グロリアさんの筆捌きを見ようということで(もちろんシャロンたちの裸を眺めていたいというのもある)アトリエと化した客間のひとつに入れてもらった俺だったが、グロリアさんの作画風景は非常に奇妙だった。
 というか、パレットに乗っている絵の具がひとつしかないのに総天然色で描いている。
「どうなってるんだこれ……」
「うん? 何が?」
「絵の具が一色しかないのに見事な色使い……」
「ああ、これ? 簡単な魔法」
 笑ったグロリアさんが絵筆の先で絵の具を軽く練るように動かすと、白に近い肌色がだいぶ暗い色になる。
「色の操作はこれだけで済むんだ。もちろんどんな色でも出せるわけじゃなくて、ひとつの顔料から変えられるのは限度があるけどね。黒を金色にはできないよ」
「便利だなあ」
「エルフなら誰でもできるような魔法だよ。こんなものは大した芸じゃない。……できない種族にしたらズルいのかもしれないけどね」
 流れるように筆を走らせるグロリアさん。
 目の前の本物のシャロンの裸体もすばらしくいやらしいが、それに勝るとも劣らないほど肉感的な像がキャンバスの上に描き上げられていく。
「この分だとそう何日もはかからないかな」
「ま、手の早さに自信はあるけど……あと一日くらいは欲しいね。いいモデルだよ。体も出るとこ出て引き締まるとこ引き締まって、肌もシミひとつない上に脱ぎっぷりもいい。金でモデルを頼んだこともあるけど、日の当たる窓辺では脱ぎたがらない女も多くてね」
「そりゃそうだと思う……」
 無論、不特定多数には見られたくないものだし、強い日差しで肌が焼けるのがイヤ、というのもあるだろう。
 うちの女たちはエルフが多いから、たいていは気になった時に魔法で日焼けなどはケアしてると聞くけど。
「身分のいい女が多いというのは知ってるけど、それでもこの美しさはそうあるもんじゃないね。やっぱりあれかい、あの医者が秘薬とかで肌をなんかしてるのかい?」
「ヒルダさんはまぁ……そういのも得意だろうけど、実のところはポルカの霊泉がすごいおかげかな」
「ああ……言ってたねえ。美容にもいいんだ、それ?」
「でも他人のことやたら褒めるけど、グロリアさんだって充分いいんじゃない?」
「それがねえ……運動不足もあるし、気をつけてはいるんだけど肌もいろいろ荒れるもんだから、アラが目立つのよねえ、これが」
「そんなもんかな……」
「酒飲んで、ツマミで腹満たして……毎日のように薄暗い宿でセックスして、って暮らしじゃあねえ。正直、絵描きらしい真似もしばらくぶりって有様だよ」
 あんまり締め付ける服着ないのも、結局そういうことなんだよね、と自嘲気味に呟くグロリアさん。
 ……油断しちゃってるという自覚がよほど痛いらしい。
「こんな女でも男どもは行列作って待つもんだから……ま、求められてるうちは自分を許せもするけど、こうも上等な女に混ざると、卑屈な気分になっちゃうね」
「ま、俺はあんまり気になってないけど……健康的じゃないのはよくないし、いずれポルカで少し生活改善したほうがいいかも」
「やれやれ。ハーレム野郎の後についての物見遊山が、回り回って健康を考える羽目になるとはねえ」
「何がきっかけでも健康について考えるのはいいことだと思う」
 話しながらも手は止まらない。テテスとナリスの肌色が瞬く間に塗り上げられていく。
 時々筆を逆手持ちにして手のひらでキャンバスを撫でているのは色を微調整しているのか、あるいは乾かすような魔法でも使っているのか。
「んー……それにしても、あんたのポージング、ちょっとバランスよくないね」
 グロリアさんはナリスを指差して急に言う。
 ナリス(もちろん裸)は愕然とした。
「今さらですか!? このポーズとり始めてから一時間くらい経ってるんですけど!? っていうか既に結構描いてますよね!?」
「ん、まあねー。今唐突に気になっただけだから」
「唐突にって! 今から別ポーズで描き直しですよね!?」
「え、これで描いちゃうけど。ただこうして並べてみると、他の三人に比べて、見られることを意識しきれてないなーって思ったのよ」
「こ、これでも結構気合入れてポーズ取ってたつもりなんですけど……!?」
 ナリスは我慢できずにそのままキャンバスを見に来る。
 裸婦像として四人の姿は一枚のキャンバスに並べて描かれている。
 一枚に収めるにあたって、画面の占有率は意図して変えているので、四人の姿はこの場から見た目通りの大きさ比率ではない。だがその中で、確かにナリスは少し他の三人より野暮ったい雰囲気はあった。
「くぅ。私の貧乏臭さが絵になっても表れて……」
「違う違う。他人から見て綺麗な佇まいって、普段から意識してないとなかなか体にしみこまないのよ。例えば相手から見た顔の角度とか、背筋を伸ばしきれてるかとか、腰の角度もほら、こっちの子はちゃんと見栄えするようにポーズつけてるでしょ。あんたのポーズは思い切ってるように見えて色々素直すぎる」
「むー……そんなこと言われても……」
「鏡とかあんまり見ないタチでしょ」
「ひ、人並み程度には身だしなみに気を使ってますよ?」
「見られることに気を使う女はね、姿見と衣装箱与えておくと半日それだけで潰すからね?」
「……さすがにそれはえーと」
「あんたも騎士だけあってカラダの絞りはちゃんとしてるし、柔軟さもあるみたいだから、少しそういうポーズの取り方とか研究してみたら」
「むむ……うー、やっぱり描き直しって駄目ですか?」
「いいけど、次の一枚ってことにしてくれない? もう今の形でこの配置にしちゃったから、別のポーズにすると不自然なスペースできちゃうのよね」
「うぅ……」
 ナリスがすごすごと元いた場所に戻り、ポーズを取り直す。
 しかし、筋の通った理屈もあれば、思っていたのと気合も違う。やはりプロはすごい。
「女の裸体絵なんて俺たちはただただエロい目でしか見ないけど……やっぱこだわってるんだなあ、いろいろ」
 しみじみと呟いてしまう。
「理屈がわからなくても、よさが直観できるのがいい絵ってもんでしょ。こういう小理屈抜きにファンになってくれたなら、それは絵描き冥利ってものよ」
「そうかな。まあそんなもんかもなあ」
 そういう話をしてるあたりでバスター卿が来たのだった。


「ネイアに登城命令?」
「命令というか、女王からの誘いだな。顔を見せろという。膝元でそうやんわりした表現は普段必要ないから勅命という形になってしまうが、急ぎがあって無理だというなら俺の方から伝えておく」
 バスター卿はそう言ってソファーで足を組んだ。
 ガントレットの四人はあのまま絵のモデルを続けている。俺だけ辞去して他の娘たちが待つ別の客間に移動したのだった。
「どうする、ネイア。特に拒否する理由がないなら……」
「ええ……まあ、大仰にお城で逗留ということでないのなら、すぐにでも」
「一晩二晩、女王の話し相手をしてもらうというのも考えていたんだがなぁ」
 バスター卿はポリポリと首筋を掻いた。
「私は今、ベアトリスの付き添いのようなものですし……あまり放り出すわけにもいきませんから」
「ちょっ……別に私は! ここなら言葉通じるし!」
「言葉だけ通じても、歩き回るにはわからないことが多すぎるでしょう?」
「そ、それは……アンタじゃなくても他にいくらでもいるし……」
「テテスさんやナリスさんはもういなくなるんですよ?」
「…………」
 黙るベアトリス。
 でも、まぁ。
「ネイア、少しゆっくり話してきても大丈夫だと思うぞ。ベアトリスのことなら、少しならエマやマイアが面倒を見られる」
 俺が、とは言わない。逆に面倒な物言いが増えそうだし。
 だがネイアは心配そうな顔をする。
「ベアトリスは、ドラゴンたちとはそれほど仲良くはないはずですが……」
「だとしても、人一人の世話くらいで俺の言うことを拒否されちゃ立場がない」
 だろ、とマイアたちに目を向ける。
 二人とも当然とばかりにうなずいた。
 が、ネイアは少しむくれた。
「……?」
「……そんなに私に帰ってきてほしくないのですか」
「え、いや、そんなことはないけど」
 バスター卿はそこまで聞いて、はぁ、と小さくため息。
「全く、どうやってあの勇者様をそこまで手懐けたのやらな。上っ面ではヘラヘラしながら、いつもビンビンに張り詰めてたのに……甘えるようになったもんだ」
「そ、そんなことは……あります、けど」
「なんだ。随分……っていうかスマイソン、お前ほんとなんなんだ? あの戦神といいドラゴンといい……相手構わず女と見れば片っ端からオトしやがって。テテスが前に妙な誤解をしたって話、あながち素っ頓狂でもなく思えてくるぞ」
「ネイアに関してはまぁ……本気で口説いたから、ですかね」
 若干視線を逸らしながらも、一応ネイアに関しては自発的に頑張ったつもりなのでちゃんと主張しておく。
「……はあぁ」
 バスター卿は苦い顔をしつつも表向きは言い募らず、不満をため息にして吐き捨てる。
「お前のところの文化に染まったネイアを女王にあてがっていいものか迷うが……勅命、だからな」
 そう言って立ち上がる。
「行くぞ、勇者様。全く、妙なことを女王に教えないでくれよ」
「妙なこととは何でしょうか」
「あれでもまだまだ小娘であらせられる。好奇心旺盛なお年頃に刺激の強い話は避けてくれと言っているんだ。特にスマイソン絡みはな」
「遠回しなご忠告では曖昧にしか留意できませんが、その限りでよければ。あと、既に勇者ではありませんよ」
 ネイアの主張に、突然飄々とした声が援護する。
「今では雌奴隷だそうだ。もしも代名詞で呼びたいならそう呼んであげたまえ」
「っ!? 何だ今の声」
「そうか、バスター殿とはまだ直接語り合っていなかったな。私はネイアの愛剣たる閃光剣。いやはや、言を発せず黙ってはおれど、貴殿とは短くない付き合いをしていたので、うっかりしていた」
「……こ、これが喋る剣か。一応、剣聖旅団の報告で見てはいたんだが……悪い、取り乱した」
「閃光剣、ずっと黙っていたのに今日に限って……」
「ネイアが色に目覚めてから……下手なチャンスに自己主張すると、簀巻きにされたり納屋に投げられたり、ろくな扱いを受けないのでな。しかし彼が絡まないなら、たまには喋ってもぞんざいにはされまい」
「……大変なんだなお前も」
 俺もすごい久しぶりに聞いた閃光剣の声が、二人とともに遠ざかっていく。
 あいつ、もう自分の正体を隠す気ないんだなあ。まあ剣聖旅団にはバラしたのに、バスター卿にことさら秘密にしててもしょうがないから……だろうけど。

(続く)

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