今回のアクシデントを鑑み、小屋の中にはベンチを兼ねた衣装箱を作りつけることにした。
入口付近に設置することで「室内は完全にエロの領域」という切り分けをしたい雌奴隷たちの感情にも配慮した形だ。
……いやそれはお前の希望ではないかと言われるでしょうが、古参雌奴隷を中心にそういう希望は多かったのです。
「せっかく馬車とは分けてアンディとエッチしながら旅するための『空飛ぶヤリ部屋』だもんねえ」
「普通の旅がしたければ今までの馬車を使えばよいのですわ。こちらはあくまで『そういう』旅を想定した乗り物でしょう」
アンゼロスとオーロラが頷き合うが、俺はもうちょっと用途を広く考えていたよ。なんかこう、移動基地的な。
……それこそドラゴン運搬専用なんだから、普通に宿泊施設として使うくらいなら手近の宿までさっさと飛べばいいのでは、というのをおずおずとリェーダに指摘されてしまったので、あまり声高に主張もできないけど。
あと「空飛ぶヤリ部屋」というのは、いつの間にかあの小屋を指す固有名詞として浸透してしまっていた。
そんなセンスも品格もない、と思ったけど、このタイミングで素敵なコードネームを発表しても滑りそうだったので言えなくなってしまった。
こういうアダ名は、早いタイミングで定着を阻止しようとしても難しい。
一度定着してから、それを指す隠語として改めていい感じの名前を付け直そう、と長期計画を立てることにする。
それまで落ち着いてしっかり案を練ろう。
で、俺が引き篭もっていたしばらくの間に、進捗していたことがいくつか。
まず、飛龍便が来た。
クイーカのセレスタ首脳部とトロット王宮の間での協定がまとまり、王都大学の都市設計研究者による、カールウィン住民の移住地の計画図案が届けられたらしい。
それと実際の地形との照合や地質調査、そして来年からの着工に向けた準備をしてほしいということで、その作業に関してはディアーネさんに一任する、とアシュトン大臣からの推薦がついていた。
実際の建設作業はもう夏の今からでは遅い。ポルカ周辺ではあと三ヶ月もしないうちに雪が積もるから、トロットの中部から作業員を募り、こちらに送り込んだとしても、何週間と作業しないうちにタイムアップだ。
……普通なら。
「マイア、エマ。アンディの号令で都市建設を始めるとして、ドラゴンは何頭動かせる?」
ディアーネさんの問いに、二人は答える。
「うちのパレスなら、確実に動いてくれるのは6、7頭くらいかな。母様とかジュリーンとか大叔父様とか」
「クリスタル・パレスからは、直接のお声掛けを下されば50頭は出せるかと」
「む……」
マイアが横目で睨み、エマは少し得意げな顔。
とはいえ、なぁ。
「50頭はさすがにやり過ぎだ」
「手が多ければそれだけ早く進むのでは?」
「正直に言って、うちの四頭だけでも充分過ぎるくらいだ。だが作業の間、他の面子の長距離移動がしにくくなるから、代わりになるだけの数が動いてくれるなら助かる、という程度の話なんだ」
ディアーネさんはドラゴンで素早く都市建設を進めるつもりだ。
レンファンガスの砦建設もいいテストケースとなった。家屋建築は人間の労働に任せるにしても、それ以外に整地や治水工事、井戸掘りや開墾など、ドラゴンであらかじめやっておける作業は多い。
しかし、いくら万単位の住める街を作るという話であっても、さすがに40メートル以上にもなるドラゴンが50頭もひしめき蠢く光景は……ちょっと見たくないなあ。
その労働力ならそれこそ数日で街の体裁が整ってしまうかもしれないが、もしうっかり関係ない人が見かけたりしたら、この世の終わりの光景にしか見えないかもしれない。
「だいたい、アンディが気軽にそんな動員力を使えると思われてみろ。アンディにその気は全くなくても、ドラゴンへの恐怖でまた戦乱が起きてしまう」
「事実動かせるのですから、むしろ主様の本来の権威を誇示するのは悪いことではない気がしますが……」
「アンディはドラゴンを平和を乱す種にはしたがらない男だ。理解してやれ」
頷きつつ、やっぱりエマはまだまだ「ドラゴンの感性」だなあ……と思ったりもする。
ライラのように配慮を自然にできるドラゴンはやっぱり珍しいのだ。
エマがまだ若いせいで、俺が侮られていることに不満が強いというのもあるんだろうけど。
「……まあ、直接飼っている四頭だけでも充分に国家の脅威ではあるのだがな」
ディアーネさんは頭を掻きながらボソッと呟く。
……はい。麻痺してるけどそうですよね。ちびっこのサフル一人ですら軍が慌てるレベルですよね。
今後も慎重さは忘れないようにしよう。うん。
そういえば、もう既にカールウィン住民はいくらかポルカに出てきている。
あのライナーとの戦いが終わり、療養したりセレスタやラパールも回ったりシャリオたちと和解したりいろいろとやったのでずいぶん時間が経っているように思えてしまうが、春の終わりにあの戦いで、まだその次の夏なのだ。
おっかなびっくり、見たこともない文化的(彼ら視点)な街を歩き、言葉が通じないなりに仲良くしてくれる相手を見つけ、そして貧困と重労働でボロボロの肉体が生まれ変わるかのように癒されていくのを実感しながら過ごしている。
レディの場合もそうだったが、酷い状態の患者たちが霊泉で癒され、健康体の自分の性能の高さ、そして真っ当な自分の見栄えの良さに感動している様は見ていて楽しく、嬉しいものがある。
最初に連れてきたのは特に体の不自由な十数人だったが、トロットでは浮浪者でもなかなか見ないほど不潔で不健康だった彼らが、今ではもうすっかり見栄えのいい健康体。
しょぼくれた死にかけの老人だと思っていたのに、治して洗って髭や髪を整えたらまだ30代の普通の中年だったり、同じようなパターンでざんばら髪のおばさんだと思ってたら治療後には俺と同じくらいの年のそこそこ美人の女性が出現したり。
やっぱり健康と清潔って大事だよなあ、と再確認。あと、エルフの血のおかげであの過酷な環境でも可憐さが失われなかったと思われるネイアにも感嘆する。
「こんにちは、皆さん」
「ネイア様!」
「私ら、こんなにいい思いしていいものですかね。まるでここは楽園ですよ」
ネイアの姿を見つければ、カールウィン語でワッと群がり、口々に話しかけるカールウィン人たち。
彼らは毎日フワフワした気分で生活していて、中には自分はもう死んだのではないかと毎日疑っている者までいるらしい。
「スマイソンさんが言っていた通りでしょう? 皆さんは頑張りました。だから、幸せになれただけですよ」
「俺たちばっかり、いいのかなあ。それとも仲間たちみんな、こんな風にしてもらえるのかい」
「あまり贅沢言うのもいけないと思うんですけど、これでまた谷に戻るのが怖いですよ」
「まるで王族だもんな、俺たち」
綺麗な健康体=王族。そんな認識らしい。
「それに、ここの綺麗な家にいい服に……美味い飯、美味い酒を、向こうに帰ったら全部忘れなきゃいけなくなるからな」
「酒って美味いよなあ。スマイソンさんが言ってたのも納得だよ」
……まあ、それはネックだよなあ。
と、少し離れた塀の陰から盗み聞きしてる俺はうんうん頷く。
カールウィンの農地改革はさすがに簡単にはいかない。技術は惜しみなく伝えられ、前に比べればどんどん良くなっていくはずだが、ここで手に入るそれら……特に布と酒のレベルは、エルフたちのおかげで国内でもトップクラスだ。そこに追いつくのはいくら頑張っても十年や二十年では難しいだろう。
いい思いをさせて帰すのは残酷かもしれないな。
……そこで、ネイアは微笑み。
「実は、谷に戻るかどうかは……選べるんです」
「え?」
「もちろん、いったんは戻ってもらうんです。でも、その後にまたこっちに移住できるように、ディアーネさんたちが頑張ってくれています。みなさんには、できれば谷の仲間たちに、こっちに出てくるように説得してもらいたいんです」
「え……ええと」
「こんなに綺麗になった皆さんを見て、他の人たちもスマイソンさんの言葉は嘘じゃないと信じられることでしょう。……みんな、王様がいた頃のことをまだ引きずっている。もしかしたら王様がいなくなったことすら分かっていない人もいるかもしれません。本当の外の世界なんて何もわからなくて、都合のいい事なんかそうそう起きやしないって諦めて……変わることを怖がっている人たちが、たくさんいるんです」
……ああ。
そういえば、そうだっけ。
カールウィン人はそれくらい目も耳も塞がれ、飼い慣らされていたんだ。
あの職人村の出身で、俺たちを信じることができた彼らはまだマシな方。それ以外にも、俺たちが一度も接触しなかったカールウィン人はたくさんいるはず。
ディアーネさんがこれから作る街は、そんな彼らをみんな受け入れる器だ。
だが、俺たちを侵略者、征服者という見方も当然ある、といつかアイリーナは言っていた。
俺たちはそんな存在ではないと自ら信じる以上、彼らを無理矢理連れ去るわけにはいかない。目も耳も塞がれたまま、時代の変革からすら取り残されたままの彼らに、その気になってもらう必要がある。
ここにいる彼らがいくら説き、誘っても、信じて移民してくれる住民はいくらもいないかもしれない。
ああも苦しかったとしても「何も変わらなくていい、今まで通りでいい」という選択肢は、それだけ甘いのだ。
「……あんなに苦しい場所だったとしても、故郷というのは離れがたいものです。私はスマイソンさんについていくと決めましたが……それでも時折、ファリアと歩いたあの道に戻ることが、どうしても正しく思えてしまうこともある。それくらい、思い出は人を縛り付けるんです。……だから、どうか他の谷の仲間たちを、根気強く説得して欲しいんです。こちらにも素晴らしい未来があって、それを求めることは裏切りなんかではないんだ、って」
ディアーネさんに説得するよう言われ、そしてネイア自身も幾度もの葛藤を乗り越えて、この言葉を紡いでいるんだろう。
俺の知らないところで、みんなそれぞれの時間を歩み、それぞれの問題に悩んでいるんだな……と。
こそこそ隠れながら、彼女と彼らの気持ちに思いを馳せる。
白紙の未来といえば聞こえはいいが、彼らにとっては本当にあやふやで、なんの流れも想像できない、それでも選んでいかなくてはいけない未来への道。
それが幸せなものだと説くには……。
「結局、手本を示さないといけないんだ」
「わ」
後ろを見るとディアーネさんがいた。
「彼らは、本当にこっちのことを何も知らない。……ならば、やってみせるしかないさ。ネイアやベアトリスをお前が幸せにして、それが正しい姿だと肯定していくんだ。それが彼らの新しい生き方の指針になる」
「……あ、あー……俺の場合ほら。嫁が多すぎるんで説得力的に」
「彼らは結婚を知らない。今から知るんだ。お前の真似をして妻を多く持ってもいいさ。いずれ法はそれでいいようになる」
「……やっぱり真似させちゃいけない気がするんですが」
我ながら、本当に参考にさせられない生き方をしてしまってるもんだ。
(続く)
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