夜。
「へー。コスモス本舗に」
「あそこすごいってねー。タルク周辺に娼館はいっぱいあるけど、あれだけ根深く文化できちゃってるところは他にないって父上が言ってた」
配膳をしながらシーマ嬢とルキノ嬢が教えてくれる。
「文化ができてる……って?」
「なんというか……あそこだけお国が違うというか」
「コスモスさん本人は『ただ娼館として万全を尽くしてるだけですよー』とか言ってるみたいなんだけど、知ってる? あそこに何代も住み着いて、親子でおまた広げて、お婆ちゃんが掃除洗濯や私生児たちの面倒見て…ってやってる一族とかいるんだよ」
「あ、俺、今日その子とひと勝負してきました」
「あ、会ったんだ。……そう、で、すごいのがその一族、別に借金とかそういうの全然関係なくて、みんな好きでやってるって話。この先も娼館出る気ないんだって、お婆ちゃんも娘も誰も」
「あそこ、そういう感じで生活が完結できるようにあらゆる施設を整えてて、娼婦だけの社会生活ってのができあがっちゃってるんだって。ヒルダ姉さんほどじゃないだろうけど、腕のいい魔法医兼娼婦も何人もいるらしいし」
「魔法医兼娼婦……って魔法医が娼婦やってるんですか?」
ヒルダさんという「診察のついでにあらゆるエロスOK」の実例もあるとはいえ、本来魔法医はそれだけで充分に食っていける職のはず。
「あそこはねー。みんな『兼業娼婦』なんだって。娼館前の酒場のコックも給仕も、近くの服屋とかの店員も、みんな日によっては本館で娼婦。普通に働きに行ってる子も、そのうち染まって娼婦になっちゃうんだって」
え、それ怖い。本当に三日間もうちの雌奴隷たち通わせて大丈夫なんだろうか。
そのあたりで、キッチンから最後のカートを押してきたミラ嬢が話に加わってきた。
「あそこは、パッと行くだけだとただの妙にノリのいい娼館って感じらしいんだけど。裏でコスモスさんが根回しして決まった、あそこのためだけの条例……20個ぐらいあるらしいわ」
「そんなのアリなんだ……」
「地味に名士みたいよ、彼女。……その権力を、全部エッチのためだけに使ってるあたりが凄いというかなんというか……」
「その辺はさっき父上に聞いた話なんだけどねー。私たちも単にヒルダ姉さんの友達で、父上のお気に入りの娼婦ってくらいしか知らなかったよ」
「こっそりできてた条例の中身が私らにとっては生活に関係ない奴ばっかりだしねー。『娼館の周囲50メートル以内に限り、合意の上での野外における性行為は処罰の対象とならない』とか『タルクにおける性産業従事者及びその子弟の納税は、認可を受けた施設代表者による定額納税のみとする』とか」
「あ、それちょっとずるい」
「娼婦なんて本来お金に困って始める人が大半なんだから救済策。……と見せかけて、私生児の戸籍申請を渋る娼婦対策だって話よ」
「ああ……そっか、子供を戸籍申請すると税が余計取られるから……」
娼館生まれの子供は、無戸籍の流れ者になるという例が多いらしい。
無論、親が堂々と「うちの跡継ぎ」なんて言える立場になく、また戸籍を認めれば余計に税を払うことになるため、「いないもの」として扱わざるを得ないからだとか。
口減らしに売られずに流れ者になるまで成長できるなら、まだそこそこマシだ……なんて〆で聞いた噂だが、コスモスさんの提案した条例があるなら、娼婦自身の気持ちの問題はさておき、制度上は子供の存在を黙殺しなければならない理由はなくなる。
「ま、そうは言ってもそれで脱税の種にされると困るから、性産業認可は厳しくしてるって言ってたけどね。それに娼婦をやめたら話が変わっちゃうから……子供が成長するまで娼婦をしてないと、やっぱり税はかかるし」
「あー……その辺が『コスモス本舗のための条例』ってことかぁ」
客との子供をあっけらかんと作って、堂々と娼館に託児所を開き、そこで育ててしまう神経の太さ。
そんなものは大多数の娼館にはないだろう。しかしそこまでしないと、この条例を最大限活用はできない。
「やっぱ凄いんだな、あの人……」
「ま、それはいいじゃない」
話しているうちに盛り付けは終わっていた。
そして、娼館での講習は日が暮れても続いているらしく、まだアンゼロスたちは帰ってこない。ドラゴンであるエマも一緒についていってるのだから、丸め込まれてみんなで専業娼婦化、なんてことはないだろうけど。
で、同じテーブルにはノールさんとヒルダさん、それとアイリーナにフェンネル、そしてさっき帰ってきたライラとマイアもいる。
「相変わらず派手な料理作るわねえ……シーマって」
盛り付けられた皿を左右に首を傾けながら眺めて、ヒルダさんは驚嘆する。
皿に盛られていたのは大輪の花のような料理だった。
種類はわからないが濃緑から薄緑、紫や赤い葉の野菜で外側を飾り、薄く延ばした小麦粉や米粉で作ったと思われる内側の花弁は咲きかけの薔薇のように巻かれている。その隙間には肉や魚をミンチしたと思われる芳醇な身が詰まっており、一番内側には小ぶりのココヤシの実を半分割りにしたものの中に、これまた花状に盛られたフルーツが入っている。
様々な色彩がグラデーションとなって視覚に訴えてくる、セレスタらしくない手の込み方の料理だった。
「いやー作る前は普通にミートパイでもやるかーって思ってたんだけどねー。材料適当に並べてたらピンときちゃってパパパッと」
「味も保証するよー。若干食べにくいけど」
「いつもそこには気が回らないのよねえ、シーマの創作料理って」
どうも料理の場面になると、巨乳のシーマ嬢がリーダーになるらしい。普段は一番冷静なミラ嬢がリーダー然としているので、いつもその調子なのかと思っていた。
やっぱり一人が絶対的リーダーってわけでもないんだな。
そう思いながら、薄切りのパンみたいな花弁のひとつを手で引き抜いてみる。
たっぷりと肉のミンチといい香りのソースが絡んできた。
「それでは失礼して、いただきます」
がぶりと食べる。
……おお。
「すげ……この花びらだけでもすごい美味い」
「でしょー」
得意げなシーマ嬢。これを人数分盛り付けるだけでも大変だっただろうに、疲れた感じは微塵もないのが頼もしい。
そして料理のほうは、花びらからしてどう作ったものか、甘さと香ばしさ、若干の塩辛さを自然にまとめた柔らかな生地にパンチの強い肉汁とソースが実に合う。
米粉で作ったと思われる方も取ってみたが、これもまた米の甘さをよく引き出していて……あ、これって下の菜っ葉ごと取って丸めて食べたらいいのか?
そう思って実行すると、シーマ嬢は「あ、それいいね」と手を打った。
「普通に引っこ抜いたらミンチがだいぶこぼれちゃうもんねえ。まあ残った汁は別のパンでこそいで食べたらいいかなーとか思ってたけど」
「本当に食べ方考えてないんだ!?」
「どう食べてもおいしい。それが私の料理だ」
変なポーズで言い切るシーマ嬢。とはいえ、確かに言うだけのことはある。
「スープとムニエルもあるよー」
「ムニエルって……こっちにも魚使ってますよね」
「用意したのが余ったからムニエルも作ったの。こっちもシーマ作だからおいしいことはおいしい」
皿を出してくれるルキノ嬢。
「おいしいことはおいしいってなんだよー。ムニエルは別に食べにくくないじゃんよー」
「明らかにそっち作るのに気持ちがいってて、こっちの味付けは適当だったよね?」
「慣れているといいたまえよ」
ムニエルは普通にナイフで切ってフォークでいただく。確かにこちらも充分においしい。サプライズはないけど。
「ふむ。繊細で大胆、彩りと鮮度はさすがの南国情緒。なに、手掴みの食事も乙なものよ」
「アイリーナ様、胸元にソースが散っていますよ。もう」
「むぅ。汚れ避けの魔術でも使っておけばよかったかのう」
「汚れ落としの魔法はありますけど……何より、お口の周りをこんなに汚されては威厳も何もありません」
子供そのもの、とまでは言わないのがフェンネルの細やかな配慮。食事どきにアイリーナがヘソを曲げたりしたら大変だもんな。
「ほほ。よいよい。荒っぽい食事も竜の得意とするところよ」
「うん。さっきまで生でサンドワームかじってたし」
ドラゴンふたりはワイルドに食べる謎の料理にも特に不満はないようだった。
「さて、食べた後はどうするの、弟君?」
食事もデザートまで一通りいただき、ごちそうさまでした、という雰囲気になったところでノールさんが話を振ってくる。
「食べた後……」
「夜は始まったばかりよ? それに、ミラたちもちょっとお礼を期待してるんじゃない?」
ノールさんはチラリと三姉妹に流し目を送る。
ミラ嬢は若干照れたように目をそらし、シーマ嬢はピクッと肩を反応させ、ルキノ嬢はちょっと大げさにノールさんに顔を向けて、何か言おうと口をパクパク。三者三様の反応。
「お礼といわれても……お返しになるようなものはあんまり」
「この話の流れで、お金やプレゼントで返す……なんて野暮な発想は駄目だぞ、弟君」
「いっ?」
「キミが女にしてあげられることの中で、一番喜ばれてるのって何かしら?」
「あ、いや、そういうのは……そもそも俺あんまり押し売りはしない主義で」
「あのね。キミが百人の家族の中で、どれだけ噂になっているかわかる? とんな噂だと思う? ……そんなキミとわざわざ自分から仲良くしようとしてるのに、そこらへんナシってこと、あるわけないじゃない」
「……なんか俺、寄ると触ると妊娠しちゃう系の扱い受けてる?」
ポルカではもはや定着しかけているが、タルクでまでそんな扱いを受ける理由はないんじゃ。だってほら娘さん二人も三人も手をつけちゃったけど、そこはアシュトン大臣だって10人の嫁持ちのはずだし。一般的に重婚OKのセレスタでそこまで非常識でもないはずだし。
め、雌奴隷……という件に関してはほらなんというかそういうプレイというか。……実像とは違う言葉なのは相変わらずだし。
「少なくとも、潔癖な子は不用意に近寄れないくらいの評判なのは事実ね。……だって、あなたが首輪つけて手綱捌いてる相手はヒルダ姉さんよ?」
「あ、あー……」
ヒルダさんが幸せそうにしているという事実は、オニキスの一族にとっては何よりの性豪の証明なのだった。
そりゃそうですね。
「それで、どうするの? 三人にお礼しちゃうの? それとも三人には精霊祭までお預けにして……私と遊んでおく? 自分で言うのもナンだけど、私と遊べるタイミングってレアなんだから思う存分楽しんでおくべきだと思うけどなー」
ノールさんはどこか甘えるような声音で言う。
三姉妹はそれを聞いてちょっと不満そう。あれ、もしかして本当に俺とエロいことするつもりでいる?
「百年物の処女よ☆ 三人いつもこんなノリなんだから、まとめて相手できるアンディ君みたいなヒトじゃないと、ミラたちも流れに乗れないのよ。わかってあげなさいな」
「そんな外野の解説ばっかりされても……ええと」
俺は彼女たちを急に意識してしまう。
なんか親切なご家族だなーと思ってただけだったのに、実はしっかりエッチOKだなんて。
……そ、そういう事情で、一夜のお相手っていうのなら……まあ、やぶさかではないんだけど。
いや、もしかしたらそのうち独占欲も湧いちゃうのかもしれないけど、このタルクの貞操観念についてさんざん見聞きした今では、彼女たちだって何も考えなしの子供でもないだろうし、そこまで重く考えなくてもいいかな……と思わなくもないわけで。
いや。
でも。
「……それが、ですね」
「何? やっぱり娼館の雌奴隷ちゃんたちが気になる?」
「ええと……実はコスモスさんから勝負を挑まれてまして……そのために精霊祭まで禁欲しろという話なので」
「禁欲」
「……ほ、主殿が禁欲じゃと」
きょとんとするノールさん、これは異なこと、とばかりに怪訝そうに反芻するライラ。
汚れてしまった上着を脱がされ、上半身裸のアイリーナが腕組みをして鼻を鳴らす。
「似合わぬの」
「いや似合う似合わないの問題でもないんでは」
「そもそもにして、そこらの男はまぐわいを苦痛に感じることもあるからこそ、しっかり溜めることで喜びを確実にするという。しかしスマイソン殿は女がいれば、時の許すだけ楽しんでなお衰えぬ欲の持ち主。じゃからこそ女も、恥を恐れず自らの欲求を露にし、飛び込めるというもの」
「気が乗らないとか面倒とか言われてしまうと思えば、素直にはなれませんよね」
アイリーナとフェンネルが、俺の並外れたスケベ根性をいいように解釈してくれる。
でもそれはそれとして、禁欲に似合うとか似合わないとかはないんじゃないかな。
というか、たった三日エロいことをやめるくらい別にいいと思うよ? 俺、今までだってエロのタイミングがないとか、カールウィンでそんな場合じゃないとか、ちんこ休めてる期間はいくらでもあったよ?
「だいたい、女も時間もたっぷりあるのに、アンディ様の精液をおちんちんの中に押し込めておくなんて、かわいそう」
「いやマイア、そのりくつはおかしい」
それは一体何に感情移入しているんだ。
そもそも、女の子に射精しても、大部分は思いっきり逆流する運命のマイザーメンたちに物語を与えたら、とても悲しいことにしかならないと思う。
困惑する俺に、ヒルダさんはゆっくり諭すように口を開く。
「アンディ君。医学の世界にはこんな言葉があるわ」
「……どうぞ」
「我慢は体に毒よ☆」
「いや別に目の前に裸の女がいてそれなら確かに毒かもしれませんけどね? ただ三日間くらいチンポ休めるくらいでね? いや脱がないでくださいアイリーナも下は脱ぐなライラいつ脱いだお前!」
「ほほほ、これで体に毒じゃろ」
「いや、俺はあえてアンゼロスたちの頑張りもコスモスさんたちのもてなしも最大限に楽しむつもりでいてだな。いいからみんないったん服を着直して! 俺は精霊祭まで我慢するの! 俺は約束を守るよい子なの!」
なんかそういう流れだと思ったのか、ライラやマイア、アイリーナ、ヒルダさんは言うに及ばず、フェンネルやノールさん、果てはシーマ嬢まで服を緩めだしてしまったので慌てて号令をかけて止める。
ミラ嬢とルキノ嬢は迷ってる感じではあったものの実際に脱ぐところまでは至らなかった。
「二日でも三日でもそう変わらぬ。今夜くらいは遊んでも、毎日数十発もまぐわうスマイソン殿ならばバレはしないと思うがの」
「とにかく精霊祭を楽しみにしようよ!」
アイリーナを必死に説得する。
実はお前の華奢なトップレスもちょっとちんこにクるんだ。早く何か着てください。
(続く)
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