約一時間後。
 ルーカス将軍の屋敷の敷地内で、ディアーネさんは刃引きした曲刀を手にしていた。
 同じくルーカス将軍も曲刀。
 こういう試合は木剣でやるのが一般的だが、ルーカス将軍が「お互い脆い剣では何合も打ち合えないだろう」ということでこういうことになった。
「余計なお世話だとは思いますけど、気をつけて下さい」
 ディアーネさんに囁くと、彼女は目を伏せて首を振る。
「余計などではないさ。お前が思うほど腕の差は圧倒的じゃない」
「……そうですか?」
「見ていればわかる。……あれは、オーロラの兄貴だからな」
 ディアーネさんはそう言いながらも自然体で曲刀を担ぎ、進み出る。
 ルーカス将軍も構える様子もなく、だらりと剣を下ろしたまま。
 だが、ディアーネさんの言う通りに油断をせずにその姿を見れば、なるほど、確かに隙は見当たらない。
 俺は武術なんてできないが、相手にディアーネさんが打ちかかる姿を幾通りも想像して、それが決定打になると直感できるかどうかで判断する。
 ルーカス将軍の虚を突き、一撃目で決まる姿は、見えない。
「実際負けそうな気はしませんけどねえ」
「あなたじゃ手も足も出ないわよ、ナリス」
「そりゃそうですけど。ディアーネ百人長の攻め手ってメチャクチャ豊富ですからねぇ……正統派の剣筋から明らかに剣なんてオマケな体術まで、常に相手の対応力のギリギリ外側を攻めまくるんですよ。あれと真正面からやり合えそうな人って、カールウィン事件組でもあの至剣聖ボナパルトかリスター大騎士長くらいじゃないですか? 試合だけって範疇ならベルガ騎士長とかレビニア騎士長もいい線いきそうではありますけど」
 さすがに時々稽古に乱入されては泣かされているナリスの分析は鋭い。
 っていうかベルガはともかくレビニア騎士長って誰だ。そんな強いのいるのか。
 そんな観客の俺たちの囁き合いを尻目に、両者の間に無造作に立って、場を割るように手をまっすぐ突き出すアイリーナ。
「あくまで腕比べ。このわらわの目に恥じぬ戦いをせよ。わかっておるな」
「はっ」
「ああ」
 ルーカス将軍とディアーネさんが短く返事をして、アイリーナはゆっくりと下がりながら手を振り下ろし。
「始めよ」
 場の緊張感とは裏腹の、どこか緩慢にも思える宣言を発する。
 両者、いきなり打ちかかることはない。アイリーナが中間地点近くにいるのだ。全力で剣を振り回しては彼女を傷つけてしまう。
 そうして頭を冷やさせる意味もあったのかな、と思いながら二人の動作を交互に注視する。
 距離は約6〜7メートル。試合の開始位置としては少し広すぎるが、二人にとっては既に一足一刀、わずかでも隙があれば必殺の間合いだ。
 しかし、隙はない。こういう時に動けば、逆に相手にイニシアティブを渡す。
 ゆっくりと、反応速度を損なわないように足を運びながら、相手の出方を窺い合っている。
 ディアーネさんとそういう測り合いができる時点でエースナイト組とは話が違うんだな、とわかる。アンゼロスやオーロラなんかはディアーネさんはもっと大雑把に踏み込み、余裕で立ち回る。
 ……アイリーナが二人の中間地点から充分に離れ、腕組みをして身を落ち着けた直後。
「あまりまどろっこしいのも退屈だ。派手にやろうか」
 ディアーネさんはずっと担いでいた曲刀をスッと片手正眼に構え直し、そして踏み込む。
 ルーカス将軍も反応。
 踏み込みは……浅い、と思いきや、そこから斜め飛びで狡猾に間合いを維持し、ルーカスに無防備を晒さない。
 ルーカスもそれに引っかかりかけながらも我慢し、刀を下段に構えてディアーネさんの動きに追従し……いや。
 向き直ったと思ったら、その体が宙に浮きあがる。
 ただのフェイントではなく、近距離でコンパクトに放った衝撃波から意識を剥がすためのステップか。
「小癪……!」
 ルーカス将軍は身を浮き上がらせながらも身体をコマのように回転させ、体勢を立て直して……そこから、不自然な軌道を描いてディアーネさんに空中から強襲。
「飛んだ!? 今バードマンみたいなことしませんでした!?」
「ほ。魔術じゃ。空中に足場でも作ったのじゃろう」
「ずっる!」
「落ち着きなさいナリス。あなたもエルフならそう難しいことではないはずなのよ」
「いや私できませんよ!? 明かり作るのさえできないんですから!」
 よく忘れかけるが、魔法というのは意外なことが意外に難易度が低いものらしい。
 バードマンや飛龍のように空を舞うのは難しくても、一歩分の足場を作るというのは咄嗟にできる範囲内のようだ。
 かくして、互いに完全に足を止めて斬り合える間合いに入ったルーカス将軍とディアーネさんは、そこから激しい剣戟を始める。
 この段階ならディアーネさん完全有利か……と思えば、意外にもルーカス将軍も決して負けていない。
「うっそ。ディアーネ百人長のラッシュ止めてる!?」
 ナリスはいちいちいい反応をしてくれる。
 ディアーネさんが雨あられと打ち込む斬撃を、ルーカス将軍は涼しげに打ち払っている。
 俺の目では全部は見切れないが、ディアーネさんの攻撃は決してワンパターンではない。体術も柄尻も駆使して攻め込むが、そのたびにルーカス将軍は巧みに身を捌いて受傷を避ける。
 ……守りに意識を集中している。ディアーネさんにあえて攻めさせている。
 それがある一瞬で切り替わり、今度はディアーネさんが防戦一方になる。
 ディアーネさんも決して苦しげではないが、目に見えて有効打が出せていない。
「……ほ。なるほど、オーロラめの兄貴……か」
「ライラ」
「あのレベルにあって、学びと消化が恐ろしく早い。ゴツゴツと不恰好な猿真似ではない、その場で技法を新たに拡張しておる」
「……それ長引くほどヤバいんじゃ」
「かもしれんのう。ディアーネが無策とも思えぬが」
 さらに攻守が入れ替わる。互いのラッシュを捌き合う。
 ラッシュの隙を突き合えないのは、ディアーネさんは元々の引き出しが多く、ルーカス将軍は創造性が高いということなのだろう。
 剣同士の悲鳴だけが絶え間なく緑に彩られる青空に響き渡る。
 だが。

「……ああ、そうか」
 やっと両者に差が出てくる。
 ルーカス将軍は天才だ。あの成長を見せたオーロラ以上の。
 オーロラ以上に、その戦闘力は才能に拠っている。
 ……つまり、努力由来の部分が少ないのだ。
「……く……っ!」
「確かに言うだけの素材ではあるが……まだ素材だな」
 ディアーネさんは、何十合、何百合の剣戟を経ても全く剣速も足捌きも衰えない。ほとんど無呼吸運動だというのに平然とするそのスタミナは、無尽蔵というほかない。
 だが、ルーカス将軍はある段階から目に見えてキレが鈍ってきた。
 剣の打ち負けも増えてくる。正しい角度で振ることが難しくなれば剣の耐久力にも響いてくる。
 例えばの話、「刃」で「平」に叩き込まれれば剣なんて簡単に曲がり、重心が狂う。重心が狂ったまま振るう剣は著しく威力も下がり、本来有り得ない部分への負荷も高くなる。
 それが露呈したと思われた数合も後には、ルーカス将軍の曲刀が折れ飛んだ。
「ぐあっ……!!」
「そこまでじゃ」
 ルーカス将軍は肩で息をしながらも抗議したそうにするが、アイリーナは冷たく一瞥して黙らせる。
「引き時は弁えよ、空色の貴公子。……これは不名誉ではない。北の森に、ディアーネを相手にここまでやれた者はおらぬ」
「……は」
 慰めともとれる言葉だが、事実だ。
 ディアーネさん相手に手加減なしでやり合い、圧倒的敗北にならない者はそれだけで珍しい。
 ……まあ、北の森に限らなければフェリオスというゴールドアームがいるわけで、あいつが完調ならこれぐらい粘ってた可能性はあるけど。だから「エルフとしては」ではなく「北方系エルフとしては」という限定的快挙。

 で、それを見ての感想は。
「……なるほど、弱点もオーロラさんと同じなんですねえ……」
「ナリス。あなた、彼女を馬鹿にできるほどスタミナはあるの?」
「ふっ。私ゃ身の程を超えた真似はしないので何の問題もありませんぞ」
 ナリスとシャロンはまあ、そんな感じか。
 じっと黙って見ていたアンゼロスに視線を向けると。
「……あの時、アンディが先に一発入れてくれてなかったら完全に話にならなかったんだろうね。本当に嫌なタイプだ」
「やっぱりお前でもそう思うか」
「ディアーネさんだから相手にできたんだ。僕の剣じゃ何しても全部いなされるイメージしか見えなかった」
「…………」
 ディアーネさんも結局有効打自体を入れたわけじゃないからな……こういう決着を最初から意図していたからかもしれないけど。
 それ以上の技、ということになると残念ながらアンゼロスは厳しいか。
 そして、非戦闘員組はとにかく勝った勝った良かったね、という感じなのでスルーして、一応……いちおう戦闘員の女騎士フィオーナの反応を見ようと目を向けると、なんか得意げに言っている。
 なんて言っているのかミラさんに聞いてみると。
「なまくら剣はいけませんね。それが勝負の分かれ目でしょう」
「……はぁ」
 盛大にラン王女に溜め息をつかれていた。
 あ、いや、俺たちは目が慣れてるから流れが分かったけど、普通はそんなもんだからそこまで失望しないで王女様。いや、確かにそれが自分同様にセントガルド人代表かと思うと嘆きたくなるのはすごくわかるけど。

 その後、軽く食事をしてから小屋に戻り、ライラに抱えられて浮上すると、庭のベンチで不機嫌そうにごろ寝していたルーカス将軍が、何やら可愛らしいエルフ女性たちにしきりに話しかけられてはうるさそうにしている姿が見えた。
 女と見ればキラキラスマイルのルーカスらしくないな……なんて思ってしまったが、もしかしたらあれが彼の自慢の嫁さんたちだったりするんだろうか。
 アンゼロスを第七夫人にするとか言ってたから、六人はいるはずなんだよな。
 ……うん。なんとか顔立ててやらなきゃ、とか思ってたけど、やっぱそんなに気を回さなくていいかなって気になってきた。
 存分に慰めてもらって欲しい。

(続く)

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