食事を終えて、とりあえずハーマンにベルガとフェリオスの所在を聞く。シャロンもそこにいるだろう。
「もう夜なのにカチ込むんですかスマイソン十人長ー」
若干酒も入ったナリスが不満そうに言う。
「お前とアルメイダは屋敷に帰って寝てていいよ。ディアーネさんとマイアがいれば充分だ」
「んなわけにいかんでしょう。何しにセレスタ屋敷にいるんだ、って怒られちゃいますよ。いやカチコミかける時点で私らが止めないといけないのかな」
「止めたらどうなるか考えて言ってるか? ってか、場にいるだけでフェリオスたちに恨まれかねないからついてくるなってば」
「じゃあ何ですか、私とアルメイダさんであの恐怖のシルバードラゴン軍団のお膝元に行って震えてろっていうんですか! アンタという安全装置がない中で!」
逆ギレするナリス。
……その背後でアルメイダは「いや別に私はそこまでドラゴンの連中を恐れてないんだが」という顔をしていたが、まあナリスのいうことももっともだ。詳しく説明したらエマとリェーダはこっちに来てしまうだろうし、残りのライナー派三頭のたむろする屋敷で安眠できるかというと……まあ普通できないよね。
「連れていく方が面倒はないだろう。どうせシャロンもナリスたちを味方認定して語るだろうから、蚊帳の外にはいられないだろうしな」
ディアーネさんが諦めた顔で言う。
そしてネイアとベアトリスは……ここで放って帰らせるわけにもいかないか。
結局みんなで押し掛けることになる。
ただでさえフェリオスが面白い状態になってて怖さ半減してるのに、なんだか数の圧力まで与える形になるのは可哀想な気もするけど。
ベルガがフェリオス及びシャロンを連れて滞在しているのは、ある貴族屋敷のひとつだった。なんでもガントレットとして認められ始めた頃からの懇意らしい。
「ガントレットナイツが特定の貴族とねんごろになることなんてあるのか」
「ありますよそりゃ。貴族だって自分の土地は重点的に守って欲しいですからね。そういう要求を通しやすいように、あらかじめ栄達しそうな騎士にはコナかけておくもんです。騎士の側もある程度自分の任務を選べますから、便宜を図る余地はありますしね」
「……そんな癒着認めててちゃんと回るの?」
「お上としては本当はそういうのが入る余地なく、完全な上意下達で進めたいみたいですけどね。自分ところを守ろうって手を回すことを違法にされたら、この国で貴族やること自体罰ゲームじゃないですか。そんなわけである程度はあるみたいです。私にはそういう話一個もないですけど」
「ナリスはあまり出世の匂いがしないからなあ」
「なんかスマイソン十人長に言われると腹立つ! 忘れてるんでしょうが私あんたなんかよりずっと強いんだぞー!」
妙にナリスのテンションが高いのも酒のなせる業か。
「アルメイダはそういうコネとかないの?」
「私はガントレットをつけてそう長くないからな。しかもその大部分をお前たちと行動している。手を出してくる機会もない」
「テテスとかは……そもそもテテス自身が貴族か」
「あまり公にバスター大騎士長との関係を喧伝したわけではないから、周知の事実と言うほどではないがな。しかしまあ、テテスの場合は別の目的を持って自らコネを作っていそうではあるが」
「……テテスだからなぁ」
ひねくれた真似ならなんでもしそうだ。
……そんな話をしながら件の貴族屋敷に到着する。
「ここならフェリオス大騎士長の看護に医者が集まっても問題ないし、シャロン騎士長を軟禁するにも不自由はないだろう」
「ああ、そんな感じだな」
数百人くらいは余裕で生活できそうな、大きなお屋敷。レンネストでも指折りと言えるほど大きな建物だ。
じゃ、若干気後れするな。貴族の邸宅なんて、男爵邸とセレスタ屋敷以外にはあまり出入りしてるわけじゃないし。
「……すーはー」
「何をしているアンディ」
「ち、ちょっと心の準備を」
「貴族本人に怒鳴り込むわけじゃない。フェリオスを軽く小突いてくる程度だ。お前はいつも通り不敵な顔でもしていろ」
ディアーネさんは軽く言う。さすがに先王ユリシスを小僧扱いする歳というだけはあるか。
そうだ。別に知らない貴族と直接やり合うわけじゃない。気負わなくていいんだ。
……普通に考えたらゴールドアームに宣戦布告しに来てる方が頭おかしいよね。
ナリスとアルメイダがガントレットを見せれば、貴族屋敷の門衛はサッと通してくれた。
ガントレットは強さの象徴であるとともに権威の証でもある。トロットでいえば剣聖が訪れたというようなもので、確かに邪険には出来ないんだろうな。
そして、屋敷の中をメイドさんに尋ねたりしながらベルガ目指して歩く。
「まずシャロンやフェリオスじゃなくてベルガなんですか?」
「奴にはフォローを頼まなくてはならない。シャロンを奪う宣言をして、フェリオスが立ち向かってくるにしろそのまま倒れるにしろ、後々のフォローをさせなければ話がこじれるだろう」
「……なるほど」
いや、こじれないで済むとは思えないんだけどさ。でも、できるだけシンプルに落ち着いて欲しくはある。
そしてベルガの宿泊している部屋を探していると……異様な恰好の男が唐突に廊下に突っ立っていて、ディアーネさんを除いた全員が角からそいつを見た瞬間にビクッとした。
全身真っ黒の鎧。そして似つかわしくない民俗的な仮面。顔全面を覆うタイプで、妙にカラフルな色合いで憤怒の表情が描いてある。
金色の髪は逆立っていた。
「……何だあれ」
「ちょっ、ホラーは専門外ですよ私!?」
「あ、暗殺者か何かか!」
「ね、ネイア、あんた剣持ってんでしょ、何とかして!」
「……凄い殺気です」
「アンディ様、私の後ろにいて。離れないで」
なんだろう。なんだあれ。
異様過ぎて混乱が収まらない。夜の貴族屋敷の廊下に浮かび上がる謎の仮面男。
……そして一人だけ全く動じなかったディアーネさんは、溜め息をつき。
「面白い恰好をしているな、フェリオス」
「…………」
え、それフェリオス?
フェリオスが逆毛になってるの?
「武装をするのにガントレットを外していていいのか。ゴールドアームともあろうものが」
「……ゴールドアームのフェリオスは死んだ」
地獄の底から響くような声で謎の仮面男は呟いた。
そして腰からナイフを逆手に二本引き抜き、ゆらりと構える。
「一人の人間族の醜悪な肉欲に、この世で最も大切な物を穢された悲しみで死んだのだ……!」
「……ふむ。それで?」
「我が名は闇の精霊の使い、ブラックフェリオス」
待って。そこで本名入れるの?
っていうかそんな設定作りながら結局堂々と名乗っちゃうの?
異様な殺気を放ちながら微妙に半端な設定を披露されて、俺とナリスは噴き出すのをギリギリ堪えた。
ディアーネさんは真顔。そしてアルメイダは……鉄杖を構えながら。
「一体……何者なのだ、ブラックフェリオス……!」
えっ。
……あ、本気だ。本気でわかってない。
そういえばこいつ空気読めないんだった。
「知る必要もない……貴様らはみな、その男の罪に繋がれて冥府へと墜ちるのだ……!!」
ブラックフェリオスはそう言って身を低く落とし、そして……消える。
薄暗い中で高速移動なんかされたら俺には見えるわけがない。
が。
「ふんっ」
これまた一瞬で目の前から消えたディアーネさんが、高い天井付近でブラックフェリオスに蹴りを打ち込んでいた。
地面にゴシャッと落ちるブラックフェリオス。
「お、おのれ……ダークエルフ……闇の精霊の使いめ……!」
「……お前もではないのかそれは」
設定がやっぱり微妙に作り込めてないぞフェリオス。
……ちなみに、エルフは一般的に闇に属するものを汚らわしいと言って嫌がる。
ダークエルフ差別が根底にあると言われ、そのためかどうか知らないが、北方エルフ系の氏族にも「黒」を連想させる色はない。
それを名乗るというのは、自分が復讐の戦士として生まれ変わったことを強調するつもりだったのだろうが……ダークエルフへの差別意識が口をついて出たら、設定とモロ被りだったわけだ。
「だが……だが、貴様らなどにこのブラックフェリオスが負けるわけにはいかん……! シャロンを光に連れ戻すため、闇の中から生まれたこのブラックフェリオスが!」
「……とにかく意外と元気そうで安心したぞフェリオス。そのシャロンの件だが」
「俺はブラックフェリオスだ! フェリオスは既に死んだ!」
「……そうか。まあいい。死んだなら安らかに眠ってくれ」
「だから俺はブラックフェぐふっ」
ディアーネさんは面倒臭くなったのか、ブラックフェリオスのボディに強烈な膝を叩き込んで壁に打ち付けた。
そして跳ね返ってきたところにもう一発膝。
もう一発膝。
さらにもう一発膝。
「ぐふぁっ……おふっ……ごほっ……!」
「死んだのなら気兼ねなくアンディがシャロンを貰う。それだけだ。一応話をつけにきたつもりだったが、いらんというなら早い」
「わ、渡さん……ごふぁっ!?」
一度は丸まって倒れたものの、ぶるぶると震えながら立ち上がったブラックフェリオスをディアーネさんは無慈悲に蹴る。
「もうそのへんにしてあげて下さい」
見ていられなくなって俺が仲裁する。
いや、本当なんだこの事態。
しばらくすると、どこからともなくベルガが現れてブラックフェリオスを担ぎあげる。
仮面を取ると白目を剥いたフェリオス(逆毛)が出てきた。
「手間をかけさせた」
「……マジで何がどうなったんだ」
「シャロンが幸せそうな顔で雌奴隷になりにポルカに赴くなどと言い張るので、現実逃避の末に数日前から変なことを言い出したのだ。闇の精霊の啓示を受けたとか、俺は昨日死んで今は既に別人だとか」
「……ええと」
「こんな状態でも俺やシャロンより強いのでな。手が付けられなかった」
「…………」
なんつーか……本当、ご苦労様です。
「シャロンを迎えに来た。出してもらおう」
ディアーネさんは顔色を変えずに言う。ベルガは無表情になってしばらく止まった後。
「……拒否はできんのだろうな」
「その気になればマイアに探させる。これ以上預けておけば不幸が増える。何より、アンディが雌奴隷にすると一度決めた女だ」
「……奥から二番目の部屋だ。まだ起きていると思うが」
ベルガに教えてもらい、シャロンを迎えに行き。
「スマイソンさんっ♪」
ドアを開けると待ってましたとばかりに飛びついてくるネグリジェ巨乳。
それを少しよろけながらも受け止め、そしてため息交じりに宣告。
「……色々考えた結果、お前を強引に連れていくことになった」
「はいっ……私も、それしかないと思います……でも、嬉しいっ……♪」
唐突な話でも、詳しく聞かずに通じてしまう。
「……今後、お前は戻れない……かもしれない。このレンネストにも、フェリオスと喧嘩別れになる以上、アーカスにも」
「ええ」
「ずっとポルカで……今まで鍛えてきたお前のその強さも、きっともう活かせない。俺の雌奴隷として、毎日犯されて孕まされるだけの生活になる。それでもいいのか。今までの努力が全て水の泡だぞ」
「……はい。水の泡にしてください……♪」
シャロンは俺にキスをして、潤む瞳で言う。
「あなたのそばだけが、私が本当に正直でいられる場所。ずっとずっと探してきた場所です。迷い道に未練なんてありませんから……♪」
「……そうか」
フェリオスに生きてる限り恨まれるんだろうなあ。
そうは思いながらも、やはりシャロンを手放すなんてもったいないことはできそうになくて。
「じゃあ……行くぞ。俺の奴隷姫」
「はい……♪」
シャロンの肩を抱きながら、他の皆のところに戻る。
「あとはテテスちゃんですけど、どうするんです?」
ナリスに言われて、俺は天を仰ぐ。
「……そっかー……そっちもあるんだよなー」
相手はバスター卿。テテスはいろんな意味で信用ならない曲者。
考えただけで途方に暮れるくらい面倒臭い。
……でもなあ。
行かないってわけにはいかないよなあ。
(続く)
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