ヒルダさんによる歯科治療が済んで、隊舎内は微妙に空気が明るくなっている。
なにせ30人近くが口の中をあっという間に完全治療できてしまったのだ。
セレスタ人として魔法医の存在は知っていても、なかなかその恩恵には与れないオーガやドワーフ、人間族の兵士たちは、ガタガタの歯でも一生付き合わなくてはいけないと思っていたところがあるに違いない。それが一気に全快すれば、それはもう羽根でも生えたような気分だろう。
彼らの浮かれっぷりは、ポルカの霊泉で持病が治った病人たちに似ていた。
「北部でも魔法医がもっといれば、こんなに不自由したりはしないと思うんだけどねぇ……」
それだけの仕事をこなしながらも、ヒルダさんはさして疲れた様子もない。その気になったら午後一杯だって仕事してしまいそうだった。
「っていうか、ヒルダさんほどの歯科医術を持ってる魔法医なんてレンファンガスや南部大平原でも見たことないですよ私ゃ。割と魔法に明るいセントガルドとかでも、折れた歯を特別な木で作り直したりするくらいですし」
「アーカスでも平民層はそうすると聞きます。栄光の者なら専属の高名な医師がやってくれるのですが……それでも歯の治療はそう急ぐ必要もないせいか、何ヶ月も待たされますね」
「んー、確かに歯関係の医療魔術って意外と研究されてるところ少ないみたいよねえ。タルク周辺だと結構上手い人いるんだけど。あとオーロラちゃんちのあたりもそういうの得意なんじゃなかった?」
ヒルダさんが水を向けると、ちょうどアンゼロスと一緒に護衛小隊の教練から帰ってきたオーロラは頷いた。
「クラベスの医術はほとんど北の森由来なのですが、一部は北の森よりも発展した分野があると聞いておりますわ。わたくしは剣術に明け暮れておりましたので、それほど詳しくはありませんけれど」
「アイリーナちゃんならその辺詳しいのかしら」
アイリーナを目で探すヒルダさん。当のアイリーナは、フェンネルに昼食の盆を持たせて席を探しているところだった。
「おいアイリーナ。あんまりフェンネルを小間使いにするなよ。森での力関係はともかく……」
俺がちょっと注意しようとすると、フェンネルが苦笑した。
「違いますよ、ご主人様。アイリーナ様ったら、今日は二回も転んでますから……危なっかしいので私が持っているんです」
「わらわが悪いのではない。ここの床の打ち付けが甘いのがよくないのじゃ。長年オーガもドワーフも走り回っておるからか、妙なところで板が浮いておる」
アイリーナは憮然としている。まあ、確かにあまり綺麗な板目とは言いづらいな、ここの床。
フェンネルは酒場の給仕のように両手に一枚ずつ持った盆をテーブルに置く。その所作はメイド服を着ていなくても、実に控えめかつ優雅だ。
「それで、森とかクラベスの歯科技術ってどんなもん? ヒルダさんくらいの腕の人、いる?」
「術式ならいくらでも伝わっておるが、手際ではヒルダに敵う者は知らぬのう。南の森の技術は、代替品を扱うことに関しては桜や紫をしのぐと聞くが」
「その辺が医療魔法得意な氏族なのか」
「氏族長の印象で大体合っておるのじゃが、特に魔法をよく伝える氏族は我ら白、それと桜、紫じゃな。武術は橙や赤、実際的な生活技術では金や銀、それと青が秀でておる。緑は中庸じゃ。単に人数が多いので人材も色々いて傾向を絞りづらいという見方もできるが」
「オーロラたちは青の派生氏族なんだっけ?」
「そう伝えられておりますが……ボイス様を見ておりますと少し複雑なところですわね」
「分かたれたのは相当昔じゃ。気風も変わっておるじゃろ。北を破門されて合流した他氏族の者もおると聞くしの」
青の氏族は現在、森の中では漁業や加工業などを引き受けている。氏族長のボイス翁が脳筋……もとい、割と豪快な気質のせいもあって、森の九氏族の中では最も高貴さと縁が薄い印象だ。
クラベスを統べる空色が、逆に高貴さに執着する王国的気質を持っているのは、なんとも皮肉な感じはする。
「歯というのは致死性が低いからの。痛めば引き抜いてしまえばとりあえずの治療になってしまう。じゃから、どこもそう専門家はおらぬのじゃろう。そういう意味ではダークエルフの技術が大陸最高峰なのじゃとしても、納得じゃな」
「嘆かわしいわよねえ。口の中ほど生活の充実度が上がる部分もそうないのにね」
ヒルダさんは溜め息をつく。
確かに、今喜んでる連中の姿を見れば……この技術を扱う医者がもっともっと増えてもいいと思う。
「魔術書を書いて広めたらどうじゃ。他の技術と違って、広まって困るものも少ないじゃろ」
「ちゃんとした形式の本を書くのってすっごく手間なのよねえ……」
アイリーナとヒルダさんが差し向かいで隊の定食をパクつく。
エルフでももっともダークエルフと縁の遠そうな白の氏族長と、ダークエルフでも飛びぬけて俗っぽいヒルダさん。印象が全然違う二人が、こと魔術に関してはよく話が合うのは面白い。
「そういうのはテテスが得意なのではないかしら」
シャロンが目を向けると、テテスもしゅたっと手を上げる。
「はいはーい。とっても有用な技術だと思うので、近いうちにご教授願いたく!」
「教えるのは構わないけど、ダークエルフでもモノにするには十年かかるわよ?」
「覚えが早いのには自信ありまーすっ」
「あら。生意気。じゃ、そのうち教えちゃおうかしら。歯科関係はディアーネちゃんもあまり習熟してないくらいよ? 覚悟しなさい☆」
「むしろディアーネ百人長に勝てそうな分野が出来るのが嬉しいです!」
テテスは元気に言うが、そんな簡単に習得できるかなあ。
……でも、テテスならあるいは、とも思う。あのバスター卿の妹だしな。
それに、歯科医術をレンファンガスに持ち帰り、広めることが出来たなら、それは国にとっても相当に有益だろう。そういう技術をテテスが見逃すはずもないか。
食事が済んだところで、俺にヒルダさんの魔法がかけられる。
「これでアンディ君の筋力は2割くらい落ちまーす。筋力落ちると同じ行動してもそれだけ体力を使うってことだから、エッチの時もイク前に息切れしたりしてしんどくなっちゃうかも☆」
「そこは僕たちの方が動けば済むことだよね」
「騎乗位主体というのも懐かしいですわね」
アンゼロスとオーロラがこともなげに言う。最初の旅の時、後半は俺が腰振るわけに行かなかったもんなあ。片足動かなかったんだから。
「騎乗……位?」
ベアトリスがネイアに解説されながらも微妙に理解できてなさそうな顔をする。
今までのところ、ベアトリスは一方的にヤられるセックスばかりしていたので、自分から上に乗って動くというのが考えられないのか。
「二割低下程度なら俺主体のセックスもそんなに難しいわけじゃないから……」
そう言って収めようとするが、騎乗位をあまり経験していない後発組が興味を示してしまって、なかなかワイワイという声が収まらない。
「お前らがキッチリした人たちだってクロスボウの連中は感心してくれてたんだから、あんまりここで猥談するなよ!」
俺がさらに注意するものの、アイリーナがポンッと肩を叩いて(背が低いのでちょっと背伸びしてたのがかわいい)大丈夫じゃ、と首を振った。
「他の連中にはエルフ語で喋っているように聞こえる幻影を場にかけておいた」
「変なところで用意周到だな……」
「こんな食堂でそなたの精力に関する処置するとなった時点で、わかっておったことじゃからのう」
ディアーネさんがいないせいか、どうも最近アイリーナの気配りが目立つようになってきてるなあ。いつもこの調子で周到ならクリスティも気苦労が減るだろうに。
「ま、別にわらわはそなたの上で腰を振る旨の発言くらい声を大にして聞かせても良いがのう? 知られて困ることは無いのじゃ」
「アンゼロスも似たようなこと言ってたけど勝手に破滅しようとしないでくれ」
「雌奴隷と納得ずくでその名に甘んじておるのじゃ。むしろ破滅ではなく踏ん切りと呼んでも良い。服など着ておる方が稀な爛れた生活に、いつになったらなるものか、と心待ちにしておるのじゃぞ……?」
「お前がそんな生活したら白の氏族は一体どうなるんだ」
「どうせこの身がそなたの淫乱な飼い犬と知れ渡ったら、他の者に権力も移るじゃろ。そのあとは、わらわはそなたのチンポのことだけを考えて生活するのじゃ……♪」
「駄目。クリスティが心労で死ぬ」
「クリスティも同じように肉便器に専念させてしまえばよかろ」
「駄目だってば」
べし、とアイリーナの頭を手の甲で叩く。
が、振り返ると他の雌奴隷たちもアイリーナの提案にうっとりした顔をしていた。
「いいよね……アンディだけの肉便器生活」
「結界牢での日々のような交尾ばかりの毎日……♪ 雌奴隷の本懐ですわね♪」
「先生ならいつでもフルタイムでつきあってあげちゃうんだけどなー……なんなら今ここでもいいわよ☆」
古参たちは言うに及ばず。
「わ、私も、その……早くマリー殿に孫の一人も産んで抱かせたいことだし……純血なら人一倍セックスに専念しなくてはいけないのだし」
「はあ……早く国許のことを片付けて私も……♪」
「ご主人様の子は何人でも産みたいですもんねー♪」
「テテスちゃん落ち着け。あと騎士長も。あなたのお兄さんが死にます。アルメイダさんは……うん、もういいや」
ナリス以外がやたら前のめりなガントレットナイツ。
「私たち四人の事も時々は可愛がってくださいね」
ニコニコと、そんなに変わらない笑顔のフェンネル。ある意味ポルカでは似たような歓待の仕方を毎回してくれるせいか。
「アンディ、もう猫コロニーに住んだらいいのに」
「あのコロニー……ですか……あれもあれで……ええ」
「何、何の話?」
ルナの発言に顔を赤くし、口元を指で隠すネイアに、説明をせがむベアトリス。
うん。ツッコミが圧倒的に足りない。
「俺、最低限文明的な生活しながらイチャイチャえろえろした方がいいと思うんだ」
「原始的な勢いで交尾に明け暮れても決して尽きぬほどに、そなたの子種のやり場は多いぞ……♪」
アイリーナに囁かれて、確かにそうなんだよなあ、と思う。
しかも、みんなフルタイムでセックスを望むくらい俺の価値観に合わせてくれる。我ながら雌奴隷を増やしすぎてるかもしれない。
……いや、特に増やそうとして増やしていたわけじゃないのだけど。ネイア以外は。
あんまり野放図に増えないように気をつけないとなあ、と思いながらも、そんな気構え無駄な気もした。
(続く)
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