身軽な出発をするからには、行きも帰りも時間はかけたくない。
客を呼んでおいてあんまり長く空けると無責任に思われてしまうものな。
今回もいつものように馬車に乗って出発……といこうと思ったら、飛行用の馬車の置き場所ではエルモたち青の氏族の大工が何やら新しいものを建造し始めていた。
……なんだこれ。
「何作ってるんだ?」
「おお、あんたか。白のアイリーナ様に頼まれてな」
エルモは作業台のひとつに広げてあった図面……というか、ちょっとした絵を示して見せてくれる。
アイリーナの手で描かれたのだろう。意外にしっかりとした筆致のペン画で、変な形の小屋のようなものが描かれていた。
「馬車に代わるドラゴン運搬用の輿みたいなものを試作してくれ、って言われたんだ。アイディアを家師仲間と出し合って、昨日材木が届いたところでさ」
「……つ、作ってくれることになったんだ」
「あくまでまだ『作ってみる』って感じだけどさ。空飛ぶ輿なんて作ったことはさすがにないから、まだ自信をもって人に乗ってくれとは言えないんだ。でもミスティ・パレスのドラゴンたちも耐久試験に協力してくれるって話だから、とにかく作ってみよう、ってな」
「ありがたい……」
「お、おいおい。あんたが使うってのはわかってることだが、そんな恐縮するなよ。あくまで白からの依頼ってことになってるし、報酬もちゃんとアイリーナ様から出ることになってるから、ちゃんとした仕事だ。それに見ての通り、まだ形にもなってないし」
「ゆ、ゆっくりやってくれ。当面は馬車でなんとかなるから」
彼らの作業を横目に出発するのは、なんとなく急かしているようで気が引けるが……まあ、気を使ってどうなるものでもないか。
しかしアイリーナは妙なところで手回しがいいな。
いや、あいつはいつも手回しはいい方か。でも結局は今の馬車で足りないというのは「空飛ぶヤリ部屋」という構想につながるわけで、そういうところだけ行動が速いのはどうも後ろめたいというのは気にし過ぎか。
エルモたちは「もっと移動中のセックスがしやすい乗り物を」なんていう意図はまさか察してないよな。そんなことをアイリーナはあけすけに伝えてるはずはないしな。
……でも、なんだか楽しそうに作業してる彼らの笑みがなんだか察したニヤニヤに思えて居心地が悪い。
「ねえ、早く行こうよ」
「もしかして、あちらが出来上がるまで待つんですか?」
ベアトリスとネイアが袖を引いてくる。
「いや、普通の馬車でいくって」
エルモたちは俺の視線に気づいて軽く手を上げ、行ってらっしゃい、という感じの仕草をしてくる。
ベアトリスとネイアは、彼らの目にはどう見えてるんだろうか。今から馬車に乗った途端俺とくんずほぐれつセックス三昧するんだろう、なんて見抜かれてるんだろうか。
気にしすぎかな。
「あいつらにお前たちってどういう感じで見られてるんだろう……やっぱり『雌奴隷だから飛び立った途端素っ裸になって交尾してんじゃないか』みたいに思われてるのかな、って少し思ってさ」
直接二人にそう言ってみる。
二人はそれぞれに少し赤くなった。
「……ま、まあ。雌奴隷だからそういうのが当然……なんじゃない?」
「改めて……そういう風に気にすると、気恥ずかしいです……ね」
雌奴隷らしい扱いの想像に対して、赤くなりつつも「当たり前だから気にしない」という立場のコメントをするベアトリスと、気にする立場を取りながらも軽いコメントに留めるネイア。
どちらが雌奴隷として重度の状態なのかはちょっと判断が分かれるところだ。
……いやまあ、馬車に乗ったら当然のように二人とも脱がしちゃったんですけどね。カールウィンまでは暇だし。
エマが空の馬車を運び、マイアが俺とベアトリス、ネイアを入れた馬車を掴んで、午後から飛んで翌日の夕方にカールウィンに着く。
俺たちはセックスしたり寝落ちしたりセックスしたり食事したりセックスしたりを馬車の中でずっと繰り返していた(誰も見ているわけではないので結局大半の時間は三人とも裸だった)だけだったが、その間ずっと飛びっぱなしでも何も問題ないのは改めてドラゴンの体力に感服する。
それはそれとして、ネイアもベアトリスも取り繕う系の魔法を使えなかったので、カールウィンに着いてまずディアーネさんが出迎えてくれたものの、匂いに少し顔をしかめた。
「……飛んでいる間は暇なのはわかるが、イカ臭いぞ」
「……すみません」
「少し待て。デューク殿やブライアンにそのまま会ってはさすがに酷い」
しばらくぶりの再会早々、俺たちの淫臭を誤魔化す魔法をせっせと施すディアーネさん。
なんというかその……ごめんなさい。
「……結局ベアトリスもすっかりこの状態か」
「何よ」
「いや。予想はできたことだが、アンディは本当にじゃじゃ馬馴らしが上手いなと思ってな」
ディアーネさんは淫臭まみれのベアトリスの匂いを消しながら苦笑する。
「私のいない間に、また何人も増えているかもしれないな」
「…………」
「……増やしたのか?」
「その……まあ、候補者というか……ポルカに連れてったことは事実で」
「……まあセレンが怒っていないならいいんだが。女を増やし過ぎるとお前自身が好きな仕事をしている時間が無くなるんだぞ?」
デイアーネさんは腕組みをして溜め息をつく。
ほんとごめんなさい。いや、謝るような話でもない気はするんだけど。
「久しぶりだベアトリス、それにネイア。……二人とも一段と綺麗になった」
ブライアンが本心からという感じでそう言う。
謁見の間。
デューク神官長……国王代理が玉座に座り、ブライアンがその隣に立っていた。二人は国王と宰相という感じの立場にまだ慣れないようだったが、ディアーネさんや各国官僚の指導で二人にはしっかりそれを演じさせているらしい。
ゆくゆくは二人の立ち位置は逆になる予定だという。あくまでデューク神官長は国王「代理」という立場を崩す気はなく、ブライアンの覚悟が固まり次第戴冠させる気なのだとか。
王様らしい威厳あると思うんだけどなあ。デューク神官長。
それはともかく、ブライアンが二人を見て「綺麗になった」というのは決して「セックスを知って女として一皮むけた」みたいな下世話な意味ではなく、ポルカで一段と磨かれた、というのが大きいだろう。
帽子を手放したおかげで、ネイアからはボーイッシュ感が抜けて女らしさが際立つようになったが、正直、ベアトリスの変化は目覚ましい。
ここにいた頃も一応は勇者として下にも置かない扱いだったとはいえ、女としての自覚を持たない粗野な戦士娘だったベアトリスは、風体としては田舎の荒れた浮浪児としか言いようがなかった。
それがポルカでの生活を経て、一気に貴族もかくやという清潔感に変わったのだ。実際のところ、ポルカほど入浴文化が盛んな街は滅多になく、そこでしばらく生活することによって古傷や肌荒れのケアは元より、ばさばさに暴れ放題だった髪が櫛を通しても抵抗がないほどにしなやかに美しくなったのは、女性的魅力としてはだいぶ大きい。
リンダさんも言ってたらしいけど、やっぱり女は髪が命っていうのは実感だよね。やっぱり髪が手ぬかりなく整っているというだけで、暴れん坊娘も女性として意識せざるを得なくなる。
もちろん、それに加えて食料豊富なポルカ暮らしで栄養状態もだいぶよくなり、全身に女性的丸みが出てきたこともある。
今が太っているというほどではないのだけど、元々のベアトリスは痩せ犬って感じの印象だったからなぁ。態度の影響もあるけど。
「ポルカはいいところよ。ブライアンも一度来てみたら?」
少し得意げにベアトリスが言う。
だがブライアンは苦笑気味に答えた。
「まだまだ勉強中でね。モノになるまでは外には恥ずかしくて出られないよ。色々教わって、無知を実感させられている」
「まるで私たちが恥ずかしい奴みたいじゃない」
「こういうのも何だけど、結構色々と恥ずかしい思いはしたんじゃないか?」
「……やなやつ」
ベアトリスが口をとがらせると、ブライアンとデューク国王代理は笑う。
「外の世界は楽しかったか。……それでベアトリス。お前は今、カールウィンではネイア以外で一番外を知っていることになる。カールウィンにはそういう見識を持つ者が就くべき役職がたくさんある。まだ15歳、今まで剣を振るばかりだったお前には酷かもしれないが、故郷のために城での働きを……」
「あ、それはちょっと無理かな」
「……ベアトリス。少し考えてくれ。一応、この話は国王代理としての……国家の正式な要請としての話なのだ」
軽い調子で城勤めを拒否してしまったベアトリスに、デューク国王代理は困惑する。
が、ベアトリスは首を振る。
「ごめん。……もう雌奴隷になっちゃった」
「…………」
空気が止まった。
30秒ぐらい、デューク国王代理もブライアンも微動だにしなかった。
そして、申し合わせたように二人で同じようにベアトリスと俺を混乱したように指差して「あ、あ、えっ……うん?」などと不明瞭な声を発して互いに目を見合わせ、混乱する。
俺の後ろに控えていたディアーネさんは溜め息をついた。
「やっぱりこうなったか……」
「…………」
なるよね。なんとなくは俺も予想はしてたけど。
「どうするんだアンディ」
「……ええと、まあ……ベアトリスも乗り気になっちゃったんでウチで雌奴隷として預かりますということで……」
「乗り気って!」
ブライアンがようやく意味のある言葉を口にする。
「雌奴隷って……ええとつまり、その、ベアトリスを……子作り専用の家畜みたいに扱うってことか!?」
「……端的に言うと」
「いくら君でもやっていいことと悪いことはあるだろう! だいたいベアトリスは勇者だぞ!?」
「……あの、私も実はもう雌奴隷に……」
おずおずとネイアが頬を染めつつ申告する。
二人は口を開けてまた停止する。
……視線がグググググ、とネジで動かすようにこっちに向く。
「…………おいっ!?」
「君はカールウィンをどうしたいんだね!?」
「ええと……」
どうしよう。なんと言って切り抜ければ。
……などと思っていたら、ディアーネさんがとりなしてくれる。
「誰もが生き方を選び、好きな相手と子を作り、愛情をもって営む。そんな外の『当たり前の自由』を実現するのがこの国の当座の目標だろう。なのに彼女たちにそれを許さないというのはどういうことだ」
「しかし奴隷っていうのは……子作りのための家畜同然にされるのは、自由っていう範疇なのか!?」
元々国民全体が奴隷みたいなものだったが、それゆえに奴隷という言葉がカールウィンになく、ただ酷い言葉という知識だけはあるブライアンが頑張って反論を試みる。
「…………」
ディアーネさんは少し悩んだ。
が、ベアトリスは胸を張った。
「こいつとたくさんセックスしたいんだからしょうがないじゃない!」
「…………」
堂々としすぎてブライアンはかけるべき言葉を見失った。
そもそもカールウィンはセックスというものを貧相な文化にしすぎたせいで、逆にこういう変態欲求に対して適切な説教ができる道徳を構築できていない。
セックス、子作りとは人生の一定時期において強制的にやらされるだけのものであり、特定の相手と幸せに営むわけでもないし、まして子供は強制的に保育施設預かりにされ、自分はその後どうなろうと知らない、というのがカールウィン流だ。
一生そのために縛られるというのがもちろん非道というのは定義できても、ベアトリスのようにオープンに性欲を表明し、俺にめくるめくそれを求めるという行動について、何をどう間違いと指摘すればいいのか。
外界との常識の差と俺たちの非常識世界への遠さ、二段階のギャップでブライアンは絶望的な顔をしていた。
そしてデューク国王代理は途方に暮れた顔で言う。
「……百歩譲っても、ベアトリスをそちらに譲ったら我々はどうしたらよいのか」
「その分は埋められるよう、アンディが周囲との折衝をさせてもらう。それでいいだろう。ドラゴンパレスとの折り合いをつけ、トロットへの移民の件も責任をもって動かさせてもらう。それでベアトリス一人分の働きの代わりにはなるはずだ」
「ディアーネさん」
「お前はあれだけの戦いをした。もう一人くらい戦利品に貰ってもいい」
……俺の中ではライナーとの戦いはもう結構昔のことになりかけてるんだけど、ここに詰めっ放しのディアーネさんにしてみればまだ直近なんだよなあ、と今更思う。
しかしベアトリスは戦利品。
戦利品かぁ。
「……ハーマンを手元に残せばよかったな、ブライアン」
「……いえ、ええと、そういう問題では……」
「諦めるしかあるまいよ。当のベアトリスがあれでは」
ベアトリスはぎゅっと俺の片腕にしがみつき、ブライアンたちに舌を出していた。
……ブライアン、可愛がってたよねベアトリスのこと。
ごめん。いや、本当今更だけど。
(続く)
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