迷宮の入り口になっている街はそのまま「バスメイズ」という名前だった。
「……まんますぎない?」
「いや私が最初の町民でもそう名付けると思いますよ絶対。どう考えたって土地としての個性が強すぎて他の名前付けても忘れ去られますもん」
ナリスが弁護する。
「赤クジラみたいなもんかなぁ。ノーストリューメア島とかって名前があるらしいんだよね、ウチ。政府の後付けで」
ガラティアが言う。……そういえば本当は別の名前があるって言ってたっけ。
そっちの方が地名としては恰好はつくが、誰が聞いても相応しいと感じる名前が他にあったら、呼んでもらえるとは限らない。
「というわけで見てきました。街がそんなに殺気立ってるとかそういうことはなかったんで、旅行者って言えば普通に入れてもらえると思います。ただ……」
「ただ?」
「南部語出来る人、何人います?」
「えっ」
そういえば南部大平原って言語違うんだっけ。
ナリスとシャロンはどっちも南部大平原出身だったので何の問題もなくいけたようだけど、今回連れてきたメンバーだと……。
「マローネとローリエは……まぁ無理だよな」
「すみません……」
「全然知らない」
どっちも若いし最近まで故郷を出たこともなかった子たちだ。そりゃ無理だろう。
「ガラティアは?」
「んーと……聞くだけならそこそこいける……と、思う。ゴート海賊の奴ら、よくファラールにいたし」
「ゴート海賊……」
「ゴート王国周辺を根城にしてる奴ら。ファラールに寄港して遊んでくんだよ、ゴートじゃお尋ね者だから」
オーガ兵の方のゴートをつい思い浮べてしまうが、南部大平原の西端、青蛇山脈南部を領有するドワーフ国家の方だ。
地形が山脈から直接海に落ち込む形になっているので住める部分が少なく、あまり沿岸部の街は栄えていないと聞くけど、やっぱりそれでも海賊はいるのか。
「アンゼロスは?」
「ごめん、さっぱり」
「謝ることはないだろ。急に来たんだし」
もしかしたら何かの英才教育で少しは喋れたりするかも、と思ったけど、アンゼロスもやはり駄目。
で。
「私は話せるぞ。昔は色々とやったからな。こちらに出てくる機会もあった」
「東方山地の言葉は多すぎるけど、ヴァレリー語と南部語、エルフ語くらいならなんとかね」
ディアーネさんとミラさんは頼もしい。やはり長寿は強い。
そしてもちろんアイリーナとライラも話せるという。
「森を預かる氏族長が、外からの使者の言葉もわからぬでは恰好がつかんからの。教養としては一通り学んでおる。もっとも、森の知識は百年以上昔のものじゃ。少々時代がかっていると言われてしまうかもしれんが」
「我もかつては大陸中を旅した。読むのはともかく話すだけなら不自由はせん」
となると……話せる組が7(ヒアリングのみのガラティア含む)、話せない組が俺含めて4か。
思ったよりはマシな割合だ。
「適宜通訳してもらえば不自由はしなさそうだな」
「一応覚える努力もして下さいよ。語順とかはヴァレリー語とそんな変わんないんですから」
ナリスはそう言うが、温泉迷宮でちょっと遊んだらすぐ帰るんだし、特に話さなきゃいけない相手とかもいないのでちょっと約束はできない。
……今後、南部大平原に滞在する用事が増えたりしたら言語の習得は大事だけど……レンファンガスはともかく、こっちはどうかなあ。
で、そのバスメイズの街。
ナリスの言う通り、セントガルドの人々は何かと愛想がいい。
見慣れない服装の集団である俺たちがゾロゾロと現れても警戒感はなし。まあそこは美女ばかりだというのもあるだろうけど。
セントガルド人はトロットやセレスタと違って、基本的には男女問わず足首まで覆う長衣を着ている。なので、俺たちはみんな異邦人だというのがまるわかりだった。
しかし、それでも詮索はしないしフレンドリーだ。
「確かに宗教国家ってイメージとは違うな。宗教の強いところっていうと、もっと固い雰囲気を想像するんだけど」
「我々の宗教は若いからな。意味の分からない決まりが少ない。……古い宗教はなんでこんなしきたりがあるんだ、っていうのが多いだろう。そういうのを古さに任せて『決まりは決まりだ』なんて強引に押し通したりしないから、みんな態度が柔らかいのさ」
と、街で出会った露天商が教えてくれる。翻訳はナリスがしてくれた。
「そういうのって権威づけに困って統率しにくかったりしそうだけどな」
「教主は権威で信者を振り回しているわけじゃない。我々は同じ神話を愛する同士。その感性を互いに守るために協力するのであって、教主に押し潰されるのが怖くて服従しているわけではないんだ」
なるほど。なんだかわからないけど宗教にしては自由で楽しそうだ。
「その調子でよく強国と言われるまでになったもんじゃのう」
とアイリーナが返すと、露天商はフフンと笑い。
「我々は神話が生まれる時代に生きている。伝説の続きが見たいという心が我々を団結させるんだ」
と、なんだか妙に情熱的に言い切った。
……ええと。それだけ教主という人物にカリスマがある……ってことでいいのかな。
昼食を適当に露店で買い食いして(ちゃんと両替商もいたので金が使えないということもなかった)俺たちは温泉迷宮に赴く。
温泉迷宮は空から見物することができた通り、いわゆる露天式の迷宮というやつで、天井がなく、単階層式だ。頑張れば壁の上に飛び乗ることもできる。
迷宮といえば潜るもの、というのが俺たちの認識だが、面積あたりの効果は積層式に劣るものの、この形でも「気」の浄化を行うことはできるらしい。ゴート王国がこれによって現代式の迷宮を造営しようとしていることは、その筋では結構有名だとか。
もしもカールウィン方面の魔物の発生を抑える土地改造を進めるならば、そのために建設されるのはこういう迷宮になるだろう。
……それはともかくとして、迷宮通路はだいぶ広い。幅10メートルはある。
そんな通路が手狭に感じるくらいに、入り口付近には湯治客が集まっていた。
「公式迷宮地図はこちらでーす! 金貨30枚! ないと迷った時に大変ですよー!」
「入浴着の貸し出しは一着金貨10枚、ご購入は50枚!」
「ツアー出発10分前でーす!」
……湯治客相手の商売も花盛りだ。
「入浴着?」
ナリスに説明を求めると、ナリスは先行して迷宮の奥に進もうとする湯治客たちを指差す。
「ああいうやつです。お湯に濡れてもいい薄いローブですよ」
「着ないと駄目なのか?」
「……まあ男の人はあんまり厳密には着ない人多いみたいですけどね。男の裸は何もお咎めなしって風習は南部だと強いんで」
見れば、数人通ったオーガ男はだいたい着ていない。サイズがないんだろう。
下には穿いていたりいなかったり。巨根を堂々とぶらんぶらんさせて歩いていても、実際誰も文句を言う気配はない。
オーガが目立つのでそちらに注目してしまったが、人間族や獣人でも着ないで進んでいくおっさんはちらほらいる。
「俺はどうしようかなあ」
「基本的には着ないのって剛の者ですからね! スマイソン十人長そういうキャラじゃないでしょうに!」
「でも10枚あったら一食食えるからなあ。ちょっと考えるよなあ」
童貞時代の俺だったら、部隊内ならともかく、こうも見知らぬ人の多い場所でちんこ放り出して歩くなんて考えもしなかったと思う。
しかし混浴のタルク文化に触れ、また延べ100人以上にも及ぶ女性たちに股間に関する自信を与えられた俺は、他にも堂々とちんこ振って歩いていく者がいるこの場所で、本当にどうしても隠さなくてはいけないのか、という点にはだいぶ選択の余地があるのは事実。
パンツというか、腰に手ぬぐいを巻くという選択肢もあるしな。ローブを借りるのを避けるだけなら他の手持ちで済ませばいいわけだ。
……で。
「ナリス。それって女も本人次第で着なくてよかったりするのかしら」
ミラさんがおもむろに言った言葉にナリスは大袈裟なぐらいギョッとした。
「いや、なんでそんなアホなこと考えるんですか他にいっぱい男いるでしょうに!」
「でもそのローブ、ちょっと薄すぎない? 下手な裸よりエッチじゃない?」
ミラさんが指摘する。
言われてみればかなり薄い。
というか、奥の温泉を上がって帰ってきた人たちの姿を見ると……肌色が普通にわかるし乳首なんかも視認できる。なんなら乳首のポッチの浮き上がりすら押さえきれない薄さ。
「いや薄いですけど! だったらもっと隠して歩くとか! 重ね着できない? とかそっち方向が女として考えるべき方向でしょう! ちなみに重ね着は禁止されてないってさっきあっちの貸し出し商人のおばさんが言ってました!」
「それでどうなの? 女は着ないと追い出されちゃう感じ?」
「……あのですね。私に聞けってんですか。ミラさんも南部語わかる組でしたよね」
「それもそうね」
ミラさんはショートカットの横髪を軽く掻き上げ、すたすたと近くにいた商人に話しに行く。
平然と「裸で行ってもいいの?」とでも訊いているのだろう。商人もびっくりした顔をしてミラさんを上から下まで眺めた。
ちなみにミラさんの服装は、胴横が編み目になった袖なし胴衣に、片足を出すロングスカート風パレオ。ところどころ挑発的ではあるが、露出度は今はそれほど高くはない。
そして返事を得て、すたすた戻ってきた。
「いいらしいわよ」
「普通いいっていわれてもやりませんよ若い女は!」
「若いって言っても私100歳超えてるからねぇ」
「エルフとしちゃピチピチの歳ですよ! 私含めて!」
ナリスの激しいツッコミを聞き流しながら、ミラさんは何のためらいもなくスルリとパレオを解いてしまう。
さっきの宣言通り、下着は着用していない。
美女の生のぷりぷり下半身が衆目に露わになり、ザワッと周囲の雰囲気が変わる。他の客は着替えるにしたって仕切りが立っている中でやっているのだ。いきなり路上で裸になるのはおっさん以外やるわけもない。
が。
「それならば……ええ、そうしましょう♪」
シャロンがうっとりと頬を赤らめながらビキニアーマーの留め具をカチャンと外した。
他の客の視線を浴びながら、白日に晒される純血白エルフにあるまじき生意気巨乳。
「あんたたち! ああもう!」
ナリスが頭を抱える。二人の脱衣を皮切りに、元々露出に抵抗のないライラが続き、つられてどの娘も大なり小なりの羞恥を見せつつ、注目を浴びながら服を脱ぎ捨ててしまう。
みんなが脱いだ衣服はアンゼロスが集めて抱える。あとでライラにでも持たせるのだろう。
全く隠さない全裸美女集団の出現に、迷宮入り口は妙な静寂に包まれる。
そしてナリスは。
「わ、私はローブ着ますからね! 止めるなよ!」
ビッと俺を指差しつつ貸し出し商人のもとに走っていく。
……止めないけどさ。一緒に行動するなら取り繕えないと思うよ。お前も首輪外してないし。
(続く)
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