酒池肉林の豪勢な食事を楽しんだ後に、昼間からノコノコと高級娼館に向かう。……というと、どうみても成金の豪遊感は否めない。
 実際のところは別に金なんか使ってないけど。
 あと、娼館に向かうにあたってワイワイとついてくる女の子たちの姿も異様といえば異様。
「暑いなぁ……」
 タルクの空は憎たらしいほど鮮やかな青。
 砂色の日干しレンガの住宅街と、同じ色の広い大通り、そして健気に葉を広げるヤシなど熱帯植物たちの緑。
 どこからか素朴な手打ち太鼓と笛の音も聞こえ、砂漠情緒を盛り上げる。
「何か帽子か日よけ布をかぶらないと、一時間も外にいたら倒れちゃうね」
 アンゼロスも汗を拭きながら暑そうな顔をする。改めて、池と緑が多く日陰に事欠かないカルロスさんちの庭がとても涼しい環境だと再認識。
 他のみんなはどんな様子だろうと思って振り返ると、同じように暑そうなのはグロリアさん、オーロラ、ネイアにベアトリス。
 特にグロリアさんは大胆に胸元をくつろげ、空気を手でぱたぱた送り込んでいるので非常にセクシーな景観だ。ありがとうございます。
 それに対してあまりこたえてなさそうなのは、砂漠育ちのルナ、ドラゴンのエマ、それに地元のコスモス嬢。
「暑くないのか、ルナ」
「これくらいならコロニーでもよくある暑さ。汗が出てるうちはまだ涼しい」
「そうなの……?」
「本当に暑い日は汗かいた瞬間に乾いちゃうから」
「…………」
 オアシスのおかげでタルクはまだ多少涼しいのかな。時期的には暑さ真っ盛りなんだけど。
 想像して余計に暑くなっている俺に、エマがそっと近寄ってくる。
「あまりに暑いようでしたら、私の力を多少応用すれば快適な温度を保てますよ」
「応用って言ってもなあ」
 ドラゴンブレスの「応用」で身の回りの温度を調節しようとすると、それこそ周囲数十メートル単位で温度が変わるほど冷気を垂れ流しにするか、あるいは氷の塊を生成するか。
 どっちも目立つ。どこか屋内を冷気で満たすならともかく、道を歩いている最中にやるべきではないだろう。
 イマイチ乗り気でない顔をエマに見せてしまう。プライドが傷ついたのか、多少迷いながらもエマは俺にさらに近づく。
「こ、こういったこともできます」
 エマはいくらか逡巡しながらも俺の腕を抱きしめるように絡みつく。
 その体は清水のように冷えていて、俺は思わず「うひゃっ」と声を上げてしまった。
「つ……冷た過ぎるでしょうか」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど、ちょっとびっくりした」
 自分の体で「抱き水枕」。
 マイアなら特に躊躇いもなくやりそうだが、エマが特にけしかけられたわけでもなくやるとは。
「……ここに氷竜がいるのに、暑さなどに主様を晒して難儀させるわけにはまいりません」
「そういうもんか?」
「冷気なら、息をするだけで手に入るのですから。雪多い北ではあまりお役には立てませんが、こんな時にこそ、この身を使いください」
 ……マイアなら「私冷たいから気持ちいいと思う」と一言で済ませるところだが、エマは堅苦しいなあ。
 でも、そうして回りくどく理屈をつけないと甘えられない真面目さも、ある意味彼女の魅力といえる。
 どちらがいいというわけじゃない。同じじゃないからこそ可愛いんだ。
「じゃ、遠慮なく」
 俺は笑って彼女から手を離し、しゃがんで背中を向ける。
「え……? あ、主様?」
「冷たさを堪能するなら背中に覆いかぶさってくれるのが一番だ」
「そ、それは……でも、主様のお背中になど」
「いいからおぶさってくれって。それともさっきの言葉は嘘か?」
「……うぅ」
 エマは左右を見渡し、身を抱きしめるようにしながら迷う。そして、俺にいつまでもしゃがませているのは無礼だと思ったのか、結局「えいっ」と掛け声をかけてガバッと背中に飛びつく。
 ああ、ひんやりしてて実際気持ちいい。
「立つぞ。……よっ、と」
 いやね、本当はカッコよくエマをお姫様抱っこして歩こうかと思ったんですよ。
 でも、ただでさえ俺の腕力はそんなに自慢できるほど強くないし、増して精力回復の魔法のために身体能力は制限されている。いくらエマがまだ若くて小柄とはいえ、多分、娼館までは腕が持たない。
 でもおんぶだったら、腕だけの負担じゃなく全身に重みがかかるからそれなりに歩けるし、それに上半身全体に冷たさが伝わるので涼しさの面でも効率的だ。
「……や、やっぱりこれは何か違うような……なぜ竜が主におぶさって運ばれるのですか」
「気にするな」
「いえ逆です。逆に私が主様を背負う方が」
「それは俺の体裁が悪過ぎるからダメ」
 俺が華奢な女の子を背負ってたら「ああ、あの子、足でも怪我したのかな」と微笑ましく見てもらえるけど、逆だったらどうか。しかも、エマのひゃっこさを全身で楽しむ表情とかしてたら。
 どう見ても後ろ指差されるだろう。
「でもさアンディ。華奢で綺麗な女の子背負って向かう先が娼館だってこと、わかってる?」
 ……アンゼロスの指摘でだいぶこれも後ろ指差される行動であることに気づいた。
 い、いや、もしかしたらそこで働いてる女の子を送ってあげる親切マンに見えるのではないか。
 と、希望的観測を持つ俺にグロリアさんが追い討ちをかけてくる。
「奴隷娼館のセオリーとしては、はじめに逃げられないように腱とか切られてて、それでもけなげに逃げた娘っこを無情に連れ戻してる図……って感じ?」
「俺がそんなひどい奴に見えるの!?」
 ニヤニヤしてくれるグロリアさん。言われてみるとなんだか周囲の視線が冷たいような……。
 いや、冷たいのはエマの体温か。でも、そういう風に言われると肩身が狭い気がしてしまう。
「やっぱり私が背負います」
「だ、だからそれは」
 背中でエマが暴れる。
 だが、先頭を歩いていたコスモス嬢がそこでくるりと振り返る。
「大丈夫ですよー♪ そこの建物からこっち、全部私の店ですから♪ 変な誤解する人なんかいませんよ」
「え?」
 コスモス嬢が指差したのは、すでに通り過ぎて二つ先の建物。店になっていて、セレスタらしい串焼きと揚げ物を売っている。
 そのひとつ手前には色とりどりの布を積み上げ、アクセサリーをじゃらじゃらと板壁のフックに引っ掛けて陳列している店。どちらもダークエルフ女性が店番をしている。
 そして、コスモス嬢の方を見れば、その背後数軒先の突き当たりに「コスモス本舗」という看板を掲げた大きな建物。
 娼館まで、道の両側あわせて全部で十軒くらい。
「……こっちからこっちまで全部?」
 指で道の両側を指し、奥まで振ってみせると、コスモス嬢はにっこり頷く。
「食べ物屋さんに服屋さん、簡単な宿に酒場、えっちな道具屋さん、娼婦専用の診療所もあるんです。全部土地と建物は私名義♪」
「……え、それすごくないですか」
「そりゃ、四百年も稼ぎのいいお仕事してたら、それなりにお金も貯まりますから♪」
 ……そ、そりゃそうか。
 娼婦がこの街だとだいぶ身近とはいえ、コスモス嬢はその中でもトップランクに位置する高級娼婦。アシュトン大臣すら気を許すというのは伊達ではない。
 しかもダークエルフだから、その稼ぎのいい状態のままずっとずっと稼ぎ続けてきているのだ。
 カラダを売る仕事が、地道な商売より儲からないなんてことはありえない。大地主になってもおかしくないわけだ。
「本館を拡張して全部を内蔵してもいいんですけどー。やっぱり本館は一歩足を踏み入れたら、めくるめくえっちの世界ってことにしておきたいじゃないですか。お料理を作るとか、楽しんだ後に休憩するとか、男性が娼婦にプレゼント買うとか、娼婦が落ち着いておまんこの状態をケアするとか、そういう別口の用事は……ごたまぜにしないで外に出しておく方がいいと思いません?」
「確かに……」
 金を払ってそこに立つ、という行為を、ひとつの儀式と考える。
 特別な世界だからこそ、高い金を出してでも踏み入れたい、という、特別な出費をする気にさせてくれる。
 娼婦の総合施設として、酒場も医務室もお楽しみ宿も、ひとつにまとまってしまってもいい。
 だが性のエンターテインメントをそれ以外の日常からあえて切り離すことは、ひとつの考えとして尊い。
「というわけで、ここが私のおうちで、タルク最高を自負する女体のパラダイス♪ コスモス本舗でーす♪」
 コスモス嬢がみずからドアを開け、俺たちを招き入れてくれる。

 そこは赤を基調にした壁や床に、落ち着いた象牙色の垂れ幕がゆるやかに部屋を区切り、あるいはその向こうにいる女性の姿を透かして蠱惑的に写す。
 どこかで甘さとどこかエグさを感じさせる強い香が焚かれている。そのためか空気はどこか白く濁っていて、不可思議な位置に浮かぶ魔法の明かりが、ゆったり揺れる空気をより幻想的に演出していた。
「今日はお客さん入ってたかな……ちょっと待っててくださいねー。イザベルいるー?」
「はーい、あ、何、新入りの子です?」
「違う違う。カレがあのオニキスの暴れ馬」
「あー、ということはこのコたちがあれです?」
「そうそう。雌奴隷さんたち」
「なるほどです。……どうもです。イザベルです。このコスモス本舗の副店長ですよー」
 コスモス嬢と話し込んでからするりと幕をよけて現れたダークエルフ女性は、繊細に編み上げた黒髪が神秘的なダークエルフの娘さん。
 副店長というからにはそれなりに長いこと勤めているのだろうし、きっと数百歳なのだろうけど、コスモス嬢同様にそれは全く感じさせない。そしてその身に纏うゆったりとした巻き布は全面的に透けていて、細めでありながら瑞々しく女性を主張するおっぱいやお尻、股間を隠す役には全然立っていなかった。
「お、おおう……ありがとうございます」
「はい?」
「よいおっぱいです」
「タダ見です?」
「い、いくらお支払いすれば」
 若干不思議な口調でタダ見を咎められ、つい流れでお金を払いそうになってしまう。
 が、クスクスとイザベル嬢は笑って、可愛く指で丸を作った。
「サービスにしておくです。どうせレスリーさんが問答無用で引っ張ってきたですし」
「あ、ありがとうございます」
「レスリーさんはしょうがないです。でも気をつけた方がいいです。ノコノコついていったらこわーいオーガがお金要求してくることもあるです」
「……やっぱあるんだそういうの」
「だから、せっかくウチに顔が通るです。今後は得体の知れないお姉さんについていかないで、ここで天国みるですよ。ウチは安心安全明朗会計、ご予算に合ったプレイでお迎えしますです。なんならオニキスさんにツケておけるですよ」
 ぱち、とウィンクするイザベル嬢。かわいい。
 これは……なるほど、何も知らないで入ったらそのままハマるかもしれない。
「イザベル、そういうのはいいから。彼はフリーパス♪ っていうか私の個人的なお得意さんだから」
「まだ初めて来たばかりなのにお得意さんです?」
「これからお得意さんになるの♪ イザベルだって興味あるでしょ、暴れ馬伝説」
「レスリーさんが道楽者なので、イザベルは真面目にお財布締めなきゃいけないです」
「わかってるよー。感謝感謝。で、興味あるでしょ?」
「んー。噂が本当ならとんでもないですが」
 いやちょっと待って。そろそろ待って。
「その暴れ馬伝説ってなんですか」
 おそるおそる、気になってたことを聞いてみる。
「それはもう……言わなくてもわかるでしょう? この前のオニキスさんちで、タルクのオールスター並べて全員なで切りにしたあの大活躍」
「聞いただけで高級娼婦やダンサー10人からメロメロにしたというです。新しい伝説ですよー」
「…………」
 いやまあ、あれはだいぶリップサービス入ってるとは思うけど、まあ基本的にだいぶ皆さん悦んでたね。
「さすがはアンディさんですわ」
「雌奴隷誓った女20人以上ってのは本物だもんね」
 何故か誇らしげなオーロラとアンゼロス。
 なんかむずがゆい。
「ねえ、それよりさ。見学させてもらっていいかな、色々」
 ダラダラと続きそうな暴れ馬トークを、いいところでグロリアさんが切ってくれる。
「この人は誰です?」
「あー、東の方の絵師さんみたい。えっちな絵が得意なんだって」
「はー。何か見たいです?」
「全部見たい。建物も道具も衣装も娼婦もプレイも!」
 グロリアさんはイキイキとした口調で言い切った。

(続く)

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