立ったままゴチャゴチャしていると酒場自体の雰囲気が悪くなりそうだったので、ハーマンに椅子を持って来させて卓に入れる。
給仕さん……メリエさんには料理の追加を適当に頼んで、とりあえず一息。
「健勝のようじゃないか、ハーマン・キッド」
「…………」
ディアーネさんが杯を傾けながら言うが、ハーマンは警戒した……というか、気まずそうな顔で見回すばかりで返事もしない。
そりゃそうか。新天地に来てすっかり明るくなったコイツだが、その姿を渋がっていた時期の知り合いに見られるなんて思っていなかったのだろう。どんな態度を見せればいいのか途方に暮れているというわけだ。
埒が明かないので、俺が酒をついでやる。
「別に無理して変な態度取ろうとしなくていいぞ。だいたいの経緯はベルガに聞いてるし一回メチャクチャ浮かれて外で喋ってるところもみんな見たから」
「…………!!」
ハーマンは真っ赤になる。おお。若さ。
「いや私らはそのシーン見てませんけどね? 知ってたけど」
「ああ。言っては何だが目立つからな、お前は」
ナリスとアルメイダにも微妙な目で見られて、ハーマンは崩れ落ちるように卓に肘をついて顔を俯ける。耳まで真っ赤。
うんうん。若いな。……いや俺もまだ若いぞ。27歳は若いぞ。
「明るくなったようで……その、暗いと面倒ですし、何よりです」
「……でもあのハーマンがね……プッ」
微妙に遠慮のない元同僚二人の言葉に、わずかに肩を震わせる元勇者。
もうやめて! と言いたい気分だろう。
「その……気にするなよ。今更その恰好で勇者ぶられても困るからさ。まあ飲め」
俺が肩を叩くと、ハーマンは顔をバッと上げ、そしてなみなみと湛えられた酒を一気に煽ってから改めて俺に顔を向け。
「その節は申し訳ありませんでした!」
「……お、おう」
なぜか謝ってきた。
「昔のことは本気でノータッチでお願いします!」
「……昔っつってもまだ何か月も経っちゃいないけど」
「お願いします!!」
「……うん」
元気よく圧倒的な勢いで謝り、気まずい空気を打破する作戦か。
うん。イジられてる時には有効だよね。特にキレても勝てない、逃げられない時などに。
キャラ変更も勢いでうやむやにできるし。
「そうは言っても……ねぇ?」
しかしまだ蒸し返そうという気配が見えるのはベアトリス。
こいつもこいつで偏った育ち方してて、情緒的にはまだ子供だもんな。仕方ないよな。
仕方ないので俺が代わりにベアトリスを弄り返してやる。
「ベアトリスだってあの頃はリチャードと一緒にやなやつ一直線だったよな。なのに今は……」
「っ……何よ」
「可愛くなっちゃったじゃん。率先してあんなことやこんなこと」
「っっっ〜〜!」
俺がニヤけ面でわざときわどいところをつつけば、ベアトリスは自分に水が向くと思っていなかったらしく一気に慌て出す。
そういう話の流れを予想できずに無謀に手を出してしまうのがお前のガキなところなのだよ。そして俺はヤな大人。
「ベアトリス。痛み分けとしましょう。ハーマンの前で恥ずかしい思いはしたくないでしょう」
「だっ……なんてあたしがそんな……」
「まーまーまーまー」
カン、カン、とコップをネイアとベアトリスの前に出し、ナリスが両手にひとつずつ酒壺を持ってダブル酌。
「いいからいいから。まずは再会に乾杯。細かい話はあとあと」
ナリスも空気を読んでくれたようだ。こういう気の使い方はアルメイダにはできない。
「それじゃ乾ぱーい! いぇーい!」
「い、いぇーい?」
「いぇーい」
ナリスの勢いに飲まれて戸惑い気味に杯を上げる二人。
それを差し置き、俺はディアーネさんと二人でハーマンを挟み、今までのことを水に流してやる姿勢を見せつつ。
「それでハーマン。お前は今、ベルガのところで世話になっているはずだよな」
「ウス! なってます!」
「俺に敬語はいいって。ベアトリスもあんなだし。まあ落ち着け」
背筋を伸ばすハーマンの肩を揉んでリラックスを促す俺。
そしてディアーネさんは俺に代わって。
「今、ベルガとフェリオスの周辺はシャロンの問題でゴタついているはずだな。そのあたりの話を聞かせてくれ」
「……う、ウス」
…………。
とりあえず、詳しいところを聞くと。
シャロンはベルガと毎日口論しているが、フェリオスの前ではさすがに俺関係の話はできないらしい。するとあっという間に危篤状態だ。
ベルガとしてはシャロンに諦めるよう説得するしかなく、シャロンも折れないので「どうすればいいんだ……」とハーマン相手に愚痴る日々。
……で、ハーマンは愚痴を聞くばかりではやっていられないのでこうしてメリエさんの店に通う日々。
グダグダだった。
しかし話を丸く収めるのは容易ではない。
「俺が顔を見せたらフェリオス死んじゃうんじゃないか」
「……俺としてはシャロンさんがあんなにアンタの雌奴隷に固執するのが信じられない。どうやったらあんな超巨乳美人にあそこまでプライド捨てさせられるんだ。ベルガ師匠の言うには、しばらく前まではむしろプライドが高すぎてトラブルばっかりだったっていうじゃないか」
「……実は俺もよくわかってない」
「教えてくれ。アンタ、雌奴隷いっぱいいるんだろう? 噂じゃ20人とか30人とか。俺だって奴隷とは言わないまでもそれぐらい女に好かれたい。どうやってそこまで」
「……素直に欲望に従ってたらいつの間にか」
「なるほど……」
「いや欲望を丸出しにすると普通捕まるからな? 俺の場合最初に俺にエロいことさせてくれたハーフエルフが積極的を通り越して過激派だったから欲望丸出しが通っただけだからな?」
一応忠告しておく。
そこに逆側からディアーネさんも補足。
「アンディは嫁をいくらでも取れるセレスタの兵士だというのも大きい。ここらはそういう文化圏ではない。真似はしてはいけないぞ」
「う、ううん……」
正直、俺の今の状態はまさに男の夢。
美女美少女孕ませ放題、むしろ俺自身より妊娠に積極的な女の子たちが、先を争って全裸でお尻を突き出してくる状況だ。もしセレンに出会う前の俺が今の俺に出会ったなら、それこそ土下座してでも教えを乞い、実践しようとしただろう。ハーマンがぜひ真似したいと考えるのも無理はない。
でも実際のところ、俺は超モテるコツなんて知らないし、内面的に二年でそんなに成長した実感もない。運だよなあ、と思う。
「むしろお前はモテたいなら普通にモテる力があるだろ。ここでは腕っ節が最高のモテ要素なんだろう?」
「確かにそうなんだけど……でも剣が強い=金が稼げるっていう図式に乗っかってるだけだから。なんか卑しくないかな」
「逆に考えろよ。男と結婚を前提に付き合おうってのに、その男にさっぱり稼ぐ能力がなかったら罠だろ。そんな状態でお前を幸せにしてあげるよ、なんて囁いたって絵空事だ。それを信じる女はやっぱり相手を見てない、男なんて顔だけ良ければいいって根性の持ち主ってことになっちまわないか?」
「う、ううん……」
年上ぶって若い恋愛観に助言を送ってる俺だけど、地味に自分にダメージ。
稼ぐ能力は低いんだよね俺。
それ以上のメリットがドラゴンライダーという肩書の下に集まるからいいんだ、というのはライラたちにさんざん言われてるし、納得はしてるんだけどさ。
……ちゃんとドラゴンの力を借りなくても、そこそこ頼れる男になりたい。戦闘力という意味じゃなく、大人としてね。
ピーターが成長した時、特に何も出来なくても父親(俺)みたいにちんちん振り回してればなんとかなる、とか言い始めたら本当に嫌だし。
「美点を磨け、若人。アンディのようにモテるのは普通は無理だが、卑屈にならず、自分のいいところに誇りを持ち、相手のいいところを素直に認められる男はそれだけで魅力的だ。背筋を伸ばして歩けば、それだけで女たちは放っておかないだろう」
ディアーネさんがそう言ってハーマンに酒を注ぐ。
ハーマンは唸りながらも酒を口にし、ふーっと一息。
「手っ取り早くモテモテになりたい」
「それを言ったらおしまいだろ」
「アンタも信じられないけどベルガ師匠だってすごいんだぞ。一週間毎日泊まる家が違うんだ。全部美人の家だ。俺もああなりたい!」
「その欲望は素直に表明しちゃいけないやつだ」
「焦るな若人」
でも気持ちはわかる。俺も青春時代、一番悶々としてた時期はそういうの妄想してた。
エロ絵巻とかにも多いシチュエーションだ。
でもそれを聞けば女性は普通引く。
「……ハーマン君」
「あっ」
料理を持ってきたメリエさんがジト目でハーマンを見ていた。そしてハーマンはかなり酔いが回っているせいか、それに気づくのにだいぶ時間がかかった。
うん。ご愁傷様。
「まあ、アンディは泊まる家どころか、女ばかりのコロニーを丸ごと一つ裸祭りにさせて、生理が来たばかりの小娘から経産婦まで片っ端から抱くような真似もたびたびしているが」
ディアーネさんは面白がるように言う。そしてメリエさんは俺を見る目に警戒感をにじませる。
「……ハーマン君、友達は選ばないと駄目よ」
はい。すみません。
いや待って。
あなた確かベルガといい仲なんですよね。俺と同類じゃないんですかアイツ。
「まあ、ハーマンのことはともかく。……シャロンに関しては少々強引な手段に訴えるしかないかもしれないな」
「ディアーネさん?」
ディアーネさんは薄く笑った。
「このままではフェリオスは絶望して死ぬしかない。が、憎む相手ができれば話は別だ。妹に裏切られたという事実に打ちのめされ続けるより、妹を強引に奪われた、の方が、まだ強い気持ちで生きられるというものだろう」
「……まさか」
「シャロンを変えたのはお前だ。憎まれ役になる気構えはあるな?」
「……えー」
「放っておいたらフェリオスは死ぬぞ?」
「…………」
なんて回りくどい人助けだ。
(続く)
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