結局メンバー集めはそこまでにして、饅頭屋で饅頭をおみやげに買って戻ることにする。
俺としてはこの饅頭こそ、子供の頃から「美味いもの」として心の特等席に位置している。
もちろん今はもっと美味いものはいっぱい知っている。あちこちの権力者や貴族、あるいはドラゴンの歓待さえも受けられるようになったし、それらに比べればこの饅頭なんてシンプルで、所詮田舎の名菓に過ぎない。
でも、だからこそ気軽に誰とでも分け合える。特別な味でないからこそ、誰が食べたって美味いと言う。
そういうのは大事だと思う。
高い金を出せばそりゃ相応のものは手に入る。でも、そうじゃないからこそ日常に溶け込み、思い出を自然に彩ってくれる。
愛すべき庶民の味方。ポルカといえば温泉と「大氷原」と、リンドンの饅頭だ。
「ねえアンディ。ちょいと相談に乗ってくれないかい」
「うん? 珍しいね、俺を頼りにしてくれるなんて」
キールのお袋さんが手招きするので内緒話距離に近づく。
おばさんは、口の横に手を当てるわりにはそんなに抑えてない声で。
「あのさ、うちの下の娘たちもそろそろいい年頃だからさ。この際セレスタ衆でもいいよ、気がよくて腕っぷしのある男を紹介してくれないかい? アンタ兵隊だからそういう知り合い多いんでしょ?」
「難しいこと言ってくれるなあ……」
「なんだい、兵隊のくせに兵隊の友達少ないのかい?」
「俺の部隊はクロスボウ隊っつってそんなに腕っぷし鍛えないところなんだよ。足腰は鍛えるけど」
っていうか。
「ポルカの連中じゃ駄目なの? 広場で剣術やってた連中見るに、男が足りないわけでもなさそうじゃん」
「足りないんだよ。わかってないねぇ」
おばさんは肩をすくめてやれやれという顔をする。
「ああして並べばそこそこいるように見えるけどね、もう既婚者や許嫁付きがほとんどさ。残り物をちょっと選り好みしたら候補が消えちまうんだよ。たまたま男がもう残ってないからってんでロクデナシに嫁がせるのは酷じゃないか。親としてはもう少しくらい贅沢言わせてやりたいんだ」
「でも腕っぷしを求められるとなあ……ランツくらいでいいなら……いや、ランツどう? 若いし働き者だし、見た目もあの通り悪くないよ」
「白昼堂々オナニーがどうのこうの言う奴に愛娘をやれって言うのかい」
「…………」
ランツごめん。本当これ言われると何も言い返せないわ。
「じゃあケイロンとか」
「いい子だけど三十路はちょっとねぇ……よほどのお金持ちならまだしも」
おっさんに入りかけてきている俺の心にもザクリとくる。
う、うん大丈夫。俺は普通に慕ってくれる子がいっぱいいるのはわかってる。でも、もし巡り合わせがなくて未だにクロスボウ隊でウダウダ日常を過ごすままだったら、こんな風にチャンスが奪われていたのか、と思うと全く他人事ではない。
まあクロスボウ隊に入った時点でディアーネさんに確保されてるわけだから、心配することじゃないけどさ。
「あと獣人はちょっと。人間族でなんとかならない?」
「……おばさんも獣人はナシなんだ」
「絶対とは言わないけれど、親が勧める相手じゃないわよね。相手さんの家と何もかも違うだろうから、苦労は目に見えてるし」
「うーん……」
差別っちゃ差別だが、わかる部分もある。
俺は後ろ盾がいろいろあるから、雌奴隷になると言うほどの覚悟をした子にもう遠慮はしてないが、普通に考えたら異種族ってのは文化も習慣も性生活も、何もかも別物だ。婿がオーガならセックスも一苦労だし、エルフだったら一緒に老いることもできない。
それを親の視点で「そこは我慢して結婚しろ」と言えるだろうか。
自分で恋をしたというならともかく、親がそうとはなかなか言えるものじゃない。
ケイロンはいい奴だし、決して食い詰めそうな予感もしないけど、やっぱりそのへん好条件ではないんだよな。
「しかし腕っ節を求めるのはどういうこと? あんまり喧嘩が強い奴はかえってトラブル起こすと思うんだけど」
「ンなことないよ。いざって時に頼り甲斐のない男なんて下の下さ。むしろ人の喧嘩を止めるくらいできないでどうするんだい。そういうの、ウチの旦那もキールもてんで駄目だからねえ……」
おばさんの個人的価値観か。
……やっぱ強い方がいいよね普通は。
「それに、そういう条件付けとかないとアンディが『俺なんてどう?』とか言い出しそうだしね」
「言わないって!」
「さすがに今の惨状を見たら、冗談でもアンタの嫁にやるなんて言えないからねぇ」
「惨状……」
うん。言いたいことはわかるけど惨状。
何か俺がすごい残虐なことでもしたみたいじゃないか。
しかし腕っ節が強くて気がよくて人間族か……。
うーん。
「……一応、一人だけなら心当たりがないわけでもない」
「おっ、そうかい?」
「まあ相手の意向もあるからパッと縁談ってわけにはいかないけど。話だけは持っていってみるよ」
「ま、このド田舎だからね。ウチの子も突然恋が降って湧くわけでもないし、気長に待つよ」
……思い浮かんだのはクロスボウの護衛小隊、今はおそらくミカガミも産休中だから隊長格のはずの丸顔男、ブロンソン。
あれ、そういえばあいつ俺より年上だったような……まあいいか。
甘味好きのネイアとマイアがいるので、どっさりと30個ほど買って袋に抱え、家に向かって歩きながらドラゴンたちを呼ぶ。
「マイア! エマ! リェーダ!」
「はっ」
またもや一番に到着……というか、近くの物陰からジャンプしてきたのがエマ。
もう持ち芸だと思ってる節あるな。
続いてマイアが男爵邸の方角から何度か長距離ジャンプを繰り返して参上。
「……むっ」
「何です」
エマと微妙に睨み合う。
すぐに来たのにエマの方が早かったのが不満なようだ。
……いつも物陰から尾行するのも正直どうかと思わなくもないが、まあエマの気質的に他の楽しみを見つけて暇潰しをしていろ、と言われても途方に暮れるだろうから、好きにさせておくしかない。
「あとはリェーダだけど……」
聞こえてなかったかな、と少し不安になる。街の中ならドラゴンの耳ならまず聞こえているだろうけど、リェーダは何をしているのか、普段の生活がわからない。
この際それを知るためにも、来たら「何してたんだ」って言おうかな。ちょっと感じ悪いかな、と少し迷っているうちにリェーダも飛んできた。
水滴と湯気を全身から散らしつつ、全裸で。
「あ、主様、お呼びでしょうかっ!」
「……もしかして温泉入ってた?」
「あ、あの、いえ、実はミシェラ殿に誘われまして、街に溶け込むには湯で裸の付き合いを広げるのが一番と」
「ああ……うん。悪いことしたな」
全裸登場自体はもうブルードラゴンたちの悪癖のせいでそれほどインパクトはない。
いやとてもおっぱいはありがたいけど。目を離せてないけど。それは置いておく。
「みんなと交流を深めてるんだったら戻って欲しいんだけど……」
「いえ! 主様のお呼びとあれば他の何をおいても!」
「……だよな」
今更「帰っていいよ」と言われるのもそれはそれで殺生だというのもわかる。
契約を得たドラゴンにとっては、ライダーの命令以外は暇潰しのようなものでしかない。そっちも有意義だからって、せっかく呼ばれたのにすぐ暇を出されたら立場がない。
「でもとりあえず真昼間から裸で飛び出すのはやめてね。体拭いて服着て」
「はっ。……いえ、このくらいの水滴なら凍らせてから払えば」
リェーダは目をつぶり、両手をカッと開いてゆっくり深呼吸。
見る間に体じゅうの水滴が凍結……しない。
ただただリェーダ周辺の空気が冷たくなる。
「……ばか。霊泉水は凍らない」
マイアが小さく呆れたように呟き、リェーダが硬直する。
気まずい沈黙。
「……ちょっとついて来て。家で拭くから」
俺は溜め息をついて目と鼻の先まで来ていた自宅を顎で示す。
霊泉が凍らないって特性はやっぱシルバードラゴンたちにはなじみが薄くて忘れちゃうのか。
で。
「冷たっ……!」
布を使ってリェーダを拭いてやろうとしたら、染み込んでくる霊泉水の冷たさに思わず飛び上がってしまった。
「自然で一番寒い場所でもこれほど冷たくはなりませんよ。リェーダ、急ぎ過ぎて意地になりましたね」
「……うぅ」
代わりにエマが拭く。霊泉水の不凍特性はともかく、こんなに冷たいと拭き布も霜を纏う。
そして、氷竜は自力で体を温めるのを苦手とする。
「これからネイアやテテスたちも交えて、みんなでえっちしようと思ってたんだけど……」
「こんなリェーダを抱いたら主様が凍傷で大変なことになります」
「……温泉であったまり直すか、ライラ様にブレスでもかけてもらって」
「も、申し訳ありません、この孕み袋が肝心な時に使えぬなど!」
「いやお前孕み袋とか大声で言うのやめようホント!?」
……リェーダは、しばらく秘密温泉で潜水してからえっちに混ざることになった。
その沈没姿は、わかってても水死体みたいで怖かった。
(続く)
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