レンネストでの二日目。
ガントレットの四人を送るという目的は達したので、もうこの町を出てもいいのだけど、ネイアを女王の話し相手に送ってしまったので、それが終わるまではとりあえず待つしかない。
そんなに急ぐ旅でもないのだけど、ここは歩き回って楽しむには……ちょっとばかりヤンチャ者が多すぎる街だというのは、昨日見たとおりだ。
というわけで、外に出かけているのはグロリアさんとその護衛のアンゼロスくらいのもので、元麻薬患者の女性たちを含めて、屋敷内でゆっくり過ごすという選択をした者が多い。
そんな中、ふと思い立ったようにライラが申し出てきた。
「砦の様子を見て来ようかのう、しばらく無人で空けておいたものじゃから傷んでおるかも知れぬ」
「ライラ一人で行っても、傷んだ建物とか直せないんじゃないか?」
「まあ、チマチマした作業は御免じゃがのう。獣や鳥が入り込まぬよう、戸締りをして出入り口をふさぐ程度はできよう」
「入り込むのか、あんなとこ」
「魔物は図体が大きいゆえに壁登りは苦手じゃが、もっと小兵の獣であれば、あの石積みの壁の凹凸を頼りに、囲いの中に入り込んできても不思議はなかろう。それに鳥の巣にされると厄介じゃぞ、部屋の中を糞尿だらけにされてしまう」
「それはわかるけどさ」
クロスボウ隊舎を行軍訓練なんかで長期間空けて戻ると、確かに戸締り甘かった奴の部屋の中を鳥の巣にされてることがあった。
匂うんだよなあ、鳥の糞。結局色々香草とか使っても匂い消しきれなくて、ディアーネさんに魔法で何とかしてもらってたっけ。
「じゃあ頼むよ」
「ほ。任せい。日のあるうちには戻ろう」
ライラはそう言って、屋敷の庭でドラゴン体になり、そのままばっさばっさと垂直離陸していった。
そして、それを見送った俺は誰と何をしようか少し考えて……工房でエマのアクセサリーを作ろうとしていたことを思い出す。
そうだそうだ。ここの工房はある意味、ポルカよりも自由に創作出来る空間なんだ。使う用があるなら使わない手はない。
「よっし。……マイア、エマ、俺工房で作業するから、みんなの護衛よろしくな」
俺は虚空に向けてそう言ってから、工房に向かって歩き出す。彼女らは屋敷のどこにいても、今の俺の独り言のような言葉を聞き逃しはしないだろう。
さて、何を作るか。
オーソドックスなのは髪飾り。土台となる部分を既製品にしてしまえば、ブローチや髪飾りは装飾部分のデザインだけでいいので、こういう急な細工仕事向きだ。
もちろんその土台部分、つまり道具としての機能的な部分も自作することが望ましいのだけれど、その細工が安全か、実用に耐えるほど頑丈か、というのを確かめつつ、納得するまで仕事が出来る状況ではない。
実用品というのは難しいよね。
何をやっても高品質が保証できるような、そういう天才性は俺にはない。時間が限られる中では妥協も視野に入れないと。
うーん。でもなー。パターンが限られてくるよなー。
他の子にもその辺は何度か作ってあげてるし、少々つまらない、というか。
いや、エマにしてみたら最初のプレゼントだし、他の雌奴隷と違う必要もないし、面白いものである必要なんかもないかもしれないけれど、でも他の子にあげたようなものを一つ覚えってのもよくないよな、と、自分の中のこだわりが囁く。
「でも時間ないしな……」
ブツブツ呟きながら工房の中を無意味に漁る。
道具もマテリアルも多い。
だが、鍛冶屋の普段使いの工房のようではなく、形を作られる前の店売りのまま、といった風情の素材が大多数で、改造に使えるような廃品は見当たらない。
廃品は、鍛冶屋にとっては少ない手間で売り物に出来る可能性が嬉しい代物なので、ちゃんとやっている工房なら大抵ストックもそれなりにあるものだ。でも、さすがに商売をしていなければ入ってくる口もない。
土台となる既製品がないとなると困るのだが、いざとなれば街にちょっと繰り出して手に入れてもいいかな。
でもそうなるとまたチンピラに絡まれかねないか。誰かを護衛にして……ってなるとやっぱりエマかなあ。
いっそのこと、エマにどういうアクセサリーがいいのか選ばせるっていうのも手か。
あ、でも改造素材としてアクセサリー買うのは相手の商人に嫌な顔されそうだな。正直に言わずに先に口裏合わせとけばいいんだけど……それも面倒だなあ。
……などと、色々なことを考えたり呟いたりしつつ工房をウロウロしているうち、ふとネックレスがあったことを思い出す。
ラパールの海賊団の娘、ガラティアから預かっているもの(と、それを手本にした自作品)だ。
無論それらを改造してエマに渡すなんて真似をする気はない。ただ、そういえばネックレスっていう手もあるな、と思ったのだった。
完全な金属チェーンで作ると時間がかかってしまうが、紐を通して作るタイプのペンダントはそれほど難しくない。
それに、紐も「絹の鎖」がある。というかライラが持っている。
あれは装飾品にはうってつけだ。何しろ滅多なことでは切れない。
首飾りのほかにも、根付や数珠タイプの腕輪に使うのも考えられる。丈夫な素材っていうのは実にありがたい。
あれを前提としてペンダントトップを作っていけば、ちょうどライラが帰ってくる頃にはいい具合のができるだろう。
「よし、じゃあ……その線で」
ペンダントトップのメインは宝石がいいかなあ。うーん。でもエマを豪勢な宝石で飾り立てるのもなんか気が引けるんだよなあ。
ドラゴン娘の美しさはそういうケバケバしさというか、人間が一目でわかるゴージャスさとは反りが合わない気がする。あえて使うなら台座を使用せず、大きめの宝石に直接穴を開けて紐に下げさせる……とか、そういう素朴さをエキゾチシズムとして取り入れるといいかもしれない。
しかし俺が得意とするのはそういう宝石いじりではない。とにかく金属などの加工だ。
金属プレートのペンダントは普通の子がつけていると物足りないが、エマの神秘的なほどの清冽な容貌にはちょうどいい存在感になると思う。
彼女が身につけるなら、素材の美しさに頼らなくても、何でも意味ありげに思えてしまう。
ならばあえて簡素なパーツ構成にして、そのデザインに注力する方がバランスもいいし俺の作品らしさも出る。
「よし、この線でいこう。素材は銀……これ純銀か。純銀は面倒だよなあ、すぐ黒くなるし。しかし今から割金を色々試すのもな……真銀は手早い細工には向いてないし……っていうかここにはないか。そりゃそうだよな」
真銀はトロット王都地方の名産の特殊金属で、刀剣向きの硬度の高い金属。腐食にも強いから、劣化させたくないもの全般的に使われているが、当然高い。特に注文もしていないのに、厚意だけで「何かに使うかも知れないからね」と用意してもらえる代物じゃない。
でも金は華美過ぎるんだよなあ……ゴツい宝石を使うのと同じくらいの趣味の悪さが出てしまう気がする。
いっそ鉄のアクセサリーっていうのもいいかな。あまりに地味で無骨かもしれないけど、それでもエマの美貌は「意味のある地味さ」に昇華してしまう気がする。
よし。
鉄をベースにして、レリーフタイプのペンダントにしよう。デザインはなんとなく手を動かしているうちに決まるだろう。
で、そのまま手を動かした結果、何故か石英の鏡を抱いた銀のドラゴン的なペンダントが出来上がってしまった。
我ながら妙に細かい上に適度にディフォルメもしてあり、いい出来だけど、もう一個作れといわれると困る。自分でやったと思えないほどよくできてしまった。
両手と両足の間に六角の鏡を抱いたドラゴンの喉元部分がストラップホールになっていて、内側に曲げた首の下を紐が通る設計になっている。
それが終わった頃には空が赤くなっていて、工房から外に出るときには派手に背中がバキバキ言った。
「ううっ……気持ちいいけどなんかオッサン気分」
自分の体のフレッシュじゃなさに苦笑していると、エマとマイアが俺の気配を察知したか、それぞれ建物の玄関と屋根の上からこちらに向けて駆けてくるのが見える。
「ライラはまだ帰ってないか?」
「うん。そろそろ戻ると思うけど」
「参ったな。絹の鎖がちょっと欲しいんだけど」
「あ、それなら私も持っております」
エマが懐から取り出した糸束を数十センチほど手に取り、マイアに切ってもらう。普通の鋏だと切れないので。魔法で強化したツララ剣でスパッとやってもらう。
そしてそれをペンダントトップに通し、輪の結び目は……とりあえず、ということで留め金を繋がずそのまま縛る。
そして、そのペンダントをエマに差し出す。
「ほら、エマ。昨日助けてもらったお礼。ペンダントだ」
「え……私に?」
「貰ってくれると嬉しい。気に入ったら身につけてくれると……」
「こ、これは……く、首輪、ですか?」
頬を染めて、両手でそっと包むようにペンダントを受け取るエマ。
「……確かに広義では首輪なんだけどそうじゃなくて」
「首輪ではないんですか……」
……見るからにしょんぼりした顔になるエマ。
「いやそんな全力でガッカリしないでくれよ!? っていうか首輪授与に関してはみんな立会いでやらないといけないっていうセレンが作ったルールがあってな」
「い、いえ、あの、確かに無礼でした。せっかく主様が下さったものに私はなんてことを」
「だからそんな真面目に恐縮しないでくれってば、本当にお礼の気持ちなんだから」
……そっかー。ドラゴンにとっての「首輪」は、他の雌奴隷の首輪よりももっと根本的な意味があるんだっけ。
それはペットにつけるような首輪じゃないと成立しないわけじゃなく、こういうペンダントでもそういうことになるわけか。
考えてみればドラゴンの文化圏も広いし多彩だ。裸族のミスティ・パレスと東方風文化のクリスタル・パレスの差は言うに及ばず、もっとかけ離れたものもあるかもしれない。
その中で「首につける装身具」というものが「家畜の首輪」のメタファーだとするなら、ペンダントやネックレスでもひとくくりに範疇に入る……ということになる。
だとしたら、ぬか喜びしたエマの気持ちもわかる……というか、申し訳なく思ってしまう。
「ごめん、なんかに作り直すよ」
「あ、だ、駄目っ……持っていかないで!」
俺がペンダントを取り下げようとすると、エマはそれはそれですごく悲しそうな顔をする。
……うーん。まあ、それもわかる……けど、さっきから俺、エマから見るとすごい意地悪しまくってる?
「じゃ、じゃあ、こうするか」
「はい」
「……これはエマが『雌奴隷ごっこ』するための首輪な」
「……え、あの……私、既に」
「だからな。『力の契約』というのの上ではエマは俺のドラゴンかもしれないけど、エロ奴隷って意味ではまだ正式じゃないんだ。ポルカでみんなの立会いの下でやらないといけないから。だからそれまでは『ごっこ』な。これはそのためのオモチャだ」
「……オモチャ」
「だけど、このオモチャをつけてる限りは雌奴隷と同じ」
「……えっと、何故そんなことをいちいち分ける必要が……あるんですか?」
「みんなの見てる前で奴隷の誓いをしないといけないの。そういうルールなの。だから今『首輪として』あげるとしたら、そういう仮のものってことにしないと駄目なんだよ」
ということにしておかないと、セレンに説明する時に困る。口裏合わせを頼みに回るのも大変だし。
「……複雑なのですね」
「ちょっと面倒かもしれないけど、我慢してくれ。その分、それつけてる間は可愛がるからさ」
……それにしても、なんで「隷属させてあげるの、あげないの」という押し問答の形になってしまっているのやら。
いつもなら強引に、俺が悪者じみた恰好になってでも、ちゃんと「お前を雌奴隷にしたい」と意思を示してあげるんだけど。
セレンたちの手前、ここでってわけにはいかない。
だけど、「性的隷属させてほしい」と美少女に訴えさせるのは、やっぱりちょっと歪んだ嬉しさがある。
なので、困った顔をしてみせる一方で口は変にニヤついてしまい、俺は今たいへん気持ち悪い表情をしていると思う。
(続く)
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