アンゼロスと一緒に街に出ていたグロリアさんが、夕方になって戻ってきた。
そして溜め息。
「はぁ……刺激的だった」
何があったのだろう、と思い、アンゼロスに目を向けると、アンゼロスは苦笑い。
「どうもクラベスやハーモニウムのあたりじゃ、こんなに荒っぽい雰囲気ってあまりないみたいで……まあ確かにセレスタの中では治安のいいほうだしね」
「雰囲気に酔った?」
「どうだろ。そのへんでいくつか喧嘩も見たし、聖戦士同盟が歩いてるのも見たけど」
「聖戦士同盟ってヴァレリー連合の?」
「そう。あの白い人たち」
セレスタやトロットのナイトクラスと互角以上の力を持つとされる、小国家連合選り抜きの騎士たち。白い鎧がトレードマークだ。
そしてほとんど実戦をしないことでも有名だったりするが、彼らがレンネストでも見かけられるようになったということは……。
って、こういう時に解説してくれるテテスやディアーネさんはここにいないのだった。
「バスター卿の誘い……かしら。ドラゴンの送迎でレンファンガスからカールウィンに直通便が通ったわけですし、後付けで彼らを絡ませて、魔物領平定事業の軟着陸を主導しようとしているのかもしれませんわね」
「……解説ありがとう、オーロラ」
代わりはオーロラが務めてくれた。よしよし、と撫でてやるとちょっと得意げに胸を張って目を閉じる。
可愛いなあ。毛並みのいい犬みたいだよね、オーロラって。
「あるいは、『ドラゴンまでもが絡む事業に、レンファンガスが先乗りした』という、その事実を見せ付けることで威圧するのが目的やもしれぬの」
アイリーナも撫でてほしそうに横に来る。こっちは子犬といった感じか。
とはいえ、グロリアさんは「そうじゃなくてっ」と俺たちの納得を振り払う。
「マーマンとかリザードマンとか歩いてたじゃない! あれ凄くない!? なんでマーマンいるの!?」
「……マーマンいたの?」
「……うん」
アンゼロスに確認すると「そっちかあ」とまた苦笑い。
俺もマーマンはそんなに遭遇回数多くないし、レンネストで見たらびっくりしてしまうかもしれない。だって水のイメージないもんな、ここ。
「しかもそんな種族が入り乱れて喧嘩して……それを一発で収めるあのオーガの人とか、まるで物語見てるかと思ったわ」
「……オーガ」
「アネット大騎士長だよ……」
「……いつもの光景だな」
というか、喧嘩の仲裁に出動し過ぎじゃないか、あの人。アネット大騎士長が混ざるとむしろ被害が拡大してそうな気もするんだけど。
「隅っことはいえセレスタの都会に住んで、亜人の坩堝で娼婦なんかやって……賑やかなのには慣れてるつもりだったけれど」
「まあ、賑やかの一言では片付かないよね」
俺も結構色々見てたつもりだったけど、アネット大騎士長の大暴れを見た時には目を疑った。
ドラゴンもディアーネさんも、ボナパルト卿の戦いすらも見ていたのに信じられなかったもんな。
「それ以外にも、あっちでもこっちでも日常的に暴力騒ぎがあるし……ありがとね、アンゼロスさん」
「ああ、まあ、慣れてるので」
「お前が腕前披露するような事態もあったの?」
「ん、ちょっとね。ほら、僕たちエルフじゃん。エルフ女なんてチョロいと思ったのかな、強引なナンパに来た奴らを軽く路地裏で、こう」
クルッとボールでも回すように手首を回してみせるアンゼロス。剣を抜くまでもなく素手で畳んでやった、ということか。
「これがガントレットナイツなら、見ただけでチンピラなんて逃げていくんだろうね。見た目で脅せないっていうのもつらい」
「ガントレットだけはなー……エースナイト徽章なんか、ここではみんな見覚えないだろうし」
特にアンゼロスは小さくて可愛らしいので、剣や徽章を身につけていたところで冗談にしか見えないだろう。実際はその戦闘力はエースナイトを大きく超え、マスターナイト級とすら言える程になっているのに。
「オーロラはいいよね……背も高いし、全体的に姫君って感じの印象だから、僕よりは侮られない」
「そうでもありませんわ。身分ある女の護身術など所詮は半端な嗜み事……と、決めてかかる下郎も多いものです」
「身分もない小娘と思われるよりはまだ躊躇してもらえるよ」
「……特に身なりが悪いわけでも、所作が下品というわけでもないのに、何故アンゼロスさんはそうまで風格が出ないのでしょうね」
「迫力も一種の才能だと思うよ……」
「俺もそう思う」
アンゼロスと頷きあう俺。やっぱり尊ばれて育つ環境が大事なんではないだろうか。
「主様は普段は出さないだけで、立派な風格を見せることもできるはずですが……」
エマはそう言うけど、あれは一種の超無理した演技だから。そんな長続きするもんじゃないから。
多分、そこらのチンピラに対してああいう気配を出してみたところで、何おかしな澄ましヅラしてやがんだコイツ、とか言われておしまいだろうし。
「そういう意味では、ハーマンとかライナーは生まれつきのモノがあったのかしらね」
ベアトリスが話に混ざってきた。
「特にハーマン、まだ子供の頃からすんごい不気味な無表情で有名だったらしいわ」
「あー……あいつかあ。アンゼロスにボコボコにされた」
「……ボコボコにしたの、アンタが? あいつ、ライナーの次に強いって」
ベアトリスはギョッとした顔でアンゼロスを見る。
俺たちがやっつけたという事実はなんとなく伝わっていたが、その戦いが起きている頃にはベアトリスは腕ちょん切られて寝込んでたんだっけ。
「まあ、確かに強かったけどね……僕はライラからこういう力、借りてるから」
パチン、とアンゼロスが指を鳴らすと、その手の上に火球が生まれ、消える。
「何それ……」
「ドラゴンブレス。その気になればこの部屋くらい火の海に出来るよ。やらないけど」
「……酷くない、それ? ハーマンそんな火責めでやられたの?」
「まあ、それと普通の殴り合いが半々……かなぁ」
「アンゼロスは殴り合いでも負けてなかったよ。っていうかほぼ無傷で圧勝だった。ハーマンにスーツアーマーがあったことを考えれば、そんなに酷いハンデってわけでもなかったんじゃないか」
弁護したが、ベアトリスは納得いっていないようだった。
「あんたね、いくら自分が一発ならなかったことに出来る鎧着てても、一瞬でそこらじゅう火の海にできる奴とマトモに喧嘩できると思う? どう考えても卑怯じゃない?」
「うーん……それを言われると」
でもなー。あんな状況で正々堂々戦えって言われてもなー。っていうか海王輪だってわりとズルいアイテムだと思うけど。
と、そんな話をしているところにネイアが帰ってきた。
「ただいま戻りました。……ハーマンの話ですか? 奇遇です」
「奇遇ってなんだよ」
「ハーマンを今、ベルガさんが預かって面倒を見ているらしいですよ。さっき、バスター様から聞きました」
「ベルガ!? なんでベルガ!?」
ベルガはカールウィン制圧作戦に参加していないし、因縁も薄い。
せめてリスター大騎士長に委ねられるならともかく、なんでまたベルガ。
「なんか似てるからいいんじゃね? っていうアネットさんの鶴の一声があったとかで」
「雑だ!」
確かに雰囲気は似てるけど!
そして、それを聞いたアンゼロスが妙に思案顔。
「……もしかしたらさっき見たの、ハーマンだったのかな」
「……え、何、見たの?」
「鎧とか着てなかったし、なんか雰囲気違ったんだけど……あと丸坊主にしてたけど。人間にしては妙に体格がいいな、ってちょっとハーマン思い出したんだよ」
「……そんなに別人だったのか?」
「だって若返ったみたいだったし」
アンゼロスが困ったように言った言葉に、ネイアとベアトリスが顔を見合わせる。
「あの……アンゼロスさん、彼、別にそんなに年嵩では……」
「今年20歳くらいのはずよ。私の五個上だったから」
「ハタチ!?」
どう見ても俺より年上だった気がする!
「そんなに歳だったら、ブライアンやネイアより何代も後まで勇者襲名できずにほっとかれてるわけないじゃない。あれだけ強いのに」
「そ、そりゃそう……なのか?」
そういえば爆炎騎って、ネイアがいない間に一人死んでハーマンに代わったんだっけ。確かに俺より年上になるまで温存される理由はないよな。
というわけで妙に興味が湧いてきたので、急遽、制圧作戦参加組でハーマン再捜索を開始する。
というか、探し物ならベッカー特務百人長だ。彼に頼んだら、ものの三十分で「それらしき人を近くの繁華街で見つけた」と言ってきた。
「とはいえ、俺も言われないとわからなかったぜ……なんだあれ」
ベッカー特務百人長をはじめ、俺、ネイアとベアトリス、アンゼロスにオーロラ、ヒルダさんとアイリーナ、マイア、ルナ。
10人の大所帯で、建物の影や茂みの後ろ、木樽の裏などに手分けして隠れながら観察したハーマンは……なぜか知らない女の人とデートしていた。なんかこう人妻な雰囲気漂ってる美人と。
「ははは、いやあ俺、なんというかベルガさんの弟子みたいなもので? 今まで修行の毎日だったんですけど……ほんと、メリエさんみたいな美人と出会ってたら剣士になんてなってなかったかも知れませんよ! ほら、剣やってるとなかなか町には居つけないじゃないですか。ま、大事だとは思うんですけどね? それよりはどっちかというとこう、畑耕したり鍛冶やったり料理したり、みたいな?」
「あらあら。でも農民は大変よ? この国の農民って、農地は自分の耕せる範囲好きに使っていいけど、秋の侵攻で全部オジャンだもの。それ以外の時期にも魔物はよく現れるし」
「ははは、それでもウチの田舎に比べれば……」
「ここより大変なんて凄い田舎なのねぇ」
異様に浮かれたハーマンの声は、渋がっていた時と同一人物とは思えないくらい高い。
見ててもちょっと信じられない。
「何が……何が起きたんだ……」
みんなで固唾を呑んでよくわからないハーマンの豹変を見ていると、俺たちの背後にスッと影が差し、マイアとネイアがいち早く反応してツララと閃光剣をバッと突き出す。
「おい、待て。勇者にドラゴン」
「……ベルガさん?」
相も変わらず鎧姿のベルガは、軽くのけぞったものの、剣とツララの寸止めを予めわかっていたように、それだけの反応で済ませていた。
「ハーマンを覗き見か。……白の氏族長殿まで。いい趣味とは言えませんな」
「む……」
「そ、それよりあれなんなんだ。ハーマンあんなキャラじゃなかったよな!?」
俺が言うと、ベルガはムフーと鼻息ひとつ。
「あれでもカールウィンの首脳たりうる人材にしたいというから連れてきたが、どうにも気負い方がおかしくてな。バスターの奴ももてあましたという事で、俺に教育係が回ってきた。まあ人を育てるのも嫌いじゃない。引き受けた」
「……で、なんであんなことに? そんなに長いこと預かってたわけじゃないはずだけど」
「女を知らんようだったのでな。昔馴染みの女に世話を頼んだ。それだけだ」
「昔馴染みって……あの人?」
「俺はこれでも、腕も地位も金もある。フェリオスはあれで潔癖だからあれだが、俺個人は女との関係もそう嫌いではない。あまり深入りはしないつもりだが、相手は入れ込んでくる」
「急に自慢し始めたぞ……このおっさん」
「黙れスマイソン。貴様にだけは女関係で茶々を言われる筋合いはない」
咳払い。
「メリエはそういう女の一人でな。まあ、俺としてはたまに相手をしてもらう程度の仲なんだが……これも縁だ。見込みのある童貞がいると言って任せたら、一週間であの通りだ」
「あー……」
自分の情婦的な相手に童貞切り任せたのか。俺にはちょっと理解できないけどそういう関係もあるんだな。
「まあ、メリエには好きにさせるが……メリエを本気で振り向かせるのは、あの小僧では難しいだろうな。だが、それも糧だろう」
「……エグいことするなぁ」
「いい女に夢を見て、いつか現実も見て、それで男は男になっていくものだろう」
ベルガは訳知り顔でそう言い、俺たちに「もう散れ散れ」とばかりの手振りをする。
……相変わらず幸せ絶頂はしゃぎまくりのハーマンをもう一度見る。
強く生きろよ、ハーマン……。
(続く)
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