ガントレットの四人は裸体画のモデルを終えて、いよいよ帰還報告を引き伸ばす理由もなくなったため、その日の夕方には屋敷を出てそれぞれの定宿に戻ることになった。
「テテスとかシャロンは持ち家あるからともかく、アルメイダとナリスは家財とかどうしてるんだ」
「ほとんど持って歩いてますよ? そもそも家財といえるほどのものはありませんしね! 『旅が我が家』の冒険家ですし!」
 胸を張るナリス。
「まあ正確には騎士団とか両替商で預かってもらってるものもありますけどね。全部持ち歩いてたらお金落っことして諦めなきゃいけないってこともありますし」
「金はなー。どうしようもないよなあ」
 セレスタでは金貨数千枚分を宝石一個で交換する「基準宝石」というシステムが両替商の間で確立してるから、わざわざ金貨の大袋なんて持ち歩かなくてもいいんだけど、外国、それもレンファンガスみたいなあまり大きくない国だと、そういう制度は通じない。
 で、その場合お金をどうするかというと、小さくても価値のある宝飾品を買うことで持ち歩きの便を高めるか、諦めて金貨袋に入れてジャラジャラ持ち歩くしかない。
 千枚とか一万枚とか気軽に言うけど、コイン一枚の重さは大したことなくても、そういう数になると割と洒落にならない重さになるし、治安の悪い土地では「狙ってくれ」といわんばかりでもある。
 高給取りであるなら、預けないという選択肢はないのだった。
「もしレンネスト引き払うってなると、そういうのどう清算しましょうかねえ……」
 テテスが口を尖らせて唸る。
 宝飾品や芸術品などといった財宝に換えるのは、リスクもある。買う時と売る時で価値がコロッと変わることがあるから。
 タチの悪い商人に引っかかる場合もあるし、たとえ商人が誠実でも、その価値観や鑑定眼の差によって値踏みが全然違ったりもする。基準宝石はその差をできるだけ減らすシステムだが、両替商同士が信頼関係を築いていなければ意味がない。
 ひとつの土地に住み着いていれば不動産なんかで財産をわかりやすく確保することも出来るが、ポルカに移り住むとなると……持っている分の財産を損失なしで持ち出すのは難しいだろうなあ。
「せっかく運搬力に長けるライラさんがいるのだから、全て直接両替商に持ち込んでトロットの金貨にしてしまうのもアリなのではないかしら」
 シャロンがそう言うが。
「……シャロン騎士長クラスだと、資産が百万枚クラスだったりしません?」
「それくらい……かしらね」
「さすがにそれだといくらライラさんでも無理があると思います」
「……確かに……ちょっと想像したら無理な気もするわね」
 持てないかというと持てそうな気もするし、何も一回で運ぶ必要もないと思うけど、どっちにしてもブラックアーム何年もやってるとそういう資産になるのか……とちょっと気が遠くなる。
「改めて……金持ちなんだなあ、ガントレットナイツで働くと」
「生活に不自由する程度の給金じゃ、この国で戦うなんて割に合いませんからねー」
 テテスはサラッとそう言う。まあ、わかるけどさ。
 ちなみにアルメイダの家財は……というと、ナリス以上に新参なので似たようなものらしい。
 まあ元々フォルクローレでも財産らしきものは持てる環境じゃなかったし、あの頃から身軽な生き方が身についているのかも。

 そして、俺たちの都合でだいぶ引き回してしまっている元麻薬患者の皆さん。
 彼女らにはここで降りる権利ももちろんある。
 とは言っても、ここで暮らすのは楽ではない。全くオススメは出来ない。
 魔物に脅かされもすれば、素性も知れない荒くれ傭兵たちによる身の危険も常にある。
 この町に住まうのは、それらの危険を押してでもこの町に住む決意と覚悟のある人々だ。
「さすがにここで人生再出発させたいって酔狂は……いないなぁ」
「腕のいい戦士なら、あるいは再出発に良い場所かもしれんが、そんな者がラビネスに捕まって麻薬漬け……というのは、あまりないだろうからな」
 ベッカー特務百人長とバウズは彼女らの動向をそう評する。
 作りのいい「セレスタ屋敷」の中を探検してみたり、二階から塀越しに外を眺めたりはしているものの、彼女らはそれ以上にレンネストの街に足を伸ばすことはない。
「観光旅行って体裁なんだから、バウズたちが護衛してやって外の屋台にでも食べに行ってくればいいのに。ユーファさんとも一緒にさ」
「土地勘が全くない。食べに行くにもどこに行けばいいのかわからん」
「ベッカー特務百人長は知ってるでしょう」
「俺も詳しいってほど食べ歩いてないからな……そういうのは地元民たちがいるうちに聞いとくべきだったな」
「あー」
 そういや、テテスやナリスたちなら当然店にも詳しいんだよな。
 タッチの差という感じで、彼女らはもう騎士団本部に出発してしまっていた。
「そういえば……スマイソン、食事はどうするのだ? だいぶ人数が減ったとはいえ、まだそちらの女たちも合わせれば十人以上になるだろう。手軽に保存食料で済ますというのも味気ない」
「そ、そうだなあ」
 バウズの問いかけに今さら腕組みをする俺。こういう手配の後手はディアーネさんがいないと毎度やっちゃうなあ。
 どこかで野営しなくてはいけなくなったときのために、今のメンバーで三日分くらいは食べられる程度の保存食料は調達してある。
 が、都市の真ん中でそれもちょっとありえないだろう。
「誰か詳しい奴を……っていうのはもう無理だから、適当でもいいからそこらの店に団体で入れるか聞きまわるっていうので……どうかな」
「泥縄だなオイ」
 俺の出した案に情けない顔をする特務百人長。まあ、はっきり言って策でもなんでもないのは認める。
 が、知らない街で食事となったらそうなるしかない。
「特務百人長だって協力してくださいよ。よさげな酒場見分ける嗅覚とかあるんでしょう、こう、諜報員の勘みたいなので」
「お前は諜報員をそういう異種族か何かと勘違いしてないか」
 こういうところでバウズまで駆り出すわけにもいかない。いや、頼ってもいいんだけど、彼は客みたいなものだ。
 どちらかというとホスト側である俺たちが走り回るべきだろう。
「仕方ねえなぁ。じゃあ、行ってくるか」
「それじゃ、しばらくしたらまたここで待ち合わせで」
 既に夕暮れの時間。あまり時間はかけられない。
 俺とベッカー特務百人長はそれぞれ目星をつけた通りに分かれて確認に走る。

 いくつかの店で確認したが、十人以上、しかも女がほとんどで、言葉が通じない子もいる……というと渋い顔をされた。
「厄介そうな団体だねえ。そういうのに卓を二つ三つも取ろうって言うなら、もっと早めに言ってきてくれないと。見ての通り、混んでるだろ」
「……混んでますね」
「ウチは時間で客を追い出す主義じゃないんだよ。そんなに卓を空けられないよ」
 男連中なら適当にカウンターにそれぞれ割り込ませてもいいが、酒場に女の子の団体で来ておいてそういうのはできない。
 トラブルが起きないように固めて座らせるしかないし、酔客が変に手を出さないように店員に気を使わせなくてはいけない。
 そういう条件を「厄介」と取るのは仕方のない話だった。ハーモニウムの種族的排他性とはまた違う。
「すみません、他当たります」
「そうしてくれよ。悪いけどね」
 俺は次の店に行く。本当にグダグダだ。

 そして、そんな俺をこの「治安の悪い街」はなかなか放っておいてはくれないわけで。
「おい、そこの。ちょっと止まれよ」
「え」
 急に声をかけられて振り向き、足を止めてしまった俺に、急に出てきたチンピラが胸倉を掴んできた。
「金貸してくれよ」
「…………」
「ああ、おとなしく出しとく方が賢明だと思うぜ。隠してると為にならない」
「……久々にお前みたいなの見たなー」
 暢気につぶやいてしまった。いや、本当は怖がるべきなんだけど、こういう低俗な暴力性って実際最近少なかったし。
 チンピラは怪訝そうな顔をして、それでもナメられまいと思ったか、一言言う前に拳を振り上げて俺に叩き込もうとする。
 が、その手が振り抜かれることはない。
「おやめなさい」
 シャッ、と音を立てて、彼の眼前に剣の切っ先が出現していた。
 チンピラの動きがピタッと止まる。さすがにこんな街に住むだけあって、自分の身の危険にも鈍感ではないのか。
 そこにいたのはエマだった。
 持っている剣は誰のものか。長さ的にはアンゼロス好みのショートソードなんだけど。
「私の細腕でも、あなたの鼻を削ぎ落とすくらいは簡単です」
「っ……な、なんだ、ガキがっ」
「おとなしく引き下がるのが賢明ですよ。私は苛立っています」
 さすがにマイアやライラほどは浮世離れしていないというか、普通の人間みたいに振舞ってくれる。ここでドラゴン丸出しの行動とるとまたややこしくなるもんな。
「助かるよ、エマ」
「一人でフラフラ出ていきそうだから気をつけておけ……と、ライラ殿に言われていまして」
「自分で来ないのかよ……」
「私に気を使ってくださったんでしょう」
 チンピラはまだ俺の胸倉を掴んでいる。
 その手を俺がポンポンと叩いて「放せ」と合図を送るが、チンピラは激昂して俺を引き寄せ、盾にしようとして……エマは溜め息をついて剣を下に振り下ろした。
 チンピラの足の甲に剣が突き刺さり、地面に縫い付けられる。
「ぎぁっ……!?」
 俺の胸倉を掴む手が緩み、抜ける。
 襟を直しながら俺は離れる。
「やめとけよ。強いぞ、この子は」
「あがっ……て、めぇっ……」
「腕を切り落としても良かったのですが、これから食事です。血で汚れるのは気持ちが悪いので」
 エマはそう言って、もはや興味を失ったように背中を向ける。
 チンピラは足に刺さった剣を震えながら引き抜き、尻餅をつきながらエマに投げつける。
 エマはその剣をパシッと取る。危害を加えるつもりで投げたのだろうが、まるでエマは最初からそういう芸のように自然に取り、あまつさえ礼を言う。
「ありがとうございます。少し汚いですが」
「ぐ……くそ、がっ……」
 チンピラは追って来れない。

「本当に気をつけてください。あなたは軽はずみに危機に陥り過ぎると皆が言っています」
「……う、うん」
「あなたに何かあったら……いえ、もう何度も言われていることでしょうから、私が繰り返すことではないのですが」
「……ごめん」
 俺が謝ったので、エマはハッとした顔をして言葉を止める。
 自分が下の存在なのに、叱り付けるのはおかしいと思ったのか。
 そして、ややあって。
「……ただ、もう少しくらいは……私のことを思い出してほしいと、思います」
「……忘れてたわけじゃ」
「ああして歩く時に、おそばに控えさせていただければ……掴まれるまでもなく守れました」
 ……エマは寂しそうに言う。
「まだ、私はあなたの竜であるという感覚が薄いのでしょうか……」
「…………」
 そうじゃなくて、女の子を連れて走り回るような用事じゃなかったし……なんて、言ってもしょうがないか。
「悪かった」
「……悪くなどは」
「危ない街なのはわかってたのに、一人で歩くべきじゃなかったよ。確かに」
 エマの頭を軽く撫で、その肩を抱きしめると、エマは顔を赤くする。
「ありがとう」
「……いえ、当然の仕事……です」
「あとで礼をするよ」
「!」
 エマは俺の顔を見る。
 俺は「セレスタ屋敷」には工房も作ってもらったのを思い出していた。
 あそこなら……なんか、作れるよな。

(続く)

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