酒場の昼の賑わいはセボリーの言う通り、なかなかのものだった。
晩夏はポルカに人が一番集まる時期と言っても過言ではない。本来、湯治客がポルカを目指すのには時間がかかり、国内でも遠いところならポルカまで片道一か月強は必要になる。乗り合い馬車でそれなので、歩きだともっとだ。
で、行き道に夏装備で来た人が帰りに雪の中を歩くのはとてもまずいので、今くらいの時期が過ぎると南へ帰るか冬をここで越すかの選択をする必要が出てくる。雪中行軍完全装備を用意するか、雪の中でも通う根性ある隊商に同行を頼むか、少ない乗合馬車の席を争うか……そういう労力を考えると、安い宿賃で過ごせるここで来年の雪解けを待つという選択肢も現実的になるわけだ。
で、当然そんな人生の余裕がある人は少ない。いくらポルカの霊泉に頼るほどに不自由だったとしても、まるまる半年余計にぼんやりしていても笑っていられるほど豊かなのは、貴族の子弟か、既に隠居した爺婆くらいだろう。
この時期が最後の賑わいというわけだ。
「今年はいつもの年より湯治客も多かったからね。セレスタやレンファンガスから来た人だってそこそこいたし」
マスターの奥さんが看板を引っ込め、店じまいの態勢を整えながら「嬉しい悲鳴」といった微笑み交じりの困り顔をする。
「いつもはそういう遠来の客は少ないの?」
「年にそれぞれ数組ってとこかしらねぇ。一人も来ない時もあるよ」
「……やっぱりアシュトン大臣やガードナー公爵の手回しのおかげかな。エルフ領との交流を太くしようっていう」
「偉い人のすることはわからないけどね。せっかくの食事客を外で待たせるのは忍びないから、正直あのダークエルフのお嬢さんが店を出してくれてるのはホッとしたよ。そっちもありますよって言えるからね」
「店のさらなる整備は急務って感じか……」
「アンディじゃなくて男爵様が考えることだと思うけどねえ。だいたい、一番忙しい今だからこそで、冬場にバランスとれるかはウチにもわからないよ」
「いや、まあそうなんだけど」
冬にはアイザックたちクロスボウ隊が訪れ、さらに街に活気をもたらしてくれる……とは言っても、それはまだ偶発的なことでしかないとも言える。これから毎年当て込むに値するかは、町の店としては判断しづらいところだろう。
「正直、アンディやマリーが帰ってきて、エルフたちが街を歩くようになって……ワーッといろいろなことが起きてるのは面白いけど、どれが一過性でどれが違うのか、見極めがつかないのが悩ましいところなのよねえ。もっと給仕も雇った方がいいのか、思い切ってこっちの店も改築しちゃっていいのか……亭主と毎晩話してはいるんだけど」
「あー……」
街の発展に、俺たちはどんどん薪をくべるだけだ。
しかしその火に直接晒されるこの酒場や宿屋、それ以外にも増えた客や住人を相手する各店舗にとっては、どこまで自分たちの許容量で回すか、あるいは投資していいものか、判断が難しいところだろう。
俺たちとしても、これから大規模に整備するとわかっているのはポルカそのものではなく、新しい街だ。
新しい街の建設作業のための人手が入るのは間違いないが、それがどれほどのもので、店主らが構えを変えるに値するかどうかは断言できるものじゃない。
最辺境の田舎町には経験のない発展の兆し。悪いことではないはずなんだけど、判断は難問だ。
幸いポルカでは少々働き過ぎたといっても過労死なんていう結末には縁遠く、ちょっと無理をしてみてから考える……というのができるのが強みではあるけど。
「だからねアンディ」
ドン、とカウンターに手を置いてマスターの奥さんは半笑いで睨む。
「できれば貴重な戦力であるところのセボリーちゃんやキュートちゃん、ポンポコ孕ませて辞めさせるような真似は控えてほしいんだけどねぇ?」
「……それはどうとも断言できない案件でして」
「他にいくらでもいるでしょうが。セボリーちゃんはエルフだから三年や四年ぐらい手控えたって適齢期が過ぎるわけでもなし、キュートちゃんも孕ますにはちょっと早くないかい?」
「それには議論の余地があると思う! 異種族だし!」
キュートも15……いや、16になるのかな。正直、トロットで一般的に言っても子作りが非常識って歳ではない。一回り年上の俺が遠慮もなくやっていいかは少し見解が分かれるところだけど。
猫獣人が本当に人間より出産能力が高いかは実のところよく知らないけど、キュートと同い年のアゼルやリゼルも平然と「孕ませていいよ」と送られてきたことを考えれば、少なくともあそこのコロニーでは決して駄目な歳ではない。はず。
そんな風にちょっと必死な俺に、横に座ったグロリアさんが援護射撃。
「あと、エルフの子宮は頑固だから、ハメたらすぐご懐妊ってわけにもいかないのよねぇ」
「そんなはしたない言い方はおよしよ……」
「私、コスモスと同業だから」
見た目が磨かれて数歳(人間基準)若返り、うら若き乙女といった言葉が似合う風貌になっても、グロリアさんは娼婦としてのプライドは捨てていないらしい。
「正直、一応あったらクスリ飲む程度でそんなに真面目に避妊してないけど、何十年もハメまくって、まだ一度も産んでないもの」
「飲むだけで避妊できる薬ってのもあるんですか」
「そりゃあるわよ。ダークエルフは幅が利かせられないってだけで、一応ハーモニウムにもソッチからのクスリは入ってきてたのよ」
まあ、そりゃあるか。ヒルダさんが指先ちょちょいで済ませられるから、身内では使う理由ないけど。
「そういう子が本気子作りしてるのにお邪魔はちょっとどうかなーと思うのよね。もしかしたら今日なら巡り合わせがあったかもしれないのに逃して、次の巡り合わせが何年先になるか……って可能性もあるんだし」
「そんなにご懐妊しにくい割には、ハーフエルフは随分いる気がするけどね」
「欲しいと思ってる二人にはなかなか子宝授からず、逆はお見事一発必中……なーんて、異種姦に限った話でもないでしょ」
「そりゃそうだけど」
レイプされたけど孕まなかった、だからそんな不名誉な事実は墓まで持っていく……そんなエルフも相当数いるんだろうな。隠しきれなかった結果がハーフエルフだとするなら、実態よりずっとデキやすいものにも見えるということか。
まあ、アンゼロスみたいに親が愛し合った結果のハーフエルフだっているんだけど。
「何より、若い子の子作りの邪魔するような土地には未来なんかないわよ」
「その範疇にアンディを入れていいもんかしらね……アンタもそうだけど何人いるのよ。ちょっと抑えないとまずくない?」
「子供がいくら生まれたって北の森の氏族長を二人も手懐けてるんだから乳母には事欠かないわよ。どうせ森には自分たちに子供が生まれなくて暇してる女ばかり多いんだし」
「その乳母さえ全部孕ませそうな勢いじゃないの」
「ん? 結構なことじゃない? 子供いなくて困ってるんだから」
「……エルフの感性ってのはわからないねぇ」
グロリアさんはケロッとしたものだけど、俺の子供ばっかり増えてもしょうがないと思う。いや近親婚のリスクは紫の魔法技術でどうにでもなるってアイリーナが言ってたから、そうでもないのか……?
いやいやいや。そもそも未だにアンゼロスを白の血族と認めるかどうか意見が割れるような状態でハーフエルフ繁栄なんて正気じゃないだろ。
いや、でも。……あー、ところで俺、今までそんな空気感じないけど森の中でもそんなにモテてる感じなんですかね。頼めばエッチしてくれる感じのエルフ娘ってフェンネルたち以外にもそんなにいるんですかね。
いや、純粋な興味ですよ?
「ご主人様ご主人様。そんなことないですから正気に戻って。グロリアさんは乳母のなり手がいるとしか言ってません」
「うわ」
カウンターに座る俺に背後から抱き着くようにして囁くセボリー。
「も、もしかして俺、独り言でも言ってた?」
「そんな嬉しそうな不満そうな微妙な顔で挙動不審な動きをしてたらだいたい何考えてるかは読めます」
「当たり前みたいに言ってるけどそこで思考の否定から入るほど絞るのはだいぶ特殊技能だからな!」
セボリーもかなり斜めの方向で芸達者になってきた。
「妊娠したらちゃんとウチの誰かを代わりによこしますから、おかみさんもご心配なく♪」
「にゃー」
「キュートんちにも交代要員いるもんねー」
両手を挙げたキュートとうなずき合うセボリー。っていうか交代要員って誰だ。……まあセボリーはオレガノと入れ替われば済みそうだな。服屋は座ったままでも店番できそうだし。
キュートは……えーと、マローネあたりが代われそうではあるか。マローネが未だに定位置を定めきれてないだけとも言えるけど。
「そうまでこのヤンチャ坊主の子供を欲しいっていうのが私からするとわからないけどねぇ……」
「そうですか?」
「ちゃんとした夫婦なら子供作らなきゃ世間体が悪いってのもあるけど、そういうのじゃないでしょ」
「私からするとそういう感覚の方が違和感ありますけどねえ」
セボリーは俺に甘えるように後ろから抱き着いたまま唇に指をあてた。
「好きな人との子供が欲しいって、世間体で出たり引っ込んだりする話じゃないでしょう」
「…………」
なんともいえない顔をするマスターの奥さん。
……ある種の正論、なんだろうな。
自分の胎に好きな相手の子を宿したい。それは女にとっては命懸けだからこそ、チープな社会性をしばしば投げ捨ててでも追求してしまう、本能的な欲求。
雌奴隷たちはそれに対して正直かつ気楽すぎるから、ついつい奥さんみたいな世代は小言を言いたくなってしまうけれど。
……キュートがさらに真顔で。
「それにウチのコロニーみたいなとこだと、ご主人様みたいなすっごいすけべじゃないと死んじゃうし」
「……死んじゃうの」
奥さんも真顔。
何言ってるんだろう、という感じ。……たぶん、あまり詳しくは猫コロニーの現状と俺の種付け祭りについては聞いてないんだろうな。
話されてても困るけど。
「あー、あれはね……確かに死ぬよね」
グロリアさんが頷いた。
いや、人並みのスケベじゃ勃起が保たないだけで特に死ぬことはないと思うよ?
「……すごいすけべじゃないと死ぬコロニーって……いや、いいよ聞きたくないっていうか理解者にさせられても困るから」
「いえ、ここはむしろおかみさんくらいはご主人様の味方になっていただかないと」
「にゃー」
「ほんと勘弁してくれないかい!?」
悲鳴を上げる奥さんを助けるため、俺はグロリアさんと協力してセボリーとキュートを酒場から連れ出し、猫屋敷に向かうことにした。
……多分奥さんは感謝してくれない……というか、どこまで若い娘を変な風に染めるつもりなのか、と怒るだろうけど。
子供のころから知ってるおばさんにそういう方面で優しい顔されるようになってもそれはそれで気まずいだろ。
あと、そんなことしてたら日が暮れるし。
「私らの仕事はカレのチンポの偉大さの布教じゃなくてエッチでしょうが」
「こ、今後の円滑なあれのために必要かなーって」
「にゃー」
血迷うセボリーとキュートに言い切ってくれるグロリアさんは頼もしい。
(続く)
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