広大な大地から集められ、迷宮で精製される「気」に囚われた存在。それが聖獣だ。
どんな飢餓も傷も無限に癒される。普通なら生存が不可能な状態に自らを改造しても、迷宮の近くにいる限りは決して死なず、その無茶な構造のまま強引に生き続けることができる。
食物や空気を取り込み、生命力を作り出すための内臓が不要になり、退化してしまうほどのデタラメさだ。殺す方法は迷宮自体を破壊する以外にはないのだろう。
そんな聖獣であるブレイクコアを縛る唯一の枷が、迷宮から離れられないこと。
とはいえ、俺たちが聖獣迷宮をイジる前は、それこそ一時的に聖獣迷宮を離れて森の外との外敵とさえ戦うことができたともいう。
内蔵が退化した身で気の恩恵から遠ざかるのは、息を止めたまま長距離走るような無茶ではあるが、どうせ遠征中に死んでも迷宮近くで何事もなく蘇ってしまうらしいので、彼女にとっては大した問題ではなかったのだろう。
だが、迷宮をイジってからその能力も全体的に減退し、迷宮から遠く離れることはできなかったはずのブレイクコアが、平然とポルカまで出てきている。
俺にはわからない何かをしたのだろう。魔法理論なんてさっぱりわからない身ではあるが、尋ねずにはいられない。
「どうしてポルカまで来れたんだ? 前にディエルの複製作った時と同じような何かを……」
「ああ、アレでは今は無理だ。迷宮の気の精製能力が落ちているからな。仕込みなしにあんなに単独行動するには地力が足りない……ちょっとした工事をしたんだ」
ブレイクコアは微笑み、説明を続けようとするが、隣に控えていたディエルが遮る。
「あまり悠長には話していられない。あとで説明する。少し用事を優先させてくれ」
「あ、ああ」
引き下がると、ブレイクコアはすまなそうに会釈をしてから一角馬に変身。ディエルを乗せてポルカ方面に走り去る。
ぽかんとそれを見送ってから、俺は後を追おうとして、いや、説明してくれるっていうからには闇雲に追いかけるのもなあ、と迷って、結局。
「誰かドラゴン、近くにいるか! ちょっと力貸してくれ!」
空から様子を見よう、という方針に決定。
そして、俺の呼びかけから一分ほどで、森の入り口にしゅたたっと人影が集結する。
まずはマイアとリェーダが争うように飛んできた。
「なに」
「なんなりとご命令を」
その二人のどちらを指名するか迷ううちに、森の木々を飛び越えてエマとコルティ。
「お呼びでしょうか」
「誰かって雑な呼び方しないでよね。来ないわけにいかないじゃない」
「戻っていいですよ、コルティ。あなたは竜としての力を求められていませんから」
「っ……なんでエマがそんなの言い切るのよっ」
最近気づいたけど、エマって地味に喧嘩っ早いよね。特に身内に大して妙に当てこするところあるよね。
身内でも無関心な相手には無関心を貫くマイアとはちょっと違う。優等生なだけに周囲の些細な粗を気にせずにいられないのかもしれない。
でも実際コルティが来るとは思わなかったな。来るとしてもレイラかと思っていた。
と。
「お呼びか、マイアの主殿よ」
ヌッと背後に姿を現した全裸中年親父。ミスティ・パレスの重鎮、ブロールさんだ。
あまり慣れていないのか、マイア以外の三人が微妙にギョッとしている。
っていうか。
「いや一人でいいんだけど……もしかしてまだ集まってきてる?」
「足音としてはまだ二人近づくものがあるな。片方は場所からしてジュリーンだろうが、もう片方はしろがねの同胞の誰かだろう」
ブロールさんにちんこを指差しつつ聞くと、おおすまん、というジェスチャーをしながら服を取り出して纏いつつ教えてくれる。
一声で七頭も集まるってある意味怖いな。一頭でポルカなんて5分で更地にできちゃうドラゴンたちが。
……そこに全裸のジュリーンと、何故かシャリオが到着。
「馳せ参じました。マイアの主様」
「用を言え」
「……いや本当一頭でいいから。っていうかシャリオかよ」
「……湯でふやけそうだ。暇つぶしになるかと思って出てきただけだ」
シャリオはそう言いながら、しっとりとしていた髪を氷結させ、雑に叩いて氷を落とす。髪一本ですら他種族とは桁違いに強いドラゴンならではの乾燥法だ。
「……ただちょっと乗って飛びたいだけなんで、集まってもらって悪いけどマイア以外は解散で……」
「彼女より私の方が早かったはず」
「そんなことない」
「だから争うなって。別にそんな大した用でもないからさ」
マイアとリェーダが肘で押しのけ合うのを仲裁しつつ、結局みんな暇だというので、俺がマイアで飛ぶ後ろから青と銀の六頭編隊がばさばさとついてくる。
……うん。ただブレイクコアの動向を空からそれとなく眺めたかっただけなのに、カールウィン戦以来のすごい絵ヅラになっちゃってるね。
ポルカでこの光景に気が付いた人がちびってなきゃいいけど。
ディエルを乗せたブレイクコアは、時々人間体に変身しながら広場や男爵邸などでちらちらと道を聞き、最終的に温泉に辿り着く。森からは街より温泉の方が近いんだけど、土地勘がないから大回りをしてしまったか。
そして温泉でポンと人間体になり、男湯に乗り込んでハリー爺さんと子供衆をものともせずに一息。
ああ、もしかして癒しの霊験が「気」の供給の代わりになるのか。
などと観察していると、森の入り口からアイリーナとクリスティが現れるのも見えた。
少し考えて降下。
「おーい」
「……何しとるんじゃスマイソン殿」
「トロットを滅ぼしにでも……?」
「いや俺がトロット滅ぼしてどうするんだよ。単に誰か乗せてっていうつもりで集めたら集まり過ぎちゃっただけだよ」
マイア含めてドラゴンが七頭もいる光景に戦慄している二人を宥めて、それから。
「首輪授与式のことで話しておきたくて待ってたんだけど……その前に何故かブレイクコアが来てな」
「おぉ。それじゃ。わらわたちが森に行っておったのもその件じゃ」
「え、何、関係あるの」
脈絡ない登場だと思っていたが、言われてみればブレイクコアが自ら動くのって北の森的にはビッグニュースだよな。
「ブレイクコアとディエル、それに迷宮村の有志が聖獣迷宮から銀の領地まで長大な道を作ってしもうての。エルフとしては例がないほどの拙速な仕事じゃ。何が起こっておるのか、氏族会議での報告を聞いておったんじゃ」
「道……?」
道の整備ってすごいマンパワーが必要だったような。
と、俺の想像を察したか、クリスティが詳しく説明。
「数キロおきに、石碑で目印を立ててしまったんです。このポルカへの出口に向かって一直線に」
「……道っていうから地面を均して平らにして……みたいなのかと思ったけど」
「そういうのではなく、ですね。人間には道には見えないかもしれませんが、一種の魔力的な誘導効果がある工法で……迷いの結界の逆ですね。無意識に歩くと石碑に沿って歩いてしまうんです。まだ道になってはいませんが、あと何十年かすれば人も獣も歩いて踏み固めてしまうと思います」
「はー……そんなのがあるのか」
方向音痴には嬉しい効果じゃないだろうか。何も考えずに歩くだけで正しい方角に向かうなんて。
「ただ、調整不足で……直接土地を管理している赤と銀のエルフ個人には連絡があったようなのですが、マルクとレイモンドは事態を把握していなかったようで」
「あー……」
「北の森は時間にルーズじゃ。緊急でない連絡など数か月、下手をすれば年単位で通達が遅れても気にせぬ者が多い。氏族長として就任したばかりの二人を侮って、報告を上げるのを抜かっておったという側面もあるんじゃがの」
「とにかく、氏族長を飛び越して数週間で作ってしまったので緊急招集されていたのです」
うーん。
見た感じ、ブレイクコアが俺に会いに来るための道……だよなあ。
最速で森を飛び出せば「気」の不足で苦しむ時間も減る。そういう理由で一直線の道を作ったのだろう。
とはいえ、氏族庄同士の転移陣の方が早そうなんだけど。
確か結界の中は空間が歪んでいて、隣の氏族領といえどもかなりの距離になるはずだ。
「それで、当のブレイクコアはどこじゃ」
「なんか急いで霊泉に入りに行ったけど」
「……ふむ。活力の補給か」
「なのかなあ」
結局一気に置いてきぼりにされてしまったせいで、だいたいのところを憶測で喋っているのは据わりが悪い。
それをまだ滞空しているコルティも思ったらしい。
「まどろっこしいわね。追っかけて早く喋ったらいいじゃない!」
「いやドラゴン体で普通に喋るな。デカい」
ライラやマイア、エマには幻影応用の「ちび分身」で喋る習慣が伝わっているが、コルティはまだ慣れていない。ちょっとキーンときた。
しかし言っていることはもっともだ。
「コルティの言う通り、行って詳しく話そう。首輪授与式のこともあるし」
「そうじゃな。マイアよ、わらわたちも乗せてくれろ」
「お願いしますね」
いそいそとマイアの背によじ上るアイリーナとクリスティ。
そして俺は……空からにゅっと前足を伸ばされて、マイアの頭上からリェーダにさらわれた。
「何するの」
抗議するマイア。
「一度着陸したのだから私が運ぶ番だ」
「そういうルール勝手に決めないで」
「不公平だ!」
「だからドラゴン体で普通に喋るな! 耳が割れる!」
「も、申し訳ありません」
あとそんな無理矢理役に立とうとしないで。エマとかコルティもなんか虎視眈々と狙ってる。
そういやライラとレイラどうしてるんだろう……って、こういう争奪戦になると見越してそれぞれ譲ったのかな。
二人とも大人でえらい。いや、頼っといてなんだけど。
男湯に飛んでいき、ドラゴンたちは次々と温泉上空で人間体に変化して湯の中にざぶんと着陸。そして俺はリェーダにお姫様抱っこされて着水。
7頭中6頭は女の子なので、元々温泉にいたガキンチョたちはワタワタしている。ジュリーン以外みんな着衣なので、裸の自分たちが恥ずかしく思えてしまったんだろう。
「風呂なんでちゃんと脱げ。脱げない奴は外で待機」
俺は自分も脱ぎながら号令をかける。
子供たちのちんちんの尊厳を守る、というのは建前で、はい、おっぱい見たいだけです。
陰ではいくらでも見せてくれる面子とはいえ、やっぱ裸になるべき必然が生まれたら何度でも見たい。
で、マイアとブロールさんは特に何も異論を差し挟むことなくサッと脱いで服を消し、エマとリェーダはさすがにガキンチョやハリー爺さん、そしてディエルがいるのを気にしてか少し躊躇ったものの、ちょっとヤケ気味な勢いで脱衣。ジュリーンは元々裸。
そしてコルティは「別にここにいる必要ないし」と呟いて上がり、外に出ていこうとしたものの、一緒に出ると思っていたらしいシャリオが特に気にせずに服を脱ぎ捨てて湯につかり、ふーっと気持ちよさそうにしているのを見て固まって、しばらく扉と浴槽を見比べて結局戻ってくる。
「……なんか私一人で逃げたら雌奴隷なのにバカみたいじゃない」
「別にいいんだぞ。エロいことしに来たんじゃないんだから」
「よくない。なんかよくない」
コルティは意地を張りつつ、ガキンチョたちの視線を気にしながら俺のそばで一枚ずつ脱いでいく。
「お騒がせしてすみません」
脱衣所で脱いできたらしいクリスティが、そう謝りながらお湯につかると、ハリー爺さんは深く頷き。
「ウム。素晴らしい」
会話になってねえ。
ガキンチョたちは急に女性率が男性率を超えてしまった中で縮こまり、ディエルも気まずそうにしつつブレイクコアの隣で湯につかっている。彼らに比べてハリー爺さんの堂々たる態度は確かに頼もしいのだけど。
でもまあ彼らのことはとりあえず置いておこう。
ブレイクコアだ。
「で、ブレイクコア。えーと……」
「ああ、説明か。そうだな、する約束だったな」
ブレイクコアは気持ちよさそうに湯で頬を撫でながら、説明を始める。
「なんのことはない。私もここを訪問できないか、という実験だ」
「ここに一直線に来るためにわざわざ道を作ったのか? 転移陣使った方が早くないか」
ブレイクコアは少しだけきょとんとして、クリスティとアイリーナ(今脱衣小屋から出てきた)を見て納得した顔をする。
「ああ、転移陣は使うよ。道……石碑は『そういう』用途じゃない」
「は?」
「あれは迷宮の気の影響力を引っ張るためのものだ。それがここまで途絶えずに届くかどうか……そういう実験がメインなんだ。そして、乏しいながらもここまで迷宮の力が届くなら、私の肉体の方もできるだけ適応するように改造すれば、少しは長逗留もできるんじゃないか、とね」
「……そ、そうか」
思ったよりも学問的な実験だった。
俺のところへ来たい、という最終的な目的は変わらないが、力任せ・勢い任せのものではなく、ちゃんと考えての施設だったらしい。
「これが上手くいくなら、昔のような森の防衛も少しは考えられるようになる。今の私ではドラゴンのように戦えはしないが、人間相手にはまだまだなんとかできるだろうしね」
「……俺に会いたくて無茶苦茶してるのかと思ってた」
「ああ、それはもちろん第一だけれど。……ふう、いい霊泉だ。さすがに地元のように無限再生とはいかないが、減る一方の聖獣の活力が留まる程度の力はあるね」
ブレイクコアはまたお湯を弄び、頬や肩に撫でつける。
ドラゴンたちの方が巨乳ではあるが、彼女も充分に美しい裸体。惜しげもないおっぱいにガキンチョたちの目が集まる。
ドラゴンたちの方は明らかに集団になっているので、ガン見しようにも圧力的に負けてしまうのだろう。
「……ということは、今後もポルカには出て来れるんだな、ブレイクコア」
「ああ。さすがに居着くのは技術的にもエルフたちの声からも少し難しいが、たまに寂しくなったら来るくらいはいいだろう?」
「それはもちろん。……あと、ええとな……」
一応、ハリー爺さんやディエル、子供たちの方を多少気にして。
まあ気にし過ぎてもしょうがないか、と思い直す。目の前でぐっちょんぐっちょん始めるわけでなし。
「首輪授与式っていうのがあってな」
「うん?」
「雌奴隷の仲間入りをさせるセレモニーなんだけど。お前の時は遠かったからやらなかったんだけど、最近雌奴隷になった子が多いから大々的にやることになって……お前も仲間だし、ってことで迷宮まで行ってやろうかって話になってたところで」
「……ああ、つまり……」
「だけど、来れるなら話が早いからさ」
「ああ。是非出席させてもらうよ。私を仲間と思ってくれるのはとても嬉しい」
ブレイクコアは本当に嬉しそうに言う。
俺との絆、そしてそこから広がる絆を本当に大事に思ってくれているとわかる笑顔だ。
「ウム。素晴らしい」
いや、ハリー爺さんは呼ばないよ?
(続く)
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