しばらくぶりに家を出て、街の様子を窺う俺の姿はだいぶ不審者スタイル。
ただでさえシャレにならなかった数の雌奴隷が一気に十人以上増えたのだから、気まずい質問に警戒が強くなるのは仕方ないといえる。お袋にも最近会っていない。
時間を置くことによって少しでもそこの疑問が爆発力を減じ、追及にシリアス感がなくなることを狙っている。
まあキールに蹴飛ばされるくらいはいい。それくらいならちょっと痛いだろうけど最終的には笑って済むだろう。
でもあんまり本気で疑問をぶつけられると、ドラゴン娘たちがマジな説明をせざるを得なくなる。彼女らにとっては俺の名誉は棄損されてはならないものだ。
そういう部分であまりはっきりと線を引かせようとすると、俺は「ポルカの一町民」としての立ち位置を失いかねない。それを恐れている。
自意識過剰と言えばそれまでの話ではある。
しかし俺は決して領主や貴族、あるいは王様的なものに収まりたいわけではない。この町で、女ったらしとは言われてもあくまで若い衆の一人くらいの位置に留まり、仲良くやっていきたいのだ。
俺は自分の器はよくわかっている。有象無象の他人の未来を差配し、知恵や暴力でその座を奪い合う「人の上に立つ者」なんてのは、下っ端育ちの俺のやるべきことじゃない。
しかしドラゴン娘たちと町民のぶつかり方次第では、否応なくそこに立たざるを得なくされてしまう危険がある。
俺が手にした力が大きすぎるのは先だってディアーネさんが指摘した通りで、それはよくわかっているのだけど、俺はその力を特に必要としていないのだ。あくまでドラゴン娘たちはエロいことをしたいから、あるいは見捨てるのは忍びないから手を握っただけであって、その権威でもって街のみんなと距離を置くことになるのは避けたい。
そのことについてはドラゴンみんなに(特にムキになりそうなエマやリェーダ、コルティには)幾度も言い聞かせているんだけど、彼女たちはそれでも本当に理解してくれているのかは怪しい部分がある。
どうも俺が収まるべきはむしろ支配者側であって、ヌルい馴れ合いは戯れのひとつという認識が強いようなのだ。
無意識に彼女らの悪癖であり、種族的共通認識である「強い自分たちは他種族を踏み潰してしまうもの」「根本的に別の生物なので、結局は恐れられることは不可避」という認識を俺の立場にも適用しようとしてしまっているところがある。
もちろん、ドラゴンの力のおかげでエロいことをやりたい放題の環境が維持されているのは俺だってわかっているが、折り合いをつけるのを放棄するような考え方はできない。
エロくてバカな鍛冶屋のせがれでいいんだ。それ以上は望んでいない。
だから町のみんなの方も、あんまり強烈に追求しないで欲しいのだけど。
「……主様、目立ちたくないのはわかりますが、そうまでコソコソとされなくても」
「う、うわっ……エマか」
粗積みの塀の裏から木箱の影に這うように隠れ移り、次の隠れ場所を探していた俺を、エマが呆れたように見下ろしている。
見られないように警戒していたのにいつのまに至近距離に来たんだ、という疑問はドラゴンの彼女には意味がない。だってドラゴンだから、で終わる。
「なんでしたら幻影魔法で街の者には見えなくいたしましょうか」
「そ、そこまでするほどでもないんだけど」
「私から見ればその情けないお姿の方が『そこまでするほど』なのかと思ってしまいます」
「情けないって言うなよ!」
確かにちょっとカッコ悪いだろうけどさ。ストレートに言うのもどうかと思うんだよね。
結局エマに付き添ってもらって強めの幻影で身を隠し、堂々と歩くことになる。
「何がそんなに心配なのですか」
「みんながちゃんと街で溶け込めてるか、とかかな……」
「ご心配召されるほどには対話に不自由している者はいないと思います」
特に心配なのがお前とリェーダだよ、とは言えない。
それでムキになられても困るし。
そして、しばらく見ていなかったコスモスさんの軽食テラスの場所に行ってみる。
……表に看板が出してあり「喫茶軽食 レスリーハウス」と書いてあった。
屋号つけたのか。っていうかレスリーってコスモスさんの(タルクでの)源氏名だよね。
好きにつけていいのに妙に自分の名前で押す感じは、なんかいかにも夜の女性っぽい気がする。なんとなく。
「ここはダークエルフ女性の溜まり場になっていますね」
「コスモスさんとシーマさん以外にも?」
「はい。やはり同郷の料理が恋しいのでしょうか」
まあ、それ以外にもここはトロットのしかも北方エルフ領のそばなので、ダークエルフは意外と身の置き場に困る、というのもあるかもしれない。見た目が一目瞭然に違うし、エルフ側にはまだ根強く差別意識はあるみたいだから、俺が見ているところにはないだけで、裏では居心地悪い差別があったりするかもしれないしな。
交流が一番とは言うものの、同族同士である程度守り合える環境があるのは重要だ。孤独が一番人を追い詰める。
そんなことを考えながら店の中を覗き込むと、なるほど、ダークエルフたちがほとんど揃っていた。
「はいはーいそこ片して! お待ちかねの銀梨と青菜と川魚となんかの肉パイがお通りだぜーい」
「なんかって何よシーマ……」
「知らない! 桜の子が持って来たんで買ったやつ! 一角馬肉じゃないみたいだけどよくわかんない!」
「シーマの作る料理ってこれだから怖いのよねー。食べてからあとでほうぼうに確認したらサンドワーム肉だったことあるし」
「サンドワームを馬鹿にするものじゃないぞルキノ。義姉上はそれで生き延びたんだ」
「知らないで食べるものじゃないでしょあんなの!? っていうかディアーネ姉さんは食べるの!? 食べたことあるの!?」
「さすがにそこまで食料に困った経験はないな……」
「んー、でも毒はないらしいわよねサンドワーム。あの砂漠の中をあの巨体でぬるぬる移動するから筋肉ものすごいとも聞くし☆」
「こらこら、私のパイと関係ない話題で盛り上がってないで食べろ! 冷めるとうまさ半減だよ多分!」
「シーマちゃーん、次のドリア入れちゃっていいですかー?」
「はいはーい。全くもう、文句は食べてから言いなよね!」
「……美味しいじゃない。何警戒してるのルキノもミラも」
「今の話聞いてて何の躊躇もなく食べるノール姉さんがちょっと心配」
ダークエルフ女性、というかまあディアーネさん姉妹とコスモスさん。で、コスモスさんはキッチンに引っ込んでるのでほぼ姉妹の会話。
しかし、ミラさんたち新参三姉妹とノールさんはともかくとして、ディアーネさんとヒルダさんもいるのはちょっと予想外かな。いておかしいってことはないけど、それぞれ別の居場所があると思ってたし。
それに全体的に快活でセクシーなダークエルフ女性に惹かれてか、おっさんたちも隅っこに数人いた。もしかしたら「レスリーハウス」ができてからディアーネさんやヒルダさんが昼食を酒場に取りに行かないので、こっちに流れてきたのかもしれない。
「ところでディアーネ百人長。アンディのやつはどうしてるんだね」
そんなおっさんの一人がまさに俺の話題を振る。
「ライラさんやマイアちゃんがいるのにあいつだけ見ないじゃないか。森にでも引っ込んでるのかい? マリーさんが心配してたぞ」
「マリー殿にはちゃんと伝えているはずだが……アンディは家で作業中だ。集中するとすぐに周りが見えなくなるからな」
「作業ってなんだね。またエロいことでも?」
「まあ、これだけいるからな。ないとは言わない」
ディアーネさんは余裕で姉妹の首を手のひらで指し示す。
全く動揺する様子もないのはディアーネさんならではの反応だろうな。
「ここにいるのは全員、ディアーネ百人長の姉妹なんだろう? よく平気でいられるなあ」
「トロットの人間には理解しづらいとは思う。だが、うちの母も十人いる。一人の男を分け合うこともある価値観なら、この中で一番にその男を見出したのは誇らしくもなるし、姉や妹が魅せられるのも理解もする」
「そうは言っても、今や十人じゃ利かないじゃないか。そんな中でさらに姉妹も紹介しちまうってのはどうなんだか」
「うちの父も偉大と言っていい男だが、アンディはその何倍も、何十倍も偉大で、それだけの女を幸せにできることは疑いない。だからこそ、私もライラも、セレンたちだって容認している」
ディアーネさんはあくまで余裕の笑みを浮かべ。
「幸せになれるとわかっているなら、良縁のない妹をそこに入れてやるのだって姉の度量だ」
「う、うーん……わかるようなわからんような」
「それがセレスタ、それが世界というものさ。トロットの狭い価値観で私たちを縛らないでくれ。これでも私は二百年、ヒルダ姉上など五百年生きての結論だ。理解してくれとは言わないが、そういうものだと思ってくれると助かる」
ディアーネさんはハーレムの理由を俺の持つ力やコネではなく、あくまで「外国」「世界」というものに転嫁する。
そう言われてしまえば田舎者としては頷くしかない。狡猾な言い分だ。
別のおっさんがビールを傾けながら言う。
「……まったく、アンディが偉大ってのもわからねえ話だが。こんな美人姉妹に囲まれる夜ってだけで羨ましい話だぜ」
下品な言い草で、本当ならちょっと怒るべきところだが、まあみんな堂々と雌奴隷の証の首輪なんてつけてるんだし自業自得感はあるのでそれは言わない。
しかし。
「女の子に囲まれる夜ってのも大変ですよ?」
にゅっ、と顔を出したコスモスさんが笑顔で言う。
「体験してみます?」
「えっ……えっ?」
「実はですね。近いうちにごにょごにょごにょ」
「……ま、マジで?」
「奥さんたちにはナイショですよ♪」
「い、言わねえ、言えねえけど」
……な、何を言ったんだ?
まさか……コスモスさんとグロリアさんであのおっさんを?
と、少し疑っていたら、エマがこそっと教えてくれた。
「タルクの娼館から慰安旅行の娼婦の団体が来るので、特別に渡りをつけてあげますよ、だそうです」
「……うわあ」
営業……!
そういえばこの人、初めて会った時もめっちゃ自分の店を推してたよね。
「容認するのですか?」
「……向こうの娼婦までは俺の意向でどうこうはできないからね」
本当にアッチの店もポルカで開店してしまう日が近いのかもしれない。
(続く)
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