ベアトリスは能力的には単なる戦士なので、今後無理にカールウィン再建計画に参画させてもそんなに大きな役割はない。ぶっちゃけて言えば「元勇者」という肩書きを使った旗印として、新しい政治の場にいた方がいい、みたいなものだった。
そこが抜けた分を俺の発言力とクリスタル・パレスのドラゴンたちというカードで補うのはそう難しいことじゃない。
しかし、ネイアは違う。知識量にしろ各国の権力者と顔を繋いだ実績にしろ、カールウィンから完全に手を引かせることはできない。
「正直、ネイアが君といい仲になっているというのは感じていたし、それに関しては大きな驚きはないのだが」
デューク国王代理は額を押さえて溜め息をついた。
「雌奴隷か……」
「……なんかその、すみません」
「外の文化というのは難解だな……いや、男として夢のある話だというのは理解した。私も妻として誰か女性を傍に置けということはセレスタ官僚からも言われているし、まだまだ欲はあるつもりだ。そういうものを実現したくなる気持ちは理解しないわけでもないが」
「……なんかその、すみません」
「しかし……あのベアトリスが君の雌奴隷に……ううむ」
「……ほんとすみません」
ひたすら謝るしかない俺。
ほんともう、ベアトリスに関しては軽い気持ちの悪戯から手遅れになるまで染めてしまったことは言い訳ができない。
でも染めた後で「そんなつもりじゃなかった」って放り出すのは染まった本人としては殺生過ぎる話だしな。そういう流れにだけはできない。今更他の男にベアトリスが懐くのなんて見たくないし。
「……こう言うのは何だが、ベアトリスでなくとも他にいくらでもいい女はいると思うんだがな。君の連れているあのシルバードラゴンの娘、彼女なんかベアトリスの何十倍も美人だろうに」
「ええまあ……ドラゴンと比べるのはちょっとあれですけど、ベアトリスも可愛いですよ」
「……不似合いだと思うのだがな」
「まだまだ磨けば光るもんです。それに俺、手を付けた子は基本的に人に渡したくなくなるタチなんで」
「…………」
デューク国王代理は腕組みをして、それからブライアンの定位置である玉座の横の空間を困った顔で見つめる。
そこにブライアンはいない。混乱が過ぎたのか、顔色が変な色になってやばい感じの汗をかき始めたのでディアーネさんが連行して休ませたのだった。
「ブライアンが不憫だと思わんかね」
「……一応、本人の意思によるものなんで……俺の方からすげなくするわけにも」
「……ふぅむ。……君はドラゴン使いだ。納得するしかないのだろうが……考えようによっては、閉じた文化で生きてきたベアトリスにとっても幸せなのかもしれんがな。しかしネイアまではお役御免とはいかんよ」
「はい。わかっています」
ネイアが進み出る。
「ディアーネ百人長に代わって、この地でしっかりと務めを……」
「そうではない」
デューク国王代理は手で制した。
「事務仕事については、我々は人手が足りぬという話ではないんだ。国家再建については我々は戦力に数えられていない……むしろ、王にはどういう仕事が必要になるのかを各国の官僚から教え込まれているだけと言っていい。彼らにとっては遠く遠く故郷を離れた辺境の痩せた地、長居はしたくない。ゆくゆくは我々だけで回せるようにするためだろう」
「はい」
「お前はトロットから提案されている、カールウィン国民の新天地……そこにおける調整と監視役としての実務を今後やってもらうことになる」
国王代理は肘掛けに肘を乗せ、指を組む。
「そこにおける市長はスターナがやることに決まっている」
「スターナ姫ですか。……彼女は今、どうなって?」
「これまた向こうから派遣されてきた連中に仕込み直されているよ。思い上がった無能が美貌だけで政治家ヅラができるとは思うな……と、特に厳しくね。たかだか三万の小国の姫君など、外では大国でもないレンファンガスに比べてさえ、鼻で笑われる小ささだ。田舎の小金持ち如きがどうかしましたか、と鼻で笑われる毎日は、罪人扱いよりもよほど堪えているようだが」
「それでも、長の血統は国民にとっては大切と」
「ああ。だが、やはり彼女は信用ならん。その目付け役はどうしても必要だ。……ハーマンがもう少し視野が広ければ奴に任せるのだが、今はお前が最適任だ」
「リチャードは?」
「行方不明だ。ハーマンと同じく外に出したら、さっさと消えたらしい」
「……はぁ」
ネイアは溜め息をつき、ベアトリスは「どういうこと?」という顔をする。
閃光騎リチャード。ネイアの後継であるところの勇者くん。
だが、見た目は爽やかだったものの、ヘタレな行動や職人村での横柄な噂を聞けば、あまりいい印象はない。
その彼が外に出されてさっさと消えたとなると……うーん。まあ、よく言えば機を見るに敏だったと言うべきか。
カールウィン再建にこれから何十年かかるかわからない以上、そんな地味に仕事に人生を捧げたくないと思うのも無理はない。
カールウィン語は若干の訛りという範囲でヴァレリー語圏で通じるし、元勇者となれば剣の腕で生きていくこともできる。飛び出して新天地を求めてしまっても仕方ないところか。
「私がやるしかなさそうですね」
「ああ。何よりお前は先の戦いで中心人物だった。各国からの覚えもいい。いざとなれば剣を抜かずとも、私などよりよほど大きな力を発揮できるだろう。スターナの監視役としては適任だ」
「……わかりました。お受けいたします」
定期的にカールウィンに戻り、デューク国王代理や次期国王ブライアンと連絡する必要はあるが、それはうちの三頭や、シルバードラゴンがつけばいい。
それによる機動性もネイアの適任の理由か。まあ、後付けだけど。
ディアーネさんはだいぶ早いうちに仕事の引継ぎ準備も終え、あとは帰るだけの状態で待っていてくれたらしい。
「他に寄る場所はあるか」
「一応、クリスタル・パレスに話をしに行くのと、それから……」
あ。
そういえばレイラとコルティの姉妹もなんとかしておかないといけないな。頃合いとしてはもう一ヶ月は経つし。
「……ライナーのドラゴンたちの説得を」
「無駄だと思うがな」
ディアーネさんは首を振りながら馬車に乗り込む。
「ライラもドライだったけど、やっぱりディアーネさんもそう思いますか」
「ドライなんじゃない。この上もなくウェットな話だ。……お前が誰かに殺されたとして、私やライラが他の男に降ることができるか……という、な」
「…………」
そう言われると確かに……俺の願望もあるんだけど、やっぱりディアーネさんたちは絶対に相手を許さないし、降ることもないだろう。
でもライナーはあんな奴で、レイラなんかは結局、あいつを理解できずに従っていた時期が大半だったわけで……うーん。でもドラゴンの価値観はそういう時間の短さを問題にしないようだし……。
「……やっぱり死なせるしかない……っていうのは、シルバードラゴンたちにも何度も言われてるんですけど。でもなんとかならないかな……」
「彼女らの気持ちを斟酌すれば難しいだろう。クリスタル・パレスの連中にも決して納得はされまい」
「…………」
「我々はライナーを殺した。奴を生きたまま更生させるという形にできたのなら、話は違ったかもしれん。だが、それは論外だ。……取り返しはつかないだろう」
「そうなのかな……」
「死にたいように死なせてやる。それもまた、人の道だ。美しく殉じようとする者に、己を曲げて醜く生き続けることを選ばせるのは、最悪の趣味だと思わないか」
「……だとしても」
俺は、歯を強く噛みしめる。
「俺がそういう傲慢な悪趣味のドラゴンライダーだといわれるとしても……黙って放っておくことはできないですよ」
「……そうか」
ディアーネさんはそれを聞いて嫌な顔をするかと思ったが、しかし小さく微笑んでいた。
「……お前はそういう男だったな」
「…………」
「道理に合うか否かではない。そうしたいと思うからそうする。……そうして、ルールを踏み越えて誰かを助け続けてきたんだったな」
ディアーネさんは俺の目をじっと見た。
それは、新しいことを始めようという気持ちの篭もった涼やかな眼差しだった。
「わかった。もう何も言わん。……お前ができると信じるなら、それに協力しよう」
「……すみません」
「何を謝ることがある?」
……ええと。
こんなにディアーネさんは俺を信じ続けてくれているというのに。
「……実は黙っていたことがありまして」
「?」
…………かくかくしかじか、と。
「ミラたち三人にノール姉上、ついでにコスモスさんまで、ついにポルカに連れ込んだか……」
ディアーネさんはさすがに額を押さえた。
「コスモスさんは予想外だった」
「俺も予想外でした。……っていうか他の四人は」
「ノール姉上も少し予想外だった。あくまで自分のペースで旅をする人だと思っていたが」
「……ミラさんたちは?」
「言われたら納得する。チンポを知ったら弱そうだ」
そういう扱いでいいんですかあの三姉妹。
(続く)
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