夜半になってアンゼロスたちは帰ってきた。
 なんでも「一番賑わう時間帯まで見ておかないと損じゃん?」とグロリアさんが主張したのだそうで。
 教育係のコスモス嬢とイザベル嬢も道理だと認めたため、グロリアさんと一緒に色々な娼婦とスケベ親父たちのプレイをこっそり見学したのだそうだ。
「見てたら向こうも気まずくなるんじゃ……」
 なんだかんだで俺みたいな派手プレイをする客はいない、という話からそう心配したが、どうも「見る専用の壁」というのがあるらしく(魔法で簡単に反応して見通しやすいようにエルフ式の加工技術で細工してある。刻紋のもっと原始的なやつ)、プレイが始まると音声結界を作る娼婦たちの決まりもあって、ほとんど感づかれることはなかったらしい。
「だいたい、カーテンすらそんなきっちり閉めないで雰囲気出してるよね、あそこ。そのせいで人目が気になる人はカーテンの隙間とかのほうに注意がいってて、わざわざ壁を疑う人はまずいないらしいよ」
「覗きの準備も万全か……ますますコスモスさんの周到さが怖いな」
「まあ、ああやって他人のプレイを見せるのは普段の新人研修でもやってるらしいからね……それにしても、他人のセックスを見たことなんてほとんどなかったから、色々と新鮮だった」
「あ、そうだっけ?」
 アンゼロスってわりとむっつりスケベだったし、よく見てそうな……いや、元々クロスボウ隊だからなぁ。彼女持ち少なかったし、実際のセックスに及んでる奴はあまり見る機会はなかったのか。
「グロリアさん以外ほとんどみんなそうだよ。アンディと別の女がやってるのはよく見るけど、他の男が知らない女とエッチしてるところなんて、見る理由なかったからね」
「……で、どう違った?」
 アンゼロスは目を少しだけ逸らし、遠い目をした。
「……たるんだおじさんがだらしない顔して綺麗なダークエルフにまとわりついて、くねくね根性のないエッチして元気のない射精して満足していくのって、はっきり言って気持ち悪いね」
「お前もうちょっと手加減した表現できないの……!?」
 我が事でもないのにとても苦しくなるんですが。
「アンディの雌奴隷でよかった……って思っちゃったよ」
「……ふ、太らないように気をつけよう」
「アンディならもう少しガッチリしてても許せるけどね。……それこそ肉塊みたいなおじさんが多かったんだよ。ちんちんも腹肉に沈んで亀頭しか見えないような」
「うぅ」
 エルフやダークエルフは体質的にあんまり太らないけどさ。人間やオーガはおっさんになるとすぐそうなるんだよ。
 特に酒飲み。鍛冶屋業界ではその体型が基本です。
 オーガの方はほら、よく食うから運動不足になるとあれだし。
「酒量には注意しないと……」
「アンディは太ってる暇ないと思うよ? 真面目に雌奴隷の相手してたら」
「……そうだといいんだけど」
 イメージとしてはハーレム持ってる富豪や王様ってデブだよね。一日じゅう女を愛でてるのに。
 ほんと気をつけないとなあ。歩く走るは兵士の基本だから今はいいけど、やめた後は一気にドンと太るのも考えられなくもないし。


 翌日。
 その日と次の日は禁欲日。さらにその次が精霊祭当日。
 その間、アイリーナやフェンネルもコスモス本舗で講習を受けることになった。
「あいつら全員俺の専用ですから、くれぐれも他人のチンポに触れさせるようなことはナシにしてくださいよ?」
 コスモス嬢にそう頼んだところ、コスモス嬢は苦笑。
「もちろんですよー。ウチの娼婦のコたちを見物はさせますけど、リアルプレイはナシでいきます。ウチはこの道数百年の娼館ですよ? 初物の女の子を初物のまま床上手にさせる程度の教育方式はちゃんとありますから」
「なら信用しますけど。エマにはおかしいと思ったらすぐ止めるよう言い含めてますんでよろしく」
「やっぱりお兄さん、見た感じより独占欲強いんですねぇ……」
「いけませんか」
「いえいえ。でもせっかくだから私も独占したいとか思ったりしません? ヒルダもいけるなら大丈夫ですよ?」
「いやコスモスさんを独占する理由はあんまり……」
 あの晩に他の高級娼婦たちと一緒にいただいたっきりだし。セレスタ最高峰のタルクの性風俗を支える名士と言われると……なぁ?
「むー。娼婦は別カウントですか。雌奴隷の子達から『一度セックスするとすぐ独占したがる』って聞いたんですが」
「相手によりけりですよ。今でさえ二十人以上いる上、ある雌しかいない猫獣人のコロニーで数ヶ月にいっぺん大暴れする生活ですから……毎晩みんなを満足させるってわけには時間的にいかない状態ですし。それにヤッたらキープを原則にしたら、前の高級娼婦の皆さん全員を召し上げようなんて話に……」
「ドラゴン三頭もいるんですから、あの場の女の子みんな自分の専属ってことでさらっていっても誰も文句言わないと思うんですよねー。それにみんな『個人的にイイコトしましょ』って住所教えてくれてたんじゃないですか?」
「確かにそういうの教えてくれた子もいましたけど……いやそもそもドラゴンいるからってそれはどうなんですか。ドラゴンは実際めちゃくちゃ強いですけど戦わなきゃただの女の子ですよ? 別にもう誰とも戦争するつもりはないですよ?」
「そう言い切れちゃうあたりがやっぱり只者じゃないんですよねー。……スマイソンさん。セレスタ人の先輩としていいことを教えます」
 コホン、とコスモス嬢は咳払いをして、おふざけの雰囲気を少し引っ込める。
「今はコインの数がその人の資産。やっていいこと、許されることの総量……ということになっていますけど、それは本来的にはただの代理。コインは、誰かの持つ信用を他人が持ち運ぶためのアイテムにすぎません」
「はぁ」
「この人のためならこれだけ働いてもいい、この人が強く頼んできたらこれはあげてもいい……それを数えられるようにしたものがコインです。コインさえ持っていけば、その信用の出所をいちいち説明しなくてもいい。たとえば八百屋さんに行って、自分は向こうの大工仕事でこれだけ働いたから、あそこの家の主人に免じてこれだけの野菜を譲ってほしい……なんて説明はいらなくなるのが、コインのいいところです。ですが、コインとは本来そういうものでしかありません。元を辿れば、そんなものなくても信用だけで他人を動かすことはできる」
「……まあ、理屈としてはそうなんでしょうけど」
 言われるまで、金がそういうものだというのはあまり意識していなかった。
 金を払わずに気持ちで物事をやってもらうのは、邪道だ。イレギュラーだ。
 それはあまり頼ってはいけないものだ、という認識は、どうしてもある。だが彼女の言葉によれば、それこそが人と人の信用で動く社会、本来の形ということになるのだろう。
「あなたがドラゴンを従え、オニキス本家の大旦那と奥方を助け、アシュトン大臣にすら一目おかせるだけの仕事をした……というのは、大商人の何千万のコインにだって劣らない大きさの信用です。詳しいところはわかりませんけど」
「まあ……そう、なるのかな?」
「だったら、娼婦の十人や二十人を十年単位で囲って遊ぶくらいの価値は、すでにあなた自身にあるんです♪ コインを持っていないことの引け目があなたを卑屈にしている気がしますけど、あなたに何かをしても損じゃない……って思うなら、それは立派に、お金より純粋に、人を動かしえるんですよ♪」
「う、うーん……」
 そうなのかなあ。まあ、商業を旨とするセレスタの先輩としての言葉なら、そうなのかも。
 でも、俺はスケベ根性でライラを手に入れ、成り行きで彼女たちの力を借り続け、また最終的にネイアを自分の女として後腐れなくエロに専念させるためにひとつの国をも征服してしまった。
 そんなスケベ根性の副産物としての功績で、さらに欲張っていいんだろうか。
「もちろん、コインの数でなく、暴力を使うわけでもなく、ただ自分への好意の量だけで人に何かをさせるんですから……限度がわからないというのは怖いものですけど。でも、本来はそういうものなんですよ、世の中って。明日にはコインの価値が倍になるかもしれない。その逆もあるかもしれない。経済をコインに頼るっていうのはそういう不条理もあります。コインを使って取引をしたからって、それが正当とは限らないんですよ」
「……なるほど。わかるようなわからないような」
 というか、そんなにコインの価値って変わるもんなのか。俺は生まれたときから金貨一枚パンひとつの世界で生きてたから想像できない。
「だから……私たちが娼婦だから高そうで気がひけてるっていうなら、あなたは心配する必要はないんです♪ おまんこ一回いくらでコインを貯めるより幸せな生活がある、って思わせたらいいだけなんですから」
「地味にそれ難易度高いですよね。っていうか今更だけど雌奴隷の子たちは何が楽しくて雌奴隷やってるのか俺よくわかってない気がする」
「まあ恋愛は商取引より熱いですから♪ ……人によってはすぐ熱くなくなりますけど」
 怖いこと言わないで。
 ……でもまあ、雌奴隷の中にはセレンやアンゼロスのように恋愛感情が先に立っている子もいれば、ライラやマイアのように種族としての特殊な感情が強い子もいるし、フェンネルたちは他のどんな境遇よりも俺のそばにいる方がいい、という、性欲と種族社会の弊害の入り混じった面から雌奴隷を選んでいる。
 通りいっぺんではない理由をそれぞれ持ちながら、それぞれが俺を旗頭に助け合うことで快適な生活につながる。
 うちの雌奴隷という集団は、いつしかそういう、俺一人の魅力ではないもので自ら存在価値を生むものになっている。
 俺と関係した娼婦たちを、そこに生まれたスペースに加える。そんな選択肢。
 今はまだちょっと安直に選べないけど、頭には入れておこう。
 いやほらセレンがなんか言いそうだし。ディアーネさんもなんて言うかわからないし。

 で、そんな中でベッカー特務百人長が戻ってきた。
「スマイソン、ライラ姐さん。どーしても頼みたいことがある。……クイーカ近くまで連れて行ってほしい」
「え? 今からですか?」
「ほ。そなたなら飛龍にでも乗ればよいのではないか」
「俺とローズを二人ともってなると飛龍便じゃ乗せてくれねぇんだよ」
「ローズって……」
「うちの嫁さん。……昨日、嫁さんの実家に行ったらいた。もう一方の嫁は今クイーカの俺のアパートにいる」
 ベッカー特務百人長は弱りきった顔をした。
「何人か、連れてきた子をトライデントの縁のある商人に使ってもらえることになったのはいいんだけどな。うちの嫁さん、ちょっと前まで女だてらに土建の棟梁やってたもんでな。この時期は忙しいからってこっちに帰ってきて仕事してたみたいなんだわ。で、偶然俺と精霊祭の時期にカチあって喜んだのはいいんだが」
「ほ。……つまりもう一方の嫁を出し抜いて、精霊祭にそなたを独り占めするのは信義に悖るというわけじゃな。嫁同士の仲が良くて何よりじゃのう」
「その通りです。……いや、こんなんでライラ姐さん頼るのもどうかとは思うんですがね。クイーカ周辺だと幻影破りの危険も多くなるし。でもそこをなんとか」
「どれくらい近くまで行けばよいのじゃ。それと迎えは要るのか」
「やってもらえますか」
「ほ。飼い主殿は明後日まで禁欲じゃ。ここで座っておってもつまらぬからのう」
 結局、俺がちんこ休めることにライラはちょっとご不満らしい。
「実はクイーカの監視網って若干手薄なとこがありましてね。あんまり堂々と他国民がいる中では言えなかったもんで隠してましたが、ライラ姐さんだけなら……バラさないでくれますよね?」
「ほ。竜にかような瑣末事、意味などあるのかえ」
「……まあドラゴン相手に監視しようが防御しようが無意味ですがね、そりゃ」
 ベッカー特務百人長はそのままクイーカに飛び立つことになった。迎えはいらないらしい。
 よく考えたら、彼も特にまたポルカに戻らなきゃいけない理由もないのだった。
 ボイドに続き、また数少ない男衆が減って少し寂しくなるが、仕方ないか。

(続く)

前へ 次へ
目次へ