健全なご家庭の夕食には少し遅い時間になってしまった。
飲食業を始めとする商売が盛んな都会にいると忘れがちだが、田舎では基本的に暗くなったら子供は寝る時間だ。
つまり日暮れにはみんな仕事を終え、暗くなると同時に夕食の合図。そして母親は子供たちを寝かしつけ、男たちは酒を飲む時間。気軽に魔法も使えない人間族は、夜更かしは燃料代の無駄使いにも繋がるのだった。
で、すっかり暗くなるまで楽しんでしまった俺は、夕食は酒ついで、となるしかない。
となると、向かう先はオナニーブラザーズとの待ち合わせでもある。
「一旦馬車に戻ってエロ絵巻取ってこないと」
「私が取って参りましょうか」
「いや自分で行く。っていうかエマはみんなを酒場に連れてってあげて」
エロ絵巻はオナニーブラザーズから俺が受けたおつかいだ。それにエロ絵巻を女の子に持ち運ばせるのはいろんな意味で気まずい。
「馬車の着陸地点まで距離もありますし、主様がみなさんをゆっくり引率した方がいいと思うのですが……」
「繊細な男心に触れる問題だから好きにさせてお願い」
ある程度の規範意識や羞恥心は持っているとはいえ、なんだかんだでエマも女の子としては若干ズレてるところあるよな。ドラゴンらしいというか。
馬車に搭載されていた荷物は、そんなに急いで積み下ろす必要もないだろう、ということで大半乗せたままになっていた。盗む奴もいないだろう、というか、盗んでもポルカにはドラゴンがうようよいるので、彼女らにかかればだいたいわかってしまう。匂いとかで。
でもまあ、ホームに帰ってきた安心感でちょっと気を抜きすぎてるかもな。誰かに魔が差してからでは互いに不幸なことになる。
「マイア!」
真っ暗な中で苦労してエロ絵巻を探し出してから、マイアを呼び出す。ポルカのどこかにいればすぐ来るはずだ。
……と、一分くらいですっ飛んできた。
「呼んだ?」
「馬車をうちの……スマイソン家の庭まで運んでほしいんだ。……それ食べてからでいいから」
どこで食べていたのか、でかい骨つき肉を片手に持ったままだった。
「すぐ食べる」
ドラゴン体にでもなって一気に食べようとしたのか、肉を片手にビシッとポーズを取ろうとしたので制止。
「いや急がなくていい。うまいもんを早食いするのはもったいない」
「……ちょっと急いで食べる」
「そうそう」
御者台に一緒に座って頭を撫でながら食べさせる。
クールな容貌の少女が骨付き肉を一生懸命食べる姿はなんとなくミスマッチで、ちょっと癒される。
で、マイアの翼で馬車を運んでもらい(俺も馬車に乗り込んで一緒に運んでもらった)、それから酒場へ。
すると酒場の前の道に明かりが設えられ、簡易式のテーブルや椅子も出されて青空酒場の様相を呈していた。
「……何、なんかあったの?」
「いやいや。お前が連れてきたんだろ、あの人」
酒場のマスターに尋ねると、ダンディな口ひげを整えながらマスターがコスモスさんを指差す。
コスモスさんは……なんだかヒラヒラした羽衣的な装飾の服を着て、楽しそうにおっさん方とお喋りをしていた。
「何やってんですかコスモスさん」
「堂々と娼婦って言って回ってたら怒られちゃったんで、お座敷芸の方でご挨拶してまーす♪」
「お座敷芸って……」
「即興ダンス♪」
「ノールさんも来てるのにまた強心臓な」
「うふふ。だってあの子が来たら盛り上がりそうでしょ?」
どうやら、ノールさんが対抗意識を燃やして踊り始めるのまで見越してダンスナイトの流れを作ったらしい。
明らかに前座にされそうなのに肝が太いというか懐が深いというか。
「それに私も結構自信あるんですよー。これでも人生経験多いし♪」
くるりっと回転してポーズを決めるコスモスさん。おっさんたちから口笛と拍手。
全体的な布面積は多いながら、胸をことさら強調した衣装は、彼女の弾む動きにアクセントをもたらしている。小柄でありながらも胸の存在感の強いコスモスさんは、自然とそこに集まる視線にむしろ誇らしげ。
「それではもう一曲。ランツ君ゴート君、お願いー♪」
「はっ。お任せを」
「やるぜ相棒」
何故か青空酒場の隅っこには手叩きの太鼓を前にしたゴートと、短杖につけた鈴を構えたランツ。
こっちではセレスタのダンス音楽なんて誰も知らないために演奏できないが、それを知る数少ないセレスタ人であるこいつらはあんまり音楽に造詣が深くない。そのため、メロディーのないリズム楽器でお茶を濁しているらしい。
『ハッ!』
二人で声を合わせ、パカポコと情熱的に太鼓を叩くゴートと、頭を前後に振りながらシャンシャン鈴を鳴らすランツ。
耳だけで聞くと適当な演奏にしか聞こえない(一応ゴートの太鼓はちゃんとテンポ取ってる)が、こいつらの演奏はそれはそれで見てて面白い。が、もちろん観客のおっさんたちは男の方なんか見ていない。
コスモスさんが羽衣を翻して楽しそうに踊る。石畳だというのに前宙バック宙に側転逆立ち、かなり大胆なアクションが見ごたえがある。
そしてもちろん下は煽情的なスリットスカートなので、翻れば下着が見えておっさんたち拳を握って大興奮。
こりゃゴートたちの熱演もシカトされるわけだ。
「マスター、ギターない? 俺も演奏したい」
「教会にでも行けばあるだろうが、ウチにはないよ。普段こんなことしない酒場だからな」
加勢しようと思ったが、さすがにそんなのは用意されてないか。
そうこうしているうちにコスモスさんのダンスがビシッと終わり、やんややんやの喝采が起きる。
「どうでしたー? 興奮しちゃいました?」
「若干チラリがわざとらしかったかな」
俺が苦笑しながら感想を言うと、横からおっさんたちが食べかすの骨や果物の皮を投げてきた。
「こらアンディ! てめえなんてことを言いやがる!」
「芸術だろうが! 何がチラリだ不純な奴め!」
……あんたたちの中ではそういうピュアな代物なんですね、このダンス。
「まあ当然わざとなんですけどね♪」
唇に指をあててウィンクしながら梯子を外すコスモスさん。ずるりとコケるおっさんたち。
ですよねー。
で、温泉の方から到着して、コスモスさんのお膳立てに当然乗ってくるノールさん。
「あら、楽しそうな事してるじゃない」
「一緒にどうですかー♪」
「もちろん。いくら姉さんの親友だからって、私の領分でやらせっぱなしにはできないわ。ルキノ、行くわよ」
「私は無理ー……っていうかあんだけアンディ君にヤラれちゃってまだ踊れるの、ノール姉さん?」
ノールさんに誘われたルキノさんは、すぐにテーブルについてヘタレた。
そして俺に集まるおっさんたちの視線。
「おいアンディてめえ」
「あの中の誰と誰に手を付けやがったこのエロガキが!」
「往来! ここ往来だから控えろよおっさんたち!」
飛んでくる食べかすをその辺にあった皿で防御する俺。
その俺にしなだれかかっておっさんたちに流し目するノールさん。
「喧嘩しちゃ駄目よ。荒っぽいところでは踊れないわよ?」
「あっ、ああ」
「いやこれはその挨拶みたいなもんで」
おっさんたち弱っ。いやダークエルフ美人がこれからセクシーダンスしてくれるってのに意地張って潰すなんてできないだろうけどさ。
「まあ全員手を付けてましたけどね♪」
コスモスさんがさらりと言って結局俺はおっさんたちの殺意の視線に晒された。
「マスター助けて!」
「ひのふの……コスモスさん入れてご新規7人? お前ちゃんと後のこと考えてるのか?」
マスターは完全に呆れていた。俺も改めて言われるとかなりどうかと思うけど仕方なかったんだ。ほら流れってあるじゃん。
ちなみにエロ絵巻は渡しそびれました。だって結局二人ともずっと演奏しっぱなしで渡せる空気じゃなかったし。
翌日。
ばったりと道でヒルダさんと知らない人に出くわした。
「あっ、ヒルダさん。昨日は別れてから見かけなかったけどどこに……」
「スワローちゃんと一緒に温泉酒楽しんでたのよ☆ ねっ?」
「アタシはそれどころじゃなかったがねぇ」
「……えっ」
隣にいる人がレディ・スワローだと理解するのに数秒かかった。
体格が半分くらいになっている。
「えええっ!?」
「どういう理屈で減ってったのかわからないけど、みるみるうちにしぼんで気持ち悪いったらありゃしないよ。なんなんだいあの霊泉ってのは。逆に呪いかなんかじゃないのかい?」
「い、いやその……マジで?」
まだ普通のダークエルフに比べれば若干ぽっちゃり気味かな、という感じではあるものの、同じ恰好をしているのに同一人物とは思えない。元々それくらい太っていたのだ。多分100キロは余裕で超えるくらいに。
「本来はそれがスワローちゃんの健康体なのよ。まだ治療途中だけどね☆」
「吐いたり出したりして物理的に減るような療治を覚悟してたんだけど、風呂に浸かってるだけでどんどん体が細くなってったのは本当に気持ち悪かったよ……アタシのなんかが湯に溶けて出たのかね」
「吐瀉や便で体重減らすって自然に見えるけどすごい不健康よ? ヒトの消化器官内にそんな何十キロも内容物あるわけないじゃない」
「だからってこの痩せ方はないだろうさ。おかしいじゃないか」
「奇跡の霊泉の作用は先端医術を凌駕するのよ☆ 思ったより早く健康体になれそうでいい感じじゃない」
「下着が全部役に立たなくなっちまったよ……」
呆然としている俺にヒルダさんは手を振り、レディと一緒に温泉への道を歩いていく。
俺は反射的に手を上げ、グーパーして送り出すしかなかった。
……霊泉じゃ痩せない、ってジャッキーさんちの嫁さん言ってたらしいけど、あくまで健康体の範囲までなら痩せるんだな。あんな勢いで。
さすがにびっくりだ。
(続く)
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