日暮れとともにヌードスケッチは終わった。暗視能力のないグロリアさんでは、それ以降にスケッチを続けるのは厳しい。
無論かがり火や魔法光で照らしてでも続けてくれ、と男衆は訴えたものの、そもそも朝から手を動かしっぱなしのグロリアさんの手の方が限界に近かった。
……早描きってこともあるし、そもそも寝不足気味だったこともあるし。
「今度やるときは前日は無理してでも休むわー……それか手の疲労を軽減する魔法でも研究しようかしら」
屋内の休憩室に引っ込んで、ガウンを雑に纏って蔓編みのベッドに横たわるグロリアさん。退場の瞬間まですっぽんぽんで観衆のスケベ野郎たちに愛想よく手を振っていて、この場を作り上げた張本人として男どもには女神様扱いだった。
「手は良くても集中力が続かないでしょ?」
ヒルダさんは彼女のためにリラックスドリンクを持ってきた。弱い酒に様々なハーブを調合し、その名の通り神経の高揚を抑えてくれるんだとか。
……俺も作業明けとかに欲しいな、と少し思ったが、そもそも俺の場合神経の高揚をどうのこうのする以前に、限界まで作業してぶっ倒れるように終了、ってパターンが多いからあんまり意味ないかな。
「あたしそういう意味では頭はタフな方なのよねー。手が駄目になるほうが早いの。両手で描く練習しようかと思ったこともあるわ」
「そういうのって疲労を自覚できてないだけだから危ないのよ? 何日も仕事した挙句、ぷつーんって糸が切れたように死んじゃう芸術家とか学者って結構いるんだから」
「うへ。さすがにエロ絵描きかけで死ぬのは遺品整理するほうも困りそうね」
当然のように死ぬ前提で話さないで欲しい。
で、俺はというと半日かわるがわる雌奴隷や娼婦やメイドのみなさんとセックスし続けていた。
迫られるままといった感じで、うおおおーと雄たけび上げるような怒涛の勢いではなかったものの、カルロスさんちの中庭を埋める多くの人々のざわめきや祭りを彩る音楽、そして時折上がる歓声(たいていステージでコスモス本舗の娼婦が大胆なことやってた時)をBGMにして絶え間なくセックスをするというのは、なかなか新鮮な体験だった。
猫コロニーでの交尾祭りは、なんだかんだで女同士しかいないからこその気安さや特殊性があったしね。
で、俺がセックスしまくっていたカーテン囲いも、ヌードスケッチ会終了とともに撤去される流れになり、解放されたというわけだ。
ちなみに男どもがたかっていたステージはノールさんを始めとする職業ダンサーたちが占領し、即興のダンスで場を盛り上げている。兄弟やその娘たちにも何人かいるけれど、傘下のいろいろ団体や関係者のダンサーも、オニキスの精霊祭で注目されれば大チャンス……ということで結構集まってるんだそうで。
祭りのために商人たちが出資して盛り上げ、その盛り上がりに引かれて出資以上のものが集まり、それを一目見るために客も集まる……まさに経済活動の理想的な連鎖だ。
「うちは普段も街で一番か二番には盛り上がるところだけれど、今回に限ってはグロリアちゃんのおかげね。兄上は頭抱えてたけど☆」
「あー……うん、申し訳ない。でも一応、一線は守ったつもりよ一応」
グロリアさんはドリンクをちゅーっとすすりながら謝る。
「画家なのに自分で脱いで見せるっていう展開は兄上もちょっと予想外だったみたいだしねぇ」
「いや別にそこはセーフでしょ? モデルの子も脱いでたんだしさぁ。特にアウト度上げてないでしょ?」
「でも、あれのおかげで芸術家vsモチーフの公開作業、っていうアートの構図から、衆人環視で素っ裸の女が素っ裸の女を描くエッチなイベント、っていう感じになって、いかがわしさがだいぶ上がっちゃってたのは否めないわよね☆」
「……言われてみると確かに……そっかー。アート気取るんならそこはモデルさんに気張ってもらうしかなかったのね。今まで普通にモデル頼んでた時も似たような感じでモデルさんノセてたからそのつもりでやっちゃったわ」
「それで大勢の前で求められてもいないのに脱げちゃう辺り、グロリアちゃんって剛の者よね」
「まあ、コスモス本舗の子達への娼婦としての対抗心っていうか……でも人並みに変態でもある自覚はあるわ」
そんな見てる方が得しかしない意地の張り方あるのですか。いいぞもっとやれ。
自分の雌奴隷が他人にエロい目で見られることにはまだいくらか抵抗がある俺ですが、グロリアさんのような女性はそれはそれ、これはこれという感じで大好物です。
「それにしても……まだモデル希望者が残ってるうちに時間切れになっちゃったのはちょっと痛恨だわ」
「雌奴隷と娼婦さんたちは終わってあとはメイドさんたちだし、あの人たちノリがちょっとおかしいから頼めば後日でも脱いでくれそうな気がする」
俺がそう言うと、グロリアさんは肩をすくめて「わかってないわねえ」とでも言いたげな顔をした。
「今回のロケーションの何がいいって、不特定多数の目が向いてることなのよ」
「?」
「エマちゃんとかネイアちゃんたちみたいに固まっちゃう子もいるけど、やっぱり男のギラギラした視線が刺さってくるのを意識した女って、色気が格別よ。まあ、ただ裸になってるだけの女を描く意味がないかっていうと、そういうわけでもないんだけど……今日のこの舞台でこそ描きたかったわ」
「……じゃあまた告知して見学者を入れてやるとか」
「それね……!」
ビッと俺に指を向けるグロリアさんだが、ゆったりした足取りで入ってきたナンシーさんにやんわりと窘められる。
「オニキス商会のイメージに関わるから、そう頻繁にやるのは勘弁して欲しいな」
「……ですよね」
「まあ、うちのメイドたちも相当溜め込んでいるというのは後手ながら把握した。カルロスと相談してガス抜きの策は考えておくよ。……すまなかったね、アンディ君。メイドたちに急にオモチャにされてしまって」
「あ、いえ、とても素晴らしいひと時でした」
「……人間族は本当に性欲が底なしだな。カルロスやオーリンズにも見習わせたい」
「アンディ君は人間族でもだいぶ逸脱してきてる方だから……一般論的に言うのはどうなのかしらね☆」
オーリンズというのはヒルダさんの旦那さんだっけ。まあヒルダさんから性的に逃げた人だと聞いているけど、その是非はともかくとして。
「カルロスさんも苦労してるのか……」
「私が少々焦っているというのもあるけれど、ね。この胎がまた何かで使えなくならないとも限らない。高をくくって後悔に至った過去は繰り返したくないから、ついつい日を置かずにカルロスに迫ってしまう。一応カルロスも応えてはくれるんだが……一回にそう何度も、とはいかなくてね」
りりしく美しいナンシーさんが、存外あけすけに夜の事情を語ってくれる。ちょっとこれはこれでクるものがある。
が、カルロスさんもあのアシュトン大臣の息子なんだからポテンシャルありそうなもんだけど。
「ダークエルフって性欲に男女差大きいもんなんですか? メイドさんたちもだいぶ飢えてたし……」
「長命種なり、といったところだよ。エルフの男は不甲斐ないとはいうけれど、本来エルフはその生涯でそう何人も子を成すものじゃない。そう急いで連発する必要はないんだ。この長命で人間並みに繁殖したら家系図の収拾がつかないだろう。義父上は特別を通り越して突然変異に近い」
「……ま、まあ、そうですね」
「しかし……まあ、男はそうでも、女の性というのは少々厄介なものでね。聞いたことはないかい? 男は射精で落ち着いてしまうが、女は醒めることなく何度でもイケると」
「……生々しい話になってきた」
俺がナンシーさんとそんな話していいんだろうか。まあナンシーさんも俺を信用してるということなんだろうけど。
「何しろ、男の精のように明確に消耗するものがないからね。……だから、オスは『長命種なり』である一方で、メスはあくまでメスということだ。タルクの女ががっついて見えるとしたら、そういうことだよ。オスの側には限界があるが、メスの側は自らの本能への探求を始めれば果てがない。それがミスマッチを生んでいる部分でもある」
……つまり、文化的、理性的なもので律することをしなければ、本来ダークエルフ……いや、エルフというものは女の方がずっとエロいものなのか。
「コスモスなどはその性にとても正直に生きているね。メスとしての本能を守り、人としての生活を守り、長命種として過ごしえる時間を理想的に生きていこうとするひとつの答えが、彼女の娼館なんだろう。それはそれでひとつの磨きぬかれた解。タルクという街が彼女たちを始めとする性風俗を否定できないのは、そういった理由もある」
「そこまで深い理由があったんですか……」
「深いというかどうかは人によると思うけどね。だけど短命種ではそう長くない青年期が、エルフは特に長い。人間は一度に手に負える人数だけ子を作り、それを育てきる頃にはもう母胎としての適齢を過ぎる……そうして少しずつ種が増えるサイクルに、女の性欲も組み込まれている。そこがエルフは違う」
赤裸々なことを語っている割には、まったくいかがわしい雰囲気はない。
ナンシーさんの人徳か。
同じことを語るとすれば、他の誰でもどこか淫靡さを感じてしまうだろう。
「生物としては、そこは歪みと言って差し支えないと思う。その歪みを本質的にうまくいなす処方箋として、女としての自らを全面的に支持していくコスモスたちの生き方こそ正しい……そんな側面もあるんだと思う。私が君のやることをできるだけ肯定するのには、そういう理由もあるよ」
「ええと……?」
「エルフの女はエルフの男とは性的な性質としてミスマッチだ。それを不特定多数の他種族によって解決するのが、娼婦という道」
ばっさりと。
ナンシーさんは、遠回しに「エルフの女は娼婦になるのが本質的に正しい」という暴論を言い放つ。
彼女以外が言うと差別主義者か変態の戯言に聞こえてしまいかねない。そして、ここにいる面子以外が下手に聞けば喧嘩に発展しかねない。
しかし、一人の男との純愛に全てをささげた彼女だからこそ、客観としてそれは落ち着いた響きを持つ。
「そして、君のような旺盛な性欲を持つ傑物に身を任せるのも、ひとつの道だね。君の雌奴隷という集団にエルフが多いのは、必然だと私は思う。伝統的で道徳的に生きるなら、抑圧的に、精神的側面を重視して生きるしかない。それもまたエルフらしい生き方だとはいうけれど、君のような男のもとで自分の性に正直になるのも、確かに幸せなことだと私は思うよ。……私はカルロスという偉大な愛の持ち主に出会えた。だけど、みんながそんな相手を見つけられるはずがないのは、よくわかっている」
「結局ノロケなのよね、ナンシー義姉さんときたら」
「そう言うなヒルダ。これでも羨んでいるんだ。子作りにもどかしい思いをすることはなさそうだからね」
微笑むナンシーさん。
怪我を治すきっかけを作った恩もあるにしろ、俺達に妙に好意的なのは、そういう共感もあったのか。
続けてエロいことをしたければ雌奴隷もメイドさんも誰でもさせてくれそうだったけど、そうなる前に少しは祭りの雰囲気を味わいたくて中庭を歩き回る。
あちこちでメイドさんに男たちが迫っている姿を見かける。
「俺と付き合って下さい!」
「お受けしかねます」
「少しは考えてくれてもいいだろ!? あ、あんな風に脱ぐくらいだし」
「お股がゆるいと踏んでの告白ですか?」
「あ、いや……」
「お断りした理由を説明する必要はありませんね?」
「だ、だけどそれだけじゃなくて……あの」
「確かに肌は晒しましたが、芸術ゆえの行為です。性風俗ならコスモス本舗などいかがでしょう?」
わりと楽しそうに俺のちんこしゃぶったり中出しされたりしてた子なんだけど、観衆だった奴の告白にはにべもない。
っていうか俺と喋る時にはめちゃくちゃフランクな感じだったのに事務的な口調で大変怖い。
「…………」
「裸を見て急に告白する男など、相手にしない程度には人生経験がある娘です。いえ、そうでないメイドなどほぼいませんが」
「うわっ!?」
背後にメイド長さんがいた。
「お、驚かさないで」
「申し訳ございません。ところでご用命などは」
「い、いや、見て回ってるだけだからないよ?」
「左様ですか」
「……っていうか、君らの貞操観念よく分からない……俺とあんなことするのはいいの?」
「ドライな物言いをお許し下さい。スマイソン様は、斯様な輩とは並べようがないお方でございます」
「……あ、そう」
もう今さら、オニキスやカルロスさんたちから見た俺の重要度は、強調されなくても分かる。
だからってあんなノリでハメまくっていいのか、というのはやはりちょっと気になるけど。
「むしろ今日のことで確信に至った娘も多いかと……」
「……え、確信?」
やっぱりなんか話がズレてる?
「我々メイドの本懐に対して、理想的なプレイを実現できる『ご主人様』としてのスマイソン様の資質……♪」
「君たちプロだよね? ただのマゾメイド性癖同好会じゃないよね?」
「…………ではご用命がありましたら各テーブル備え付けの鈴などで」
「ちゃんと否定していってよ!?」
一方、ユーファさんは日暮れあたりに恐る恐る部屋から出て祭りに参加し、酒に酔ったおっさんに「なー姉ちゃんも脱がないの?」とか絡まれ、バウズがファイヤーパンチしそうになってライラがすっ飛んできて止めたりというスリリングな一幕があったらしい。
その話を聞いた時には、まずユーファさんが気を悪くしてないかな……というのが気になったのだが、ユーファさんは恥ずかしそうにそっとマントを脱いだとか。
ダークエルフの祭りという空気が怖くて、夏の晩なのに必要以上に厚着していたのを咎められたと思ったらしい。
……天然ボケ気味な人なんだな。
そして、夜半の鐘が鳴った。
(続く)
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