応接室からいったん下がり、今度はバスター卿の私室に移動する。彼個人の知己でもあるし、親父様がいつまでも睨んでいるより建設的に話ができる、とバスター卿が言い張ってのお開きだ。
 そして、ドアを閉めて軽く音声結界を張ってから、バスター卿は大きく溜め息。
「面倒臭いことになっちまった」
「……ええと?」
 よく流れが飲み込めないので話の続きを待つ。バスター卿は髪の残った後ろ頭をガリガリと掻いて、ジロリと俺たちを睨んだ。
「わけがわからないって様子だな。……一から語るのもナンだ、皆まで言わずに察して欲しいところだが……」
「無茶言わないで下さい」
「戦神あたりはおおかた察しがついてるんじゃないか」
 ディアーネさんを見ると、彼女は肩をすくめる。
「本人が説明できるというのに私がペラペラと憶測を喋るのもおかしいことだろう」
「……親父が焦ってるんだよ。もうあの通り、いつお迎えが来てもおかしくない歳だ。跡継ぎはまだか、孕み腹ならいくらでも用意してやるぞ、と顔を合わせるたびにそんな調子だ」
 大貴族ともなると、女も嫁どころか孕み腹扱い。まあ、そういうものなんだろうけど。
「でもバスター大騎士長って王配になるんでしょう?」
「ならんと言ってるだろう」
 ナリスの無遠慮な指摘を、即座に却下するバスター卿。
 王配とは、女王の夫。つまり女王と結婚するということだ。
 どうもフレア女王は完全にバスター卿に決めている感じらしいのだが、未だに彼は抵抗している。父娘ほどにも年が離れていること、そして初恋の先代女王に似すぎていることが逆に嫌なんだとかで。
「じゃあそれこそ先代さんが適当なお相手でいいから子供残せって言ってるの、断る理由がなくないですか?」
「…………」
 ナリスの指摘に、バスター卿は渋い顔。
 ……あー、なんとなく繋がってきた。
 女王とは結婚しない。しかし逃げるように嫁を取ったら女王が悲しむ。それを見たくないので雑な嫁取りもできない。
 そういうバスター卿の煮え切らなさが、テテスへの今回の監禁という仕打ちの背景にあると。
「俺でなければテテスが跡継ぎを作ってもいい。そう言っていたところにテテスが戻ってきて……親父には雌奴隷云々を言ってなかったからな。テテスがさっさと軍をやめると言い出したのを綺麗に勘違いして、孝行娘が侯爵家のために徹してくれるものと早とちり。テテスがまた即出ていこうとしてるのを親父が不審に思って咎めれば、また最悪のタイミングでテテスが妊娠宣言だ。それから毎日親父を宥めるのに必死だよ。相手がドラゴン乗りのお前たちだというのに、赤子ごとテテスを取り上げようなんて企んだら何が起こるかわかりゃしねえ。そこを伏せつつ必死で譲歩を引き出して、落としどころが命名権ってわけだ」
 ……あ、あー。
 まあバスター卿だってできれば俺たちと喧嘩はしたくないよね。どう考えてもただじゃ済まないし。
 だからむしろ先代を必死で手綱引いてくれてた……ってわけか。バスター卿自身がテテスを出すのを渋ってたってのは伝聞で話が変わったのか。
「……それで、テテスちゃんは?」
「地下に置いてる。逃げられても困るからな。色々と魔法対策の仕掛けを施したトコに入れてるんだ」
 ……テテス信用ない。
 いや、まあ、同じ魔法の天才、手段を選ばぬ挑戦者としてある意味では信用されてると言えるのかも。

 さすがにバスター卿の作った仕掛けの山を突破して脱出することはできなかったらしく、テテスは閉じ込められた部屋に大人しくしていた。
「ご主人様!」
「ご家族の前でその呼び方やめようよ」
 俺はげんなりしつつも駆け寄るテテスを受け止める。シャロンより小さく軽いので、さすがにあまりよろけない。
「妊娠したっていうのは本当か?」
 再会を喜ぶテテスにディアーネさんが尋ねると、テテスは半笑いで固まった。
 ……してないんだな。
 うん。そんなことだろうと思った。
「そんなことだろうと思った」
 ナリスがみんなを代表して言うと、アルメイダとシャロンもうんうんと頷く。素晴らしい信頼感。
 そしてバスター卿が盛大にため息をついてみせる。
「お前のハッタリのせいで親父がどれだけぬか喜びしたと思っているんだ」
「しょ、妾腹の私が誰とも知れない相手の子を妊娠したって聞いたら、普通放り出すんじゃないかなって……」
「はぁぁ……」
 そして、バスター卿はデコピンを飛ばすような動作をした。
「あがっ」
 テテスは実際にゴッと頭をのけ反らせる。
 ……オリジナルスペルか。もしかしたらリスター大騎士長みたいな指向性衝撃波か。どっちかは判断がつかない。
 あきれ果てた顔をしたまま、バスター卿は再び口を開いた。
「それが嘘だってバレた日には、下手な希望で安心しちまった親父がどれだけ怒るか想像できるか」
「……そ、それでも、ご主人様なら……」
「無責任に火種を撒いて逃げるのか?」
「う、うぅ」
 前侯爵となると、既に一線を退いていても影響力は小さくないだろう。
 バスター卿本人と喧嘩するよりはマシかもしれないが、それでもレンファンガス全体と折り合いが悪くなる。
 それで俺のもとに逃げ込んだとして……それが「レンファンガス王国のため」というテテスの今までの所業から、素直に許されるのか? というとさすがにいろいろ苦しい。
「お前は物事考えてるフリをしてすぐ何も考えず小手先に頼るというか、追い詰められるとすぐ切り札を見せびらかすというか……あまりにも浅すぎるな」
「……ううう」
 バスター卿のズバッと切って捨てる言い草に反論できないテテス。
 でもまあ、実際そうだよね。
「とにかく、責任は取ってもらう。今回ばかりは俺もフォローに限度がある」
「今回ばかりは、というのは」
「俺もある程度政治屋のつもりだ。国内の大抵の話は権力でねじ伏せられるつもりでいる。が、親父だけは本気で暴れ出したらどうにもならん。老い先短いのをいいことに、国中巻き込んで騒ぎを起こされれば火消しが間に合わん」
 さすがのバスター卿も親には弱いか。いや、そのバスター卿の地盤をそっくり使える父親だからこそか。
 ゴールドアームの武力は持たずとも、彼を担ぐ人間はいくらでもいるんだろう。それに、バスター卿が邪魔で、彼の足元を狙えるならなんだっていい政敵だってきっといる。
 そんな先代を敵に回しかねないのだから、ことによっては大混乱になる。ようやく話の全体像が分かった。
 バスター卿は苦虫を噛み潰した顔をしながら少し口ごもり、しかし毅然とテテスを指差して言い放つ。
「……猶予は半年だ。それ以上は誤魔化せん」
「……はい?」
「半年以内に、嘘を本当にしろ。こういうことは俺も言いたくないが、自分で蒔いた種だ。できるな?」
 ……顔を見合わせる俺とテテス。
 ええと。
「つまり……実際に妊娠しろと」
「他に方法があるか。勘違いでしただの、孕んだけれど流れましただのと言えば、うちの親父はもうテテスを手放さんぞ。それどころか適当に血の気の多いブラックアームと強制的につがわせて、今度こそしっかり孕むまでここに監禁するぐらいはやる」
「……か、過激な」
「貴族のお家事情ってのはそういうのが正当化されるんだ。お前たちがそれで満足ならそれでいいが」
「いいわけないじゃないですか!」
 テテスは俺にギュッと抱き着いて口を尖らせる。
 ディアーネさんやナリス、シャロン、アルメイダ、そしてバスター卿は一斉に聞こえよがしの溜め息をついた。


 翌々日、ポルカ帰着。
「そういうわけで! 私テテス・マーレイ、本日より完全孕み奴隷モードでいくことになりました!」
 びし、とスマイソン家で元気よく手を上げて宣言するテテス。首輪以外全裸。
「半年以内に孕まないといけませんので、できるだけ毎日一発はお譲りいただく方向で!」
 集まった雌奴隷たちは顔を見合わせて困惑。事情があるから仕方ない、と言えばいいのか、理由をつけてズルい、と抗議すればいいのか迷っている様子だ。
 そんな中。
「できるだけ早く孕まなければいけないのは私もなのだが」
 非常にシリアスな顔でアルメイダが進み出る。
 それを見てシャロンも自己主張。
「私も早く兄にこの胎で産んだ子を見せなくては、レンファンガスの守りに関わります」
 そして取り残された形のナリスに、何故か三人からかかるプレッシャー。
「えっ? えっ……いや私は別に子供とかいりませんよ? 何流れで私も混ざれみたいな顔してるんですか」
「ナリスちゃん空気読んでよー」
「もう諦めたらどうだナリス」
「認めてしまった方が楽よ」
「いやいやいやいやいやアンタたちの事情はわかりますけど本当巻き込もうとしないでもらえませんか!? 私はふつーに時々がっつり避妊エッチさせてもらったら充分ですんで!」

 ……そして、こいつらの騒がしさの影で、ライナー派三頭とリェーダの参入は地味に「あ、そう」とほとんどの雌奴隷たちに流されていた。
 いや待って。確かにレイラもコルティもリェーダも多少俺が世話するような気配あったけど、そんな真顔でスルーしないで。
 結構大騒ぎになってもおかしくないメンバーだよね? 特にシャリオとかさ。
 と、訴えたものの。
「話は聞いてましたし、アンディさんならそのうち連れて来るだろうなーとは思ってました」
「んだ」
 赤ん坊を抱いた二人の言葉にみんな頷いて、あとはテテスたちガチ子作り組にそれぞれ自分も入るのはいらないのという議論に流れてしまった。
 ……いや、待って。
 待って待って。

(続く)

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