「セレスタ屋敷」の庭には、ほぼ俺のためだけに作られた工房がある。
 鍛冶道具も炉も素材もひととおり完備。その気になれば、剣でも鎧でも何でも作れるはずだ。
 さすがにエルフ領やダン爺さんの持参したような貴重なマテリアルなんかはないけど、まあ、どっちにしろ今の俺には扱いきれない。
 一人で使うものとしては立派な工房だけど、俺の鍛冶屋としての能力の限界で、せいぜい武具の修理とアクセサリー作りが関の山。ちょっともったいない。
 ……なんて言うと、テテスあたりは「ご主人様の功績を考えれば。褒賞としてこのくらい貰っても誰も文句言いませんよ」とか言いそうだけど。
 そうじゃなくてな。立派な施設に自分が追いついてないのが恥ずかしいんだよ。
 ようやく馬を左右に曲がらせたり止まらせたりできるようになったばっかりなのに、町で一番速い馬とか貰っちゃってるようなもので。
 ……うん。一人で馬に乗ると俺はそれくらいがせいぜいです。全力で走らせるとかとてもじゃないけど無理。

 まあそれはそれとして。
「主様、ここは……倉庫、ではなかったのですか?」
「セレスタ屋敷」の敷地内に入ったら、呼び方が「あなた」から「主様」になった。ちゃんと外での態度をわきまえてくれていて嬉しい。
「誰も近寄らないからそういう風に見えたかも知れないけど、ここは工房だよ。前にバスター卿が気を利かせて用意してくれたんだ」
「バスター……」
「ああ、そっか……ここらの人物関係はエマにはわかんないんだっけ」
「先ほどネイア・グランスを連れて行った男性だというのは理解していますが……」
「彼が事実上のこの国の最高軍事司令官。で、ここはほとんど軍事……というか魔物狩りで国が成り立ってるようなものだから、女王と並ぶ権力者と考えていい感じ」
「なるほど……」
 そういやエマって、カールウィン制圧作戦時もずっとクリスタル・パレスで負傷したまま出て来れなかったから、バスター卿と接点ほとんどなかったんだな。さっきのがほとんど初見みたいなものか。
 いちいち誰がどういう向きの人物か、なんて聞こうとしないのは、興味がないのか、遠慮しているのか。
「彼の手回しのおかげでこの屋敷もうちの部隊に貸してもらえたし、ドラゴンが乗り付けても騒ぎにならないんだ」
「それなりに尊重すべき相手ということですね」
「女王に並ぶ権力者って言ってるじゃん……」
「人の街の長など、竜の乗り手に比べれば大した相手とも思えません。現に主様は、カールウィンの谷の女王など、ライナーのついでに放逐したのでは」
「基本的に俺よっぽどのことがない限りそういう権力者に噛み付いたりしないよ!? えらい人はちゃんとえらい仕事しててえらいんだからな!?」
「しかし……エルフの長も数人、主様に隷属しているではありませんか。彼女らも女王や王女に相当するのでしょう」
「それは本人たちの趣味なのでそっとしておいてあげて。俺の方がすごいって思い知らせてやった結果とかじゃないから。別にえらい人を服従させるのが俺の信条とかじゃないから」
 エマはまだだいぶ俺の趣味を誤解しているようだった。
 まあ、基本的には「ライナーよりも穏健派かつ、ドラゴンライダー的には正しい行動をする奴」程度の情報で協力し、その後の修羅場を又聞きで聞いて、その後はエロ三昧してるだけだから……細かい判断基準はまだ全然わかる理由がない状態か。
 そう考えると、マイアより常識的でなおかつ忠実という安心感あるにせよ、まだまだちょっとコミュニケーション不足は否めないんだよなあ……。
「俺さ、自分が他人より下にいるっていうのはそんなに嫌いじゃないんだ。人間の世界には適材適所って言葉があるし、人より上に立つっていうのは、人より心配事が増えるって事でもある」
 鍛冶場の埃を払い、道具と金属素材を選定しておく。
 まだ炉に火は入れない。みんなの夕食の件は片付いていないし。その前にここが使えるかどうかを確認したかっただけだ。
「えらい人たちはえらい人たちで、その地位にいられるだけの知識と経験があるもんだ。俺はそんなものないし、特に欲しくもない。よっぽど世の中が気に食わないならどうにかしたいと思うのかもしれないけど、俺は……他人に指図されないためだけに余計な苦労を背負うのは、勘弁願いたいね」
「そういうもの……でしょうか」
「他人を支配するっていうのは、他人が持てない自由を持つ代わりに、他人の管理をしなきゃいけないってことでもあるからな。俺はそれをやってる連中を尊敬するよ。俺から見たらコストとリターンが全然あってない」
 色んな奴から恨みを買って税金集めて、あっちもこっちも次々湧き出る問題を処理して。
 領主や政治家ってのは終わりの見えない仕事じゃないか。
 それで多少財産が築けたところで、その金を使って遊んで暮らすってわけにもいかない。ちょっとやって、ちょっと稼いで楽隠居とはなかなかいかないんだ。
 それって人生における楽しみの割合が低すぎないか。
 男爵なんかの姿を見ていると結構簡単にこなせそうにも思うけど、町中で男爵が差配している仕事を自分が代わりに責任持てるかというと、全くそんな気はしない。
 街ひとつですらそう思うのだから、国ひとつを運行させるというのは、どれだけ多くのことを気にしなくてはいけないか……想像もできない。
 そんな状態でいくら金を貰っても、俺はきっと鍛冶屋より幸福な人生は送れないと思う。
 いや、鍛冶屋だって努力は必要だし、鍛冶屋さえやれば幸せが掴めるのかというと、別にそんなわけでもないんだけども。
「喜んでやってる奴がいるからには、きっと楽しくやっていけるバランスのとり方もあるんだろうけどね。俺はそういう大変な仕事する奴らを押さえて上に立ちたいとは思わないし、邪魔もしようとは思わないよ。ドラゴンの世界では誰よりも偉くても、それは人間の社会を揺るがしてまで誇ることじゃない」
「……よく考えておられるのですね」
「そうか? 余計なこと考えたくないから両手を上げてるだけかもしれないぞ」
「それでいいとは、なかなか思えぬものですよ。ライナーも然り」
 そんなことはないと思うけどなあ。例えばユーファ嬢だってドラゴンライダーだけど、だからといってそれを誇って強く出ているところは見たことがないし。
「世の中には結構ドラゴンライダーも隠れてると聞いたことがあるけど。そういう人たちも、同じような穏当な考えなんじゃないか?」
「世の乗り手の多くは、竜との個人の関係と割り切り、周囲を騒がせぬことに注力しているのです。余計に目立てば悪竜使いとも呼ばれましょう」
「俺も似たようなものかもよ」
「既に主様はそんなところにはいないと思いますが」
「……そうかな」
「見て見ぬ振りをすれば切り抜けられた場面は、既に多くありましょう。それで誰かを救うのを諦めることになったとしても。……そういう時に、知らぬ振りをするのが多くの乗り手なのです」
「……えー。そんなのドラゴン側で文句言うもんじゃないの?」
「いいえ。乗り手が抑えているのに、無理に力で解決することを強いることはありません。竜は乗り手以外の者ならば、諦める事もできる心を持ちますから」
「…………」
 言われてみれば、無謀にも欲張って強敵に挑むことは多かったな。
 ああいうところで「やめとこう」って言うのが普通のライダーなのか。
「主様は戦うべき相手に一歩も引かぬ勇気を持ちながら、その気になれば御せる他人の下にあることは厭わない。それは、理性ある判断だと思います」
「……元々他人の下にいる気楽さをよく知ってるだけだよ」
 褒めそやされるのは未だに慣れず、俺はそう言って背を向けてしまう。
 数ヶ月も放置したんでどこもかしこもうっすら埃が積もっている。それらを払うのは照れ隠しにちょうどいい。
 しかし、そうか。世の中の隠れドラゴンライダーってそういう風にして生きてるのか。
 やたら役に立ちたがるライラたちを見ていると、そんな姿勢は失望されるんじゃないかなあ、と思わなくもないが、でもドラゴンライダーと言っても個人の好きずきの関係でもあるわけだからなあ。
 ただパートナーと静かに一緒にいたいだけなら、英雄的行動をひたすら避けるというのも選択ではあるのか。
 ちょっとだけ盲点だった。
 そんな感慨を持って埃払いを終え、さて本題、ここでお前にアクセサリーを作ってやろう……と言おうとしたら、いきなりエマが脱いでいてびっくりする。
「え、エマ?」
「……え?」
 着ていた服を畳んで作業台に揃えていたエマは、驚いた俺の顔を見て逆に驚く。ちなみにもうぱんつだけ。
 少し間を置いて、カーッと赤くなるエマを見て、俺は自分の言動を高速で思い出す。
 えーと。「礼をする」って言ってここに連れてきて。
 特に作業をするわけでもなく、軽く掃除をして。
 エマはこの前仲間入りしたばかりなので、あんまり俺がアクセサリーとか作ることを知らない。
 ……もしかして俺が「礼をする」って言ったのを……なんかエロいことされると勘違いした?
「あ、え、えっと、その……そ、そういうことでは……なかったの、でしょうか?」
 そして俺は瞬時に判断する。
「いや、そうじゃなくて……えーと、自分で脱がしたかったんだ」
 俺は「エロいことをするのが本分」ということで雌奴隷たちを受け入れているんだ。
 エマがそのつもりでいて、人の見てない、入ってこないところで積極的になった。それは褒められる事でこそあれ、咎められるような事じゃないはずだ。
 ならば、その積極性を恥じるような展開にしてはいけない。可哀想じゃないか。
「え、あの……ふ、服を脱がすのが……主様の趣味、でしたか」
「大抵はぱんつ脱がすくらいで、毎回みんな脱がしてるわけじゃないけど、エマみたいな……まだウブな子はゆっくり自分の手で剥きたいんだ」
 俺は真顔で言い張る。
 エマは自分が空気を読めずエロに持ち込もうとしたのではないとわかって(誤解だけど)明らかに安心したような顔をしたが、俺の期待に応えられなかったことを今度は気にしたようで、あわてて服を着ようとする。
 制するのもなんだか無下にするようで気が引け、俺はそれを黙って眺めてしまう。
 二十秒でエマは元の服を着直した。そして少し緊張した顔で直立不動。
 傍から見たらちょっと滑稽な図だと思うが、言い出した手前、そこでどっちらけるわけにもいかずに、着たばかりの服をそっと緩めにかかる。
「っ…………」
「……エマ。今さらだけど……助けてくれた礼は、俺にいやらしいことをされるんでいいんだな?」
「……も、もちろん……私がそれを喜ばぬはずがありませんっ」
 エマが何度も気を取り直しているせいで、自分がなんだかものすごく理不尽な事をしている気分になるが……うん。せめてお義理でやってる風には見せないようにしないと。
「じゃあ、脱がすぞ」
「……は、はい……」
 着たばかりの服を脱がして、エマを工房の真ん中で裸にしていく。
 ……そういえばまだエマって処女なんだよなあ。どうしたものか。

(続く)

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