ガラティアは俺や仲間たちがテオ船長の現状説明を受ける間、ずっと後ろをついて回ってきた。
 隠れてはいるが、テオ船長の手前仕方なくまとわりつくのを遠慮している……というだけなので、誰にもその存在は明らか。
 その適当な隠れっぷりが、かえってテオ船長の神経を逆なでしている。
「……おいガラティア。この男に犬コロみたいに懐くんじゃない」
「……ふんっ」
「ガラティア!」
「父ちゃんの方がそいつより弱いじゃん」
「ぐ……そ、それが何の関係がある」
「『海では強くない男に価値はない』とかいつも言ってるじゃん。なんで父ちゃんがそいつより偉そうにするんだよっ」
「親は別だ!」
「なんで」
「……別なのだ!」
 テオ船長が娘にすら劣勢に立たされている。
 それまで硬骨な海のリーダーであることで築いてきた威厳が、俺たちの介入以来日々崩壊中といったところか。
 なんかすごく申し訳ない。
 あと俺の方が立場は強いけど腕力ではマジで勝負にならないのでそういう煽りはやめて。テオ船長が思い余って直接力比べだ! とか言い出したら困る。
「ねえ、このもさもさ頭の猫獣人なんて言ってるの?」
 そして空気を読まないベアトリスは、どうもテオ船長が苦手……というより、気に食わないらしい。
 言葉は通じないながら、誰に対しても強面な彼の態度が、ベアトリスにとっては無意味に偉ぶった威圧感に思えているようだった。
 あと、ここまで猫獣人しか見たことがないんで獅子獣人との違いがわからないらしい。……実は俺もあまりよくわからない。
 とりあえずわかっているのは、多くは金髪で髪の量自体が多く、気質的に猫らしい適当さがなく、激しい性格が多い……というか、俺が今までに会ったサンプルが少ないせいで共通点をそこにしか見いだせないんだけど。
「獅子獣人だ獅子獣人。猫獣人とはちょっと違う種族らしい。間違えるとたまにすごく怒ったりするのもいるから気を付けろ」
「……どう見分ければいいの」
「雰囲気。だいたいこういう感じだから」
 俺がそう断言すると、ベアトリスは困惑した顔をする。
 見かねたアイリーナが助け舟を出した。
「一番わかりやすいのは尻尾じゃ。先っぽに毛が束になっている感じが獅子獣人の尻尾じゃな」
「へー……それだけ?」
「種族的には体のでき方も異なるな。脚力が偏って発達しがちな他の獣人に比べて、腕力も高くなる。人間族から見ると弱点がなくて怖いというのう」
「弱点がないってどういうこと?」
「エルフのように体が華奢というのでもなく、猫獣人のように勤勉さや腕力に難があるというわけでもなく……魔法適性まで人間より高いときておる。軍事的に見て付け入る隙が少ないのじゃ。せいぜい、全体的にプライドが高く攻撃的な性格が政治下手に転じやすいという程度か」
「……それだけ聞くとなんか人間より栄えてそうなんだけど、あんまり見ないよ」
「やはり性格の難が大きいのかのう。大陸の南には彼らだけの国があるそうじゃが、それだけに留まっておる詳しい経緯はわらわにもわからぬ」
 まあ、強いかどうかだけで言えば本当に人間の長所なんて微々たるものだ。
 それでも大陸の大半を人間国家が制しているわけだから、個人の性能というのはそんなに重要じゃないんだろう。
「それはともかく、アンタ、なんでこんなおっさんに吠えさせるままにしとくの? ドラゴンとかより弱いでしょ、こんなヤツ」
「他人の喋り方までどうのこうのする気はないっての。話してちゃんと協力してくれるならそれでいいし、ことあるごとにドラゴンで脅すなんて余計な反感買うだけだ」
「弱腰」
「俺はここを支配したいわけじゃないんだよ。弱腰でいいとこは弱腰でいいんだ」
 ベアトリスはあくまで腰を引かないテオ船長の態度が気に入らないようだったが、まあそもそも言葉がわからないのに色々いうこと自体ベアトリスもだいぶ困った子ではある。
「引き取った女たちは当面、薬を与えて落ち着かせている」
 テオ船長が「砦」のひとつに集めた無気力な女たちを見せながら言うと、ヒルダさんは憂鬱そうな顔をする。
「本当はお薬はすぐにでもやめさせた方がいいんだけどね……」
「奇跡の泉とやらで治るのなら問題はないだろうが」
「麻薬は脳や心だけじゃなくて、体にだってちゃんと負担はかかるのよ。生きてれば治ると言えば治るけど、薬のせいでいきなり頓死することだってあるわ」
「……しかし禁断症状で暴れ出した女を面倒見切れる奴などいない。俺たちの手ではそこまではできん」
「……うん。それはそう……なんだけどね。現実的対応しかないわよねえ……」
 ヒルダさんは溜め息をついた。
 ポルカに行けば治る。だから、それまで麻薬は使わせる。
 その単純かつ残酷な図式は、医者としては受け入れがたいのだろう。
「手元にモノがあれば、それほど麻薬というのが良い物か、となって、正常な者まで嗜み始めてしまう危険もあるからのう。できれば持つこと自体を忌避すべきじゃと思うが」
 治療に参加している白の氏族長として意見を言うアイリーナ。
 このあたりはもう馬車で移動中、揃って裸で乱痴気してた痴女奴隷という面影はない。
「ウチの船員にそんな馬鹿はいないと思うが」
「ほんの僅かなら平気、自分の意志があるなら平気……というのが、麻薬中毒の本来の入り方じゃ。特に遵法精神のない若い者に、その誘惑は絶ち難いぞ」
「……む、う」
「管理には細心の注意を払え、船長殿。これ以上スマイソン殿に借りを作りたくはないじゃろう」
 アイリーナは幼い顔に見合わない老獪な知性を見せ、強面一辺倒のテオ船長をたじろがせる。
 まあ船長にはそれが一番効くよね。俺にこれ以上腹見せなきゃいけなくなったら屈辱的過ぎるよね。

 で、一通りの事務的会話が終わると、俺たちはここからどうしようか、という話になる。
 まずはバウズを待つ。それはいいとして、ここで数日ゆっくりしてから戻るか、あるいはすぐに取って返すか、という選択肢。
「そんなに急いで帰るというほど切羽詰まってはいないんだよなあ」
「蒸し暑い上にムサい男ばかりの海賊の島に、そうまでして長居すべきかという問題もあるがのう」
 ライラの言う通り、ここは日陰でも汗だくにならずには過ごせないほど暑い。
 南の島でしかも夏なんだから当然と言えば当然だ。もっとも、汗一つかいていない当のライラ本人にとってはさしたる温度でもないみたいだけど。
 でも異国情緒の南の島々を観光するには、ここ拠点ってのは結構いいんだよな。
「少し遠出して泳ぐのもいいんじゃないかな。無人島の砂浜とか、このへんならたくさんあるんじゃない?」
 アンゼロスがそう提案する。
 泳ぐだけならセレスタ南岸とか国内の川でもいい気はするけど……でもこのあたりの海は、泳ぐという行動の意欲をなんとなく喚起するところはある。
 それに無人島なら女の子たちも安心して服を脱げるというのもあるし。
 いや俺が嬉しいという話じゃないよ? それもあるけど着衣水泳って疲れるじゃん?
「ね、ねぇっ!」
 そこに、ようやくという感じでガラティアが首を突っ込んだ。
 というか、テオ船長が未練がましくガラティアを見張っていたのだが、地味な親子喧嘩の末にようやく追っ払われたのだった。
「あの……アタシ、このあたりのいい無人島とか、面白い遺跡とかいろいろ知ってるし! 一緒に……」
「なんかアンタやだ。ついてこないでよ」
「!?」
 いきなりガラティアに先制攻撃するベアトリス。
 ……と言っても、ガラティアにはカールウィン語がわかるはずもなく、何言ってるのか理解できないと周囲に目で訴え、仕方なくネイアが訳を囁く。
 ガラティアは当然憤慨した。
「な、何なのこいつ。アンタに話してない」
 で、それを今度はベアトリスがわからんという顔をしたので、溜め息をついたエマが教えてやる。
「私は……こ、こいつの雌奴隷! アンタよりずっとこいつに可愛がられてるもん」
 通訳を挟んでのなんだか低次元な噛みつき合いが始まってしまった。
「アタシだって、は、裸ぐらいはじっくり見られてるし!」
「へえ、そんな程度?」
「……む」
「雌奴隷はこいつの前で裸なんて毎日だよ。それどころか……」
 通訳するネイアとエマがしんどそうな顔を始めたので、そこらへんでベアトリスの頭にチョップ。
「お前は何をいきなり初対面の相手に噛みついてるんだ。雌奴隷なら主人より先に勝手に決めるな」
「だ、だって」
「あとお前まだ正式の雌奴隷じゃないから」
「……うー」
 どうもベアトリスは意地っ張りな割に俺と仲良くしたくてウズウズしているガラティアに、何か本能的にライバル意識を持ってしまったらしい。
 他のメンバーはみんな苦笑い。
「それで、どうしますの?」
 問いかけるオーロラに対し、俺はとりあえずガラティアの頭に手を乗せ。
「ま、遊びの案内くらいはしてもらってもいいと思う」
 ……この赤クジラだとアクセサリー、特に借りてた形見の方とか渡しづらいしな。

(続く)

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