「どうでしょうか」
「おお。いいじゃんいいじゃん。ラフな感じも似合うぞ、エマ」
「だらしなく着ているつもりはないのですが……」
「そうじゃなくて、なんというか……今まではお姫様が護衛してた感じだけど、ちゃんと女戦士っぽい感じというかさ」
「よくわかりませんが……気に入っていただけたのなら」
エマが古着屋で整えた服は、ガラティアの普段着と変わらないタイプの貫頭衣だったものの、エマの几帳面な着こなしと生来の涼やかで凛々しい雰囲気、そして銀の髪に映えるように鮮やかな青や緑をあしらったコーディネートで、今までのクリスタル・パレス謹製の民族衣装に比べて世慣れた感じを出しつつも、少女らしい瑞々しさと海洋国家らしい躍動感を感じさせる。
相変わらずドラゴンゆえの気品と覇気で、少し高貴過ぎる印象はあるが、それも許容範囲内だ。
「何着ても似会っちまうというか、服が格負けしちまうというか……ある意味嬉しくてある意味怖いお客だねぇ、着物屋としては」
古着屋のオバちゃんはそう言って褒める。
「こんな奴隷、どうやって手に入れたのか知らないけど二度と出会えるものじゃないよ。大事にしなさいよ?」
「そりゃもう」
結局「奴隷」ということで話が噛み合ったまま押し通したので、誤解を解かずに放っておく。雌奴隷(予定)ではあるけど、オバちゃんの考えてるのとはちょっと違うんです。違わないけど違うんです。
「……末永く大事にしていただけるよう、粉骨砕身ご奉仕いたします」
エマもエマでふんわりした誤解の中、わかっているのかいないのか、頬を染めてそんなことを宣言する。
夕食はファラールの酒場で豪勢に。
というか、うちのみんなで酒場に入っただけでちょっとザワッとして、席を取ったら次々と下心を感じる男たちが端っこ座りのフェンネルやネイアに酒をおごりにかかっている。こっちでは珍しい色白美女ばかりなので目立つらしい。
「あ、あの、困ります」
「私あまりお酒は……」
フェンネルもネイアもあまり呑む方ではない。どちらも呑めないというわけではなさそうなのだが、身内だけの時など、よほど安心できる時でないと酔うほどには飲まない。警戒心が強いんだろう。
いや、いつもディアーネさんやライラ任せにしてる俺が警戒心弱すぎるだけなんだろうけど。
「全くもって男というのは度し難いの。こうも質の高い女が集まっておれば何ぞ勘づきそうなものじゃが」
「何をだよ。ただの別嬪集団が無防備に出てきただけにしか見えないだろ」
「一人二人ならそれでよかろうが、十人以上もおれば、なにがしか故あっての集団と思うじゃろうに。何も考えず無防備なはずもないということもな」
アイリーナがそう言って酒を口にし、店主を慌てさせた。子供が呑んでいると思ったらしい。
「お、おいおい、ガキがそんな酒呑んじゃいけねぇよ。死ぬぜ」
「死なんわ。わらわをいくつじゃと思うておる」
「……十か十一?」
「せめて二つくらい足さんか! いやそもそもわらわは154じゃ!」
大陸よりも幼く見積もられている。肌がきれいすぎるせいか。
どこ生まれだって子供はもちもち肌だし、歳を食えば荒れる。潮風と陽光で荒れがちな気候のここなら、エルフな上に銀やポルカの霊泉で磨いたアイリーナの肌はまさに子供ならではの輝きということか。
「冗談。エルフは大人になるまでは人間と同じように歳食うんだろ? いくらここらに少ないったってそれくらいは知ってるぜ」
「わらわのように育ち切らんで止まる者もおるんじゃ! 人にも背の低い者はおろうに!」
「そうは言ったってな……」
「こ、この方はしっかり成人していますよ。私の三倍年上です」
ナンパ男を振り切ったフェンネルが弁護する。
そしてアイリーナと店主が同時に困った顔。
「事実じゃが具体的に三倍と言われると微妙な気分になるのう……」
「こんな娘さんでも俺より年上ってことかい……」
店主は四十歳をちょっと越えたかな、という感じ。例によって海辺暮らしの肌荒れの分、ちょっと年嵩に見えている可能性もある。
……やっぱりフェンネルがうちのお袋と同年代っていうのは、少し信じがたい気分にはなる。アイリーナとかナリスみたいに百歳超えるとそんなもんかと思えてくるのだけど。
「ちなみにこの中で一番はそこのダークエルフじゃぞ」
ライラがちゃっかりフェンネル目当てのナンパ男を奪っておごらせた酒を飲みながら、ヒルダさんを指さす。
ヒルダさんはアンゼロスたちと歓談していたのだが、ライラの指摘にピクッと片耳を向ける。
……あ、あんなふうにも動くんだ。見事にライラを指すように片耳だけ動いたぞ。
「……らーいーらーちゃーん?」
「トシを言ったわけでもないのに過剰反応するでない」
「もーっ! そういう話題はすぐに打ち切るのがマナーでしょ! 失礼しちゃう!」
「我もまだ歳で怒る女の気分が分からぬでのう」
背の高いライラの肩をぼかぼか叩くヒルダさん。ライラはさすがで、叩かれながらも杯から酒一滴こぼしていない。
「具体的な数字は聞かない方がいいんだろうな」
「……480歳だけど」
「言っちゃうのかよ」
「過剰な想像されるのも癪だもの☆」
店主はいよいよ呆れ顔。
「……無礼ついでに聞いていいかい。お宅ら何なんだね。どうもただの旅人って感じでもなさそうだが、配慮が必要なら常連どもに注意するぜ」
「んー、ただのっていうと語弊はあるかもしれないけど、別にお大尽一行ってわけでもないから気にはしなくていいんじゃないかしら。……あの子たちとかエースナイト持ちだし、自分たちの身は守れるわよ☆」
「そうかい。……ってエースナイトかよ。セレスタ海軍か?」
「海軍じゃないわねえ。っていうかセレスタでは、たとえ軍を不名誉除隊してもエースナイト称号は剥奪されないのよ? 一度取ったら一生エースナイトなんだから☆」
「海軍でもねえのにセレスタのツワモノが何でこんなとこに……いや、込み入ったことか。いけねえな根掘り葉掘りは」
「ずいぶん私たちのプライバシーを尊重するのねえ」
「そういうのがファラールのルールなんだ。いや、生活の知恵とでも言うべきかな。……海の向こうにゃ何でもある。知らん事や筋合いのわからん事にいちいちどうのこうの言ってたらキリがねえ。言いたくねえ過去を海に捨てて渡ってきた奴だって珍しくもねえ。生きてる今が全て、過去は過去だ。突っ込まないのがいいもんさ」
「なるほどね。……どこもみんながそう割り切れば世の中平和になるのにねぇ」
「知らねえ奴の知らねえ事には関わらない方が賢いよなってだけで、ここで悪い事をしても明日にはチャラってわけじゃねえけどな」
「それはそうでしょうけど。余計なことを気にしてつついて喧嘩になったりしないなら、それだけで結構人ってうまく付き合えると思うのよね」
「かもな。俺たちはそうやってる側だから、やってねえ連中のことはわからねえが。……コップ空いてるが、お代わりは?」
「もらうわね。できればファラールらしいお酒がいいわ☆」
「あいよ。これなんかどうかね、『ロビンソンズ5』。いい出来の年だ」
「5っていうのは?」
「熟成年数。来年は6になるってわけだ。よそではあんまり数えんものかね」
「そうねえ。よほどのお金持ちでもないと長期熟成酒を指定で飲んだりはしないわねぇ」
「大陸は進んでるのか雑なのかわかんねえな。ほいよ」
ヒルダさんは店主おすすめの酒を美味そうに呑む。いいなあ。俺も呑みたいけど左右に陣取ったベアトリスとガラティアの仲裁に忙しくて迂闊に酔っぱらえない。
「私、故郷、勇者!」
「何言ってるのかわかんないんだけど」
「うう〜……え、エースナイト、同じっ! 強い!」
なんと、今まで頑なにカールウィン語でしか喋らなかったベアトリスが、ガラティアに自分の方がすごいんだと訴えるために北西語を使って喋ろうと頑張っているのだ。
それ自体は応援すべきことなんだけど、結局喧嘩売ろうとしているのに変わりはないわけで、かといってサクッと訳したり黙らせるのももったいない。
結果ハラハラしながらも直接噛みつき合わないように真ん中に座っているしかない。
「私、強い、故郷、一番!」
「……何言ってるの?」
「私、上!」
「上」
「上!」
「……天井しかないけど」
「うーっ!」
ガラティアにしてみれば今まで変な言葉でしか喋っていなかった奴がカタコトで変なことを一生懸命訴え始めたわけで、反応に困っている。エッチ中はなんとなく動作で「こいつは何か邪魔したいらしい」とか察し合うところはあった(俺の反応で類推しあってたところもある)が、直接何かを言うのならちゃんとした文章で喋ってくれないと返事もしにくい。
そしてベアトリスが主張していることは、ちゃんと伝わったとしても元々反応に困る言い分でしかない。
「……も、もうっ! こいつにもこっちの言葉喋らせないと不公平だし! そう言ってよ!」
「いや、ベアトリス。お前が異物だから。ちゃんと喋らないと今後も不自由するぞ」
「うーっ!」
「さあ」
「……わ、私の、勇者が、エースナイトで、同じが、強いに、上へ!」
「…………ベアトリス」
潮でごわついた黒髪をぽふぽふ撫でる。
「ちゃんと勉強しよう」
「つ、伝わってない?」
「全然」
多分「私は勇者といってエースナイトと同じくらい強いのでお前より偉い!」って言いたいんだろうけど、やっぱりメチャクチャだった。
ガラティアはずっと怪訝そうな顔をしている。
というか、ガラティアにとってはカールウィン語は全くの異言語だが、ベアトリスはしばらく北西語圏で生活しているので、ガラティアの言うことは少しはわかるのだ。
しかし喋ろうとしていなかったので、いざとなると組み立てられない。
それがもどかしいのだろう。
「ちゃんとした言い回し教えてよ!」
「言った通りに繰り返すだけだとすぐ忘れるよ。今言いたいことは腹の内に収めて、もっと人の喋り方をよく覚えろ。自分で真似しながら意味を掴め。それでちゃんと喋れると思ったらまた言えばいいんだ」
「い、意地悪しないでよ!」
「もしお前の思い通りに言えたとしても、事実じゃないからな。俺の雌奴隷は強いからとか元が偉いからで序列が高くなったりはしない」
「う……」
「もっと別のことでガラティアと張り合うならいいぞ。エロのテクニックとか、料理とか裁縫とか。それで個人的に勝負して勝つのは禁止しない」
「そんなの……」
「できるわけないって言ってたらお前はできないままなんだ」
またベアトリスの頭を撫でる。
「ちゃんと自分で喋ろうとしたのは偉い。お前は今、二つの言葉を使おうとしてる。それはいいことだ。内容はともかくな。……お前はもっといろいろできる子だとみんな信じてる」
「……うう」
「俺だってお前の言葉喋ってるんだから、お前が俺たちの言葉を喋れないわけないだろ。俺はただの鍛冶屋の息子だ。お前は勇者なんだろう?」
「……そんな言い方、ズルい」
「料理も裁縫もだ。お前なら上手くなれるはずだ。ガラティアよりうまくやって、勝ってみろ」
勝ってもそれで雌奴隷として序列が上がるわけではやっぱりないけれど、本人同士が切磋琢磨するのはいいことだ。アンゼロスとオーロラのように高め合う関係は、本人たちにとっても有益だ。
ただ喧嘩を売るばかりじゃなく、そんな関係をガラティアと築いてくれたらいい……というのは、ちょっと気が早すぎるか。
でもベアトリスのライバルになれる相手って地味に少ないんだよなあ。ネイアはいろんな意味で相手にならないし、歳が近くて気質的に張り合いそうなテテスも、実際のところはガラティアを軽く弄べるくらいに実力差がある。魔法の腕や謀略といったベアトリスにない部分も多いし、ライバルというには差がありすぎる。
「ね、ねえ、なんの話してるの?」
ガラティアが俺の袖を引っ張る。俺は説明するわけにもいかずに笑ってごまかす。
「ベアトリスはこの前、自由になったばっかりなんだ」
「……何から?」
「いろいろ。……だから許してやってくれ」
「……い、いいけど」
「よしよし。お前はいい子だ」
「や、やめろよそういう父ちゃんみたいな感じ!」
……自分でもだいぶおっさんだな、と思った。「お兄さん」らしく振る舞いたかったけど、なんだかんだで父親が子供をなだめる感じに接してしまう。
年齢的には今までいなかった層でもないんだけど、ベアトリスもガラティアも子供っぽいんだよなあ。
そういう歳の相手に、自分がそれなりの歳の大人らしく接することを許容して、納得して、当たり前だと諦めて。
「……男ってこういう風に歳を取っていくのか」
ちょっと寂しくなる。おじさんという歳じゃないと思いたいんだけどなあ。
(続く)
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