急に現れたコスモス嬢に関しては、エマはさっぱり知らない。
「コスモス……主様、この方は? アシュトンというダークエルフもその名を口にしていましたが」
「あ、あー……」
 この町で「アシュトンというダークエルフ」なんて言い方で大臣を呼ぶのはエマくらいだろうな。見た目人間(にしてはとんでもない美しさだけど)の少女であるエマが、丁寧ながら若干上からの口調で言うのは違和感が大きい。
「この子もドラゴンですかー?」
「!」
 屈託なく聞いてくるコスモス嬢に、ちょっと肩がビクッとする。
「し、知ってたっけ?」
「ウチには大小いろいろな情報が入ってくるんですよ♪」
「……そ、そう。うん。この子もそれ」
 俺は周りを見渡しながらこっそりと肯定する。
 ドラゴンを連れているという情報は、できるだけ伏せないとパニックが起きかねない。
 ヘリコンではライラがその裸体を晒し、スケベ男どもから懐柔したので比較的小規模で済んだが、不用意なところで騒ぎになったら怪我人や人死にが出るかもしれない。それは寝覚めが悪い。
 それにしても……カルロスさんちのみんなは(直接見てない場合もあるとはいえ)ある程度知れ渡ってても不思議じゃないけど、外にはどうやって漏れ伝わるのか……あ。
「もしかして大臣が情報源……?」
「意外とねー。あの人も私を信用しちゃってるのか、たまに機密みたいなこと相談してきちゃうんですよねー。あ、もちろん言いふらしてるわけじゃありませんよ? お客さんはちゃんと当人だから言っただけなんで」
「……ど、どこまで知ってるの?」
「ヒルダとディアーネさんとノールさんがゾッコンのお客さんは、遠い国でドラゴンを何十頭もたらし込んでて、その気ならセレスタを一日で武力制圧できるほどの動員力になってて、これ商王様にどう報告したらええんぢゃろ……みたいな感じってことくらいです」
「ほぼ駄々漏れだ!」
 大臣、あなた本当に有能な大商人だったんですか。セレスタ閣僚の大長老なんですよね?
「あはは、っていうか私もアシュトンさんからの話じゃなきゃ、何酔っ払ってんですかもー、で次の日忘れるレベルの壮大なトンチキ話ですけどやっぱり本当なんですね♪」
「……何十頭っていうのは厳密には違うとだけ言わせてください。一応三頭です。直接言うこと聞いてくれるのは」
 エマが何か言いたそうにしていたが視線で黙らせる。ややこしいことは言わないで。お願い。
「充分メチャクチャですね♪」
「……まあ、一般的には」
 それが普通の認識だよね。
「ほへー……エマちゃんってドラゴンなんだ」
「道理で人間にしては綺麗だと思った。夏にそんな真っ白い肌してるし」
 三姉妹のうちシーマ嬢とルキノ嬢は改めてエマの正体に思い至ったらしい。ミラ嬢は薄々ながら気づいてたという風だ。
 どうもシーマ嬢とルキノ嬢は物事あまり深く考えない感じがあるな。ミラ嬢だけモテるというのは、その辺に関係してるのかも。
「それにしても平静だなコスモスさん……」
「ん、まあドラゴン自体は昔ちょっと関わったことありますから」
「え!?」
 関わった!?
「ど、ドラゴンライダーだった……とか?」
「違いますよー。旅行先でうっかり同行者とはぐれてドラゴンパレスに迷い込んだくらいで」
 充分すごい体験だよそれ。いや、俺もライラとの初遭遇はそれだったけど。
「その時はタルクまでの帰りにドラゴンに送ってもらいました。途中で同行者も探してもらって。ホント助かったんですよねえ。だから百年前のあれもそんなに酷いことにはならないと踏んでたんですけど……まあ、結構酷いことになっちゃってましたね」
「…………」
 火竜戦争は、人がドラゴンの恐怖を改めて思い知った時代。
 今となっては短命種にとっては伝説だが、その頃は北方以外のエルフの森はだいぶ焼き払われ、多くの町も破壊された。
 その頃のことを知る長命種は、ドラゴンに対して問答無用の畏怖に震える者も多い。
 この人は、既にドラゴンの優しい側面も厳しい側面も両方知っている、ということか。
 ……俺はそういう意味では、ドラゴンのことはこの人より知らないのかもしれないな。
 本気の敵意に燃えたドラゴンが、人の世界に対して行う破壊行為を見たことはないのだから。
「ま、それはいいんです。とにかく、護衛役もちゃんといるなら安心ってことで。この後のご予定は? ないならウチのお店でゆっくりされます?」
 ポンと胸の前で手を合わせるコスモス嬢。
 だが、その彼女からルナとノールさんが俺を引き剥がす。
「もう予定ある」
「弟君はこれからゆっくり市場観光。エッチばっかりじゃダークエルフ文化がそれだけだと思われちゃうじゃない」
 エロが立派にダークエルフ文化の一側面であることは、議論の余地はないようだ。
「市場ですかー。いいですね。行きましょう行きましょう」
 コスモス嬢はルナたちのトゲトゲしい態度にも全然めげていない。
 まあ、そこは年長の余裕なのか。見た目的にそうは見えないけど。
「コスモス、このままついてくるの?」
「当たり前じゃない♪ そのうち妊娠するって言わなかったっけ?」
「本気なんだ、それ」
「まあ、そう簡単にはいかないだろうから根気強く通わせてもらうけどねー♪」
 俺の意向を確認せずに、もう彼女は俺に孕ませてもらうつもりでいるらしい。
 いや、既に子孫がいるらしいし、自力で産み育てるノウハウや経済力は疑いないのだろうけど。
「つまりエッチするまでは帰らないということですか」
「あら、気に入りませんでした?」
「いや、それ自体はウェルカムなんですけど……」
 具体的にどこまでついてくるんだろう。っていうか、一発やったらそれで満足して戻るんだろうか。
 ぼんやりと不安な感じがする。いや、邪魔と言いたいわけではないんだけど、ルナみたいに雌奴隷の中にはオミズな女性に戦闘態勢になっちゃう子もいるから、ちょっと心配だ。
「本当に、女に会うたびモテモテねえ……疑ってたわけじゃないけど」
 グロリアさんが半ば呆れたように言う。
 彼女としては、大して金持ち風のいでたちでもなければ美形でもない俺が、おかしな勢いで雌奴隷たちに囲まれていることに、理由を聞いても解けない疑問もあったのだろう。
 それが、こうして次々に過激な外様が現れてくるに至り、改めて変なモテ方に実感が湧いている感じか。
「あっ、あなたが噂のエロ絵巻絵師の?」
「……そんなことまで伝わってるんだ。早耳なんてもんじゃないわね……あたしはグロリアよ」
「コスモスでーす。よろしくー。あなたもウチのお店に興味ありません? ダークエルフの高級娼館ってエルフの女性にとっては敷居が高いでしょ」
「興味はあるけど……あたしを招いて何か得でもあるかしら」
「ふふふー。あちらのお客さんが乗り気じゃなくても、お連れさんにアピールしておく遠大な計画です♪」
「それは秘密で進めることじゃないかしら……いいけど」
 人懐っこいコスモス嬢は、もうグロリアさんを取り込みにかかっている。
 アクティブだ。


 タルクの市場はこれまたすごい歴史があるとかで有名らしい。
 まあ、長命種の町なんだからそこに立つ市も長命種なりの歴史があるのは当然だけど。
 ちょっと面白いのは、ここの市では基本的にセレスタ通貨の金貨はやりとりされていない、ということ。
「専用の手形があるのよね。コインだと計るの煩雑だから」
「あー、なるほど……確かに」
 金貨数千枚、なんていうのは口にすると簡単だが、実際皮袋を開けてそれだけあるかどうか確認するのは大仕事だ。
 その代わりの基準宝石もあるが、これはこれでそれなりの店じゃないと直接は使えないので、何もかも解決とはいかない側面もある。
 そういった手続きを嫌い、ここでは昔ながらの手形で取引をするのが通例なんだそうだ。
「これがその手形。大札は今ないけど、まあそこらの商人だと全財産くらい? 中札は牛一頭分くらいの価値。小札は野菜ひと籠ってところ。これで賄えない取引は直接物々交換とかでやったりするの」
 ミラ嬢が広げて見せたのはシンプルに見えて少し凝った多角形にカットされた札。独特な色のハンコが押されていて、そのハンコの内容はこれまた独特の装飾文字で俺には読めない。ひょっとすると今の北西語じゃないかもしれない。
「物々交換って、そこでやってる感じに?」
「そう、あれね」
 ミラ嬢が頷いたのは、すぐ目の前の屋台でオーガのおばさんとダークエルフの青年が、個別の野菜同士を交換して握手していたのを見てのこと。
「面倒で金貨を出して解決しようとすると、露骨にいやな顔されるからそれはナシね。古いスタイルで定着してるところだから、金貨取引はなんていうのかな、いけ好かない? みたいな感じに思われるの」
「よくわからない意識だ……」
「ここで何百年も取引して生活してる人にとっては、セレスタの制度なんてつい最近出来たばっかりだったりするのよ。新しいオシャレ程度に思ってたりするの」
「……ダークエルフも保守的な人は多いってことですか」
「ま、そう邪険にしないでよ。ダークエルフもエルフよりは新しいもの好きって傾向があるだけで、根本的にはそう違わない部分もあるってこと」
「文句言ってるつもりじゃないんですけどね」
 金貨で取引できない、というのは、トロットだと少ないが、セレスタだと小規模コロニーでよくある話だ。いや俺がそういうのたくさん回ってるってわけじゃなく、クロスボウの隊員仲間から聞くことが多いんだけど。
 ウチ周辺は物々交換して暮らしてたよ、という話を聞くと「不便だな」という感想と「ちょっと面白そうだな」という想いが同時に出たものだった。
「せっかくだから、ここで仕入れた材料で今夜のアンディ君たちの夕飯作ろっか」
「いいねいいねー」
「まあ、ウチに帰れば大抵のものは使用人が買い置きしてくれてるけどね」
「そうじゃなくて自分で吟味した素材使うのがいいんじゃんー」
 三姉妹が盛り上がる。そう言えばこの人たち、前回の精霊祭での芸のおかげでお料理姉妹って印象だったっけ。
「それじゃ、アンディ君もちょっと手伝ってねー。小麦ひと袋と岩塩を拳半分、それとココヤシの実二つとバナナをひと籠」
 シーマ嬢が小札を数枚渡してくれた。これだけあれば買える量なのか。
「ばなな」
 それまで興味なさそうだったルナが急にシャキッとした。
「バナナ……? なんですか、それは?」
「黄色い棒状のくだものよ☆ それがオーガの指みたいに束になって生るの」
「あたしも名前は聞いたことあるけど実物は見たことないね」
 聞いたことがないらしく、不思議そうにするエマに教えるヒルダさん、そして物珍しい光景に嬉しそうにキョロキョロしつつ相槌を打つグロリアさん。
「ここでもバナナって手に入るんですか」
「南の海岸に比べると相場が上がるけど、持ってくる人はいるわよ。ここは天下のタルク市場だしね」
「食べてよし舐めてよししゃぶってよし♪ 娼館じゃ欠かせない小道具ですよ♪」
 ノールさんとコスモス嬢が請け合う。
「じゃあルナたちはヤシの実とバナナ探してきて。俺は小麦と岩塩あたるから」
 せっかくなので手分けする。ルナの目が食欲に燃えているが、まあつまみ食いはしないだろう。
 で、ルナとヒルダさん、グロリアさんが人ごみに消えていくのを見送って、俺はエマとノールさん、そしてコスモス嬢を伴って小麦と岩塩を探しにいく。
 とは言っても別に珍しい品物でもない。ちょっと歩けば普通に出してる露店はある。
「一袋ちょうだい。……あ、ここ岩塩もあるんだ。それも」
「小札三枚もらうぜ」
「三枚?」
「小麦で一枚、岩塩で二枚だ。この岩塩は青蛇産の上物だからな」
「この半分でいいんだけどなあ」
「あいにく割り売りはできないね。それが最後のひとつだ。見ろよ、こんなに綺麗な結晶だぞ。割ったら価値が下がっちまう」
 ダークエルフの中年(中年に見えるってことは相当なトシかも)がそう言って鼻息。
 札はルナたちに分けたので二枚しかない。どうしたものか。
 と。
「そんなこと言わないで♪」
「最後のひとつは気前良く出す方がカッコイイわよ……?」
 コスモス嬢とノールさんが身を乗り出して訴える。
 コスモス嬢は体のわりにボリュームある巨乳の谷間を見せ付けるように腕を絞り、ノールさんは腰の深いスリットに意味深に指を這わせて挑発。
 それにゴクリと喉を鳴らした店主は、俺の視線を感じたのか取り繕うように姿勢を正し、それでも視線は二人の際どい部分からはずせないようでいったりきたり。
「まけられないならまあいいよ、他で」
 俺はダメ押しにそう言って半分体を引くと、店主はあーあーあーわかったわかった、と手を上げる。
「しゃあねえ、美人に渡る方がこの岩塩も幸せだ。二枚でいい。持っていきな」
「♪」
「いぇい♪」
 ノールさんとコスモス嬢が軽くハイタッチする。
 美人は得だなあ。それを武器に出来る人は特に。

(続く)

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