「おおお……こりゃすごいねぇ……!!」
「そうでしょう、そうでしょう。ドラゴン初乗りなら圧倒されますよねこの風景」
「なんでテテスが自慢げなんだよ」
 ただ今、青蛇山脈上空。尾根の低いところをまたぐように飛んでいる。
 高度2000メートルくらいだろうか。ライラはあまり無駄に高度を取らないで飛んでいるので、その分地形を迫力ある眺めで堪能できる。
 普通なら遠くからぼんやりと見上げるしかない峰々の造形は見る間に眼下を流れていき、それが書き割りではなく立体であることを実感させてくれる。
「山脈を飛び越えるなんて体験が出来ただけでも、ついてきた甲斐を感じるね……こんなの登山家でもないと見られないよ」
「こういう山を徒歩で登る奴がいるってのはちょっと信じがたいな……」
 趣味で登山する奴らってのもいるのは知ってるけど、改めて見れば見るほどに人が歩く地形には見えない。立っているだけでも辛そうな斜面が数百メートルにもわたって足場もなく続いていたり、それを上りきった先には殺す気満々としか思えない崖が切り立っていたり。
 歩く道を想像すること自体が無駄だとしか思えない山々だ。長年、ここを境に東と西が綺麗に別の国家としてやってきたことに納得しかできないくらいに。
 ……しかし。
「でも登ってる人いる」
「マジで? ……マジだ!」
 グロリアさんがいる窓とは反対側で、外を見ていたルナが指差しているのを見に行くと、確かに誰かこの高山を登ってる奴らがいる。すごい。
「ほ。ドワーフの連中じゃのう。鉱脈探しでもしておるのか」
 ちびライラが肩から教えてくれる。
「あんなとこどうやって登ってきたんだ」
「さて、のう。しかし2000メートルやそこらの山なぞ、東方山地に比べればなだらかなものじゃぞ」
「……いつも思うけど、東方山地の上で人間が生活してるってのが信じられないよ」
「なに、砂漠で暮らすのに比べれば楽なものかも知れんぞ?」
 東方山地って4000メートル級が平均値ってレベルの高さなのに。下から見ると雲突き抜けてるのに。
 人ってどこでも住み着くよなあ。ドラゴンに乗れば比較的簡単にどんなところだって行ってしまえるけど、そうなってみてから厳しい地形に平気で踏み込んでいく普通の連中を見ると、敬服せざるを得ない。
「……あっ」
 ルナが声を上げる。4頭のドラゴンが空を渡る光景に、下で登山していたドワーフたちも驚いてしまったらしく、一人が慌てて転んでそのまま斜面を転げ始めてしまった。
「お、おい、ライラっ!」
「皆を運んでおる我は無茶はできぬ。マイアに任せよ」
 近くを飛んでいるマイアが甲高い鳴き声を上げ、掴んでいた空っぽの馬車を、隣を飛ぶエマの背に押しつける。エマは自分の馬車を手放すわけにも行かず抗議の声を上げたが、それには構わずマイアは急降下していき、ゴロンゴロンと落ちていくドワーフを掴んで派手に空中前転し、翼をひと打ちして反転、登山者の仲間のもとに彼を返しにいく。
「うまく拾えたか……でも大怪我してそうだな」
「ドワーフは頑健じゃ。あの程度転げた程度なら、そう致命的な怪我はしておらぬじゃろう」
「手当てが必要ならヒルダさんに頼むけど……」
 しばらく滞空して様子を見るライラと他二頭。
 マイアはドワーフたちのグループの手前まで飛んでから人間体に変身し、救出したドワーフをお姫様だっこで抱えて手渡す。彼らと言葉を交わしているようだが、こちらには聞こえない。
「どうだ、ライラ」
「やはり大した怪我はしておらぬようじゃぞ。打ち身程度か」
「それならいいけど」
 眺め下ろしていると、ドワーフたちは何故か揃ってひれ伏してしまった。困惑した様子のマイア。
「……で、あれはどういう?」
「どうも我らが人をさらって食おうとしているとでも勘違いしておるようじゃのう。まあ、四頭も揃って馬車を抱えて飛んでおればそう見えぬこともない」
「いやいやいや、わざわざこんなところで食う相手なんか漁らないだろ」
「そもそも人なんぞ食わんわ。馬かサンドワームの方がまだ食いでがある」
 まあそうだよね。いつだか人間は美味くないとかも聞いたし。
 でも、それをドワーフたちにわかれというのも難しいか。
「俺が降りて説明するよ」
 仕方ないので、ライラに馬車を下ろさせ、俺も降りて彼らに説明しにいく。
「あ、待って待って。今、馬車と外の気圧変えてるから、そのまま出ると息苦しくなるわよ」
 降りる前に、忘れずにヒルダさんとアイリーナに高山処置の魔術をかけてもらって。
「ついでにヒルダさんもついてきてくれますか」
「そうね。それがいいかも」
「じゃ、一緒に。おーい、大丈夫かー」
 ヒルダさんと二人でドワーフの一団に手を振って駆け寄り、俺たちは脅威ではないということを説明する。

 一応、打ち身や擦り傷を作ったドワーフを治療し、ついでに体調が優れなかった他のドワーフたちも診察して、薬を処方するヒルダさん。
「ははぁ……すげぇだな。ドラゴン四頭も連れて旅してるだか」
「色々あったんだよ。レンファンガスでは有名だと思ったんだけどなあ」
「ワシら山師はレンネストでのなんだかんだとは縁の遠い生活してるでな。レンネストの方では有名になるようなことしとっただか」
「去年の魔物大侵攻、今そっちのおっちゃん助けたあのマイアが大活躍したんだぜ」
 俺は親指を立ててマイアの活躍を請け合う。俺の視線を受けてマイアもビッと親指を立てた。
「今はドラゴンが魔物大侵攻で暴れる時代だか。ちと山に篭もってるうちにすげえことになってるだな」
「んにゃあ親分、大昔はドラゴンが手助けしてたこともあったそうだぞ」
「聞いたこともねえだ」
「ワシの親父が国軍におった頃、一度だけ見たて言うとっただ」
 ワイワイとお喋りしだすドワーフたち。ヒルダさんが治療してくれたこともあり、また「捕まっている」と思った馬車の中から俺が出て事情を説明したことで、だいぶ空気が柔らいだようだ。
 ちなみに俺がドラゴンライダーだということはそれとなく伏せた。バウズも含めてみんな仲間だ、という言い方で何とか納得してくれたし。
「んじゃそういうわけで。ドラゴン見かけてもそんな怖がる必要ないから。結構話わかる奴らなんだぜ」
「ドラゴンパレスの近くをウロウロしてて脅かされたって話、山師仲間からよく聞くでなあ」
「そりゃしょうがないだろ。誰だって自分ちの壁を鉱脈だと思って掘られたらたまらない」
「違えねえ」
 ガッハッハと笑うドワーフたちと別れ、俺たちは再び馬車に戻る。なんだかんだで三十分は潰してしまった。
「知らない人と仲良くなるスキル高いんだねえ、あんた」
 グロリアさんにちょっと感心される。
「酒場で名前も知らない奴と乾杯するのが好きなだけだよ。セレスタ流だ」
「うーん、うちの連中はあんまり見覚えのない奴には心開かないけど、ハーモニウムはちょっと閉鎖的なのかね」
「そういうところもあるかも。ま、バッソンやタルク方面ではそういう飲み方、アリだよ」
「長生きしてるつもりでいても、引きこもってるとよくないもんだねえ」
 苦笑するグロリアさん。早くも町を出たことに効果が出始めているようだ。
「……は、早く馬車を」
「あ」
 エマが背中に強引に乗せられた馬車を尻尾を立てて支えながら、手では別の馬車を放せないという大変な姿勢のままだった。
 ……ごめん。


 それからしばらく飛んで、レンネストに到着する。
「空から見るとまた一段と迫力あるねえ……これが名高い城塞都市かあ」
「お屋敷一つ借りてるんだ。……まだ使っていいんだよな。テテス」
「追い出されてたら堂々とお城に乗り付けちゃえばいいんですよ。ディアーネさんがまだ働いてるのに、勝手に宿舎取り上げられてたら怒っていいです」
 テテスの言葉に甘えて、俺たちは「セレスタ屋敷」に乗り付ける。
 特に咎められることはなかったが、やはりドラゴンは目立ったらしく、しばらくしたら屋敷に鎧を鳴らして騎士たちが訪れた。
「ディアーネ特務隊か」
「あら、ベルガ」
「……健勝そうだな、シャロン」
 ベルガ率いるガントレットナイツだった。
「今日は観光ついでじゃ。我らの客が嫌な顔をするでのう、長物をガチャガチャいわせるのはよしてもらおうか」
「……アイリーナ様。御機嫌麗しく」
 さすがにアーカス出身組の中では一番年長で、礼儀をわきまえているベルガ。すぐに剥き身の槍やハルバードを持つ騎士たちにそれを手放させる。まあ、どこかにしまっておくわけにもいかないので、一人の騎士に全員が預けるという形になるけど。
 こういう装備は半ば以上威圧用なので、相手が怪しくないとわかってしまえば無粋というものだ。
 昔のシャロンやフェリオスだったら、アイリーナに言われようと突っぱねてみせたかもしれないけれど。
「ついでということは、他にも目的が?」
「ガントレットの娘たちに任務の清算をさせにな。探索事業は一区切りついたじゃろうて。女王に報告もさせずに借り置くのは不義理かと思うてのう」
「……む。確かに」
 アイリーナがしれっと全部説明してくれてるが、本当はディアーネさんか俺が言うことのような気がする……いや、ディアーネ特務隊自体がマイア、ひいてはその戦力拠出者扱いになってるエルフ領主体の計画だから、アイリーナの仕切りでいいのか?
 そもそも俺、実際はともかく、公的にはただの部隊構成員に過ぎないんだよな。
 ああややこしい。
「シャロンも戻してもらえるということですな」
「今のところは、のう。一度は戻さぬと義理が立たぬ」
「……怪しげな言い方をなされる」
「ポルカをいたく気に入っておったようじゃからの。本人の意向を無下にはできぬ」
「……ポルカを、ですかな」
「はて。別の言い方をさせようというのか。わらわは構わぬが、面子が大事なのはそなたじゃろう」
「…………」
 ベルカとしては皮肉の一つも言いたいが、もしアイリーナが正直に「シャロンはアンディ・スマイソンに骨抜きにされておる」とでも言おうものなら、アーカス出身の三大騎士として互いを支えにやってきた以上、面目丸潰れになるのはベルガのほうだ。
「気に入りませんな」
「あら。ベルガに言われたくはないわ」
「シャロン」
「あなたも随分、恋多き男なのではないかしら?」
「……あまり妙なことを口走るな」
「他人の恋に過干渉は、良い大人のすることではないでしょう」
「俺とお前は立場が違う。同じ栄光とはいえ、一応はフェリオスもお前も王位継承権も付与される立場ではないか。それを……」
「それを後生大事にするつもりがあるなら、出奔などしてはいない。今はもう、そんな血筋の話など何ほどの意味も持たない。そうでしょう?」
「それは昔の話だ。騎士として万国に通ずる力を認められた今は、アーカスに戻っても歓呼をもって迎えられる。まだ果たしていないが、王に謁見さえすれば、継承順位の大幅な引き上げすら……」
「枯れ木のような王位に興味などありはしません。昔から変わることなどない。そんなものを手に入れて、あの無気力で閉鎖的な森の王者となるなど、やりたい者がやればいいのです。私には何ら関係ない」
「……シャロン」
 ベルガが困り果てた顔をする。
 アイリーナはそこで話をまとめるようにパン、パンと手を叩く。
「興味は尽きぬが、身内の話をここですることもなかろう。我々とて着いたばかりじゃ。今は報告を持ち帰ってはもらえぬか」
「……は」
 ベルガは一礼し、引き下がる。連れてこられた騎士たちも、華やかなこちら側に興味ありげな顔をしていたが、ベルガと一緒に一旦は戻っていく。
 そしてそれらを横で眺めていたグロリアさんはほーっと溜め息。
「いやいや、実際偉い人たちってのはわかってたけど……さらりと目の前でそれっぽい会話されると、改めて場違いな感じがしちゃうねえ」
「まあ……ね」
 なんだか慣れてきたけど、実際王族の会話なんだよなあ。あれ。
「あのお姫様も……あんたのコレ、なんだよねぇ……どうやったの?」
「どうやったと言われても……なんというか偶然、みたいな……」
 うっかり俺のイタズラアーマー買っていっちゃって……からの流れは、今考えても必然と言える要素は少ない。俺としてはすごいおっぱいの美女の鎧とか作れてラッキー、とか思ってるうちに、気づいたら雌奴隷になってた感じだし。
 半分くらいはオーロラの手柄のような気もするし。
「女で国を傾けるってのはたまに聞くけど、男がこうまでチンポ一本で糸を引くってのも怖い話だよねえ」
「チンポとか昼間っから言わないで」
 あとチンポで糸を引くとかどう考えても変な意味しか思いつかないからやめて。

(続く)

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