市場での買い物を済ませ、人力車でカルロスさんの邸宅に戻る。
お昼は俺たち向けに贅沢なものが用意されていた。
「せっかくいい時期に来てくれたんだ。忙しいから席を突き合わせての会食というわけにはいかないのが残念だけど、君らは恩人だからね。できる限りでもてなさせてもらうよ」
ナンシーさんがそう宣言して、俺たちの泊まる離れの前にテーブルを出して山のような料理を出してくれたのだった。
小豚の丸焼きから始まって、手の込んだ煮物、ここらでは手に入りにくい大きな魚の姿焼き、香ばしい焼き立てパンは籠から溢れんばかり。
山と盛られたフルーツには専用のカット要員としてメイドさん付き。
「お酒もある」
「適量にしとけよ。って俺が言うのもアレだけど」
ガラスの盃の中、日を浴びて光る美しい紫の酒に興味を示したルナに、一応釘を刺しておく。
だいたいこういう酒で一番に潰れるのは俺だ。注意しようにも説得力が低い。
「うむ。実に美味。ほれフェンネル、そなたも飲むのじゃ」
「お料理も食べなくては勿体無いですよ、アイリーナ様」
さっそく遠慮なく酒からいってるアイリーナ。
まあ、ここなら安全だから酔いつぶれても大丈夫だし、ヒルダさんもいるから最悪酒気飛ばしの魔法って手もあるからな……俺もちょっとぐいっといっちゃおうかな。
と、俺が早くもグラつき始めるのをよそに、ネイアとベアトリスは豚の丸焼きに顔を近づけている。
「野性味に溢れていますね。さすがはセレスタ」
「こういうのってちょっとエグいわよね……」
「そうですか? ベアトリスはあまり谷の外で魔物肉を焼いて食べるような真似はしなかったのですか」
「そ、そんなのやらなきゃいけないほど遠征なんかしてないわよ。っていうかアンタそんなの日常的にやってたの!? 食べようとしてる間に魔物がどんどんおかわりされない、それ!?」
「匂いで寄ってくる範囲に残りがいるなら、探し回る手間がなくていいじゃないですか。どうせ火が充分通るには時間がかかりますし」
「……真顔でそういうこと言っちゃうんだ……」
何日もかけて谷の外を一人で進み、食料を現地調達しながら魔物を狩り歩く。
女の子一人ではそれだけでも正気の沙汰ではないが、ネイアにとっては調理の煙すら狩りの一助だったということか。
「とは言っても、魔物を焼いただけでは『一応食べられなくもない』という程度でしたからね。こうも食欲を刺激する香りに仕上がることはありません。やはり食文化が豊かなのは素晴らしいです」
「まあ……塩ひとつだって貴重だったからね……」
さっそくナイフで切り取るネイア。いきなり分厚い上に手のひら二枚分くらいの大きさの肉を取ったが大丈夫だろうか。
……大丈夫だろうな。ネイアだし。
そして俺は酒をメイドさんについでもらってググッといく。澄んだ甘さにアルコールの熱さが重なり、これは女の子が好きそうな奴だな、と思う。
「これもなんか有名なカクテル?」
「はい、ベイビーベイビーと呼ばれているカクテルですね。お酒慣れしてない女の子をアレするのによく使われるって言われてます」
「……うん。まあわかるけどさ」
メイドさんまであけすけにそういうの説明しちゃうってどうなの。普通女側でそういうのって言いたがらないよね。
「アンディ、肉もらってきたよ」
「こちらはフルーツですわ」
アンゼロスとオーロラは示し合わせたように(っていうか示し合わせたのか)俺の分の料理を持って寄ってくる。
「はい、あーん」
「あ、あーん……んぐ」
なんだか嬉しそうにアンゼロスが差し出してくる肉を、断る理由もないのでそのままいただく。
うん。上等なやつだ。脂の甘さも肉の柔らかさも、そこらの屋台で出してる串焼きなんかとはレベルが違う。肉というだけで同じカテゴリーに入れてしまう、自分の了見の狭さが恥ずかしくなるほどに美味い。
「これネイアたちのところの肉?」
「別口で焼いてくれたやつ。魔法も使ってステーキ用にじっくり仕込んだ野牛の肉なんだって」
「そんなのもあるんだ……」
「僕も、実家でもそんなの聞いたことないよ。すごいねセレスタの魔法文化って」
ダークエルフ文化圏は、魔法を当たり前に扱える人口が多い。ということは、オリジナルスペルを商売に生かそうという考えを持つ人は各分野にいるということでもある。
それを食品加工の方向に活かせば、ただの肉とは別次元に美味い高級肉を作ることも出来るというわけだ。
「こちらのオレンジも、育成に魔法による管理を導入したことで最高の品質を誇るそうですわ」
「なるほど……うわ、これお菓子か何かみたいだ」
一口食べて驚く。甘さも香りも、俺の知ってるオレンジじゃない。
酸味はほのかに抑えられ、果汁の中にエグみは少しもなく、粒そのものもプリプリで……ただただ口の中に好ましい刺激だけが残る。
「セレスタ料理は豪快さが持ち味だと思ってたな……ちょっとナメてた」
何を口にしても極上の体験に、脱帽するしかない。
前にもご馳走が出たものだけど、今回はランチということでシンプルな調理のものが多く、素材の良さが改めて押し出されたのかも知れない。
そんな俺の感慨に、ノールさんやヒルダさんはちょっと満足げ。
「みんなへの振る舞い料理では出せない高級食材も出てるからねー。ナンシー義姉さんもよっぽど感謝してるのよ」
「調理法自体は大味って認識で間違ってないと思うわよ☆ トロットの手の込んだお料理とは方向性違うもの」
美味い料理を作るために料理の方法を工夫するのがトロット流、色んな手段で素材自体を底上げするのがセレスタ流ってことかな。
そうして生まれた食材に手が届くのはよほどの金持ちだから、庶民レベルではその文化に気づかないけれど。
そんな調子のランチを見て、ミラ嬢たち三姉妹は何か燃え上がっていた。
「こういう大人げないことしてくれるなんてね……これよりしょぼいの出せないじゃない」
「ふふふ、ま、ここが天井だと思わせておくのがちょうどいい前フリよ」
「そんなこと言って。シーマ、本当にあの材料で大丈夫……? もう一回市場行かない?」
「いや、買ってきたのでいける。いってみせるのが料理人の意地よ!」
そういえば三姉妹が夕食を作ってくれる約束なんだった。
これを超える味覚体験をさせてくれるというのなら、それは期待せずにはいられない。
……ところで。
「なあエマ、ライラたちどうしたの?」
気になっていたのは、いい酒があるのにライラやマイアがいないこと。
一番に飛びつきそうなのはあいつらなんだけど。
エマは控えめに焼き魚と酒を口にしていたが、「言ってませんでしたか」と少し慌てた。
「二人とも、ヘリコンの方のサンドワームを食べに行くと」
「……あ、あー、そういえばそんなこと言ってたな、あっちで」
サンドワーム、砂の中を這い回る巨大ミミズ。
それをおびき出して食べるなんて、気軽にやれるのはドラゴンくらいだろう。
ドラゴンが砂上で足を踏み鳴らせば、サンドワームはその音に反応して集まる。
サンドワームに食いつかれれば、普通の種族なら下手すれば腕ごと足ごともっていかれてしまうが、鱗に覆われた巨大な四肢にとってはいかほどの傷にもなりはしない。
たまに町ごと襲われてしまうというヘリコンにとっては、ドラゴンにとってはちょっとした遊びのようなその行動は、とてもありがたいはずだ。
「マイアがいながらわざわざエマに護衛させるってのもおかしいと思ってたけど、そういうことか」
「あ、あの青竜にそこまで指図されるつもりはありません」
「いや、他に用事もないのに俺の守りを他人に任せっきりなんて、あいつらしくないからさ。いつもべったりだし」
ライラの手伝いに飛んだということは、マイアなりにヘリコンは気に入っているんだろう。
「……って、そういえばバウズたちの方はどうなってるのかな」
歓待されてて忘れかけてたけど、彼らもちゃんともてなされてるんだろうか。
それに関しては酒を給仕していたメイドさんが答えてくれた。
「彼らに関しては晩のうちに話を聞き取り、このオニキスで働こうという意思のある者については、すぐに研修を始めているみたいです。ベッカー様の方は現在トライデント本家で交渉中だとか。トライデントのご隠居は話が少々長いものですから、今日は日暮れまで帰ってこれないかもしれませんよ」
「トライデント?」
「トリコーンオーガの組合の中心です。ベッカー様の奥方のご実家ですね」
「ああ、それかー」
知ってる前提でいわれるとちょっと困るが、タルクではそれだけ有名なんだろう。
「バウズは?」
「バウズ様はユーファ様と一緒にご宿泊の部屋にいるままですよ。多分、ユーファ様がダークエルフの只中で気が引けているんでしょうね」
「そういやそうか」
ユーファ嬢は普通のエルフだ。ダークエルフが多いタルクで気安く観光なんて難しいんだろう。
なんでドラゴンライダーなのにそんなに気が小さいんだ、と少し不思議になるくらいだが、ドラゴンライダーだからって変に目立つことをする方が少数派という話も聞くし、そういうものなんだろう。
「ということは……今日は動けないかー」
動くというのはタルクからどこかに移動する、という意味。まあ、今のところそんなに急ぐつもりもないけれど。
ライラもマイアも不在。ベッカー特務百人長も帰ってこない。迂闊に遠出は出来ないな。
「午後は部屋でゆっくりするか……」
もぐもぐとご馳走を頬張りながら呟くと、後ろからポンッと手を叩く音。
「近場がいいならウチはどうでしょう」
振り向くとコスモス嬢が満面の笑みを浮かべていた。
「ウチの娼館、近いんですよ。ラッパ鳴らせば聞こえるくらいの距離ですし」
「あ、いや、そうは言ってもいきなりは」
あと、雌奴隷たちがいい顔しないので、娼館とかそういうのあけすけに言うのやめてくれませんか。
で、場の空気が悪くなる……かと思いきや、露骨に不機嫌な顔をしたのはルナくらいだった。
「……娼館って何?」
「……その、男性にこう……性交するのと引き換えにお金を取る女性のいる場所というか」
「え、あれって女のほうでお金取るようなことなの……?」
ベアトリスは娼館という概念自体がよくわからなかったらしく、ネイアは説明に苦慮。
アンゼロスとオーロラはというと。
「ついてっていいかな。前にヒルダさんも言ってたし、プロの作法とかあるならちょっと見たい」
「確かに、雌奴隷としては殿方を満足させる方法を知るに越したことはありませんわ」
え、俺が出向くのもう決まってるの?
あとはアイリーナとフェンネル……は、アイリーナが酔っ払い始めている。フェンネルは軽くジェスチャーで「私はこちらのお世話しなくては」と言ってきた。ベイビーベイビーさすがに強いな。
ヒルダさんとノールさんは「ま、昨日今日は私たちの番だったからねー」と苦笑い。エッチを優先してもらったので譲るらしい。
三姉妹は料理の仕込みに行ってしまったし、あとはグロリアさん……。
「もちろん行くよね? 本場の本物のダークエルフ娼館!」
目を輝かせていた。
「ダークエルフだけじゃないですけどねー。オーガとか人間とか狐獣人のコもいますし」
「余計に面白そうじゃない♪」
……で、ゾロゾロ見学に行ってどうするの。もしかしてみんなで他人のヤリ部屋覗くの?
いや、俺もちょっとだけ興味湧いてきたけど。
(続く)
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