馬車をマイアが運び、ライナーの墓所へと急ぐ。
 墓と言っても剣を立てただけの代物だ。周囲は荒野で、岩山が一つある以外にはろくな目印もなく、ただただ墓を守るようにうずくまり続ける銀竜の姿だけがその場所の印だった。

「やっと来たか」
 ドラゴン体のまま、シャリオが疲れたような口調で言う。
「なんだ、心待ちにしてたような言い草だな」
 俺はシャリオを見上げてそう言うと、シャリオは少し間をおいて。
「……ある意味では待っていた。面倒な姉妹喧嘩をいつまで聞き続けなくてはいけないのか」
「喧嘩してたのか、レイラとコルティ」
「それを焚きつけたのは貴様だ」
 何の感情も籠もっていない……ただ、うんざりしたような声音でシャリオは言った。
 前足の片方は未だに癒えていない。閃光剣でやられた時のまま、未だに再生はできないようだった。
「どんな形で互いに互いを送り出せば話がつくのか。二人とも言い合いを日夜続けながら考えている」
「……そうか」
「なんでもいい。私は、もはや奴らに興味はない。ライナー様もさして気にしてはいないだろう。静かになるなら両方連れて行ってもらいたいくらいだ」
 それだけ延々と議論が続いていたということか。
 ……シャリオの腕が気になる。ドラゴンスレイヤーを受けたドラゴンも、ポルカなら治せるとわかっているからか。
 いや、レイラとコルティはまだともかく、シャリオを救う理由はないんだ。妙な気を起こすな、俺。
 ……でもなあ。
「シャリオ。……腕、治そうとは思わないか」
「……思わん」
 一瞬、何を言っているんだ、という感じの視線を向けた後、突っぱねられた。
「私にまで恩の押し売りをして支配欲を満たしたいか?」
「……別に。ただ、お前にも特に恨むって程のもんはないと思っただけだよ」
「ライナー様も貴様から大した恨みを買っていなかっただろう」
「俺の女に手を出そうとした。それくらいだな」
「…………」
「それが殺すほどのことか、とでも言うか、シャリオ?」
「……もう終わったことだ。貴様と意味のない口論をするつもりはない」
 とっかかりが掴めそうになるとスッと引く。シャリオは一筋縄ではいかないな。
「わかっているさ。全てはライナー様の意地と傲慢の結果だと言いたいのだろう」
「そんな価値のない説教するつもりはないって。それでお前が砂粒ほどの感銘を受けるとも思えないし」
「……そうだ。そんなことは、わかっている」
「俺は美人に甘いだけだ」
「……?」
 シャリオが怪訝そうな顔を……いや、ドラゴン体の顔なんて表情が分かるほど動かないんだけど、とにかくそんな気配を見せる。
「美人が不自由してるっていうなら治る方法ぐらい紹介したくなる」
「……何を言っている」
「ポルカの霊泉は怪我も病気も、呪いだって治す。うちのライラもドラゴンスレイヤーを一発胸に食らって、傷が塞がらなくて難儀してたが治ったんだ。お前も入りにくればいい。その後だって墓守はできるだろ」
 俺が言い出したことにリェーダやエマ、ネイアも驚いた顔をする。
「何を仰るのです」
「シャリオにまで温情をかけるというんですか!?」
「スマイソンさん!」
「三人とも黙っててくれ。俺はもともとシャリオにだって死ねとは思ってない」
 なびかせるのは難しい話だとは思ってるけど。
「戦うべき時は終わったんだろ。だったらいいじゃん。治ってから墓守を続けたって」
「私がやっていることは墓守ではない。これはゆるやかな殉死だ。竜は、主の死を時間をかけて悲しむこともまた乗騎の義務と……」
「ドラゴンの価値観の説明とか面倒な話はよしてくれ。興味ないから」
 俺はそう言ってシャリオの鼻先を指差す。
「俺は人間の価値観でしかモノを言わない。俺にドラゴンの都合を押し付けるな。ドラゴンライダーってのはそれでいいもんなんだろ」
「……それは……」
「何度も言うが俺はお前に死ねとは思っていないぞ、悪竜シャリオ。だから怪我を癒すくらいはしていいと宣言させてもらう。勝ち残った方のドラゴンライダーとしてな」
「……そんなことが何になる。何故私たちにそんなに首を突っ込もうとする」
「みんなで俺を偉大偉大と持ち上げながら、その程度のことも好きにできないなんて納得いかないからだ」
 ドラゴンたちの頑なな態度に、俺は少し嫌気がさしている。
 これで丸く収まっているんだ、と、罰も自分たちで決めて話を勝手に終わらせようとする姿勢に疑問を感じている。
 ディアーネさんに励まされ、そして今、シャリオと話していて、それが形を持つ。
「勝手に自分たちで完結するな。プライドがどうのこうの言って俺を無視して話を終わらせるな。俺の主義主張は結局お前らの掟だの誇りだのより安いって言うのか? 俺がいいって言ってんだ。それで許されていいはずだろう」
「……それ、は」
「ドラゴンライダーが悪を倒すのはアリで、許すのはナシだなんて納得できるか。そんなの従ってるフリして単にドラゴンたちの都合のいい代弁者にされただけってことじゃないか。もしドラゴンが自分たちの掟に誠意があるっていうなら、そんな詐欺みたいな仕組みじゃないってことを見せてみろ。それを証せないなら誇りも何もあるもんか、心底軽蔑してやる」
 形を得たドラゴンの世界への疑問。
 それを、一気にまくしたててシャリオを追い詰める。
「う……だ、だがっ……」
「俺と同じことをライナーが誰かに言ったら、お前はそれにどう反論して黙らせるんだ。そういう話として考えろ」
「……くっ……うう」
 シャリオが口ごもり、こちらを睨む。
 もし俺がドラゴン慣れしていなかったのなら、それだけでちびっていたかもしれない。
 だが、今の俺にはそんなものは通じない。
 ……そして、ややあってシャリオは目を逸らし、人間体に変身する。
「……竜の誇りを……腐すのは、許さない」
 左袖が空のまま、シャリオは気まずそうに視線を逸らしつつ、低い声で言う。
 その姿を見て、リェーダとエマが呆然とする。
「……すごい」
「シャリオを……丸め込みました」
「丸め込まれたわけではないっ……だが、言いたい放題言わせておいては、私の覚悟も行動も、全てを見下されることになる……」
 それを丸め込まれたって言うんだよね? と誰もが言いたかったに違いないが、幸いそれをそのまま口にする奴はこの場にいなかった。唯一言いそうなベアトリスは例によって「えっと……つまりどういう話なの?」と微妙についてきていなかったので助かった。
 ……そこに、どこからかレイラとコルティが現れる。
「……シャリオ」
「お前たち……」
 すごく気まずそうに視線を交わしたライナーの従者三名。
 そして、姉妹はその気まずい顔のまま俺を見て……レイラがコホンと咳払い。
「その……あくまで私たちはライナー様の竜であり、決してそこを違えるつもりはありません。それを理解したうえで聞いて欲しいことがあるのですが」
 なんで赤面してるんだレイラ。
 ……と、思ったらコルティも赤面してるな。
 何か恥ずかしいことでも言おうとしているのか。

「コルティと私を、あなたの雌奴隷の列に加えていただけますか」
「……うぅ」

 ……時間が止まる。
 何。何でそうなるの。
 多分こっち側全員が同じような顔で戦慄していたと思う。
 二十秒ぐらいしてディアーネさんが俺に顔を向けた。ちょっと強張っている。
「アンディ。……何をやった?」
「説明しましたよね!?」
 俺は前回のことは全部説明したぞ。したはずだぞ。

(続く)

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