明け方についたヘリコンの豪商屋敷には、朝からさっそくの憲兵隊と有力商人たちの訪問が相次いだ。
それらを相手するのは当然ライラ。といっても、寝椅子に横たわって酒を片手に頷いていれば、それで相手は大体満足して手土産を置いて帰っていくので、見てて本当にそれでいいのかと心配になる。
「ライラ……本当にちゃんと話聞いてる?」
「ほ、力を貸せというのでなければ適当に聞き流しておけばよいじゃろう。わざわざ竜を訪ねて自慢話をするのじゃ、茶々を入れるのも不憫というもの」
「雑だなぁ」
実際「自分がライラのいない間にどれだけヘリコンを発展させたか」という報告が多く、中には小難しい言葉を連発した上に「ライラ様なら当然ご存知の道理かとも思いますが」みたいなフリもされていたんだけど、そういう話にもライラは鷹揚に頷くだけだった。
「もしかしたらドラゴンの威を借りて悪徳商売するために、言質取りに来てたのかもしれないぞ?」
「そんな不届き者があらば当然、我に被害を訴えてくる者もおろう」
「そりゃそうだけどさ……」
「我から不興を買うような真似をすればどうなるか、考えておらぬ者なぞおるまいて。何よりリザードマンどもが我の名を使った不届きは許さぬじゃろう」
「ああ……なるほど」
ヘリコンが賑わうことになった直接の立役者は、ライラを慕ったリザードマンの商人たちだ。
彼らにそっぽを向かれたとあれば、どれだけ好景気を笠に着たところで立ち行かなくなる。
「冷たいことを言ってしまえば、我にとってはさしたる知己もおらぬ、気に入ったねぐらのひとつでしかない。気に食わぬことがあまりにも多ければ、竜らしく焼き捨てるだけのことでもある」
「だ、駄目だぞ乱暴なことは」
「ほほ、あくまで不届き者が多ければの話よ。今のところはそんなつもりはない。じゃが、この地で我の威光を頼って集まった者どもが、我の機嫌を損ねた結果としてどれだけ酷い目に合うとしても、それは我の気にすることではない。竜が愛するのは乗り手、それ以外のことは些事じゃ」
「うーん……」
「忠実な僕として謙る竜ばかり相手にしていて忘れてしもうたかも知れぬが、竜とはそういうもの。また、そうあるべきものじゃ。身勝手とも言われかねぬ暴威も、無ければ無いで付け上がるものもあろう。因果応報あってこそ、人は公平であることを自他に課すことができるというもの」
ライラが悠々と酒を楽しみながら語る道理は、あらためて彼女らが人の道理の外、あるいは上にいるということを認識させる。
「ポルカやカールウィンは竜の守りを得て、安寧を手に入れたと言えるかも知れぬ。それは乗り手たるそなたがそう定めたからじゃ。この地は我の気まぐれな仮の巣たるに過ぎぬ。それ相応の道理で栄え、それ相応の道理で、滅びの道もある。ただそれだけのこと」
「うーん……あれだけ歓待してくれる街のみんなを、まるで突き放すみたいで気分よくないけど」
「竜も、乗り手も、神ではない。遠きも近きも、全てを同じ道理で治めるのは無理というものよ」
つきっきりでいるわけにはいかないからこそ、それ相応の厳しさを含んで向き合う。
それもまた、ドラゴンなりの誠実なのかもしれない。
「それより、そなたの誕生日の祝いはどう楽しむか、女たちの相談は終わったのかえ」
「んー……どうも紛糾してる感じはする」
「ほ」
とりあえずアンゼロスが「もっと早く言ってよ!」と急にキレた。
そしてオーロラも「それならクラベスに寄った方が良かったかもしれませんわね……手持ちの品でお祝いに使える物が……」とブツブツ言い出し、ネイアとベアトリスは「誕生日……?」と不思議そうな顔。数え年で春になるごとに加齢するのがカールウィン式だとか。
で、他の面子も加わって「どうやってご主人様をもてなそうか会議」が始まってしまい、俺は遠巻きにその進捗を見つつ、ベッカー特務百人長やバウズ側の馬車に乗っていた女性たちからあれこれ御用聞きしたりしていたのだった。
ちなみにこの辺出身の人もいたようで、故郷に帰ると言い出してバウズが送りに出ていたりする。ドラゴンで飛べば往復で1時間とかかる距離ではないらしく、そろそろ帰ってくると思うけど。
「音声幻影さえ使っておらぬなら、商人どものおべっかを聞き流しながらでも、女たちの話の流れが分かったのじゃが」
「俺の祝いだから、詳しいところを伏せて驚かせたい……っていうのはわかるんだけど」
「どうせ最終的には体で祝うしかなかろうにのう。それが飼い主殿の一番喜ぶことであろうし、そのための雌奴隷じゃろう」
「身も蓋もないこと言うなよ……」
実際のところ、こういった旅の途中では、彼女らがプレゼントやパーティーを用意するなどといった趣向は難しいだろう。
となるとエッチなことしかないし、俺にとってはいくらでも大歓迎なことでもあり、またヘリコンはライラに捧げられたこの大きな屋敷もあり、治安も比較的よく、羽目を外すのも割とやりやすい。
例えば野外で楽しもうという話になったら、ちょっと北西に行けば夜の砂漠もあれば美しいオアシスも点在し、南側には緑豊かな沼沢地帯もある。どこでだって趣深いエッチが可能だろう。地理に明るいというのは強い。
ライラのおかげで酒もご馳走もいくらでも運び込まれてくるし、こうまで条件がいいとそれこそどんな酒池肉林が始まるのかと楽しみになってくるが、会議はとても長引いていた。
「ああも話が込み入るとは、奇を衒っていこうとして行き詰まっておるのかのう」
「わからないけど……うーん」
思えば、面子が今までとは一風変わっている。特にエロに前のめりなテテスやシャロンが外れ、セレスタ文化事情に明るいディアーネさんのリーダーシップもなく、またアイリーナやフェンネル、グロリアさんといったインドア派もだいぶ参戦している。いやグロリアさんは誕生パーティーなんて参加する義理は薄いんだけど、行きがかり上参加。
このメンバーで、この自由なロケーションで何を企画して俺を喜ばせてくれるのか……結構、予測がつかないところはあるよな。
「しかし、祝いなぞいらぬと言うておったが、皆がひときわ喜ばすために知恵を絞っているというのは、悪くない気分であろう」
「いらないとは言ってないよ。もう若いとばかり言ってられない歳の誕生日なんて、そんな重要じゃないと思ってただけで」
大人になるまでは誕生日が待ち遠しかったトコはある。
一人前になり、酒が認められるのは待ち遠しかったし、自分が成長している途中という実感は「今は無理でも、しかるべき歳になりさえすれば理解できるし可能になるかもしれない」と、何事にも希望があったものだ。
もちろん、今から何も成長できないと思ってるわけじゃないけど、でもハタチを過ぎていくらかすると、なんとなくそういう「未来の自分ならなんとかなる」という、無責任なまでの自分の成長への信頼感はなくなってしまった気がする。
そうなってくると、歳を重ねるっていうのは立派になっていくことではなく、衰えていくことの緩やかなカウントにも思えてしまって、どこか「喜んでばかりでもいられないな」という苦味が混じってきたのも事実。
無論、誕生日だからってことさら祝ってくれる相手がいなかったというのもあるけど。
……セレスタって地域差大きいから、カールウィンみたいに数え年ってところも結構あるんだよな。だからクロスボウ隊では仲間の誕生日を祝うというのは一般的でもなかった。
だから、誕生日のことはアンゼロスだって詳しくは知らなかったわけだ。
「はぁ……俺も27かぁ」
「その数に思うところでもあるのかえ?」
「いや、ちょっとな。……今、ピーターが1歳、エレニアが0歳……親父が死ぬ頃の歳になってようやくピーターがハタチかな?いや、ハーフドワーフだと成長が遅いはずだからまだ子供みたいなものかな。でもエレニアは立派に綺麗な女になってる頃で。多分俺は……きっとヒゲでもつけてないと貧相な感じのオッサンになってて。その頃にもきっとアンゼロスもディアーネさんも、ライラもマイアも今とほとんど変わってないんだろうなあ、って、今さらな」
「そなたにヒゲか。ククク、似合いそうもない」
「な、そんなこと言うなよ。見慣れてないからそう思うだけで、意外とサマになるかもしれないぞ」
「いやなに、そうヒゲにこだわるな。ポルカの中年はみんなチョビヒゲじゃが、あれの真似をすることはないじゃろ。見た目の迫力が欲しいなら、少し恰幅をつけてもよいかもしれぬぞ」
「恰幅……恰幅かあ」
要は太れってことか。
体が重くなると行軍とかキツくなるからなあ。まあ、退役したら必要なくなるんだけど。
実際鍛冶屋には、腹の出たドワーフもどきの体型のオッサンも多い。
いや、でもちょっと待とう。
「余計見た感じがエロ絵巻の醜い竿役っぽくなるのは避けたい」
「気にすることはないじゃろう。我はそなたが丸くなっても変わらず愛してやるぞえ。幻滅するような女は好きにさせればよい」
「いや、雌奴隷のみんなは信用してるけど、だからこそ余計にな、見た感じに釣りあわなくなるのはナシにしたいと思うんだよね!?」
「痩せておっても老いれば釣りあわなくなるのは同じじゃろう」
「だけどさあ……脂ぎったデブ親父とローリエやアイリーナの組み合わせは絶対アウトっぽくないかぁ?」
俺がライラと激論していると、奥の広間で会議していたはずのアイリーナが、いつの間にやらニュッと応接室に入ってきていた。
「ふむ、スマイソン殿が恰幅をつけるという話かのう? 悪くはないが太っておる隙があるとは思えんな」
「どういうことだよ」
「毎晩毎晩両手指でも足らぬ女の胎に精魂注ぎ込んで、なお肥えていけるほど食うのは容易ではないぞ」
「……ソウダネ」
むしろ俺、今痩せこけてないのが不思議だね。
「んー、でもアイリーナ様とデブな彼かぁ……いいねぇ、実にヤバい絵面で」
「グロリアさん」
「もしそういうシチュになったら写生させてよ、最高にゾクゾクする感じの絵が描けそう」
「わらわをも絵巻で描き散らす腹積もりか」
「あらご不満。朝方の馬車じゃ大胆なこと言ってたから、いいかと思ったんですけど」
「む、むう。不満ではないが……」
落ち着け氏族長。本人の性生活を直接描き写されて流通させる国家元首級は前代未聞だ。
「ほ。それで結局、どういう趣向の誕生祝いにするかは決まったのかえ」
「それは……」
アンゼロスがポッと顔を赤くして、頬を掻く。
……えっ、どんなのが決まったんだ。
見回すと、会議に参加していた雌奴隷組はどいつもこいつもみんな赤面して目を逸らしていた。
「な、なんだよ。何をするんだ」
「あ、あのね」
アンゼロスは俺を上目遣いに見ながら。
「……僕らが、自分自身をプレゼントすることにしたんだ」
「……う、うん?」
いや、えーと、うん。
そもそも、全員子宮まで全部俺に捧げてるよね。
雌奴隷として、ほぼひとつ残らず俺に捧げられるものは捧げきっている。
それでもあえて強調しつつ俺に戴いて欲しい(性的な意味で)ということなのだろうか。
若干俺が不思議そうな顔をしているのが伝わったか、アンゼロスは言い直す。
「ほら、テテスあたりから首輪の儀式でちゃんとアンディの所有物宣言してるじゃない。でも僕ら古参のほうは結局そういうのしてないし……改めて、アンディに直接自分から奴隷宣言するの、いいねって話になって」
「……お、おう」
「だから……その、アンディ。みんな、自分を捧げる言葉、頑張って考えたから。……受け取ってくれるよね」
「え、お、おう」
戸惑いながら、なんだか間の抜けた返事を返し、俺はキョロキョロとみんなを見回す。
なんだか予想と違う方向に嬉し恥ずかしいプレイになりそうだぞ。
(続く)
前へ 次へ
目次へ