力の見積もりですよ」
「……あ、シャリオたちは戦わないから入らないって話?」
「契約してないのに嬉々としてアンタのためなら飛び出してくるドラゴンも勘定に入っちゃうって話です!」
「…………」
「実際レンファンガスどころか本気出せば北西平原平定できますよね」
「さすがにそんな暴挙はほかのドラゴンライダーが止めるんじゃないかな」
「暴挙がどうとかじゃなく、アンタを敵に回した場合どの国なら勝てるかってことですよ」
「……それは……まあ」
 全然実感はない。でも、実際のところはもう俺たちを制圧できる勢力はおそらく大陸にはない。
 ミスティ・パレスやクリスタル・パレスまで数に入れたら、俺は自分の一存で数十頭を動かせる。それを真面目に考えなくてはいけない人間には悪夢だろう。
「スマイソン十人長が……もう十人長じゃなくなるわけですけど、アンタが特定の女にしつこいハーレムスケベ野郎でよかった……なんて自分が当事者なのに本気で思っちゃう日が来るなんて思いませんでしたよ。これで際限なく処女犯したいタイプだったり、単純に支配欲が肥大してたりしたら大陸暗黒時代始まってますよ」
「大げさな」
「全っ然大げさじゃないです。飽くなき征服活動に走る理由があったら本当にアンタの寿命の間は世の中地獄になってましたよこれ。実際力ずくでなんでもできちゃうんですから」
「……俺がそういうやつに見える?」
「アンタの性格がどうのこうのじゃなく、周りが勝手に点数稼ぎを始めるんですよ。どんなヤバイ国の国王も、たいていは本人は悪いことしてるつもりなんかないっていいます。勝手に回りが動いて、敵も勝手に襲い掛かってきて、いつの間にか制御不能になるんです」
「怖いこと言うなよ」
「実際、今後そうなる可能性はあります。えらい人たちはみんなそれを恐れてますよ。……ディアーネ百人長やアイリーナ様が何か考えてると思いたいですけど」
 ナリスもただのお軽い奴に見えて、そういうこと考える頭はあるんだなあ。……いや、人生経験100年越えてるんだから当然っちゃ当然か。
「だからドラゴン数十頭の動員力なんてアンタが使わないのはもちろんですが、その存在をバスター大騎士長に知らせるかどうかも悩ましいんですよ。隠すのは道義的じゃないと思うんですけど、知ったら知ったでむざむざ無策というわけにはいかないわけですし……」
 ナリスが頭を抱える。
 まるで堕ちる前のテテスみたいだ。
「……もしもそういうキナ臭い状況になったら、俺は西方大陸に行くよ」
 ナリスの肩をポンポンと叩いて俺は雑な解決策を出す。
 雑だが、いつかはやってみたいと思っていたことでもある。
 一度しかない人生だ。故郷で穏やかに過ごすのもいいが、どうせなら世界の果てを見に行くのもいい。
 こことは全然違う世界に行く理由なんて、好きな女たちとひたすら楽しんでいる今は何もない。でも、ここを去らなくてはいけなくなるなら、そうする理由にはちょうどいいだろう。
 ……で、それを聞いたナリスはこっちをジーッと変な目で見て。
 溜め息をついて。
「……そん時は連れてってくださいよ」
「ええー?」
「なんで渋るんですか! 私だって行きたいに決まってんでしょ冒険家なんだから! あと私アンタの雌奴隷になったはずじゃないですか!? そういう待遇ひどくないですか!?」
「首輪つけてない時はノーカンだし」
「ぐぬぬ……そ、そういう状況になったら常設でつけますし!」
 普通キナ臭くなってきた状況であえて首輪つける方向にはいかない気がするんだけど。でもなんか賢くない立ち回りの方がナリスらしいな、と笑ってしまう。

 食後、また女騎士フィオーナの様子を見に行ってみる。
 ただただプライドをへし折られただけの姿になっていなければいいんだけど。
 ……と、少し心配しながら町外れの草原についてみると、意外にも結構たくさんの雌奴隷たちが見物に訪れている。
 アンゼロスにオーロラ、アルメイダ、シャロン、ネイアにベアトリスまで。
 家でまだ素っ裸で生活してるテテスとフラフラしてるナリス除いて、エースナイト級以上が勢ぞろいか。
「なんかの催し?」
 一番近くにいたオーロラに聞いてみる。
「戦神と名高きディアーネさんの直接の基礎指導となれば、そこそこに遣えるわたくしたちでも参考になる部分が多いのです」
「へえ……」
 初歩の初歩なんてそんなに違うものなんだろうか。
 ……でも、ここにいる子は若くして才能を伸ばしてる子が多いからなあ。本当は時間をかけるべきところをすっ飛ばしている場合も多いのかも。
 ……なんて思いながらフィオーナを見れば、持たされているのは剣ではなく盾。ここらでは珍しい。
「なんで盾なんか……」
「守りの意識を高めるためだということですわ。彼女は敵を見ていないから子供の太刀筋にも対応できないのだと」
「でもディアーネさんの剣速じゃ反応もできないんじゃ……」
「そこはうまく調節しています。ジョニーさんやキールさんらと同じくらいの速さで打っています」
 ……でも、見ているとちょくちょく盾で守り切れずに肩や足をしたたかに打たれて崩れ落ちている。
「……ただ、ディアーネさんは動きの予備動作がとても小さいので……体感では倍以上に速く見えるのでないかと」
「結局鬼じゃん」
「しかし、盾で受けるのは剣に比べればずっと易しいはずですわ」
「でもあんなにやられたんじゃ気持ちが折れるんじゃ……」
 と思ったが、フィオーナは痛みが引くとすぐ立ち上がって声を張り上げ、引く気配はない。
 すでにそこそこ訓練が続いているのに無力感でいじけたりする様子がないのは、実際に精神力が強いのかもしれない。
「……霊泉ですぐ治るとわかっているにしても、強いな」
 アルメイダが感心したように呟く。
「『ラン様に恥はかかせられない』と……何度も呟いています。ラン王女を思う気持ちが強いんでしょう。……最初に比べると腰構えも良くなりました。ひょっとすると、ひょっとするかもしれませんよ」
 ネイアが楽しそうに言う。
 ……いくらディアーネさんがいい教官とは言っても、ちょっと気が長いんじゃないかなあ。

(続く)

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