「氏族長様の言を疑うってわけじゃないけど、ドラゴンライダーっていうのは本当なのかね。実は飛龍を一頭飼ってるだけとかそういうオチじゃないだろうね」
グロリアさんの自宅に向かって歩きながら、そんな事を聞かれる。
「いやね、何十年か前にそういう奴がいたんだよ」
「まあ飛龍を個人で飼ってたらそれはそれですごいとは思うけど」
苦笑い。
飛龍は馬よりはちょっと大きいが、ドラゴンに比べると見間違いようもなく小さい。
また形態としての違いは腕の有無で、ドラゴンは四つ足と翼が別に存在するが、飛龍は翼と腕が別にはなっておらず、停止時の姿勢は鳥に近い。
知能も動物の域を出ておらず、喋れる個体は聖地ライカの聖獣ユーフォニカくらいしか知らない。まあ聖獣になるとだいたいどんな生き物でも喋れる程度の知能はつくものらしいけど。
そして生息数が少ない。確かセレスタ国内では野生種は確認されていないはずだ。
今セレスタ特別高速旅団、通称「飛龍便」として伝令や緊急輸送手段として飛び回っている飛龍たちは、卵の状態でアフィルムから輸入したものだという。
東方山地の方にも飛龍はいるが、人馴れしない種類なので乗りこなすことは難しいらしい。
だから飛龍に個人で乗っている奴がいたら、なかなかの有名人になっているだろう。
「うちのドラゴンは三頭。みんな人間体に変身させてるよ。そこのライラと、あとそっちのマイアとエマ」
「ほ、なんなら竜の身を晒してもよいが」
「や、やめとくれよ、こんなところで! 大騒ぎになっちまうよ」
「なら半端な疑いは持たぬことじゃな。時が来ればいくらでも見られように」
「そうじゃなくてさ……あたしの旅支度、どんなもんにすりゃいいのかわからなくてさ」
「ああ……」
旅をするにも、手荷物は移動手段を考えてまとめなくてはいけない。
着替えと金銭、いくつかの野営道具を持って歩く普通の旅装以上のものは、どれだけ持っていけるのか。
「そもそもドラゴンってどれだけ持てるものなのかもよく知らないんだ。火竜戦争の時でさえ、実物のドラゴンを見たのは2、3回きりだもの」
「家一つ掴んでゆけと言われれば邪魔ではあるがのう。樽の五個や十個程度なら苦もなく持って行けるぞえ」
「……そんなにかい」
「伊達に一頭で国を相手取れるなどと言われてはおらぬわ」
運搬能力と戦闘力はまた別のものだと思う。ドラゴンに人類が勝てないと言われる理由は飛行能力とブレスが主だった原因だし。
が、まあ説明を混ぜっ返してもしょうがない。
「まあ、だいぶ持っていかせてもらえるってことでいいんだね」
「ああ。ま、持ちきれなかったら後で取りにこさせてもいいし。大陸の果てまでだって一週間あれば往復できるから」
そうだよな、とライラたちに目を向けると、彼女らは自信に満ちた顔で頷く。
「そうは言っても次はレンネストじゃがのう」
「……えっ、レンネストって……レンファンガスの?」
「うむ」
「……そんなホイホイ行けるの? あそこって色々物騒だし、ドラゴンなんか乗り込んだら……物見遊山どころじゃないんじゃ……」
「えらい人たちにも顔は通ってるから平気だよ。っていうか、レンファンガスの軍人を帰すために行くんだし」
そう言うと、団体の後ろの方にいたテテスとナリスがずーんと暗い顔をした。
「はぁ……もう次には帰り着いちゃうんだ」
「気楽なフラフラ生活も終わりかあ……」
お前現状の護衛派遣状態を「気楽なフラフラ生活」だと思ってたのかナリス。急にドラゴンとの戦いが始まったりとか変なところでエロいことされたりとか色々やってたのに。
……まあ、もう怖いことが起きる予定もないし、エロが「気楽なフラフラ」の中に入る程度にはエロに馴染んでるんだろうけど。
「雑務を早く片付けてしまえばいい。アンディ・スマイソンのことだ、そう遠くないうちにまた犯しに来るだろう」
「私はすんなり退役させてもらえるかしら。これでもゴールドアームほどではないにしろ、戦力になっていたはずだから、バスター大騎士長がごねるかもしれないわね……」
「騎士長はもっと他を心配するべきだと思いますが……」
アルメイダとシャロンもあまり気乗りはしていないようだが、普通に「また犯しに来る」なんて言葉が出て特に誰もツッコミを入れずに会話が続いているあたり、グロリアさんは微妙な顔をしていた。
「……あの四人がその……レンファンガスの軍人ね」
「ガントレットつけてるでしょう」
「ああ、あれが噂のガントレットナイツのガントレット……うーん、ああいう娘にまとめて手をつけて仲良くシモの話をさせてることに驚けばいいのやら、あんな可愛い子たちが噂の英雄騎士団だってことに驚けばいいのやら」
ブツブツと言うグロリアさん。何重にも驚きが重なって、かえってどこから反応すればいいのか分からないらしい。
あの四人でも比較的驚くような肩書きの持ち主というわけでもないあたり、うちの雌奴隷たちってびっくりな個性持ち多いよなあ。
ベッカー特務百人長たちは離陸準備のためにあらかじめ別れている。
そして俺たちはグロリアさんの準備の手伝いだ。
「この街にも何十年だからねえ……大事なものと言えば大事なものだらけだし、いらないといえばいらないような気もするものばっかりだし」
グロリアさんの自宅の奥に通されると、確かに数十年分の重みが感じられる雑貨に溢れている。
「こっちはアトリエですかー?」
「そうそう。って、そんな洒落たものじゃないけどね」
もしかしたら戻ってこないかもしれない旅支度となると、十分やそこらで何もかも選別というわけにはいかない。
十数人の手で色々引っ張り出してはグロリアさんに「それは持っていきたい」「それいいや別に」などと判定させる作業は、それだけでもなかなか骨が折れる。
「それにしても……腕力のある子、多いのね。その引き出し、あたし自分で元に戻せる自信ないけど」
「アンゼロスはオーガと組み手しても殴り勝てるエースナイトなんで……」
エースナイトやそれに準ずるパワーの持ち主が多いおかげで、普通ならオーガかドワーフでも呼んでこないと気軽に動かせないような重量物もごっそりと動かされ、元に戻されていくさまは壮観だ。
「大掃除に呼んだら大活躍しそうだけどねぇ」
「ああ、確かに……そういう商売いいかも」
「冗談。これだけの上玉揃えて、やらせることが掃除なんてもったいないことこの上ないわ」
「かといってエロい商売はさせたくないんで……今までほとんどみんな軍人してたんで、次の仕事どうしようって言ってる最中なんです」
「……なんかいろいろ複雑そうね」
そのへんもグロリアさんには説明していかなきゃいけないんだけど、話すと長いよなあ。
ガントレットの四人もどうしてウチに来て、どうして帰さなきゃいけないのかよくわかってないんだろうな。
「こんなに筆、いるの? 溜めすぎじゃない? 二、三本あればいいんじゃないの」
ガシャリ、と木箱の中に入った多数の筆を持ってきて見せるベアトリス。
見た感じ二百本以上はある。とはいえ、芸術家の道具は素人には想像もつかないほど使い分けが必要になるものだろう。
しかしベアトリスにとっては、芸術家というもの自体、よくわからない存在である事は想像に難くない。
「あのなベアトリス……」
俺は溜め息をついて説明しようとすると、グロリアさんはそのハコから筆を二、三本適当に拾う。
「うん。確かにこれだけあればいいやね。あといらないや」
「えっ」
「昔は結構筆にもこだわったんだけどねえ……結局、道具選ぶのに腐心してると色々見失うのよねぇ」
「そんなもんですか?」
「そりゃ、いいもの使うに越したことはないけどね。いい道具使ったら満足いくかっていうとそういうもんでもなかったのよ。どっちかというとインスピレーション? 発想と感動がシンクロする一瞬を逃したら、道具や技術にいくら上等なもの使っても駄目。もっといい道具揃えてそれに臨もう、って重装騎士みたいに備えれば備えるほど、その一瞬を見逃すのよね」
……そういうもんなのか。
いや、芸術家って職人にも似たようなところあるのかな、と思ったりもするけど、先に「必要」が厳然と存在する職人の思考では、道具や材料は備えて備えすぎることはない。
が、どうもグロリアさんの考え方では「備えすぎはかえってよくない」という結論になるらしい。
「飾り立てるのなんて誰にだって出来るし、いつだっていいんだよ。でも、誰も見たことがない光の中にエモーションが生まれる瞬間って、それこそ当然に持ってる感覚の外にあるからね。いちいち考え込んで分析してると過ぎ去っちゃうの。だからそれを迎えて表現するなら、生み出すまでの段階は少ないほうがいい。立派な筆や高価な顔料は、一瞬のひらめきに使うのを躊躇させるから、ピンと来てから産み出すまでの間に段階を増やしちゃうのよ」
「……わかるようなわからないような」
「あはは。ま、そう簡単に実感できちゃったら、こっちも形無しなんだけどね」
そう言いながら、グロリアさんはどこかすっきりした顔で道具を拾い出し、選別する。
半分は自分に向けた言葉なのかもしれない。これから旅に出るのに多くの道具はもてないのだから、そういうメリットを大事にするように考えよう、という。
やがて、グロリアさんの旅道具が全て選び出される。
持ち運ぶのにそんな必要はなかったものの、それらは樽に詰め込まれて、全部で七つになった。
「うーん、意外と多くなったね」
「そうですか? 何十年分の荷物の中から、って思うと少ない気も」
「もっと絞れる気がしてたけど……ま、とりあえずはこれでお願い」
グロリアさんがそう言うと、樽はライラ、マイア、エマの三人がそれぞれ両肩などに担ぎ上げる。ライラはひとつ幻影で消した。いつもの「空間で持つ」奴だろう。
「さて、それでは町外れに行くかの。……とはいえ、少々疲れた。スマイソン殿、おぶってくれぬか」
「アイリーナ、お前ね……まあいいけど」
「♪」
他の面子はヒルダさんやフェンネル含めて大して疲れた顔はしていないが、まあアイリーナはここまで歩いて引越し手伝いなんかしただけでも疲れるのはしょうがないか。あんまり重いもの運んだりは当然してなかったけど。
アイリーナを背負うと、みんな心持ち羨ましそうな顔をして、グロリアさんはやはり複雑な顔をする。
「北の氏族長が……こんなに人間に甘えるなんてねえ」
「ククク。よいじゃろう?」
「しかもなんでドヤ顔されてるんだろ、あたし……」
なんかもうすみませんうちの子が、という気持ちになるが、アイリーナはもちろん俺よりはるかに年上だ。
……こうして、俺たちはハーモニウムを後にする。
次はいよいよレンネストだ。
(続く)
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