翌日の昼になる頃、俺たちは無事にポルカに辿り着いた。
「ここが目的地……なのですか?」
「ただの田舎町過ぎて驚いた?」
「え、ええ……あ、いえ、あの」
「見えないよなあ、何か特別なことが起きるような場所には」
今日もポルカは晴れ。なだらかな緑の原野に遠く蒼く霞む山々、そして森と、よそなら寒村という言葉を使われても反論できないようなささやかな家々。
ポルカが町なんて呼ばれてるのは男爵邸があるからであって、そうでなければ当然、村と呼ばれていただろう。貴族のいないところには庶民文化しか育たないので、雰囲気はだいぶ土臭くなっていただろうけど。
ポルカはそういう意味では規模に見合わないくらい品のいい地域と言える。もちろん庶民は庶民に違いはないのだけど、貴族文化が近くにあるというだけで人の行儀はよくなるし、自分たち以外の世界の人間を自然に敬意を持って迎えられるようになるものだ。
まあ、何より霊泉による療養地でもあるからこそ、そういう雰囲気の良さが培われたところはあるんだろうけど。
病の前では人は平等だ。場合によっては王侯貴族も訪れ得る。田舎の悪い面丸出しの、その場所だけで世界が完結してるような淀んだ価値観ではやっていけない。
そういう意味では本当にいい環境だったんだな、と自分の幼少時を思う。裕福ではなかったけどみんな健康なだけで気持ちも明るくなるし、客が絶えず訪れて風通しもよかったし。
まあ、そんなことはともかく。
「ヒルダさん! ちょっとこの子の診察お願いできるかな」
「あら、お帰りなさいアンディ君☆ ……って、この子診るの? 見た感じそんなに不健康には見えない……ちょっと顔色悪いかしら? どこが悪いの?」
霊泉に浸からせればすぐによくなるとは思うが、レディの例もある。一応ヒルダさんを見つけて診察してもらう。
例によってフィオーナが「ぶ、無礼者!」と飛び出していこうとしたので、そちらはアンゼロスとシャロンに任せる。引きずられてスマイソン家の方に連行されるフィオーナ。
多分そっちでこんこんと説教し、場合によっては何か教育行為があるだろう。そういうのをやらないといけないよね、というのはフィオーナがすやすや寝てる間にラン王女やディアーネさん、あとちびライラとも相談したことだ。
「あの、スマイソン様。この方は……?」
「ディアーネさんのお姉さんでヒルダさん。俺の知ってる限りでセレスタ最高の魔法医」
「あら、褒めてもおっぱいくらいしか出ないわよ☆」
「出さんで下さい。……あと一応、立場的にはドラゴンたちやアイリーナと同じで俺の愛人ってことになるのかな」
「ちっちっちっ。め・す・ど・れ・い☆ 細かく分類すると人妻妊娠奴隷のヒルダでーす」
「ひ、人妻……妊娠……?」
「その辺については色々ややこしいから診察と治療の後でね」
だいたいヒルダさんの切り返しは予想できていたのでサラッと流したが、正直今でも彼女の立場についてはどうかと思っているのであまり気にしないで欲しい。
で、ヒルダさん(と、責任者兼案内人としてアイリーナ)に彼女を任せておいて、俺はディアーネさんや他の面子と一緒に男爵邸に急ぐ。
他国の王族の突然の訪問だ。男爵になんの準備もなしにいきなり投げるのはだいぶ酷というものだ。
領主というのはよそから高貴な身分の相手が来たら知らん顔はできない。国の面子のためには、財産を投げうってでも然るべき歓待をしなくてはいけない。
「突然他国の貴人を連れ回すというのは、そういう意味でも問題行為なんだ。どちらもそんな扱いを望まなくても、やらないわけにはいかないからな。今回はアイリーナの責任もある、そちらと費用を出し合うという話にもなるだろうが」
「……反省します」
「お前ひとりの責任じゃないが、覚えておくべきではある。今までは軍の任務という大義があったおかげでなんとか収めていたが、これからはそういう方面でも熟慮しなくてはいけない」
ディアーネさんに言われてちょっと反省する。いくら資産があっても、いきなりポンポンと出費の種を持ち込まれるのは嫌だよなあ。
「まあ、こうして連れ出さなきゃフィオーナさんの命がどうのこうのって話なんですから今回は……ねぇ」
「いや、お前は少し責任感じていいんだぞナリス。あんな相手、その気ならすぐに振りほどいて逃げられただろう」
「私にまで外交的配慮とかさせんでくださいよ! というかおしっこ我慢してる時に正常な判断できるわけないでしょう!」
ナリスがディアーネさんに抗議する。
まあナリスが基本的に任務外では暴力振るわない主義だから無茶なのはわかってるけど、あまり簡単に行方不明になられるとどうしてもね。
……はい。一番行方不明になりやすいの俺ですよね。お前が言うなって奴ですね。わかってます。
幸いにして男爵は快くラン王女とフィオーナを邸内に泊めることを了承してくれた。
「たまたま行った観光地でお忍びの姫君を見つけて連れ出さざるを得なくなるというのは、一体どういう運なのだね」
とは言われたが、それは俺が聞きたい。
そしてセレンやジャンヌを慕って男爵邸に集まっていた雌奴隷たちは、俺がまたもや謎の大遭遇をしたことに対して「またですか」みたいな顔しかしなかった。
いや、かぶりついたのは約三名。
「セントガルド人のこと少し知りたいから私もついてっていい?」
創作的興味が湧いたらしいグロリアさんと。
「ナリスちゃんにそこまで言われるヘボ騎士って逆に面白そう」
なんか怖いことを言っているテテスと。
「愚兄が何やら近づいてしまったのでしたら、ご挨拶をしておかなくては」
オーロラ。
「では、こちらは王女歓待の準備をする。できれば夕方までは時間を貰えるかね」
「あ、はい。こっちでもじっくり聞いておかないといけなさそうな話があるので」
男爵と夕方再訪問の約束をして、またラン王女のところへ行く。
で、街でちょっと彼女たちを探してさまよったあと、ヒルダさんが王女を連れ込んだと聞いたのはコスモスさんの店「レスリーハウス」だった。
「こっちに来るセレスタ人だと貴族相手にあまり恐縮しないからかな」
「まあ単に街で落ち着いて問診できる場所が、ここか猫屋敷くらいしかないだけじゃないか」
ディアーネさんに言われて納得する。
そして店内に入ると、どんな話を聞いていたのか、王女がヒルダさんとコスモスさん、シーマさんを相手に真っ赤な顔をしていた。
「あ……」
「やっほーアンディ君☆ 手回しは済んだ?」
「済みましたけど……なんか変な話してませんでしたか」
だいたい予想がつきつつも聞けば、ヒルダさんはペロリと舌を出した。
「単なる自己紹介よ、ただちょーっとコスモスとシーマの自己紹介が刺激的だっただけ☆」
「私ほら、えっちな要素抜きに自己紹介しようがありませんし♪」
「私もほら、本業雌奴隷で副業料理人だからねー♪」
絶対わざとだろ。ローティーンの娘さんに猥談して楽しんじゃいけません。
「ちゃんと制御しろよアイリーナ」
傍観してのほほんとお茶を飲んでいたアイリーナを小突くと、やれやれと肩をすくめられてしまった。
「あの娘、そなたに身を捧げようなどと企んでおるのじゃぞ。女が足りていることを伝えて何が悪いのじゃ」
「そ、そうだ。その話だ」
うっかり俺も忘れるところだった。
慌ててラン王女の近くに席を取り、話を聞く姿勢を取る。
問診なんてのは結局建前。霊泉に連れていけば病は治る。それより聞かなければいけないのは「神話」というやつだ。
なんなんだそれは。
「王女様。どういうことだ、神話ってなんだ? どうしてそれが俺に、えーと」
「……ドラゴンライダー様に身を捧げるという話になるのか、ですね」
「そう。っていうか、神話を紡ぐというのがどういう意味なのか分からない」
「……そのまま、言葉の通りです。セントガルド王国の聖典に新たな一節を加える行為」
ラン王女はまだ少し赤みの残る顔のまま、コホン、と咳払い。喘息の発作がまた始まるかと身構えたが、コスモスさんが霊泉水の入った陶コップを渡しているから大丈夫……なのかな?
「私たちは、その権限をとても大切なこととして扱っています。……神話というのを、スマイソン様はどういうものとして捉えられていますか」
「え、あー……」
改めて問われるとちょっと返事に困る。
「神様の話……だよ、ね?」
周りの女の子たちにも確認してしまう。
他に定義なんかあるんだろうか。
「……神話とは、人々の心、全ての原型となる物語です」
ラン王女は居住まいを正して語り始める。
「必ずしも神が出る必要はありませんが、それ自体にいずれ神と同等の性格を与えられる物語です。それを聞いたものが畏れ、身を正し、あるいは憧れることになる物語。その物語を支えにして、生活が形作られていくもの」
「……はあ」
思ったのとは確かに違うが、実感的に納得できるのかと言われると、やっぱりぼんやりした定義だと思う。
「……ですが、人々は気づいています。エルフやドラゴン、そして聖獣ら、私たちでは決して及びもつかない長い時を過ごす存在がある限り、人が自らを律するために紡いだ物語には、どうしても真実性に限度があります」
「…………」
まあ、そうなんだよな。
宗教の権威を担保する、神や精霊、奇跡といった「古く大きなもの」は、あまり長命の種族の前では力を失う。
人間は二百年も前の出来事を覚えていることは不可能だが、かといって千年も昔のことを正しく語り継ぐにはあまりに世代交代が激しすぎる。
しかしエルフはそれを自分の人生の一部として語れるものがいる。
となれば、人間の持つ信仰の根拠に対して、実体験で否定できてしまう。
エルフの信仰はそれよりは頑強だが、あまりにも古すぎて今度は意義がぼんやりしてしまう。また聖獣たちという存在が、エルフの信仰さえも時に揺るがす場合もある。
こういった理由で、大陸史では宗教国家はイロモノという扱いになる。そう長く続くはずがないというわけだ。
「しかしセントガルドという国は、それをあえて呑み込みます」
「……え、どういうこと?」
「私たちは、『わかっていて』神話を紡ぐのです。後の世のために」
王女は自分たちの国の真実を、強い気迫を持って語る。
「今はただ、勝手に神の導きとして脚色した与太話と言われるかもしれない。それを国民誰もが知って、しかし黙っています。後世に真実となることを意図して。……後の世界で人々が信じ、善く生きるための物語を……今は我々王族が自らの身を糧に、作るのです。聖典に相応しい記述をするために、自らを賭ける覚悟を、我々王族は求められます」
「……???」
え、えーと?
どういうこと?
「なるほど。人工神話……まったくの嘘っぱちではない歴史に神を掛け合わせて、作るつもりなんだ」
グロリアさんが指差してそう言うと、ラン王女は曖昧に笑って頷いた。
「ですから、私たちは神の御心に自らを委ねる……そういう体裁になる状況に自ら進みます。そして美しい物語となることを願うのです」
「……え、ってことは……俺に身を捧げるってのは……どうなるんだ?」
「……その、厚かましいお願いで恐縮なのですが」
ラン王女は再び頬を染めた。
「生来の病に苦しむ王女がある日突然現れたドラゴンライダーに見初められ、純潔と引き換えに身を蝕む病を癒されて凱旋する……そういう筋書きって綺麗だと思いませんか?」
「いや、うん。なんとなくロマンはあると思うけど」
「ですよね!」
「でも基本的にそういうのってもっと情熱的な恋でやるやつじゃない!? 既に数十人もはべらせてる倍近い歳の相手とやるやつじゃなくない!?」
「そこは脚色可能の範疇です!」
落ち着いて下さい王女。っていうか君の純潔の捧げ方それでいいのか本当に。
(続く)
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