秘密温泉で汚れを洗うレイラといったん別れて、町に戻る。
 あとは首輪授与式の段取りかな、と思いながら、それでも一息つこうとキールんちの饅頭屋を目指す。
 饅頭を買ってそれを手土産に家に直帰、誰かとティータイムを過ごすか、あるいはリンジーおばさんのドリンクスタンドに行ってカクテル霊泉水をいただくか……いや、リンジーおばさんも黄色首輪の噂に飛びつくクチだろうし、あんまり近づかない方がいいかな。あ、それ言ったら饅頭屋の店番してるであろうキールのお袋さんも……。
「よう、アンタ」
「?」
 声をかけられてハッとする。そして声の主を見ると……ダークエルフ女性。
 だけど見覚えがない。ディアーネさんち姉妹でもないしコスモスさんでもないし。
 ……って。
「……レディ?」
「なんでそんな疑問形なんだい」
「……いや、見違え過ぎて」
 他にいるはずもないのだ。全く知らないセレスタ商人ってんでもなければレディに決まってる。
 だけどヒルダさんと霊泉による最終的な美容処置も済んだと思われるレディは、本当にあの黒い樽に足が生えていたような姿と同一人物には見えない。ノールさんと同世代という話も今なら何も疑問に思わない、人間なら20歳と少しという感じの、まだ少女の気配の残った美女の姿に変貌していた。
「……詐欺みたいだ」
「酷い言い方をするじゃないか。まあアタシも同感だがね」
 ドラゴンたちやブレイクコアなど、人間とかけ離れた姿に化身する女には慣れている。
 それに若干引くような重傷の痕を身に留めていたナンシーさんや猫獣人たちが、健常者として、そして美しい女性として蘇る姿も見てきた。
 それらと比較してもインパクトの強い変化だ。ありえないものを見ている感覚がある。
 なんというか……岩人形やマッドウルフの正体が可愛い女の子だった! という展開より、近所の知ってるおっさんが美少女になった! の方が違和感が凄まじい感じというか。
 まあそんな俺の微妙な心境は置いといて。
「見目が良くなって嬉しくないわけじゃあないんだけど、ここまで違っちゃうとねぇ……しばらくは今までの姿の幻影でも張って生活しようかねえ。あの悪名高いシタールの親玉がこんな小娘じゃあ、ナメられることこの上ないよ」
「一応自分でも凶悪な姿だった自覚ってあったんだ……」
「凶悪……迫力とお言い、失礼な小僧っ子だ」
 喋り方は本当にレディ・スワローなんだけどなあ。
 煙草で荒れた喉も霊泉ですっかり治ったのか、声だってちょっと同一人物には思えないくらい澄んでしまっている。
 化粧の仕方もヒルダさんや他のダークエルフたちに直されたのか、けばけばしい塗りたくりっぷりだったのが瑞々しく整った素材の良さを生かすメイクに変わっているし、髪型も巻貝アップだったのをやめて普通のロングにしている。
 正直、ちょっと悪ぶったディアーネさんの妹って言われたら納得してしまう。いやディアーネさんよりは年上のはずだけど。
「むしろ結婚申し込みが殺到するんじゃないの、その姿なら」
「今さら結婚もねぇ……」
 照れているのか本気なのかわからないレディの言葉に、どこからともなくユラッとヒルダさんとクリスティが現れ、ガッと背後から肩を掴んだ。笑顔のまま。
「スワローちゃん?」
「今さらなんていうものではありませんよ、三百歳やそこらで」
「い、痛い痛い痛い何するんだいアンタたち……痛いってばさ!?」
「年増ぶるのやめよ? ね☆」
「悪いものではありませんよ、結婚も。いえ、それよりまずあの体型では夜の生活も不自由していたでしょう。だから興味が湧かないんじゃないんですか?」
「そんなトコを白エルフに突っ込まれる筋合いはないよ!?」
「いえいえ。スマイソンさんが主催している人助けですもの、雌奴隷の私たちが目配りするのは当然です」
「うんうん☆」
 ヒルダさんもクリスティも、そうやって妙に気にするから逆に周りにそういう扱いされるんじゃないかな。ヒルダさんでさえ見た感じは20代中盤くらいで俺より年増には見えないっていうのに。
「不自由が続くと考え方もヒネちゃうものよね。よーっく啓発が必要と見たわ☆」
 ずるずるずる、と引きずられていくレディ。
 大丈夫だとは思うけど。無茶はしないと思うけど。
「お手柔らかにねー……」
 それだけ言って見送る。

 饅頭を20個ほど買い込んで家に戻る。
 家にはベアトリスとネイア、ガラティアがいて、何をしているかと思えば読み書きの練習。
 ネイアが講師になってベアトリスとガラティアに北西語の文字を教えているようだった。……って、ベアトリスはともかくガラティアまで。
「ラパールって北西語圏じゃなかったっけ」
「う、うるさいなー」
「……もしかして字はあんまり読めないのか、お前」
「読めるよ! ……そ、それなりに。書くのは苦手だけど」
「あー……」
 そういえば荒っぽい海賊の娘だもんなあ。教養なんて縁遠そうだ。
 まあ、それを言うとポルカも決して教育面で豊かなわけじゃない。
 教会寺院の勉強は自由参加だし、人によっては全然通わない。
 うちのお袋は勉強嫌いな俺に、それでも読み書き計算は確実に身に付けさせようと自分で教えたものだけど、もっと小さな農村集落では誰も字が読めないので徴税も大変だという話も聞く。
 でもネイアに教わるのもどうか。だってネイアにとっては母語じゃないぞ。
 それを言ったら教会で教えてるローリエも、母語はエルフ語なのに北西語で勉強教えてるんだけど。
「でも、そろそろスマイソンさんの名前くらい、不自由なく読めるようにしないといけませんよね」
 ネイアはそう言って微笑む。
 ……あ。そうか。俺の名前。
 つまり、首輪を用意してるっていうのがみんなに伝わり始めてるんだな……。
 そしてここにいる三人はみんな授与予定者。
 せっかく貰ったのに、自分の首輪に刻まれている文字が読めないとなると……ありがたみがわかっていない、と一部の雌奴隷たちが怒りそうだ。
 なるほどなるほど……つまり、プレッシャー。
 うん、もう作ってあるよ? だけど今渡すわけにいかないし、予定や会場調整はセレンとかセボリーがやるのでそんなにプレッシャーかけられてもね?
「……べ、勉強の息抜きにおやつなんてどうだ」
 布包みいっぱいの饅頭を差し出してみる。
「わっ」
「やった」
「いただきます!」
 そして、欠食児童たちは20個ほどの饅頭を瞬く間に食べ尽くすのだった。
 饅頭結構大きいのに。甘味好きな若い子たちの食欲半端ない。

 少しまったりしてから、セボリーのところに行く。そろそろ酒場が開く時間だ。
 セレンに首輪授与の段取りを頼んだからにはセボリーにも伝わっているだろう。横の繋がりを確認する意味でも、あえてセボリーとそのまま段取りの相談だ。
 もし仲が悪くて話の伝わりが悪いというなら取り持たないとな。……一緒にベッドに呼んだりして。
 と、若干最低なことを考えながら酒場に着くと、すぐにセボリーは駆け寄ってきた。
「ご主人様、いいところに」
「ん?」
「候補地が三つまで絞れてるんですけど」
「……うん、何の」
「首輪授与のセレモニーやりますよね?」
 ……心配は取り越し苦労だった。そして俺が言う前にもう会場選定まで大詰めを迎えているらしい。
 頼もしい。でもちょっと俺を混ぜながら盛り上がって欲しい。
「ご主人様の家とか猫屋敷だと、もう無理ですよね」
「……うん」
 30人だもんな。30人入って狭くない部屋は残念ながらない。
「だからひとつは屋外。まだ雪が遠いうちに街の南の草原のどこかで」
「オープンエアでやるの!?」
 全員裸でやるんだよね?
 最初からレベル高くない? ……いや、もう今回の子はほとんどみんな野外露出行為は経験済みか。そもそもここにいる三人以外はみんなドラゴンなので、人に見られることへの危機感は薄いし。
 いやそれで納得しちゃだめだ。
「それはナシで。俺はあまり際限のない変態レベルの上昇は望んでない。あくまでケジメとしてのセレモニーだ」
「ですよね。なんかそう言いそうってことでセレンさんとも合意しました。あとは結界牢の村。それと聖獣迷宮最深部」
「ブレイクコアを参加させるかどうか、か」
「ええ」
 参加させるなら聖獣迷宮だ。
 しかし聖獣迷宮の上の草原は、特に何もしなくてもブレイクコアが存在できるものの、30人という女が堂々と裸で集会するには不適格すぎる。元々魔法の素養があるエルフは幻影破りしやすいし、そして中にはアイリーナやクリスティも混ざるのだ。あそこでそのまま開催はあまりにも剛毅すぎる。
 聖獣迷宮最深部は潜るのに少し手間はかかるが、人目や邪魔は入りづらいだろう。みんなで入る名目だってなんとでもなる。ブレイクコアとの戦いの思い出を新しい雌奴隷たちに教えたいんだ、とか。
 既に気の放出点ではないため、ブレイクコア自身がそこに行くにはちょっとした我慢が必要になるだろうが……そう遠いわけでも長時間でもないから、軽い負担でなんとでもなるじゃろ、というのがアイリーナの見立てらしい。
「ネックは少し遠いことですよねぇ。運び役はドラゴンがたくさんいるからいいんですけど……でもシルバードラゴンたちを森の奥まで通過させるのを、銀のレイモンド様と赤のマルク様がいい顔しないかもしれません」
「レイモンド……マルク……」
「ガスト様とディエル様の後任ですよ。ちゃんと覚えてくださいよ」
「わ、忘れてないよ。うんうん」
 ごめんちょっと忘れてた。ってかレイモンドっていう新氏族長、ちゃんと話したことあったかなあ。
「マルクは確かアイリーナの幼馴染だろ。アイリーナが抑え込めるんじゃないか」
「まあ、多分……逆に勢い込んで邪魔してくるかもしれない、とクリスティ様は心配してましたけど」
「ああー……」
 確かになあ。ちょっとしたデート、いや観光案内であの調子だったもんなあ。
 俺以外全員女の大所帯で通過しようなんて、変な勘違い……勘違いでもないか、いかがわしいセレモニーだし。
 とにかく勘付いて文句を言ってくるかもしれないな。軋轢は避けたい。
 銀の新氏族長レイモンドは……聖獣迷宮案じゃなくて結界牢案でもなんとか折り合いをつけなくてはいけない。
 ブルーじゃないドラゴンを6頭も通そうっていうんだからこちらも何か言ってくるかもしれない。でも銀はブルードラゴンの従属氏族だから、ブロールさんに口利きしてもらうっていう手も……いや、でもなあ。威圧するようなドラゴンの頼り方はよくない。
 まずは俺の口から話を付けに行くべきなんだろうな。
「意外と問題あるもんだなあ……」
「40人近いですからねえ……」
 ……うん?
「うん?」
「え? それぐらいいますよね?」
 セボリーがきょとんとした。
「今回は勇者組の二人と獅子獣人のガラちゃん、エマさんリェーダさん、レイラさんコルティさんシャリオさん」
 シャリオを平然と混ぜている。
「それとグロリアさんも絶対見たがりますし、ノールさんとコスモスさんとあとミラさんとシーマさんとルキノさんも首輪つけますよね? それといい加減アゼルちゃんとリゼルちゃんも首輪あげないと可哀想よねーってセレンさんも言ってましたし、それからほらあの、スーパーメガサイズから縮んだダークエルフの人」
 全く関係ないのにレディまで入っている。いやそれ以外もみんな違う。
「だいぶ情報が間違ってるぞ!?」
「え、そうなんですか?」
「シャリオ以降は全員雌奴隷にする話になってないし!」
「でも今頃みんな招待行ってますよ?」
「何のつもりだって怒られるぞ」
「そうですかねえ」
 雑に入れちゃ駄目だろ。そういうの駄目だろ。身内とそれ以外を区別するための儀式だろ。
 ……いや、もしかしてセレン、区別したいんじゃなくてみんな引きずり込みたいの……!?

(続く)

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