「空気を清くする魔術を施した。こうも乗り合いが多いのでは気休めじゃが、無いよりはマシじゃろう」
「あ、ありがとうございます……アイリーナ様」
 ベッドの真ん中にラン王女を横たえ、その傍にフィオーナを座らせる。
 そして俺は成り行き上、ラン王女の隣で寝っ転がっていた。
「……ラン様はうら若き身。男をむやみに御身に近づけるのは好ましいことではありませんが」
「スマイソン様は特別。あなたさっきの発作でも役に立たなかったでしょ」
「それはっ……」
 喋り方が砕けているというのはなんとなくわかった(南部語なので相変わらずナリスに通訳してもらっている)。
「しかし、どういうルートでポルカに行くのじゃ。この調子では空気の悪いレンファンガスの諸都市を中継するわけにもいかんぞ」
 アイリーナが確認してくる。
 確かにそのまま戻ると途中どこかで一泊は必要になるんだよな……。
 食べ物も最低限の保存食しかないので、身内はともかく客に三食与えるのは気が引ける。
 だから漠然とレンネストにでも寄っていこうと思っていたが、確かにレンネストはあまり空気のいい場所とは言えない。分厚い壁に囲まれているおかげで風通しが悪く、埃っぽいし。
「距離的にはクラベスがいい位置だぞ。空気の良さなら文句ないだろう」
 ディアーネさんが地図を指し示す。
 セレスタでも最も南東部に位置する森林領はもちろんセントガルドにも比較的近い。いや、徒歩や馬ならそれでも十日とかそういう距離なのだけど、ライラの翼なら半日はかからない程度だ。
 ここで一度降りて……そのまま砂漠に向かうのはちょっと喉に悪そうだから、砂漠に近寄らないよう青蛇山脈沿いに北上、ハーモニウム付近を通ってバッソン、そしてトロット領内に入っていくコースが考えられる。
 が、問題がひとつ。
「……オーロラがいないのにクラベスに降りるんですか?」
 一番顔が利く彼女を連れてきていないのだった。
 クラベスはいい街だが、やはり排他的なところはある。オーロラを案内人にすればだいぶ圧力から解放されるが、それがないのに大手を振っては歩けないんじゃないだろうか。
 しかしアイリーナがずいっと割り込んできた。
「ふ。わらわがおるのを忘れておるのか」
「……お前、クラベスでちゃんと顔利くか? 北の森とは比較にならないくらい住民いっぱいいるんだぞ」
「そなたこそわらわたちの社会を侮り過ぎじゃぞ。それなりの地位の者たちは北の森に巡礼に来ておる。わらわの代になってから来た者はそう多くはないが、これでも前任の父のそばには必ず控えておった。多くは見知っておるはずじゃ」
 ……と言われても、結局「それなりの地位の者」限定の話なわけで、イマイチ頼りないな。
「大丈夫」
 ローリエがそこにフォロー。
「わざわざ難癖付けてきたら、私たちには耳飾りがあるから。その意味もわからないとなったら逆に不届き者」
「あー」
 そういえば身分証としてそういうの持ってるんだっけ。
 オーロラが見せた時もエルフ同士の間ではパッと通じてたみたいだし、それは信用に値する……のかな。
「何より私とライラがいる。ルーカス一派など問題にはならないさ」
 ディアーネさんは不敵に笑う。
 ディアーネさんは現リーダーのディオール氏と懇意だし、ライラはひと暴れしたこともある。そう考えれば……確かにちょっと降りるくらいならいいのかな。
「不安要素があるとすれば……」
 呟いたディアーネさんが視線をフィオーナに向ける。
 みんなもそこは言わなくとも理解する。
 ……どこに連れて行くにしてもこいつは目を離しちゃいけないな、と頷き合う。


 空の旅は俺たちにとってはもう慣れたものだが、客の二人には刺激的なようだった。
「ほ、本当に……ドラゴンってこんな速さで飛ぶんだ……」
「ら、ラン様、あまり窓に近づきすぎては危ないです! もう少し離れて!」
 夜が明け、外がよく見えるようになって改めて「ドラゴンに運ばれている」という事実を実感したようで、みんながうつらうつらしている中で窓に近づいては二人で騒いでいる。
 透明な窓は頑丈な宝石製だ。風圧だけで割れることはまずないし、たとえ窓を開けたとしても室内に風が吹き荒れることはないように、アイリーナがあらかじめ窓周辺に魔法をかけている。
「でも気持ちはわかるなー……アタシも最初ああだったよ」
 ガラティアが俺に甘えるように添い寝しながら王女と女騎士の騒ぎようを眺める。
 ……ってかガラティア、最初がどうこうって言うほど時間経ってないよねお前。まだラパールから出てきて何か月も経ってないよね。
「今でも時々、不思議な気分になるよ。アンディはちょっと前まではあのおバカなクロスボウ隊の男衆の中で酔っぱらってエロ話してるだけだったのに、気が付けばドラゴンライダーで、空を飛んでいつでもどこまででも行けて……僕まで含めてこんなに女をメロメロにしてるなんて。セレンが来る前の自分に聞かせたら鼻で笑っちゃう」
 アンゼロスの発言にちょっと慌てる。
 フィオーナはともかく、ラン王女に聞かせる話じゃないだろ。いやバレバレでもさ。礼儀として。
 そんな俺を抱き締めて抑え込むのはミラさん。
「オタオタしないの。むしろ堂々とチンポ出してしゃぶらせてるくらいでちょうどいいのよ。誰にどういう形でこんな面子が従ってるのか、あの騎士子ちゃんにもよくわかるんじゃない♪」
「本当そういうのナシにしよう!? 特にああいう若い娘さんいる時にはさ!」
 フィオーナはまあともかくとして、まだまだ乙女であろうラン王女に叩きつけていい光景ではない。
「?」
 フィオーナがこっちを少し気にして変な顔をしていた。例によって会話内容はわかっていない。
 で、ラン王女は……夢中で外を見ているように見えるが、まあわかってるんだろう。ちらりとこっちに向けた顔は赤く染まっていた。
「ほら。若い子に気を遣わせるのは気まずいよ。せめてポルカに戻るまではそういうのナシでいこうよ」
 もちろん「偉い身分の相手にそういうのは悪ふざけしすぎだ」という理由は俺の中で強いのだけど、それを言うともう「アイリーナの方が偉い」「そもそもドラゴンライダーはたかが一国家の姫なんかよりずっと上で云々」みたいな理屈を延々説かれるに決まっているのでそれはもう言わない。あくまで大人としてのたしなみを押していく。
「ポルカならいいのね?」
「少し冷静になろうミラさん。見せつけていい的な解釈はやめよう」
「どっちにしてもブルードラゴンたちどうにかしないと駄目じゃない?」
「……それは常々思っている」
 いや本当、アスティやエアリたちはちょっとご町内の常識に挑戦し過ぎてるよね。ドラゴンだから俺以外誰も怒れないし。
「……つかぬことを伺いますが、ポルカというところにいるのは……皆、スマイソン様のドラゴン……なのですよね?」
 おずおずとこっちに寄ってきたラン王女が少し緊張した顔で尋ねてくる。
「もしかして……あまり言うことを聞かないドラゴンもいるということですか……?」
「……直接契約してないドラゴンも何頭かいるんだ」
「!」
 ラン王女、慄く。
「……全部で何頭……いえ、あの、やっぱりいいです……」
「だ、大丈夫。別に暴れるようなのはいないから。あとみんな俺の言うことは聞くから。あまり服着ない文化のがいるだけで」
「……あ、あの……いえ」
 ラン王女の俺を見る目が揺らいだ。というか竦んだ。
 この高速で飛ぶ、巨大な「力」、ドラゴン。
 そして、七頭というライラの言葉以上にドラゴンが集結する町。それらを全て「言うことを聞かせられる」というドラゴンライダー。
 ……ゾッとしたんだろう。
 なんというか、説明されなくても表情でわかってしまった。
 そういうのが有名になるわけでもなく、当たり前のように在野にいるなんて……頭では理解しても、心は受け止められない。それが権力側の人間の本音という奴だろう。
 そんな奴がちょっとその気になったら、何もかもが奪われる。
 一般庶民でも同じといえば同じだが、権力側の人間は、なまじ戦う力を持ち、戦う責任があると自認しているだけに、全く予想もしていないところに何もかも台無しにするモノが存在するという事実に絶望する。
 ……ドラゴンライダーという存在は、そういう致命的なものなのだ……とわからせられる。そういう表情の変化だった。
「ラン様?」
 そして特にわかってなさそうな女騎士。
 ラン王女はきょとんとしているフィオーナを見てようやく表情を取り戻し、居住まいを正して、改めて俺を見る。
「……わ、我が国へは……ただ遊びに来ただけ、ということなのですよね?」
「うん。ナリスが面白い温泉があるっていうから気になって……」
「……特に我々の治世に思うところなどは」
「そもそもどういう国なのかよく知らなくて……いやその、すみません」
 意味もなく謝ってしまうが、ラン王女はなんとか生気を取り戻していた。
 フィオーナを助け、喘息を治し、「神話」とやらを作る。改めて目的を思い出したのだろう。
 俺としてもパニックと不幸な行き違いは避けたいところで、今後彼女との突っ込んだ話し合いは避けられないところだろう、と若干途方に暮れつつも決意を新たにする。
 権力者と絡み、折り合いをつける……というのは、とても面倒なことだ。
 しかしもう俺はそれを避けて通れない。面倒がってもいられない。
 それを改めて思い知らされた気がする。


 クラベスの森は適度に広い空き地が多く、俺たちの「空飛ぶヤリ部屋」が着陸することのできる場所もすぐに見つかった。
 エルフという天然魔術師が多い割には、ライラの巨体も幻影破りされることもなく、着地後すぐに人間体に変化するまで余裕だった。
「ふう……しばし一休みじゃな。確かこの地には外部の客向けの飲食店があると聞き及んだのじゃが」
「まあ待て。先にディオール殿に一言挨拶をしに行くぞ、アイリーナ」
「ほんの数時間の休憩のために難儀じゃのう」
「黙って通ったとなれば面子に関わるだろう、お互いに」
 ディアーネさんとアイリーナは氏族長の館に向かうらしい。
「あまりバラけないで。行動する時は僕かナリス、シャロンの誰かをつけて。身の危険はめったにないはずだけど」
 アンゼロスがみんなをまとめにかかる。
 それをよそに、俺は久々のクラベスの空気を胸いっぱいに吸い込んでみる。
 ……北の森ともまた違う、爽やかな空気。やっぱりここの空気好きなんだよな、俺。
 オーロラはあんまり帰りたがらないし、エルフのあれやこれやを考えるとあまり長居はしたくないのも確かなんだけど、それはそれとして過ごすのにいい土地だという印象は変わらない。
 空気に人一倍敏感なラン王女もここの空気はお気に召したようで、同じように深呼吸して、なんだか幸せそうな顔をする。
 ……そして。

「お前たちは……」
「……あ」

 ルーカス将軍ももちろんこの町にいるし、カールウィン事件の功績で謹慎も解けていたはずだというのを、カフェから出てきたその顔を見てようやく思い出したのだった。

(続く)

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