ナリスが匂うというのにそのままの恰好で出歩くのもなんなので、まずはセレスタ屋敷の風呂で汗とか汁とかを流す。
そしてその間に服を洗ってもらう。
誰が俺の服を洗うのか……という点に関してはマイア、エマ、リェーダとレイラたちの間で軽く口論が起き、互いに正当性を争っている間にディアーネさんがさっさと洗って乾燥魔法までかけてしまった。
「すみません、なんか割食わせっぱなしで」
「その程度のことでいちいち申し訳なさそうな顔をするな。夫の下着を洗うのは妻の当然の役目だろう」
平然と言い切るディアーネさんだが、セレスタでは種族も色々、女の方が強い家庭も当然あるので、あんまり汎用性の高い価値観でもない気がする。トロットでは伝統的にちょっと男尊女卑気味のところあるから頷けるんだけど。
そして口論している間に役目を取られたドラゴン5名は、みんな項垂れてがっかりしている。いやコルティは若干引いているか。
「なんでみんな男の下着洗うのにそんなに固執してるの……」
ビッ、とエマとマイアが指を突き付ける。
「奉仕の精神が足りません。それでも奴隷ですか!」
「アンディ様の喜ぶこと、なんでもするのがドラゴンの役目。セックスでも洗濯でも」
「……えええ……」
コルティが曖昧な感じに発した「えええ」には若干ながら俺も同意してしまう。なんだよ「それでも奴隷ですか」て。
少し離れたところでそれを見ていたナリスがぼそりと。
「奉仕の精神も過ぎると普通に倒錯ですよね」
うん。
あと俺はさっぱりしたのでお前たちも匂いを落とせ。というか、せっかくの風呂なのになんでセクシーな恰好してるのが俺だけなんだよ。オナニーブラザーズがいたら暴動だぞ。
それで、そんなことをしているうちに夜になってしまったので、ドラゴンたちの大部分を残して夕食を食べに外出。
なんで残したかというと、さすがにレンネストには何人かシャリオたちを知っている可能性のある面子がいるので騒ぎになりかねないからだ。外の人間社会をあんまり知らないから、ちょっとしたことでトラブルが起きないとも限らないし。
ドラゴンで連れ出したのはマイアだけ、あとはディアーネさんにネイアにベアトリス、ナリスとアルメイダ、そして俺。
ほぼ女の子ばっかりだけど、俺以外全員エースナイト級以上だから不用心ということはないだろう。
「やったー。オゴリ飯オゴリ飯ー♪」
ウキウキしているナリスは本当に相変わらずだ。いい意味でエルフはそう簡単に変わらないな、と思う。
「給金はお前もたんまりもらっただろうに」
「もらいましたけどアルメイダさんと違って私の場合借金ってものあるんです。手元に来た金は自分の物であって既に自分の物ではないんです。ここで奮発したらその分働かないといけないんだよなー、みたいな心理的しこりから解放される『人の金で飯を食う』、これに勝る幸せ飯はなし!」
「……騎士の精神について少しお前には説いて聞かせなければいけないようだ」
「いやいやいやアルメイダさんみたいなガチのザ・ナイトになるつもりはないんでそういうのはいらんですから! 私の場合最終的な本職は冒険家になる予定ですから!」
俺を盾にするようにアルメイダのジト目から逃げるナリス。っていうか以前にも増して俺にぺたぺた触るな。一か月間なんでもなかったような顔して意外と寂しかったのか。
「こちらの金で食べるのはいいが、まずはテテスとシャロンの様子だ。どうなっているか詳しく聞かせてくれ」
ディアーネさんが促すと、ナリスとアルメイダは視線を交わし。
「ええと……まずはテテスちゃんですかね」
「無論退役したいと言い出したらしい……らしいというのはアネット大騎士長からの又聞きだったからなんだが」
「んで、どうもバスター大騎士長に渋られて、口論した挙句に『もう妊娠してる』って言い出して」
「えっ」
ドキンと心臓が跳ね上がる。
えっ。
えっ?
「妊娠した……してるのあいつ!?」
「知りませんよ私だって又聞きなんですから」
「していてもおかしくないが、テテスだからな……」
溜め息をつくアルメイダ。
テテスはここぞでハッタリかます子なのは重々承知。言い出すタイミングからかんがえてハッタリというのは充分に有り得るが、しかしテテスは種族的に一番妊娠しやすく、また俺からの種付けも日常的に受けていたのも事実。
いや、でもなあ。ついこの間のカールウィン事件までのあいだ、ずっと避妊魔法で迂闊な身重を避けてきたはずだし。あまりにも速攻妊娠すぎる。
でもあいつ自分で解除できるんだよな、確か。そう考えるともっと早くからこっそり自力解除して妊娠前提セックスしていた可能性もゼロではない……だってテテスだもんなぁ。
「……テテスだしなあ」
「テテスだからな……」
俺とディアーネさんも微妙な顔で頷き合ってしまう。あらゆる意味で嘘も本当も有り得る。本当に厄介な奴だ。
「それでバスター大騎士長が泡食ってお屋敷に閉じ込めちゃったっていう噂で。私らは最初の数日過ぎてからずっと会ってません」
「家庭の問題だ。突っ込んで問いただすのも気が引けるからな……」
そうだよなあ。……いや、そうなのか? アルメイダお前堂々と首輪つけ続けておいてテテスとその距離感なの?
いや、でもあんまり焦って関わり合いになるのは気が引けるっていうのも一応わかる。だって相手はバスター卿だ。迂闊なことで逆鱗に触れたらどんな面白魔術で末路を辿らされるかわかったものじゃない。俺たちが来るまでそっとしておいた、というところか。
「この店にしようか。今回は人数も一席で済む程度だ。渋られることはないだろう」
ディアーネさんは目についた店に俺たちを促す。
前回同様、女ばかりの集団の店飲みは渋られるかと思っていたが、ナリスとアルメイダのガントレットは効果てきめんだった。
酔っていてもそこらの男なんかまとめてヒネれる腕っ節と、金払いの良さを約束されたようなものだ。いや出すのはディアーネさんなんだけど。
「はいよはいよ、アンタらもう食べないんならおどき! ガントレットの御方が席をご所望なんだよ! ツケとくからよそ行きな!」
店のおかみさんが気の早い酔客を手早く追い出し、俺たちはさほど待たされることもなく席にありつく。
……この前来た時はどこでも断られて大変だったんだけどなあ。まあ言葉の通じない元麻薬患者の皆さん連れてて、だいぶ厄介な状態ではあったんだけど。
「とりあえずオススメコースをフルで! ひのふの……7人前!」
ビッと指を上げて注文するナリス。
この中では一番レンネスト慣れしているので頼もしい。
「7人前? 女の子には少し厳しい量ですけど大丈夫ですか?」
テーブルを素早く片付けながらおかみさんが怪訝な顔をする。
ナリスとアルメイダはガントレット=並外れた運動能力を持つ=大食らいというのは納得できるが、それ以外の面子が心配なのだろう。
マイア。ベアトリス。ネイア。ディアーネさん。
……ディアーネさんはなんとなく戦士の風格がにじみ出ているからともかくとして、他の3人は男以上に食うような顔には確かに見えない。食うんだけど。
俺? ……これでも兵士だから普通よりは食う方。町の普通の若い衆の1人前ではちょっと足りない。夜に消費激しいし。
とはいえ筋骨隆々には全然程遠いから、ムキムキの兵士がうろうろしているこの町では相対的にしょぼく見えそうだ。
「ふふん。これでもみんな大食いファイターですぜ。どんどん追加も頼むんでヨロシク」
顎を親指の股に挟むドヤ顔をおかみさんに決めるナリス。ガントレットの手の甲に光る狼の紋章が単なる自信過剰ではないことを物語り、おかみさんは変な顔でもう一度女性客を見回してから厨房に入っていく。
「いいことを教えましょうスマイソン十人長。レンネストのヴァレリー風酒場ではオススメコース一択です。メニューは色々書いてありますが、ここっていわゆる食糧生産地から遠いですからね。手に入る食材は日によって偏ります。いきなり食べたい料理を指定しても食材が揃ってなかったりして隣近所の店に借りに行くところからスタートして結局出てくる頃には酔い潰れ、なんてオチが多発しがちです。だから店の手持ちで出しやすいもの揃えて来るオススメコースが結局一番安全なんですよ。そこに出てきたものから店の在庫を推察して追加注文していくのがデキル酔っ払いスタイル」
「なるほど合理的だ……」
「とりあえず無事の再会に乾杯しましょう。おかみさーんワインワインー! 一番高いやつー!」
「お前ちょっと遠慮しろよ!?」
「女将殿、払いはこいつの持ちではないので少しこなれた酒からお願いする」
ナリスの暴挙をアルメイダと一緒に抑える。
苦笑いしながら卓に頬杖を突くディアーネさん。まあ、この人もカールウィンの事後処理の働きで、セレスタから金はたくさん貰うのだろうから、酒の一杯や二杯で目くじら立てる気はないんだろうけど。
「それでシャロンの方は? そちらもお前たちはノータッチか?」
「あー」
「シャロン騎士長は……うむ」
ナリスとアルメイダの宴会テンションが若干下がる。
何。そっちも問題あるの?
あるだろうけど。
まさかダブル妊娠じゃないよね。いや別に妊娠はしててもいいんだけどさ。
「……そっちはそっちで面倒といいますか。シャロン騎士長が真面目に退役したいって言ったらフェリオス大騎士長が疫病みたいに目口鼻耳から血を噴出して倒れたらしくて」
吐血からさらにグレードアップしていた。
っていうか心理ショックでどこまで激しい症状出すんだあのハードボイルドエルフは。
「……どうすんだそれ」
「一時はレンネストの半分の医者が集まって治療したそうだ。それからシャロン騎士長はベルガ騎士長がなだめすかして思い留まらせているらしいが……シャロン騎士長の決意は固いようで、これまた膠着しているという」
父親的なバスター卿の対応に対し、まるで自分を人質にするようなフェリオスの引き留め方はちょっと女々しくないか。
……いや、俺も自分の娘が誰かの雌奴隷になるから認めて! なんて言ってきたら、吐血して這いながら引き留めるくらいしかない気がする。多分今後のポルカで育ったら俺より確実に強く育つよね、ピーターどころかエレニアも。
そんな話をしていたら、最初の料理が運ばれてくる。
ヴァレリー湖畔地方のもてなし料理は小皿の数で勝負してくる。その数が多ければ多いほど手間がかかる、つまり歓待の意を示すんだそうだ……とは、いつかバスター卿に教えてもらった豆知識。
まずは水で戻したドライフルーツに手を加えた前菜から。ビールのつまみには物足りないがワインに合わせるにはちょうどいいか。
と、それを受取ろうとしたら給仕のお姉さんが何かに足をつっかけてよろめき、俺の方に倒れ込んできてしまう。
「っと!」
皿はひっくり返ってテーブルに前菜が散ってしまった。が、お姉さんは伸ばした手で受け止め、かろうじてテーブルやイスに激突するのは阻止。
「す、すみませんっ……!」
恐縮する給仕のお姉さん。
「あ、いや、目の前でお姉さんが怪我なんかしたらメシどころじゃないですし。大丈夫ですか」
「はい、本当に……」
「……あれ? なんか……」
お姉さんの顔に見覚えが……あるような……。
と思ってじっと見つめていると、離れた場所で飲んでいた男が急にズカズカと近寄ってきて、お姉さんを奪い返すように引いて片手に抱き、俺の視線から隠す。
「おいお前! 女に困ってんなら娼館にでも行けよ! メリエさんに手は出させねえぞ!?」
「……ハーマン君っ、そんな、やめてっ! この人は助けて下さったのに」
勢い込んだ男の剣幕に、慌ててお姉さんが制止に入る。
……ハーマン?
「ハーマン?」
座っていたベアトリスが呟き、そのベアトリスを見て短髪の大柄な青年は怪訝な顔をする。
「なんだよ、俺の名前がどうか……あれ?」
「…………」
「見覚えが……あれ? ええと……戦神ディアーネ? ネイア・グランス?」
卓を見回して、ディアーネさんとネイアの顔を見てようやく何かに気づくハーマン。
ベアトリスには一目で気づかなかったらしい。うん。ほぼ別人なくらい綺麗になったよね、あのころと比べると。
それはそれとして俺、一度顔合わせてるのにそこまで印象薄いですかね。薄いですか。すみませんでした。
(続く)
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