クリント兄上含め、ブッ飛ばされたアシュトン大臣をどうしたらいいのか誰も分からないまま、気まずい時間が数分ほど続き、しばらくしてアシュトン大臣がヨロヨロと立ち上がるのと、騒ぎを聞きつけたナンシーさんが走ってくるのがだいたい同じくらいの頃合いだった。
「君は、アンディ君。……何をやっているんだ、義父上」
「な、ナンシー……止めるでない、ワシはこやつをブッタ斬らねばならん」
「無理だろう義父上では」
「一瞬くらい躊躇ってから言わんか!」
「10歳の息子にすら本気で負ける人に現役の兵士が斬れるとは思えん」
「と、トニオは才能があるから仕方ないぢゃろう」
「現時点ではまだ同い年の真ん中くらいの腕だぞ」
「い、いやいや、あいつはエースナイトになれる逸材ぢゃ」
「軍務を預かる者が身内の評価に甘くてどうするんだ……全く」
言いながらナンシーさんはアシュトン大臣の持っていた剣を取り上げてしまう。
「あっ、返せ!」
「悪ふざけは大概にしてもらおう。ディアーネやヒルダを本気で怒らせる気か、義父上は」
「うぐ……だって……」
涙目になるヒゲのおっさん。とてもかっこ悪い。
でもまあ、剣を習ってる10歳児相手に、俺も勝てるかな……どうかな。
「ライラ、アンゼロス……俺が斬られたらどうする気だったんだよ」
「ほ。あんな鈍臭い剣に斬られる飼い主殿ではないじゃろ。勇者やマスターナイトすら向こうに張った男が」
「本当にまずそうだったらさすがに手を出してたけど、体捌き的にアンディに届きそうにはなかったよ」
……そういや俺、色々なやつ相手に何度もやばい戦いしてたんだったな。そんなに前じゃないけど、自分でも忘れそうになっていた。
「だいたい、今頃になって急に何だ。彼の働きには既に個人の枠でなく、セレスタとしても感謝を示さなくてはならないほどだろうに」
「しかしなナンシー! ディアーネやヒルダに飽き足らず、ノールもぢゃぞ! あとこないだコスモスまでこやつの話をしとった! ワシがどれだけ萎え……いや、腹が立ったかわかるか!」
「……また奥方たちを差し置いてコスモスのところに」
「あ、いや、今のはちょっとナシで。とにかくほっといたら他の娘たちまで危ない! ワシは父親としてもはや捨て置くわけにはいかぬのぢゃ!」
「今の会話だけで自分の信用が地を這いずっていることに、何故気づかないんだ……」
ナンシーさんが額に手を添えて首を振る。
うん。さすがに女関係だらしない奴を糾弾しようって時に、自分も風俗行っちゃってる宣言はどうかと思う。
確か10人いるんだよね、この人の嫁さん。
「とにかく義父上。ここは既にカルロスの名でやっている場所だ。例え大御所と言えども狼藉はよしてもらう」
「カルロスだってこやつマジぶっ殺したいってゆってたもん!」
「はいはい」
ナンシーさんはそれ以上取り合わず、連れてきた他のメイド数人にアシュトン大臣を連行させてしまった。
「すまないね。義父上はいつもはもう少し道理のわかる男なんだが……」
「はあ」
「ディアーネもそうだが、ノールも特に天才肌で……自慢の種になるほどなのに親の手がかからない。そしてそのわりに家族想いのいい子だからな。あの子までアンディ君に夢中になってしまったのは、少々気が収まらないんだろう」
「う、うーん……だからって、いきなり斬りかかるのは勘弁してもらいたいんですが」
っていうかノールさんってそんなに俺に執心してたっけ? いや、バッソンまで追いかけてきたのは充分それに値するのか。
「それで今日は? ここに来たのは何か目的があるのかい? それとも精霊祭を楽しみに来たのか」
「あ、それは……」
とりあえず元麻薬患者の女性たちを紹介し、経緯を説明しておく。
ナンシーさんはふむふむと頷いて、彼女たちを値踏みした。
「女手ひとつで本気の商売をするのか、あるいは適当なところで嫁に行く前提で働くのか……そこらの腹積もりにもよるけれど。うちで預かることはできるよ。しかし、今後もその被害者を継続的に治療し、社会復帰を支援するとなると、さすがにうちでも一手に引き受けると言い切るわけにはいかない」
「オニキスでも、ですか」
「うちもそれなりに余裕があるとはいえ、あくまで商売だからね。ただ麻薬にやられたというだけの条件で来る人に対し、無制限に責任を持つことはできないよ。仕事への熱意を持っているかどうかが重要だ」
「……まあ、そりゃそうですね」
彼女らは奴隷にするつもりでさらわれた。その時点でもう帰る先も身寄りもない娘が多い。生きていくには仕事もなくてはいけないのだから、そこまで世話しなくては俺たちとしては収まりが悪い。
しかし、実際にその適性や意志が彼女ら自身にあるかどうかは、完全に別問題だ。誰も彼もが殊勝で勤勉とは限らない。向いていない娘だっているだろう。
そこを確認するわけでもなく、ひたすら「ラビネスの被害者」という条件だけで人を運ぶのだから、預かりを頼まれる側だって「はいはいいくらでもどうぞー」というわけにはいかない。
総数だって分からない。流石に何千ということはないだろうが、数の分かっていない人間の社会生活を、いくら大商会とはいえ保証はしづらいだろう。
「ラビネスをやっつけた時には、苦しんでいる人に復活手段を案内してあげるのは人の道……と思ってやったことですけど。もっと根本的に枠組みを考えないといけないんですかね」
「ディアーネが無計画とは思えないから、先の話についてはディアーネの方で考えてあるとは思うけどね」
「やっぱりディアーネさんナシで動いたのは軽挙だったか……」
「まあ、今回はうちでもなんとかできる程度だ。ここに来ている分は私たちで世話をしよう」
ナンシーさんが請け合い、みんなホッとする。
「それで精霊祭のほうはどうする? 今回もノールが踊ることになっている。予定では明日にはタルクに到着するはずだが……君らが素通りしたとノールが知ったら、悔しがるだろうね」
「す、素通りはしませんよ。さすがに」
「それはよかった」
ナンシーさんはにっこりと笑い、いつの間にか集まってきていたメイドたちに部屋の準備を指示する。
「精霊祭までは少しゆっくりとタルクを楽しむといい。なんなら一年くらい居候していっても構わないんだよ?」
「それはちょっと……」
「結構本気なのだけどね」
ナンシーさんは肩をすくめた。
でも、正直アシュトン大臣やカルロスさんのいる屋敷で一年も生活したら胃痛で倒れそうだ。
通された客間は広々としていて、その上庭深く、町の喧騒や祭りの準備からもほどよく離れた棟にあり、なんとも居心地がいい部屋だった。
「レンネストやヘリコンの屋敷も豪華だったけど、ここは一番もてなされてる感じがするわねぇ」
「私は実家だから当然くつろげるけどねー。腫れ物扱いでろくに手も貸してもらえないところよりは、ずっと快適よね☆」
就寝準備を終えて、下着姿ですっかりくつろぎモードのグロリアさんとヒルダさん。
ちなみに俺は最初メイドさんに別室を案内されたのだけど、すぐにヒルダさんが「カレは私たちの部屋で寝るの!」と拉致してしまったのだ。
他の娘たちも部屋を割り当てられ、今日のところはもう夜も遅いし、昼間にさんざんヘリコンでエロいことをしたので、もう寝ようという流れになっていた。
「ダークエルフの屋敷で、あたしみたいな白エルフがもてなされるとは思わなかったなぁ」
「元々ダークエルフはそんなに白エルフ嫌ってるわけじゃないわよ? 別に好きってわけでもないけれど」
「んー……まあ、そうなのかな」
「白エルフは排他的過ぎるのよ。ドワーフも人間も獣人もオーガもみんな基本的に嫌うじゃない」
「そこまでは……えーと、まあ、人間とは敵対はしてなかった……と、思うけど」
「ちょっと昔の森林領や北の森の情勢見たら、そんなこと言えないでしょ。ダークエルフは何千年も仲良くやる方向で来てるんだから、話が違うのよ☆」
「んー……十倍生きる長命種が短命種の時間感覚に合わせるのもどうなの、ってところもあるんだけどねぇ」
グロリアさんは、エルフ社会からドロップアウトした今でも、まだエルフらしい感覚を引きずっているようだった。
「時間感覚の差ってそんなに大変ですかね」
俺はその辺はよくわからない。
「君はまだそんなに実感ないかもしれないけれど、自分の十分の一で生まれて死ぬ相手と同じ感覚で生きるっていうの、少し想像してみてよ。人間は四十年くらいで衰えて、七十年くらいで死ぬんだよね? それをさらに10で割って……そんな種族と友達づきあいしたり仕事したりセックスしたり。気を使うことが多過ぎると思わない?」
「……えーと」
つまり去年の頭に生まれた子が今年の年末には大人になる。……って、エルフも成人までの時間は同じか。
それは置いといて。
今年ようやく飲めるようになった奴が、再来年にはもう若くないと言い出し、その二年後には腰が曲がってる。その次か、次の次の年には老衰で大往生、か。
「哀れな話には思えるけど……」
「そういうのに合わせて慌てた生活するわけよ。君が一ヶ月で考えてる仕事は三日でやらなきゃいけない。一日くらいのんびりしたいなーと思っても、休みは一時間か二時間で、もう短命種は次の仕事に出発してる。そんな社会で生きるようなものよ」
「……そんなに?」
「エルフだってのろまな種族じゃないから、極端な言い方になってるけどね。でも、エルフにはエルフなりの時間感覚で、物ごとをじっくり究めていくっていう志向もあるし……そういう生き方は、森の木々の成長速度と合致した生き方でもある。悠長過ぎるように思えるかもしれないけれど、そうして生まれ広がる森と歩調を合わせ、寄り添って生きることこそエルフの本懐という側面もある」
「……遠大な話だ」
うまく言えないけれど、改めて長命種というのは俺たち短命種とは別のものを抱えてるんだなあ……と奇妙な感慨を抱く。
ドラゴンが破壊を司り、自分がそこにいるだけで多くの他者の命運を握り続けている超越的な感性と同様。
エルフというのは、やっぱり違う生き物なのだろう。
でも。
「グロリアさんは、そうして短命種と交わることは、間違っていると思う?」
「…………」
「忙しすぎるかもしれない。もっとゆっくり生きられるかもしれないけど。……俺たちと同じ世界に生きることは駄目なことだと思う?」
「あたしは……」
グロリアさんは迷う。
彼女としては、もうエルフの「正道」の生き方を主張できる立場にはいないのだから。
そして、ヒルダさんは。
「私はそんなこと思わないわ。……自分に長い余命があるからって、それを持たないたくさんの人たちに、わかりあう価値がないなんて決して思わない。むしろ、同じ時代に生まれられたことを、生まれてくれたことを楽しみたい。こんなにもたくさん、笑って泣いて愛し合える人たちがいることを、決してないがしろにはしたくないわ」
「……そう、かもね」
「だから」
ヒルダさんは俺に顔を向け、うっすらと笑う。
「遠慮なく、愛し合いましょ☆」
「結局そこに行くんですか!?」
「アンディ君、あなたは勘違いしているわ」
ヒルダさんは足を上げ、下着をするりと脱ぎながら堂々とドヤ顔で言った。
「私はアンディ君といるとき、どうやってエッチになだれ込むかしか考えてないのよ☆」
「うすうす知ってたけどその宣言は欲しくなかった!」
「えー。喜ぶところじゃないの?」
……まあ、嫌というわけではないんですが。
(続く)
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