女騎士フィオーナの処遇について話した日から数日。
ディアーネさんは町外れでフィオーナにつきっきりで訓練をしている。
訓練内容は剣での稽古……ではなく、何故かクロスボウ訓練。
「……何してるんですか」
「見ての通りだが」
「いや、クロスボウ持って走ったり射的したりってフィオーナの訓練として意味は……」
「剣の稽古の方が意味がない」
ディアーネさんはきっぱりと言った。
「……えぇ?」
「今の段階では、の話だがな。実戦剣とあまりにも乖離しすぎて、何故負けるのかすら分析できていない。だが、その自信を折るわけにもいかない。だからまずは別のやり方で基礎能力を伸ばす」
「……いや、そんな迂遠な……」
「もちろん、クロスボウ訓練だけをしているわけじゃない。安心しろ。……ライラ、そろそろだ」
「ほ」
ディアーネさんが呼びかけると、近くの木の上に寝転んで眺めていたらしいライラがひょいっと飛び降りてきて、景気よく服を脱いで投げ捨てる。
そして幻影衝撃を脳に残してブラックドラゴンに変身。
それを見たフィオーナは汗を拭きながらブラックドラゴンの尻尾から背によじ登る。
「よし、それでは次は10分だ。頑張ってこい」
ディアーネさんに笑顔で見送られ、やや硬い顔で頷いたフィオーナ。
ライラはバサッバサッと翼を打ち、空へと舞い上がっていく。
どういうことなのか、とディアーネさんに改めて聞こうとすると、「まあ見ていろ」とばかりに改めて顎で空を示される。
ライラはある程度の高度を稼ぐとゆっくり前進を始め、そして……いきなり右にきりもみローリング。
「ぎゃーーー」
遠くフィオーナの声が聞こえる。背中のトゲにしがみついて……いや、ほぼぶら下がる感じで遠心力と風圧に浮いている姿が確認できた。
さらにライラは左にローリングしつつカーブまで描く。
フィオーナは耐えきれずに飛んだ。
なかなかの放物線で女騎士が数百メートル上空を飛んでいく。落ちたらまあ惨劇だろう。
が、ライラはすぐに加速して追い付き、手で捕まえて戻ってくる。
着陸。
……フィオーナは目を回していた。
「2分だ。前回より踏ん張りが利かなかったな」
「ほ。温泉に連れてゆくかえ」
「それがいい。頼む」
ディアーネさんの指示に従い、ライラはそのままばさばさと秘密温泉の方にのんびり飛んでいく。
「……何してるんですか本当に」
「フィオーナにはクロスボウ含め『飛龍の騎士になるための訓練だ』と言ってある」
「え、えー……」
飛龍は実戦参加しない。セレスタにたった十五頭しかいないし、繁殖も難しく、墜とされたらシャレにならないからだ。
だから飛龍便の騎手はあくまで「伝令兵」であって、騎士などではない。つまりセレスタ軍にそんな訓練は存在しない。
「ライラの曲芸飛行に耐えるにはかなりの身体能力と精神力が必要になる。クロスボウ訓練で足腰と集中力を鍛え、ライラの騎乗訓練はそれでは足りない部分を鍛えることになる。普通なら一日にそう何度も繰り返せないが、霊泉の力があれば日に4セットか5セットはできる。効率は今のところ、これが最高だ」
「……本当にこれで力つくんですかね」
「フィオーナには、命の危機というものとその対処は何種類もあるということを理解させなくてはいけない。彼女にとって戦闘とは剣の試合の延長だ。負けた先に自分の命があるとわかっていても、結果を潔く受け入れればそれでいいと思ってしまっている節もある。視野が狭すぎるんだ。まずはそこから正す」
「……なるほど」
剣という一種類の法理しか知らないということは、そこで計れないものを理解できないということ。
それは、自分の知っている対処が通じない場合に、他に何もやりようがないのだから諦める、という雑な思考停止をしてしまうことにも繋がる。
だが、それでは行儀が良すぎる。融通の利かないそういう奴が戦場では一番弱い。
例え弱かろうが怪我をしていようが、戦って生き延びることを諦めない、やれることをたくさん知っている奴が敵に回すと一番怖い。
フィオーナがそういうものに変わるために、まずは剣から離れさせる。それがディアーネさんの出した答えというわけだった。
「技術はその後だ。……つまるところ、戦闘技術とは八割が防御と回避の技術だからな。それを使いこなすには、相応の意識が必要だ」
「しかし、飛龍の騎士なんて……よくアイツも大人しく訓練しますね。国元にも乗れる飛龍いるわけじゃないだろうに」
「なに、ただの箔付けだ。ラン王女が病を治す間、飛龍の騎士たる技を身に着けて帰ればきっと役立つ、と説得したんだ。飛龍兵はクロスボウで戦うから、今までの鍛錬を否定するわけではない……ということにしてな」
それで素直に納得するフィオーナも素直というか、普通に剣で負けまくってたのに精神がタフというか。
「しかし本当にめげないメンタルは立派だ。本当に兵士としてはいい素材だと思うぞ」
ディアーネさんは楽しそうだ。……フィオーナ、頑張れ。
ラン王女も秘密温泉に果敢に通っている。
こっちには来ずに普通の女湯にいた方が気持ちは楽だと思うのだけど、長衣を纏わずに入浴することへの抵抗以外にも、やはりここに挑戦する理由があるらしい。
いや、あるらしいというか、まあ言われてみれば納得なんだけど。
「神話です」
「……神話かー」
うん。そうですね。それがあったよね。
「エピソードとしてじっくり考えたのですが、やはり恐怖に負けて市井の方々の間で療養して過ごすのは、話が面白くならないと思います」
「うん。まあ言いたいことはわかるけど、客観的な面白い面白くないで自分の人生をベットするのどうかと思うんだよね」
「そういうものですから。……ドラゴンの皆さんに囲まれて恐怖と葛藤しながら療養する私の方を民が必要としているのです」
「思うんだけど、それ記述するのもラン王女なんだよね? 軽く脚色してもよくない?」
普通に女湯で療養しても、ポルカにドラゴンが大量にいる事実はあるのだから「ドラゴンのまなざしに竦みながら療養を続けた」とか書いちゃってもギリギリ許されるんじゃないだろうか。
「飾ることはありますが嘘は駄目です。嘘はいつか綻びます。永久に胸の中にしまっているつもりでも、不整合は顔を出すものです」
「……君もフィオーナとは別の方向に厄介だな」
秘密温泉にはいつものようにシルバードラゴンの黒首輪組。あとついでに今日は珍しくジャンヌとセレンが子供たちを抱いて入りに来ている。
ピーターは当たり前ながらドラゴンの人間体に恐怖など微塵も示さず(ドラゴン体ならまだしも、今はおっぱい丸出しの美女でしかないし)無邪気にレイラのおっぱいに吸い付いて彼女に母性の笑みを浮かべさせている。
「見たことねえおっぱいだでな。アンディに似ておっぱい大好きだで、迷惑でなかったら吸わせてやってほしいだよ」
「……子供……♪」
「姉さん、それ他人の子供だからね。妄想に浸らないで」
「ひ、浸ってなど」
「何考えてるか、だいたいわかるんだからね。お互い様だけど」
ピーターにおっぱいしゃぶられながらレイラは何を妄想していたというのか。……自分の子供をああして抱くことだろうか。
いやまあ別に恥ずかしい妄想というわけでもないんだけどね。俺は暇があれば中出ししてるから妊娠させる可能性は常にあるわけだし。
「わ、私も……抱いていいんだろうか」
「お手すきならこっちの子を抱いてあげてください♪ 女の子ですけど」
セレンからエレニアを渡されておっかなびっくり抱くシャリオ。その姿にはかつて矛を交えた恐怖の敵ドラゴンという威厳はかけらもない。
そしてその姿は、俺の隣で身を縮こまらせているラン王女にもやはり衝撃的なようで。
「……少しだけ、親しみの持てる相手だとするスマイソン様の御心も理解できるかもしれません」
「まあ……うん。そう思うならいいけど」
しかしジャンヌやセレンも強いなあ……あんまり接触する機会がないからあんまり打ち解けているわけでもないのに子供たちを預けてしまえるなんて。
いや、個人的に打ち解けていなくても、あの首輪授与セレモニーでの姿を見て安心しているということなのかもしれないけど。……それにドラゴンが変な気を起こしたらどうにもならない、というのはあるかもしれない。
なんにしても胆力ある二人だ。
「あれがスマイソン様の息子さんと……娘さん」
「うん。まあ俺、あんまり相手にされてない節があるけど……」
「相手にされない?」
「……男爵邸で育ててるからか、俺より男爵の方に懐いてる気配がちょっとある」
いやまあ俺がもっと居着けばいいというか子供の世話に手を出せばいいという話なんだけど、世話役が多いせいでそれもなかなかさせてもらえない時あるしなあ。
あと今だけピーターやエレニアの世話にかかりっきりになっても、それと引き換えにせっかく生活を捨ててついてきた雌奴隷たちをほったらかしにするのか、とか、これから生まれるであろう子供たちにも同じように手間をかけられるのか、という話もある。
だからって忘れていいのかというと違う気がするが、手が足りているところに強引に割り入るのは、これからの俺の状況を考えても自己満足の域を出ない。
でもなー。せめて男爵よりは印象の強い人物になりたいよなー。我が子に対しては。
「いい父親になりたいんだけどなー。嫁が多すぎる時点で高望みなのかな……」
「……ドラゴンライダーにも悩みがあるんですね」
「そりゃああるよ」
なんだと思ってるんだ。……いや、まあラン王女にしてみれば俺は「信じられないような戦力と権力、そして美女たちを自由にする絶対的な特権者」なんだろうな。
その上、ここ以外のほとんどの土地では人生の宿命である怪我や病からすら解放されているのだから、悩むものなんてあるはずのない天上の人種と思われていたのかもしれない。
「多分、ラン王女からしたら取るに足らないような下らない悩みばっかりだけど、やっぱりある。……そもそも俺は学もないし技術もない、強くも賢くもないただの庶民でしかないよ。一人ではね」
「……私もですよ」
「いや、君は違う……」
魔法の素質も、生まれの良さも、それに起因する風格だってある。
全然、一緒なんかじゃない……と言おうとしたら、ラン王女はどこか遠くを見るような、触れがたい表情をしていた。
「同じです。……私の持っているものなど、場所が変われば何の価値もない。……私は、ただの病弱な小娘でしかないんです。少なくともここでは」
……そして。
「それでいい……違うなんて、言わないで下さい」
小さくそう言って、ドラゴンに甘える子供たちのいる光景に目を細めた。
(続く)
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