土と夏草の匂いが全身を包み、続いて少し嗅ぎ慣れない匂いが鼻をくすぐる。
 なんだろうな、と少し考えて、それがグロリアさんの身に染み付いた絵の具の匂いだと思い至った。
「グロリアさん、今日俺んち来るまでにもう何か描いた?」
「……なに、いきなり」
「絵の具の匂いがするからさ」
 霊泉入浴は体臭も落とす。生理的なものを無臭にすることはさすがにないが、職業病的な匂いもだいたい落とせるので、それでも生々しく匂いが残っているなら、前回霊泉を浴びてから新たに匂いが付いたことになる。
 まだ昼にもなってないのに、もう既に一枚描いたのか、と少し感心している。版元とも離れてしまった今、仕事でもないんだろうに。
「……正直、もうちょっとダラけてもいいかなーと思うこともあるけどね」
 グロリアさんは俺にのしかかられながら、至近距離で苦笑。
「でも、描かなくていいって自分に言い聞かせちゃうと本当に描けなくなるから。落描きならともかく、自分で満足いくようなレベルは毎日手を動かさないとすぐ維持できなくなっちゃう。昔、それで大苦しみしたことがあったのよ。だから今は、毎日朝に手を動かしてるの」
「なるほど」
 わからなくもない話だ。久しぶりでも手が覚えてる作業もあるが、本当に大切な工程はそんな粗雑な習い性でやれはしない。自分の実力において最高の仕事だ、と胸を張れるような技は、毎日の蓄積から縁遠くなってしまっては使えなくなる。
 ……まあ俺はそういう蓄積が本当に足りないうえに作るのが不定期だから、出来が変動しすぎるという意味でグロリアさんの真逆の例なんだけど。
「じゃあ明日の朝のネタはコレで決まりかな」
「どうかしらねぇ。この後猫ちゃんたちと盛大にヤルんでしょ? それより強烈な体験させてくれないと」
 今から犯される自分をモデルに描くか、それともこの後犯される猫獣人たちをモデルにするか。
 いや、普通に考えたら毎日の筆慣らしにそんなもの描くことを決めつけられるなんて酷い話だが、グロリアさんに限ってはなー。自分のヌードを一番エロっちく描いちゃう人だしなー。
 さてさて。強烈な体験と言いましても。
「……どういう体験までならアリ?」
「それを雌奴隷に聞く? ご主人様だったらそこは強引にヤっちゃうところじゃない?」
「いやー……」
 ちょっと俺の「ご主人様」度を過信している節があるな。
 っていうか、あんまり過激なやつはそもそも俺のレパートリーにない。せいぜい大胆な場所でセックス、というのが関の山。
 そしていくら強烈とは言ってもグロリアさんが描きたくもないような体験だったらやっぱり意味がないじゃないか。
「……そーねー。ちょっと緊縛とかスパンキングって興味あるんだけど」
 ええー……。
 いや、まあ確かに強烈だけど。
「やってみたくない? この綺麗になった身体にびしびし痕つけたくならない?」
「わりとマゾなんだ……」
「探求心があるって言いなさい。このポルカなら何日か温泉入ればスケベ傷も治るし」
 スケベ傷。インパクトのある言葉だ。
 ……まあそういうのアテにしてマゾプレイねだる子は他にもいるけどさ。
「あんまり女の子が苦しむ系のプレイは俺の方がつらいから……」
 そもそもなんで女の子側がそれを求めるのか。雌奴隷にマゾヒスト結構いるけど、俺はまだそのへん理解できていない。エロスの深淵は遠く険しい。
「うーん。アツいと思うんだけどなあ。……ま、実際やってみたくなるようなエロ絵巻描いてあげるしかないかー」
 何か洗脳を企まれているぞ。
 この人、調教師を調教しようとしているぞ。いや調教師じゃないけど。
「今日のところは正攻法で」
 俺はそれ以上のプランニングを止め、普通のセックスを求めていくことにする。
 とはいえ、精一杯の過激さとして服は全部ひん剥き、白い柔肌を晴天の下に晒す。
 今、誰か通っても彼女の身を隠すものはない。完全な丸裸だ。
 ……が。
「相変わらず全裸主義なのねー。いいけど……どうせポルカの人は私が裸でもそんなに驚いてくれないと思うわよ?」
 余裕の苦笑をされてしまった。
「いいんだ。それでも俺は、こんなに綺麗な雌奴隷に気軽にチンポ突っ込めることを自慢したいんだから」
「まったくもう。……ふふ、やっぱりそういうのもちょっと違って聞こえるわ、自分に自信ついてくると」
 裸に剥いたグロリアさんを上にして、彼女に身を起こさせて。
 エルフらしく、そしてインドア派らしい華奢な肩。エルフなりには大きく、しかし大きすぎることはない乳房がふるりと震え、青空を背景にした自然の間接光の中で、芸術品のような白い肌に、ピンクの乳首が鮮やかなコントラストを見せる。
 まあ、ロケーションも雰囲気も「淫靡」ではないけれど。
 しかしなんだかグロリアさんが見違えるように瑞々しくなったことで、どこか思春期の初めてのセックスのような爽やかな高鳴りを感じる。
 そういえば……バッソンみたいな田舎(だった場所)では、若いカップルのセックスは山の自然の中でやるものだったと聞く。恋人と二人きりのハイキングは実質セックスしに行くもの、だったとか。
 田舎の家なんて大家族で、独り立ちもまだな少年少女でも、セックスはしたい。
 誰にも見られずに一発ヤるとなると、誰も来ない部屋を探して隠れてヤるよりも、むしろ誰も来ないような自然の中の方が都合がいいというわけだ。
 青空の中で男にまたがり、少女の笑みを浮かべるエルフの裸身に、そんなシチュエーションを幻視する。
「こういう初体験もあるのかな」
「急に何言ってるの」
「いや、なんとなくね」
 あと10年……15年くらい時を遡って。
 俺がグロリアさんみたいな、エッチに積極的なエルフに出会っていたら。
 そして、セックスのために山に出かけるような田舎暮らしで……胸を高鳴らせながら、彼女との自然の中での逢瀬を楽しんでいたとしたら。
 ……なんか仮定がだいぶ多くて、俺自身の過去には全然つながらないけど。
 でもそんな初体験を夢想しながら、晩夏の日差しの中でうっすら微笑みつつ、肉棒を膣内に収めていくグロリアさんの姿を目に焼き付ける。
 今の俺のスケベ遍歴にも不満なんかないけれど。不満なんか言ったら多分何者かに誅殺されそうだけど。
 こんな風に始まるセックス経験もいいな、なんて思いながら……彼女の胎内に、飲み込まれる。
「っ……ふふっ、入っちゃった……♪ 本当は過激とかなんとか、どうでもいいんだ……こうしておまんこしてくれるなら……♪」
「一番エッチな発言だ」
「肉便器はハメてさえもらえるなら贅沢なんか言わない。それもまた、道理でしょっ……ご主人様に褒めてほしいだけなのよ、見た目もおまんこも最高なエロ奴隷って♪」
 どこまでが創作者的なこだわりで、どこからが雌奴隷的な本心なのか。
 わからないけれど、きっと、グロリアさんは。
「本当に最高だよ……ズボズボ使いまくってやるっ!」
「♪」
 俺がそれに乗って興奮して、自分勝手に精液を撒き散らし、胎内も肌も精液まみれにして、なお肉棒に快楽を要求される横暴で貪欲なセックスを、望んでいる。
 腰を跳ね上げる。彼女を揺すり立てる。
 白く繊細な裸体が、のどかな田舎の夏の緑と青の中で淫乱に跳ねる。
 俺の突き上げに腰を合わせ、むしろ一番奥に勢いよく届く感覚を貪るように、首輪をつけたエルフは乱れ、舞う。
 自ら作った幻の中で、俺はつかの間、ローティーンの性に一番飢えている少年となって、目の前の最高に美しくて気持ちいい雌肉に夢中になる。
 この雌でイキたい。
 肌も子宮も、何もかも汚してしまいたい。汚してなお、求め合いたい。
 そんな欲望だけに忠実なひと時を、楽しみたい。
 田舎道から見える草むらで、俺とグロリアさんは快楽に獣のように喘ぎ、絶頂をてんでに求める。
「あ、あっ……あひぃっ、いいっ、いいよっ……出して、出してぇっ……出しながら奥、突きまくってっ♪」
 グロリアさんはむしろ誇るように声を上げ、俺は少しだけ後先を案じつつも、結局快楽に没頭して。


「超聞こえてましたよ♪」
「……エルフってそうだよな。ドラゴンほどじゃないけど耳いいよな」
 酒場でいい笑顔でセボリーに言われてちょっとだけ後悔した。
「多分午前中に近くを通った人、人間族でもだいぶ気づいてたと思いますよ? 気まずくて面と向かって口には出さないと思いますけど」
「……うん」
「あと私とかキュート犯すなら速攻射精して終われる自信がないなら昼営業済んでからにしてくださいね。最近お客さん増えてて大変なんで」
「……はい」
 口数少なく頷く俺に、グロリアさん怪訝な顔。
「なんでそんなにこの子に頭上がらないの」
「これが本来の俺なんで……」
 ご主人様といってもこういうのですよ。ええ。

(続く)

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