スマイソン家にはさっきの黒首輪のシルバードラゴン三人と、全裸のエアリとアスティ。
それにシャロンとアンゼロス、オーロラ、さらにローリエ。
家主不在のわりにはなかなか賑やかなことになっていた。
「おかえり。お茶入れる?」
「おいアンゼロス。なんであんなにしちゃったんだフィオーナ」
「僕はあんまり相手してないよ。シャロンも一回やってパスだったし」
困った顔をするアンゼロス。
「せっかくだから剣の腕を見せてくれ、ってこっちから頼んでさ。相手したんだけど……剣の持ち方からして駄目なやつだったし、腰が完全に高いままだったし……あまり叩くのもあれだから触れる程度の寸止めで済ませたら『それは当たっていない! 私の回避成功だ!』って言い張るもんだからべしべし当てることになって、10本くらいすぐ取って、あまりにも気まずいからローリエに交代したんだ」
「私、実家では体格の関係で長剣術は始めから教えられなかったから……ほぼ初心者なんだけど」
ローリエも困惑。
「しぶとさというか、諦めの悪さだけはなかなかだったと思うのですが。普通あんなに連続で負けたら休憩の提案を受け入れるものです」
シャロンも困り顔。
それに対し、ラン王女は気まずそうに女騎士に代わって言い訳。
「あ、あれでも……我が国の女の騎士としては……決して悪くない方なのです」
「どういうことです。セントガルドの武芸のレベルはそれほどまでに……」
「いえ。そもそも女の騎士に実戦剣術を教えていないと言いますか……音楽に合わせた演武法が女騎士の領分でして」
「……演武? つまりダンスみたいな?」
「さすがにそう言ってしまうのは手厳しいですが……フィオーナはそれなら、なかなか綺麗にやるのです。我が国の女騎士はそれを見栄え良く見せられるかどうかというところに重きを置き、実戦稽古はほとんどやっておらず……」
ラン王女はちょっと遠い目をして。
「というより、どうも彼女の実家はフィオーナに自信をつけさせるために、あえて彼女に負けてあげるような稽古をしていたようで。本人は自分では結構戦えるつもりなんです」
「……いや、それほんとどうなの。あんな大の成人女性相手に、子供をおだてるみたいなやり方……」
「我が国では極端な話、ああいった直衛騎士は主に見栄えのために連れ歩くものですから。同じように実戦能力のない女騎士ばかり連れ歩く王族や大貴族は多いですし、本当に護衛が必要な場面には先に人を出して危険を排除するか、影武者をやります。……あの温泉迷宮にいたのも本当に護衛させるというよりは、女官代わりと目付け役をさせていたのが実情です。お忍びですし」
「…………」
なんというか、こっちとは「護衛の女騎士」という概念がまるっきり違うんだなあ。
そんな危機意識で大丈夫なんだろうか、と思うが、まあそれもまた「神話」作りになる側面もあるのかと思うとなんか口を挟みにくいところはある。
本当に死なせちゃいけない国王や皇太子の類はそんなにゆるゆるじゃないんだろうな。生まれつきの持病持ちの第三王女なんて、言っちゃ悪いが優先順位がだいぶ低い……という側面も強いんだろう。
「……とんでもない無能とお思いでしょう。それでも、私にとっては幼いころからの一の家来。そして本人は了解していませんが、私に何かあった時には彼女が『神話』の見届け人になるという任もあります」
「……悲劇の記録者、か」
「ええ」
人工神話。そのために「神意」に身を委ねるような状況に自ら進む王族。
そこにはもちろん、失敗、横死という結末もあり得る。
その事実を聖典に記す際、他の王族がどんな筋書きをつけるかは本人の知るところではないのだろうが、とにかく「祝福された成功」という劇的な結末作りの裏側には、そこへの覚悟、そして目撃者も必要になる。
ラン王女は、ドラゴンの懐に入り、病を癒し絆をも得る、という結果のために人知れず命を張った。
もしもそれが「失敗」であったのなら、フィオーナが全てを見届け、セントガルド中央にそれを報告しなければならなかったわけだ。それもまた「神話」として。
「なるほどね……まあ、ちょっと性格というか了見はあれだけど、だいぶ重いものがあるのはわかった」
腕組みをする。
常に王女に側仕えする女騎士として、自信をもって振る舞い、その決断を見届ける役として、彼女には強い矜持が必要で……それゆえに八百長稽古を仕組んででもフィオーナに強いプライドを備えさせたというのは理解できる。
もしもそれがなければ、王女が重い決断をしようとする時に逃げ出してしまうこともあるだろう。無惨な結末を迎えた時に、それを伝えるだけの義務感も放り出してただただ目を背けることを選ぶ……そんな弱い、しかし人間としては当たり前の行動をしてしまうかもしれない。
長生きできないかもしれない病弱な王女のための人員は、それなりの家格を要求すれば候補者も多くはないだろう。
そんな中で、それでも必要十分な人材に仕立てる必要があるとなれば……うん。この方法しかないかもしれない。
「でも、それにしたってあんまりにも弱すぎない?」
コルティが呆れ顔をする。ここに来るまでの間に服は着たらしく、今は裸ではない。
「あの調子で間違った自信を振りかざしてたら、遠くないうちに自滅するわよ、きっと」
「……そんな心配をお前がする必要はないと思うよ?」
「まあ、そうだけど」
コルティが話し始めるとサッと王女は俺を盾にするようにくっついてくる。可愛いけどちょっと困る。
怖いやつじゃないんだけどなー……いや、雌奴隷化の経緯を話せばもっと警戒して然るべきだけど。
と、それまで黙って脚を組んで聞いていたエアリが口を開く。
「ならば適切に教え、鍛えればよい。たとえ才能が乏しくとも、ここはあらゆる傷病が治る霊泉の地。癒しの奇跡のない地で己を鍛えるより、何倍もの密度で体も技も鍛えられる。主様の雌奴隷たちの中で武芸に長じた者たちが本気で教えれば、遠からずいっぱしのモノになるはずです。偽りの誇りも、本物としてやれば何も問題はないでしょう」
「お前、そんな簡単に言うけどな……」
「あの、スマイソン様。つかぬことをお聞きしますが……そちらの裸の美しい女性たちは、ええと……」
「え、ブルードラゴンだけど……」
「……!!」
王女が震撼した。
見回し、ドラゴンの数を目で勘定する。……五頭。
さっきより多い。
「大丈夫。こいつらは本当優しくて世話好きなドラゴンだから。あっちのアスティ、彼女の娘とは契約してるんだけどさ。彼女たちは契約してなくても俺の役に立ちたいからってよく遊びに来てくれるんだ」
「エアリだ」
「アスティです。よろしく、王女さん」
切れ味鋭そうな印象のエアリ、ふわっと母性的な優しさの感じられるアスティ。どっちも全裸だけど。
「ドラゴンをあまり恐れすぎることはありませんよ、ラン様。私もかつては慣れませんでしたが、ご主人様の褥で何度も同席するうちに、むしろ人よりも理性的だと実感するに至りましたし」
「シャロン様……」
「おいシャロン。さらっとエロネタを口にするんじゃない。相手は王女様なのに」
「あら、すみません。うふふ」
あんまり反省した様子のないシャロン。というかラン王女、シャロンの素性は気付いてるのかな。
……まあ気づいてるよね。ルーカスのところであれだけ絡んだし。
「動物も、大きいやつの方が穏やか」
ローリエはアンゼロスが出したカップを両手で熱そうにつまんで持ち、少しずつ口にしながら呟く。
「ドラゴンもたぶん、同じ。……私たちではドラゴンに危害というほどのことは何もできっこないから、私たちに暴力を振るう理由がない。だから、大丈夫」
「動物って……なんかそういう言い方されると微妙な気分になるんだけど?」
ローリエはコルティにジト目をされても舌を出して流した。この子、こう見えてなかなか肝が太い。
「……どちらにしても、私たち三人は少なくとも戦うために竜の力は振るわない。そういう契約だ」
シャリオが目を閉じ、クールに言う。
「私たちはその男の雌奴隷だ。本来の主である、今は亡きライナー様に、竜としての私の力は既に捧げた。そして、私たちがこの場に留まることを許されているのは安全で従順な雌奴隷としてだ。人に対して力を振るえば背信になる。さりとて人以外に対しても、都合よく力を振るってしまえば亡き主をないがしろにする」
「……え、ええと……?」
よくわからなくて反応に困った顔をするラン王女。
「複雑な関係なんだよ、その黒首輪三人は」
総括するが、レイラがしれっと。
「要は『本当の主人を差し置いてらぶらぶえっちに勤しむ』という刑罰を受けている最中なのです、私たちは。だから竜として警戒することはないんですよ。先ほどのように土木工事にドラゴン体を使うことはあっても、人には決して力を振るえないという戒めがありますから」
「……らぶらぶえっちに、いそしむ……」
ラン王女は呆然とオウム返し。うん。わからないよね何が何だか。
その辺本当に理解するの時間かかるし、王女が理解する必要ないから。内々のものだから。
「……あの」
「そろそろ入っていい?」
気づくと玄関先にマイアとリェーダが来ていた。
本当は帰ってきた俺に早く会いたかったんだろうけど、一応用事をこなしている最中ということで遠慮していたらしい。
しかし、そろそろ他のドラゴンたちの顔見せも進んだのでもう顔を出してもいいかな、と思ったのだろう。
「……あ、あの彼女たちは」
「ん、ああ、ドラゴン。あっちがシルバーのリェーダで、この子がブルーのマイア」
「……七頭……!」
「き、気をしっかり持って。大丈夫だから。本当に大丈夫だから」
数が増えるたびにラン王女の顔に変な汗が浮かび、悲壮感が高まる。
取り繕うのが上手なだけで精神力の限界はわりと低いのかもしれない。
「まあ、こんなに集まるってもう実質ドラゴンパレスだしね」
「ドラゴンとの接触がほぼタブーのような地域にお住まいですもの。無理もありませんわ」
アンゼロスとオーロラはお茶のおかわりとおやつの配膳にせっせと勤しんでいる。広い食卓テーブル存分に活用。
……いや、オーロラ、お前こういう貴族の社交みたいなやつ得意なんだからもうちょっと積極的に王女に絡んでいいと思うよ? 俺に懐いてる気配があるからってなんか一歩引いてない?
日の落ちるころに男爵邸に向かうと、男爵はさすがの貫禄と万端の準備でラン王女を出迎えてくれた。
「ようこそ、セントガルド王女ラン・ブルーライト様。当地の領主を務めるデュラン・グートと申します」
「……お、お世話になります……あの、スマイソン様。もしかしてこの方もドラゴンということは」
「いやさすがにそんなことはない……よね、男爵?」
「はっはっはっ。残念ながら短命なる人間族、剣聖の称号を唯一の自慢とする、ただの田舎貴族ですぞ」
次々にドラゴンに会ってなんだか疑心暗鬼になっている王女。相変わらず俺の隣を離れない。なんだかエスコートせざるを得なくなっている。
そして、秘密温泉での霊泉治療とヒルダさんの手当てが済んだらしいフィオーナも胸を張って現れた。
「ラン様! この町の霊泉の効力は本物のようですよ! 見て下さい、あれだけの痣と擦り傷がたった数時間で跡さえもなく!」
「……フィオーナ」
「はっ……あの、ラン様?」
何も言わずにぎゅー、とフィオーナを抱きしめるラン王女。
怪我が無事に治ったことに安堵しての抱擁だと勘違いしてフィオーナは照れているが、「次々にドラゴンが現れて消耗した心を顔見知りで少しでも癒そうとしている」説の方を俺は推したい。
「フィオーナ……あのね」
「はっ、はい」
「……頑張って」
「はい?」
あ、それと「明日から始まるであろう地獄の特訓への切ない激励」説も。
(続く)
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