ルーカス将軍は、いつぞや俺もアンゼロスと一緒に入ったカフェでお茶を楽しんでいたようだった。
そのぐらい自分の屋敷でいくらでも用意できそうなものだが、まあ多分彼のことだからなんかあるんだろう。その方が女との出会いがあるとか。下々にカッコつけた喫茶風景見せた方が人気が出るとか。
「お前は……何故ここにいる……!」
ルーカス将軍の目つきが剣呑になり、腰に下げたレイピアに手がかかる。
が、俺の周りで一斉にアンゼロス、ライラ、シャロンが身構えるのを見て気まずそうに柄尻から手を離した。
「……シャロン姫」
あ、シャロンの目が気になったんだ。っていうかよく考えたら一応いろんな意味で同格なのか。
ライラが俺への攻撃にいつでも対応できる位置取りをしつつ警告する。
「ほ。おかしな真似はせぬ方が良いぞ。この場にはおらんがディアーネや白のアイリーナめも来ておる。無事に済まぬぞ」
「……アイリーナ様もか。……何用だ」
ルーカスは目を伏せて冷静さを取り戻そうとしながら、それでもつっけんどんに訊いてくる。
「大した用じゃない」
「お前には聞いていない、人間」
「……チェッ」
やっぱこいつ嫌な奴だ。
「何の先ぶれもない訪問、申し訳ありません。私の治療の道すがらなのです」
「……あなたは、セントガルドの」
あ、ラン王女知ってるんだ将軍。
露骨に声色が変わった。
「ようこそ、我がクラベスへ。もてなしの用意がないのが心苦しい。よろしければささやかながらに夕食の席を準備いたしますが」
急にキラキラ微笑を浮かべて物わかりよさそうに手を広げる。
……そういえばアンゼロスにモーションかけてた時はこういうキャラだったっけ。
以前の蛮行を知らないなら騙されそうにも思える。俺やライラを警戒したことは……まあラン王女たちも似たようなものだろうし。
が、超イケメンの笑顔にポーッとしているのはフィオーナだけだった。
「申し訳ありませんが、急ぐ旅なので。またいずれ機会があれば」
「……僭越ながら、その男には気をつけられた方がよろしいでしょう。我が愚妹もいつの間にやら、その男の奴隷などと名乗る始末。気を許せば何をされるかわかりません」
「…………」
ラン王女はまるで聞こえなかったような顔でスルーした。
彼の顔を立てたいが、ドラゴンライダーとしての俺への畏怖が強いので返事はできないのだろう。
そしてフィオーナはこちらに警戒心を改めてむき出しにしている。本当にキミも露骨だな。
そしてローリエやマローネはあんまり縁がないながら、俺が一度酷い目にあわされたことだけは聞いているのでキラキラスマイルに引いた顔をしている。
「あれが噂の……片玉プリンス」
「そ、それ口に出しちゃ駄目だよローリエさん!?」
マローネが慌てるが片玉プリンスは耳をピクッと動かしただけで我慢した。圧倒的イケメンパワーは心持ち圧が弱まった感じはする。
「あの人片玉なの?」
真顔でミラさんも参加。片玉プリンスはさすがに笑顔が引きつっている。でもまだ我慢。
「そういうの本人前にして言うもんじゃないですよ。セレンさんにストンピングされて本来両方あれだったらしいですがなんとかここの医術で片方で済んだって聞きますけど」
「セレンさんがやったのですか……」
ナリスが諫めてる風なフリを見せながらも混ざり、シャロンまで相槌。
さすがに可哀想になってきた。
「お前ら挑発し過ぎるなよ。一応強いんだぞ」
「他の者はともかく、お前に一応などと言われる程度のつもりはない」
キレかけているがまだちょっと拳を震わせる程度で済んでいるルーカス将軍。
反応に困って苦笑を浮かべたまま発言できないラン王女がちょっと不憫だ。
そしてフィオーナはこっちの話が分からなかったようで怪訝な顔をしている。一応ルーカス将軍はラン王女に対しては南部語を使っていたのだった。その辺の俺に対する通訳は相変わらずナリス。
しかし……どうもうちの雌奴隷たちは将軍に対する印象の悪さは変わらないようで、意図的に煽っている節がある。
でも、一応オーロラの身内だし、特に俺に謝ったわけではないとはいえカールウィン事件では活躍もしてくれたわけなので、俺としては完全にバカにして顔を潰すのも後味が悪い。
でも、どう言って場を収めたものか。あんまり華を持たせるとそれはそれで雌奴隷たちがブーイングしそうだしなぁ。
……結局、アイリーナに丸投げすることにして時間稼ぎ作戦。
「将軍とは色々と因縁があるけど、しばらく前に他のドラゴン勢力との戦いで手伝ってもらったんだよ」
「……取引でね。私としては愚妹の件もあって、あまり仲良くしたいわけではなかったのですが」
「は、はあ……」
カフェに改めて入り、ラン王女とルーカス将軍、それにシャロンと俺で席を囲んで、王女にいろいろ説明タイムを設けてみる。
カフェの外にはライラを立たせてある。アイリーナとディアーネさんが戻って来たら誘導してもらう。あとライラに殺気立たれると収拾つかなくなるし。
「彼の剣はドラゴン相手にも通用した。セントガルドでは衝撃波打ちの剣技ってあるのかな。あれのすごいやつで……」
「あ、練達の騎士の中にはそのようなものの使い手もいます。なんでもトロットでは特に盛んな技だとか」
「……まあ、あれだけでは曲芸の域を出ませんがね。私の剣はもう少し華麗で残酷です」
ルーカス将軍は赤い髪を掻き上げた。死ぬほど絵になって嫌になる。
超イケメンが本気でカッコつけると本当に場を支配する。ノールさんのダンスが場を呑み込み、絶対的に主役になるのと似たような感じだ。
僻み言葉を言うことすら憚られる完璧な耽美オーラ。これに当てられても特に効いていない様子のラン王女の胆力がむしろ恐ろしくなるレベルだ。
「例えばこのスプーンの柄でも、その気になれば岩を切り裂けます。人や魔物は言わずもがな……この腕前を見込まれましてね。あまり野蛮な仕事は私の趣味ではありませんが、竜と大っぴらに戦う機会もそう多いものではない。腕を試すのも良いかと思いまして」
「……すばらしい実力なのですね。私は武技のことは疎くてなんとも言えませんが、ドラゴンライダー様にそうまで言わせるとは」
「……む」
調子よく自慢してみせたルーカス将軍の流し目をラン王女はかわし、俺への賛辞に引っ掛ける。
ルーカス将軍は気を悪くしたようだったが、彼女にしてみればまだまだ俺の方が怖くてイケメンどころではないのか。
そしてシャロンはティーカップを置いて微笑む。
「あれは良い技です。それを抜きにしても、聞くところによれば戦いのセンスもなかなかのものとか」
「音に聞くブラックアームのシャロン姫にご満足いただけるかはわかりませんが」
「オーロラさんにも一敗地に付けられましたもの。二度は負けるつもりもありませんが、あれ以上となれば私の腕では怪しいものです」
ああ、よかった。シャロンは俺の意図を汲んでヨイショしてくれる方向っぽい。
しかし、美男美女でいい絵だけど、シャロンって確か100歳超えなんだよな……詳しい歳は知らないけどナリスやアルメイダからの扱いを聞くに。
対するルーカス将軍は確か30歳かそこらだったと思う。
ルーカス将軍はあの踏み潰し事件当時あれだけ調子こいていたとはいえ、さすがにまだまだエルフとしては若手も若手。
その辺の余裕の差が二人の空気感に出ている気がする。……いや、シャロンが相応の余裕を見せるようになったのって、実はフェリオス離れしてガントレット四人組のリーダーをやり始めてからなんだけど。
血筋の良さもほぼ同格、戦闘力の評価も同レベル。
そして美しさという点もエルフ同士ではあまり通用しない。みんな美形の種族はそういうの見慣れてるから。
そうなってくると、常に上から目線で女に接するルーカス将軍としては、優越する部分が少なくてやりにくい相手なのかもしれないな。
シャロンに対してはルーカス将軍の貴公子ムーブもどうもキレ味が悪く、それでもシャロンが優雅に将軍を立ててくれるおかげで空気も改善してくる。
……それを遠巻きに眺めるナリスとアンゼロスの会話も聞こえてくる。
「……シャロン騎士長ってあんな風に相手を立てて喋れるんですねえ」
「ああいうのは社交界に出入りするとどうしても身につくものだよ。うちの母上はすぐ化けの皮を遠投するけど」
「ああ……そういえば昔はお姫様だったんですよねえあの人」
「いや今もお姫様ではあるんじゃないの」
「……本人に言ったら絶対首輪撫でて『今はもう……ね♪』とか言い出すに金貨5枚」
「賭けは不成立だね。……っていうかナリスも首輪ずっと外さないよね」
「あっ……ちょっ、言って下さいよ!?」
「え、何を?」
なんだか慌ててガチャガチャ外してる音が聞こえてくる。なんで自分でつけっ放しに気が付かないのか。
そして、なんとか場の雰囲気がそこそこに落ち着いてきたあたりでようやくアイリーナたちが到着。
「待たせたのう。……空色の貴公子、邪魔しておるぞ」
「……あなたは」
「久しい……と言うほどでもないな。カールウィン事件ぶりか」
堂々と主賓のように姿を見せたアイリーナに、さすがにルーカス将軍も畏まる。
ああ、やっぱり人の上に立つ風格という点では本職の氏族長のアイリーナが一番なんだなあ、と納得させられる。比べあうまでもなく、さすがにルーカス将軍でもぞんざいな態度は取れない。
エルフの内輪の上下関係が厳しいだけ……と取ることもできるけど、相手に跪かせてなお当然のように振る舞える存在感では、少なくともアイリーナに並ぶものはない。
「さて。スマイソン殿、わらわにも一口」
「……なんでこの空気で俺の膝に座れるんだお前は」
「勝手にかしこまっておる奴に何故遠慮せねばならぬ。そもそもわらわたちはルーカスに用はないはずじゃろう。飯のひとつも入れたらすぐに発つだけじゃろ? 何をゴチャゴチャしておるんじゃ」
「……お前ね」
一応、ここの森林領でディオールさんに次ぐ重要人物だよ。オーロラが雌奴隷業に邁進してる以上、ここの後継者なんだからぞんざいにしてていいはずないだろ。
「アイリーナ様。一つ、よろしいでしょうか」
「む?」
床に跪いたルーカスは、視線を落としたまま、話題を遮るようにアイリーナに申し出る。
「……戦神との腕比べを許していただきたく存じます」
「……何じゃと?」
「今まで幾度かすれ違いましたが、未だ万全の状態で腕比べをする流れがなく。……彼女に絶対的に劣ると思われているのは、私にとっては重大な問題。この際、ひとつ機会をいただきたい」
ルーカスは目を上げ、アイリーナ……と、その椅子になっている俺を見る。
アイリーナは嘆息しつつ俺のお茶を啜り、置き。
「わらわに立ち合いをさせるからには、結果に余計な駄々を捏ねるは許さんぞ? 命の取り合いもなしじゃ」
「はっ」
「……というわけじゃ。ディアーネ、付き合えるか」
ディアーネさんは腕組みをしたまま肩をすくめる。
「半日使えというのでなければ、多少の余興には付き合ってもいいさ」
……え、本当に試合とかやるの? もし負けたらどういう……いや、負けるとも思えないけどさ。
(続く)
前へ 次へ
目次へ